いつか見た君に〜picture of heart〜同じ場所で、また会えた。いつか見た君に。もう一人の彼女はいなくなってしまっていたけれど、不思議ともう寂しさは感じなくなっていた。多分、ずっと見ていてくれているから。再び会えた、君と僕。そして、僕らが描いてゆく日常も。 第30話・いつか見た君に 外に出てみると、柔らかな日差しが少しまぶしかった。 「行ってらっしゃい。梓川さんによろしく」 玄関まで見送りにきた若葉が、笑顔で手を振る。 「うん。行ってきます」 片手を上げてそれに応えると、ゆっくり扉を閉めた。 こうも晴れてくれると、この日に約束した甲斐があったというものだ。 手にはいつものかばん。 中にはスケッチブックと水彩画セット。 学校近くの稲荷神社……自分でも上出来に彩色されたその次に、今日の絵を描くことになる。そう思うと、少しだけ胸が高鳴った。 気持ちに反して歩く速さが変わらないのは、まだまだ待ち合わせの時間に余裕があるから。このままだと、30分ぐらい早く待ち合わせ場所に着きそうだ。 見慣れた景色。 良い日も悪い日も、毎日見てきた僕の街。 幼なじみが住んでいて、知った顔がたくさんいて。住んでる場所も名前も知らない、道でたまに見る人なんかもいて。 いつも使う道は決まっているけども、使わない道のこともちゃんと知っていて。そんなことを考えると、やっぱりここは自分の居場所なんだなって思う。 心地よい風が、庭先の木を揺らす。 その音を聞きながらぐぐっと背伸びをすると、とても気持ち良い。決して良い空気とはいえない街の風も、なんとなくおいしく感じてしまう。 ちょっと見えてきた角の本屋から、商店街が始まる。 休みの日はあまり人がいないけれど……住宅街と駅とをつなぐ位置にあるためか、人通りが全くなくなることはあまりない。 その商店街に足を踏み入れようとしたところで、本屋の前を歩く5人の姿が見えた。それはちょうど、3人娘と父母の親子のようで……って、そんなこと本人達に言ったらなんて言われるだろうか。 なんとなくその情景を想像して、心の中で少し笑う。 そうしていると、視線を感じたのか5人の中で一番背の高い、お父さんもどきがこちらを振り返った。 「よう、圭」 軽く手をあげて、笑いかけてくる。 いつもの陽一郎の姿があった。 「おはよ。皆お揃いで」 同じように振り返った早香と三姉妹にも手を上げて挨拶する。 「まあ、ただの散歩なんだけどな」 それにしても、ちょっと前に入院騒ぎがあったとは思えないな。むしろ、以前より力がみなぎってるように見える。 きっとそれは、 「なに? 圭は恭ちゃんとどっか行くの?」 と聞いてくる、この早香のお陰なんだろうな…… 「うん、まあ」 最近では、ほとんど毎日白根家へ行ってるみたいだし。 相変わらずバイトを減らそうとしない陽一郎を、しかったり励ましたりしてるらしい。ちょっと前に桜ちゃんがそんなことを言っていた。 もうしっかり嫁じゃないか…… 「デートだ、デートだぁ」 嬉しそうにはしゃぎだす桜ちゃん。まあ、デートといえば、デートなんだろうけど……改めてそういう単語を出されると、少し恥ずかしい。 「いいなあ、お姉さん」 「……私もどこかに行きたいです」 と、妹二人は言うけれど…… 「そんな金はない」 一蹴する陽一郎。 最近では早香が食料を持ち込んでるらしいから、少し楽にはなってるみたいだ。あと、長沼家の両親が、こっそりお金を振り込んだりもしてたらしい。これはうちの両親からの情報。 このことを早香は知らないし、多分白根家で知っているのは陽一郎だけだろう。 これも最近知ったんだけど、長沼家と白根家の付き合いは、僕が想像していたのよりもずっと長いものらしい。たまたま近所になったから付き合いがあるものだと思っていたんだけど、もともと学生時代から付き合いがあって、たまたまお互い近所同士になったらしい。 仲良し4人組だったんだろう。とはうちの父さんの言葉。 「うち貧乏だものね……」 「しみじみ言うな、椿……」 苦笑しながら陽一郎が椿ちゃんを小突く。 「だいじょーぶよっ、高校に入ったら私もアルバイトするんだから!」 ガッツポーズを決めて、燃え上がる桜ちゃん。実に頼もしい。 「その高校に入れるかが心配なんだ……」 「お兄ちゃん……」 ため息交じりの陽一郎の言葉に、あっという間に鎮火した。 兄妹二人で脱力している様子は、見ているとなかなか面白い。 それを見ていた早香、 「大丈夫よぉ、圭が家庭教師してくれるから。タダで」 笑いながらとんでもないことを言い出した。 「ほんとっ?」 とたんに顔をあげる桜ちゃん。その顔は、期待に満ち満ちている。そんな顔されてもなあ…… 「おいおい早香。いつ誰がそんな話したんだよ」 一応突っ込んでみると、 「昨日。私たちが」 すげなく流された。 「さいですか……」 なんというか、取り付く島もないというか。なんでそう、さも当然のように言うかな…… 「お兄ちゃん……ダメなの?」 上目遣いで見つめてくる桜ちゃん。そんな顔されるとなあ…… 「いや、別に良いけどさ……時間が取れれば」 どうも早香にはめられた気がする。 まあ、勉強見るくらいならいいんだけどさ……父さんにも若葉の勉強見てくれって言われてるし。 若葉は特に必要ないと思うんだけどなあ。成績良いみたいだし。 「あ、じゃあ私の時もお願いしますね」 便乗する椿ちゃん。おいおい、来年は僕も受験生だってば……それに、椿ちゃんだってそこそこ良い成績とってるらしいじゃないか…… ……というか、この展開は…… ちらっと梢ちゃんのほうを見ると、 「……じゃあ私も」 予想通りの言葉が返ってきた。 梢ちゃんは……成績どうなんだろう。不思議なことに姉二人とは違って全く話を聞かないなあ。 「圭、大人気だな」 楽しそうな陽一郎。その言葉に早香がうんうんとうなずく。 「ほんとほんと。モテる男は辛いわねー……って、あんた、恭ちゃんとの約束はいいの?」 「あ、そうだね……そろそろ行くよ」 まあ、まだ余裕あるけど。話してるとキリがないし。 「ああ、じゃあな」 「またね」 「うん、また……」 そして、駅とは別のほうへ歩き出す5人。 その姿を見送りながら、思い出した事があった。一つ聞いておきたい事があったんだ。 「……桜ちゃーんっ」 僕の声に振り返る5人。 そして桜ちゃんが、不思議そうな顔をしてぱたぱたとこっちに走ってきた。 長い髪がなびいて乱れても、本人に気にする様子はない。 「どうしたの?」 「うん、一応聞いておこうかと思って」 前に陽一郎が言っていたことだ。確か、桜ちゃんには夢があるって……勉強を教えるなら、それを知っておいた方がいいだろうし、そうでなくてもちょっと興味がある。 「なにを?」 顔にくっついた髪を払いながら、桜ちゃんが首をかしげる。 「桜ちゃん、将来なりたいものとか、目指してるものってあるの?」 「えっ……うん」 予想外の質問だったのか、驚いた様子だったけど……桜ちゃんはしっかりとうなずいた。 「良かったら聞かせてくれないかな」 「えっと……あのね」 ちょっと恥ずかしそうに笑いながら、桜ちゃんはこう言った。 「お父さんと同じ仕事……したいなって」 同じ仕事……同じ仕事かあ。え、でも…… 「桜ちゃんのお父さんって、確か……」 「うん、弁護士」 僕の目をしっかり見て、桜ちゃんは言った。 そう……弁護士だったんだ。具体的にどういった仕事をしていたのか知らないけど、うちの両親もお世話になったことがあるって言ってたな……といっても、別に法廷で弁護してもらったわけじゃないらしいから、法律相談みたいなもんだろうか。 「……大変だよ?」 どのくらい大変なのか分からないけど、弁護士なんてそう簡単になれるもんじゃないだろう。それこそ、必死で勉強しなきゃならない。 「分かってる……でもね、お父さん、困ってる人いっぱい助けたの。それで……その人たちが『ありがとう』って言ってるのを見て、お父さんの仕事って、凄いんだなって思って……」 自慢のお父さんだったのか。陽一郎のお父さんの記憶はあまりないけれど、なんとなく、面白い人だったような覚えがある。 「それで……お父さんいなくなっちゃったから、私がお父さんの分まで困ってる人を助けられたらいいなって」 「そっか……」 桜ちゃんらしい夢……だな。それが叶うかどうかは分からないけど、ここまで聞いてしまったら協力しないわけにはいかない。 「それでね、前にうちのお兄ちゃんにそれ言ったの。そしたら……」 「陽一郎はなんて言ったの?」 「うん『頑張らないと、絶対夢は叶わないからな』って……」 頑張らないと夢は叶わない……か。面白いこと言うな、陽一郎も。 まあ、確かにその通りなんだけど。安易に『夢は叶う』って言わないあたりが、なんとなく陽一郎らしい。 「私、頑張るから……お兄ちゃんに勉強教えて欲しいの。うち、貧乏だから塾とかにも行けないし、うちのお兄ちゃんは忙しいし」 あと半年……今の桜ちゃんがどのくらいの成績かわからないけど、本人がこれだけやる気なら、何とかなるかもしれない。 「そっか……うん、わかった。出来るだけ時間作って行くよ」 それを聞いて、ぱっと明るく笑う桜ちゃん。 「ありがとうっ」 春にもその表情が見れるといいな…… もし志乃上志望のままだったら同じ高校かあ。なんだか妙な感じ。 「じゃ、私行くね」 あ、ちょっと引き止めちゃったな。 「あ、そうだ」 何かを思い出した様子の桜ちゃん。 「どうしたの?」 「梓川さんに、そのうち遊びに来てくださいって伝えて」 梓川さんも白根三姉妹のこと気に入ってるみたいだし、そのうち二人で遊びに行くかな。 「うん、わかった」 「ありがとっ、それじゃ」 そしてまた桜ちゃんは、来たときと同じようにぱたぱた走っていった。 その後ろ姿が陽一郎達のところに着くのを見届けてから、商店街を駅に向かって歩き始める。 思ったより時間経っちゃったな。まだちょっと余裕あるけど……この時間帯の電車、本数多くないから、早めに行くに越したことはない。 気持ち足早に歩くと、すぐに駅が見えてくる。財布から定期を取り出してなんとなくそれを見る。来年4月までの6ヶ月定期。決して安くはない、高校生にとってはやっぱり大きな値段だ。 そんなことを思っていると、なにやら電車が近づいてくるらしい音が聞こえてきた。 ちょっと走って駅入り口にたどり着くと、予想通り頭上では到着のアナウンス。急いで改札を通り、ホームに上がる。 一番近い車両に滑り込むとすぐに、扉が閉まった。 はあ、ぎりぎり……ほっと一息ついてから思ったけど、余裕あるんだから1本おくらせばよかったような気もする。 息を整える間もなく、電車は横橋に到着する。 川を一本挟むだけだから、距離が短いのも当然なんだけど。 開く扉をなんとなく見ていると、知った顔が乗り込んできた。 「よう、高階……と、つぐみちゃん」 これまた珍しい二人組みだ。それにしても今日は知り合いによく会うなあ…… 「げ、水瀬」 「こんにちわぁ」 驚いた顔をする高階と、いつもと変わらない様子のつぐみちゃん。 「どこかに行くの?」 「あ、ああ……草神に生徒会の物資買出し。文化祭以降消えた備品が多くてさ。水瀬は?」 消えた備品か……そんなに消耗したのか、はたまた返さないクラスが多いのか。 「うん、ちょっと」 追求されるのをなんとなく避けたくて、あいまいに答えたんだけど…… 「梓川先輩とデートですかあ?」 「えっ……」 つぐみちゃんにずばり当てられた。 「お、図星か」 あ、思いっきり表情に出てしまったか……不意打ちだったからなあ。 「梓川って、C組のあの子だよな」 意外にも覚えていた高階。まあ、文化祭も一緒だったし不思議じゃないか。 「うん、そうだけど……」 それを聞いて、「ふーん」と特に驚いた様子もない高階。 「そういや、ついに白根と長沼もくっついたんだって?」 「あれ、知らなかった?」 早香と陽一郎の話、割と知れてると思ってたんだけど…… 「いや、ついこの間聞いた。そうか……最近ますます一緒にいると思ってたが」 感心する高階。やっぱり同じ中学だったし、皆同じクラスになったこともある。その二人が今になって、やっと付き合い始めたんだからなあ…… そこで会話が途切れる。 ふと気になったのが、隣に立つつぐみちゃん。 「……で、高階はつぐみちゃんと?」 つぐみちゃんは自転車で学校に通ってるはずだから、偶然横橋にいたとは考えにくい……ということは、つまり…… 「い、いや。生徒会関係だからさ、上諏訪さんも関係あるじゃないか」 この高階らしからぬ動揺っぷりから推測すると……そういうことなんだろう。こんな高階も珍しいので、もう少し突っ込んでみることにする。 「へえ……つぐみちゃんは生徒会には属してなかった気がするけど」 お兄さんである上諏訪委員長が生徒会にいるから、何度か手伝いをしてるのは見たことあるけど……いつも委員長と一緒にいるか、一人だった。高階と二人でいるのはどう見てもなあ…… 「いや、それはだな……上諏訪先輩の代理だよ、代理」 思いついたように取り繕う高階。苦しい言い訳だなあ。 「あれ? でも上諏訪委員長、生徒会は文化祭で引退だったんじゃあ……」 「いや、それはだな……」 言葉に詰まる高階。そんな窮地に陥る高階を救うように、ちょうど電車は草神に到着した。助かったという表情を見せる高階。横橋は草神の隣の駅だからなあ……もうちょっと時間があれば面白かったんだけど。 電車が駅構内に入って減速するのを感じる中、高階の安堵は意外なところから破られた。 「つぐみ、高階先輩にお手伝いしてくれって言われたんですう」 ……そうだったのか。 「つぐみっ!」 思わず声を上げる高階。 「え?」 ……『つぐみ』? 「……ちゃん」 いや、もう意味ないだろ…… 僕と高階の間に、なんともいえない空気が流れる。 ほどなくして電車の扉が開き、二人ともはっと我に返った。 「ち、違うんだ水瀬!」 違うも何も、今更弁解の余地はない気がするんだけどなあ。 「高階先輩、草神ですよお」 高階を連れて降りようとするつぐみちゃん。 「あ、こら引っ張るな!」 目を落とせば、しっかりと手を繋いでいた。 仲のよろしいことで…… 「だ、誰にも言わないでくれよ!」 高階の悲痛な叫びを聞き届けると、空気音を響かせて扉が閉まった。 発車する電車の窓から、ホームに立つ二人を見る。 高階を引っ張ったまま、こちらに向かって手を振るつぐみちゃん。意外とお似合いの二人なんじゃないのかな…… またゆっくりと流れ出す景色。 ふと車内を見渡すと、ちらほら席が空いている。 座ってもいいんだけど…… やっぱり扉の前に立って景色を楽しむことにした。といっても、毎日見てる変わりない街の姿なんだけど。 薄い雲が広がる空。ああいう曇って高いところにあるんだっけ……? 中学のとき習ったはずなんだけどなあ……すっかり忘れてしまった。 減速を始める電車。もう次の駅なのか…… そこまで考えて、はっと思い出した。 草神から急行に乗ればよかったんじゃないか。何でのんびりと各駅停車に乗ってるんだ…… 予想通り、長い停車時間。警笛を鳴らしながら通過してゆく急行を、ぼんやりと見る。 草神で待っていればこれに乗れたのか…… ……なんだかんだで時間の余裕がなくなってる気がする。おかしいなあ……でもまあ、待ち合わせの時間よりも早く着くことは確実なんだけど。 だけど、きっともう先に着いて待っているんだろうな。 そして発車のアナウンスが聞こえ、扉が閉まった。 次は志乃上だ…… 定期を確認する。 『依戸―志乃上』 いや、今日はちゃんと乗り越し清算するから後ろめたくないじゃないか。 いつもいつも本当にすみません…… 誰にともなく、心の中で謝った。 「志乃上ー、志乃上ー」 そこそこの乗降のあと、ゆっくりと発車する電車。 梓川さんと毎日一緒に登校できるのはいいんだけど、30分早く出るのと、定期の範囲外まで乗るのがなあ……どうにかならないだろうか。 まあ、諦めて志乃上から一緒に通えばいいことなんだけど…… 志乃上で待ち合わすなんて、いかにもだからなあ。 どうでもいいことに頭を悩ませていても、電車は先へ先へと進んでゆく。1つ2つと駅に止まり、平日の朝とは比べ物にならない平和な車内と乗降。毎日こうだったらいいのになあ……でも、それじゃあ電車側が大赤字になるだろうな。 急行に乗ってたらもう待ち合わせ場所に着いてる時間だ……なんて思いながら、後ろに流れてゆく駅を見送る。 まあいいや。卒業するまで毎日顔合わせられるんだし。それでも、1分でも長く一緒にいたいって思う。そんなとき、やっぱり彼女のことが好きなんだなって実感する。 今日の待ち合わせは、駅じゃなくて現地集合。 思いを巡らせているうちに、目的の駅に着き、目の前の扉が開く。 何年も前に降りたであろうこのホーム。ちょっと前に改装されたらしく、昔のこの駅の記憶はほとんどないけれど…… いつものようにホームの端に視線をやっていた自分が少しおかしくて、口元が緩む。 今日、彼女はここにはいない。多分もうずっと待っている。約束した場所で。 改札を出て、住宅街へ足を向ける。梓川さんに教えてもらった、例の近道。昔はどうだったか忘れたけど、表の大きな道からは行かずに、この道しか使っていないのもなんだかおかしな話だなあ。 というより、表からの行き方を未だに知らない…… あの雨の日に二人で歩いた道を、今日また辿る。 あれからも、何度か梓川さんと一緒にこの道を通って公園に行ったけど……一人で来るのは今日が初めてだ。 静かな住宅街を、迷うことなく進んでゆく。 どっちかといえば。道を覚えるのは苦手じゃない。 前に一度、梓川さんを探しに来たとき迷ってしまったけど……あの時はそう、白い服の女の子について行ったんだっけ。 僕を公園まで連れてきてくれた、不思議な女の子。なんだか夢の中にいたようなあの時間。今になって考えても、やっぱりあの子は…… 塀に挟まれた、目立たない小さな路地。 地元の人ならともかく、そうでない人はここから公園につながってるなんて、思いもしないだろう。いや、それ以前に公園へは表の大きな道から行くんだろうな…… コンクリートの足元に気をつけて、かばんが塀にこすれるのを気にしながら狭い路地を進む。それほど長くないこの抜け道は、すぐに公園へと繋がっている。 そして、足元がコンクリートから砂とレンガに変わった。 顔をあげてみると、日の光に照らされたまぶしい緑。その鮮やかな緑色に、思わずその場で深呼吸してしまう。 待ち合わせ時間にはほんのちょっと時間があるけれど…… 少し先のベンチに、彼女は座っていた。 黄色いリボンを風に揺られながら、少し首を傾け、目を閉じている。 そのリボンと同じように揺れる長い髪は、木漏れ日に照らされて静かに光っている。 どれくらい前からいたんだろうか。少し近付いて、幸せそうなその寝顔を見る。規則正しい息遣いが小さく聞こえてくると、なんとなく幸せな気分になった。 僕の気配に気付いたのか、うっすらと目を開けて、ゆっくりと顔を上げた。 「あ……」 少し寝ぼけているのか、僕を見つめてぼんやりしている。 「おはよう」 「あっ……!」 照れたような笑顔が、なんとなく可愛かった。 ゆっくりと流れてゆく時間の中で、少しだけ立ち止まる。 後ろを振り返って、もう見えなくなった遠い昔を思ってみる。 色あせてしまった思い出という絵……断片的にしか見つからないけれど、どこに仕舞ったんだろう。でも、それは確かに僕の描いてきたもの。そして、その時々に時間を共にした人たちと描いたもの。 それはかけがえのない宝物。 そして、より鮮明な今日とまだ真っ白い明日。 自分と自分の周りの人で描いてゆくそれは、自分とその人たち次第でどんな絵にもなる。いろんな人がいて、いろんな色があって。たくさんの人と触れ合って、その深みは増して。 みんなで一緒になって、日常という絵を描いてゆく。 そんなことを気付かせてくれたのは、彼女のお陰なのかもしれない。 『……ありがとう』 その言葉を……いつか見た君に。 戻る |