通暦3356年(王国暦489年) 王政の最期。永久共和統治宣言。 通暦3369年(共和国暦14年) 産業革命達成。同時に身分制の見直し。 通暦3509年(共和国暦154年) 全世界の統合。唯一連邦成立。 通暦3612年―――――――現在。 One Small Day"miracle mix"大石きつね「―――とまあ、これが近代の大きな流れというわけで……」 歴史の授業はつまらない。ことにこの理系クラスの中での存在意義は、9割の学生が疑問視するところ。統一試験も、地理選択者ばっかりなのに。 生徒たちの眠気をほどよく誘う、柔らかな秋口の日差し。昼食後の午後の授業は、この日差しとの共同作戦を展開し、すでにクラスの3分の2を眠りの渦へと引き込んでいった。 「……そもそも王政が倒れることとなった革命は……」 私もそろそろその3分の2へ仲間入りしそうだ…… 「時の権力者であった……」 キーンコーンカーンコーン 学校中に鳴り響く目覚まし……もとい、終業のチャイム。 「まあ、キリが悪いがこのくらいにしておく。来週は132ページからだ」 そんな先生の言葉も、誰も聞いていない。 今日一日の肩の凝りをほぐしたり、放課後に向けて充電完了したてだったり、教室は軽く無法地帯。 「リン、今日遊んでいかない?」 薬大志望のクラスメイト、メリッサが声をかけてきた。 「ごめん、今日バイトだから……」 やや小声でメリッサに謝る。 なにを隠そうこの私、リン・カートミルは喫茶店でバイトしてるのだ。 私の通うこの学校はバイト禁止という、化石のような古い古い校則がある。なぜ生徒がお金を稼いじゃいけないのか、はなはだ疑問。100年前は20歳までしか選挙権無かったからまあ納得いくとして、今じゃ18歳、高校生の3分の1は選挙権持ってるのよ? それに比べたらバイトなんてかわいいもんじゃないの。そう言う私はまだ17だけど。でも実は、あと3日で誕生日なのよね。 「あ、そっかー。ごめんごめん……じゃ、今度何かおごってね」 小声で明るく言ってくれるメリッサ。特に気にした様子も無い。この辺、いい子だと思うのよね。もっとも、おごる気はあんまり無いけど。 「はいはい、機会があったらそのうちね」 と、とりあえずは言っておく。 「席につけー、ホームルームだぞー」 メリッサと話しているうち、いつの間にそこにいたのか、担任の先生がホームルームを呼びかける。 「帰りたくないんならそのままでいいがなー」 クラスにどっと笑いが起こる。足早に席に戻る生徒たち。メリッサも「じゃねっ」と言って自分の席についた。 その日も、いつもの通りになんら重要な連絡は無く、出席をとり、掃除当番の発表だけでホームルームは終わった。ちなみに、掃除当番の名前の中にメリッサ・クルーアの名前があったことを付け加えておく。 「ああ、明日模試の結果が返ってくるから、みんな覚悟しとけよー。じゃ、解散」 最後の最後でとんでもないことを付け加える先生。これで、素晴らしい放課後を心の片隅に暗雲を抱えながら過ごさねばならなくなった生徒が、このクラスの8割を占めることになっただろう。もちろん、私もその8割に含まれている。 第一志望は地元のサンアーツ州立大学の理学部。これがまぁ、競争の激しいこと激しいこと。レベルもかなり高く、統一試験1000点満点中800点は必須。うちは基本的に貧乏だから、私立大に行く余裕もないし。んで、第二志望は隣の大陸のこれまた州立大。やや田舎なためレベルは低い、学費は安い。統一650点ライン。普通に考えればこっちに行きそうなもんなんだけど、私、この町離れたくないのよね。 「さて……と」 4時から7時までバイトバイトっと。 本来地獄を見てるはずの受験生がこんなことしててもいいかって言われると、ちょっと返答に困るけど、まあ「中途半端なやる気で勉強しても仕方が無い」というのが私の持論。自分の信念を曲げるようなことはいけないって、先生も言ってたし。 校門をくぐって、バイト先へ向かう。家には帰らず直接だ。制服を着てるのがまあ少し問題かもしれないけど、何せ知り合いがやってるお店。色々と融通が利く。 「やぁ、リン。今日、うち来るんでしょ。一緒に帰ろう」 校門を出てからすぐ、後ろから声をかけられた。 振り返ると、もはや見飽きた幼馴染の顔があった。ルーファスだ。 「あらルーファス、待ち伏せとはいい趣味してるわね」 確か今日、文系クラスは早く終わったはず。こんな時間までなんて暇な奴…… 「はは、待ち伏せとはまたご挨拶だね。一緒に帰りたくて待ってたんじゃないか」 「世間ではそれを待ち伏せと言うのよ」 「そうかなぁ……?」 このルーファスとは幼稚園からの付き合いだ。実を言うと、バイト先の知り合いとは、ルーファスの両親だったりする。おじさんにもおばさんにも、本当によくしてもらってる。 まぁ、お給料は置いといて。 「まぁ、いざとなったらスケープゴートって手段があるし、一緒に帰ってもいいわよ」 「さりげなくひどいこと言ってないかい?」 「気のせいよ」 眼鏡をかけて、背も私と同じくらい。運動神経へろへろで、いかにも弱そうなルーファス。よくもまぁ、これまで一度も絡まれなかったものだわ。はなから相手にされてないってこともあるんだろうけど。なんとなく地味で貧乏そうな身なりだし。 「ま、いいや。早く帰ろう」 「あのねぇ、どうせ早く行ってもバイト始めるのは4時からよ?」 何を焦っているんだか…… 「だって、もう3時半だよ? 今からじゃ、ぎりぎりなんじゃないの?」 え? 「ほら」 と言って時計を見せるルーファス。15時29分31、2、3…… 秒針はすでに半周していた。もっとたちが悪いのは長針まで半周しようとしていたことだ。 「ふぅ……」 くるりと振り返って、一度深呼吸。せーのっ…… 「ダッシュ!!」 「あ、リ、リン!!」 後ろから何か聞こえた気がしたけど、今はそんなことに構ってはいられない。 えーっと、駅まで走って5分。ってことは、35分発の電車で、降りる駅まで12分かかるから、47分に着いて、お店まで5分。残りは5分で着替えれば何とか…… 体中で消費されるため、なけなしの酸素を使ってフル回転する私の頭脳。 「よしっ」 駅が見えた。改札に定期を通して、駅の時計で時刻確認。 15:22 よしっ! 学校から駅までマイナス7分! ……は? マイナス? 「ぜぇ、ぜぇ……やっと追いついたぁ」 ……ルーファス。 べしっ 「痛っ! な、なにするんだよ」 「なんだじゃないわよ! 人に体力無駄に使わせてっ」 「いやぁ……まさかこんなに遅れてるとはね。はは」 まったく、笑い事じゃないわよ。 「まぁいいじゃない。結果的にバイトには間に合いそうなんだし」 ……はぁ。深く考えるのはやめよう。このよくわからないのは今に始まったことではないし。 「よかったね、25分発の電車に乗れて」 「はぁ、そうね」 とまあ、こんな風に毎日が過ぎていく。 飽きもせずに毎日同じことを繰り返す。本当は飽きてるのかもしれないけど、だからってどうしようもないしね。今の時代、勉強して、受験して、就職して…… 昔みたいに魔物と戦争してるわけでなし、未開の地があるわけでなし。 だから私は上を見る。この空のまた上、遥か宇宙に思いを馳せる。私に残された道は、そこしかないって思っている。 「でさ、そこの大学が『ニジェの魔道書』を保管してるんだって。で、そこの学生は教材で使うらしいんだ。いいなぁ……水魔法のバイブルだもんね。うらやましいなあ」 「じゃあ、そこに行ったらいいじゃないの」 「無理無理。ここから凄く遠いし。それ以前に統一で900点いるからね。そこらの医学部よりも難しいよ。あの魔法学部は。教授も超一流の術師ばっかりだしね」 お客さんがいない間は、こうやってルーファスと雑談するのがいい時間のつぶし方だ。 おじさんおばさんも奥で休んでいる。 「ところでさぁ、今度の日曜暇?」 「いきなりなにを……まぁ、これといって用事はないけど」 「実は来週物理と数学のテストでさあ……文系人間としてはつらいところなんだよね」 ふーん、そういえばそろそろテスト期間。ぼちぼち勉強してかないと。 「ってことで、ちょっとご教授していただければと」 「まあいいけど……こっちも歴史で教えてもらいたいことあるし」 そのとき、ルーファスの目が輝いた。 「ありがとう、リン! 歴史なら任しといてよ。特に中世の第6次魔法大戦あたりなんか、もう完璧だよ!」 はいはい、もう聞き飽きました。 「残念ながら近世よ。あんたが毛嫌いしているね」 「がーん……そんなの歴史じゃない」 イキイキしたかと思えば、あっという間に沈むルーファス。これだから夢見る魔法学部志望は……今の時代、魔法なんてさほど役には立たないのに。歴史を勉強したところで、得るものもないような気がする。 「まぁ、教えれないこともないけどさ……はぁ」 また『生まれてくる時代を間違えた』とか何とか言うのよね。 「ああっ、なぜ現代には魔王がいないんだ!」 あら、予想はずれ。でも、魔王なんていないほうが幸せと思うけど…… 「大丈夫よ。魔王なんか現れたら、中性子砲かガンマ線放射装置でイチコロよ。ガンで死ぬ魔王が目に見えるようだわ」 「……リンは夢がないなあ」 「あんたが夢を見すぎなのよ」 こうして、だらだらしゃべっているうちに、バイトは終わる。このお客さんの少なさで、果たしてやっていけてるのかどうか、やや疑問なところ。ちょっと心配だわ。 「お疲れ様、リンちゃん。また月曜日頼むわね」 「あ、はい」 バイトは月水金に入れている。火曜木曜は予備校があるし、土日ぐらいはゆっくり休みたいからだ。 「ほんと、リンちゃんがいて助かるわぁ。よく働いてくれるし、成績もいいし。うちのルーファスと取り替えたいぐらい」 「なんてこと言うんだこの母親は」 奥のほうにいたルーファスが非難の声をあげる。 「そういうことは成績良くなってから言いな。まったく、魔法学部志望のくせに、なんでか知らないけど魔力低いんだから。私も父さんも低くはないのに。どっかで無駄遣いしてるんじゃないかい?」 それを聞いて、妙に慌てるルーファス。 「そっ、そんなことないよ! だいたい、魔力の無駄遣いって何だよ」 そういえばそう。小さい頃は他の子よりも魔力が強くて、魔法も上手で「すごいなぁ」なんて子供心に思ったもんだけど、今じゃ理系の私のほうが魔力高いし。 まぁ、決して魔法は下手じゃない。でも、なぜか魔力が弱い。 なんでだろ? なんとなく釈然としないまま、ルーファス親子に別れを告げ、家路に着いた。 もっとも、家に帰る頃にはすっかり忘れたけど。 日曜朝9時。 「……はぁ」 ため息とともにむくりとベッドから起き上がる。 昨日返ってきた模試の結果。 サンアーツ州立大・理学部・物理学科・前期 判定D 頑張りましょう サンアーツ州立大・理学部・物理学科・後期 判定E もっと頑張りましょう トリスナ州立大・理工学部・物理学科・前期 判定B 合格圏内です 何度見直しても、何度ため息をついても、目に見える結果は変わらない。 「はぁ……」 このままじゃほんとに田舎行きだわ。 明日の誕生日も心から喜べやしないわね。きっと。 なんてことを考えてたから、なかなか寝付けなかったし…… 後1時間でルーファスが来る。 あー、もう一度1年からやり直したい。 そんな考えても仕方のないことを考えながら、適当に身支度をしてそろそろ来るであろうルーファスに備える。 「あ……」 ふと窓の外を見ると、いまどき珍しくほうきに乗って空を飛んでいる人を見かけた。 こういうのを見ると、まだ魔法は健在なんだなぁって思う。 私も飛行免許もってるけど、さっぱり使わない。中学生のときには「持ってなきゃ恥ずかしい」みたいな感覚でいたけど。なんだろう? 授業で「魔法」が加わるのは中学からだから「『中学生になった』って感じがする」とか「かっこいいから」って皆は言ってたけど、私は「みんなが取るから」だったような気がする。まあ、ほとんどの人が取得可能な13歳で取っちゃうらしいけど。 いつからだろう? 魔法に対してこんなに冷めてしまったのは。 なんとなく沈みがちな気持ちでさっさと朝食を済ませ、先に歴史の復習をしておく。年表を眺めているうち、さらに憂鬱な気分になったのは気のせいだろうか。 トゥルルルルル…… あ、電話がなってる。ルーファスからかな? 朝から妙にだるい体を奮い立たせ、居間へと向かう。 トゥルルルルル…… 「はいはい……」 今出ますって。 「はい、カートミルです……」 半ば投げやりに電話にでる。 「あ、リン? 私だけど、ちょっとお願いがあるんだぁ」 メリッサだ。お願いってなんだろ? 「なに? すぐ終わるならいいけど」 「あのね、今さ、従姉妹の子が来てるんだぁ。それでさ、この前CD貸したでしょ? あれ、実はその子のなのよ……で『返して』って言ってるのよ……」 はぁ、なるほど。 「それで、私に持って来いと」 「ごめん、ほんっとごめん! 今度何か埋め合わせするからさっ」 うーん、メリッサの家まで往復で20分ぐらい。ルーファスが来るまで後15分か……ま、5分くらい待たせても大丈夫よね。 「わかったわ。じゃ、今から行くから」 「ありがとー、愛してるよリン」 「あー、はいはい私もよ」 なんて馬鹿なやり取りもほどほどに、電話を切る。さっさと借りたCDを持ってメリッサの家に向かわないと。ルーファス待たすとまたぐちぐちうるさいし。 ほうきで飛んでいっても良かったけど、運動不足を考慮して走ることに決めた。 まあ、久し振りにマラソンするのも悪くはない。 道に咲いてる花や、散歩する人がいる和やかな公園を抜けていく。猫が1匹2匹。じゃれあって遊んでいる。いつもなら「かわいいな」なんて立ち止まってみてるとこだけど。 そのとき、なにに怯えたのか、猫が一匹勢いよく走り出してきた。 「おっと」 私の足元を駆け抜けてゆく猫。 でもその先は……車道! 「危ないっ」 決して小さくはない道。日曜の午前中である今でも、交通量はそこそこある。 私が注意喚起したところで猫が止まるはずもない。 「もうっ!」 いきなり全力ダッシュ! あー、間に合って! 私ってこんなに足が速かったのか。とか、なぜか冷静に考える余裕があった。猫との差はぐんぐん縮まって…… 「捕まえたっ!」 腕に収まる猫の感触。ところが…… ブーーーーッッ!! そう、右から聞こえたのは激しいクラクション。ふと音のしたほうを見ると、運動エネルギーの有り余ってそうな自動車。 あ、間に合わない……格好悪…… 激しいブレーキの音を聞いたあと…… 次に気がついたときには地面に横たわっていた。 腕で何かもがく感触。 「にゃあ」 あ、猫。無事だったんだ。よかった。 「にゃっ」 猫はもう一声鳴くと、私の腕を蹴ってどこかに走り去ってしまった。 「あっ、恩知らず」 って言おうとしたけども、なんだか口がうまく動かない。 ああそうか。車にはねられたんだっけ。 そういえばなんか背中が熱い……血、かな? 体動かそうとしても動かないし。 あー、もうだめかも。 そういえばなんか周りがうるさい。 「救急車」だとか「渋滞で遅れる」だとか言ってる。 果ては「この中に医者か神官はいないか」なんて言い出す始末。 ここは飛行機じゃないわよ…… なんだか薄れていく意識の中で悪態をついた。 「…………!!」 最後に、ルーファスの声を聞いた気がした。 あー、疲れた。ゆっくり眠ろう。 「リン! リン!」 うるさいわね……ゆっくり寝かせてよ。 「リンってば! おい!」 あー、ルーファスだわ。全く、人の安眠を妨害するなんて、最低…… 「リンッ!」 「うるさいわねっ!!」 とうとう我慢の限界。ガバッと起きてルーファスを怒鳴りつける。 「リンッ! 良かったあ……」 ぎゅーっと私を抱きしめるルーファス。痛い痛い。 「おーっ」という周りの歓声。 硬い地面の感触。 「えっ……?」 事態のつかめない私。 「よかった……」 そうつぶやくと、私を抱きしめていた腕から力が抜けて、ルーファスが私の全体重を預けてきた。 「ちょっ、ちょっと、ルーファス!?」 何何? 一体何がどうなってるわけ? 「奇蹟だよ」 「えっ?」 周りにいた人の中から、サラリーマン風のお兄さんが呆然とする私に説明してくれた。 「君は車にはねられたんだよ。覚えてるかい?」 「え、ええ……」 「そのあと偶然この青年が通りかかってね、奇蹟を行ったんだよ」 奇蹟って……神聖魔法の系統のひとつの……? 「生憎この中には奇蹟を使えるのは彼だけだったようでね……みんな手伝えなかったんだよ。君の怪我は思ったよりもひどくてね。骨折治療、止血、再生……かなりの種類の奇蹟を必要としたんだ。誰もが魔力が持たないだろうって思ったんだけど、彼はやり遂げたんだよ。君の治療を。自分の持っていた魔晶石をすべて使ってね」 魔晶石? そんなの持ってたんだ…… 「しかし、これほどまでに奇蹟を行ったんだ。想像を絶するような量の魔力が入っていたと思うよ。でもそれも最後に空になって……自分の精神力を使ったようだ」 自分の……それでルーファスは今の昏倒状態にあるのか…… それから私は、警察の人の事情聴取なんかを受けることになった。全く私の不注意だ。本当に申し訳ないことをしてしまった。あの場所にいた人に。そして何より、ルーファスに…… 色々なことがあって、帰るのは夜の12時前。結局メリッサにCD(なんと無事だった)返せなかったし、背中に負ぶったルーファスはまだ目覚めないし。 警察の人が「送ろうか?」とも言ってくれたけど、なんとなくルーファスを負ぶって帰りたい気分だったので丁重にお断りした。でも、ルーファスって軽い……50キロないんじゃないかしら。 「あ……リン?」 ルーファスの目が覚めたみたい。 「全く、ちょっとぐらい手抜いてもよかったのに……立てる?」 「あ、うん……ごめんね」 ルーファスをおろした後、二人とも無言で夜の街を歩く。 そして、例の公園に差し掛かった。 「あ……」 ルーファスが何かを見て声をあげた。その視線の先には、公園の時計がある。 0時だ…… 深夜なので、夕刻のように音楽がなったりしない。ただ、黙々と時を刻んでいるのみだ。 「リン……」 「えっ?」 「誕生日、おめでとう」 えっ? あっ、ああ……そうか。18歳になっちゃったんだ 「あ、ありがと……」 「ちょっと待って。よく見ててよ……」 何かと思って、待っていたけど、何もない。疑問に思ってルーファスに尋ねようとしたその瞬間、夜空に一筋の線が走った。 「あっ……」 一瞬で消えてしまったけど、今の流れ星…… 「ルーファス……?」 「ごめんね、約束守れなくて」 「えっ?」 約束? 今日の勉強のこと? 「8歳のとき……大人になったら、夜空にいっぱいの流れ星、見せてあげるって言ったのにね」 えっ……? あ…… 思い出した……そういえば小さい頃、そんな約束もしたっけ…… 「ルーファス……」 「ほんとはね、ほんとは……もっとたくさんの流れ星を見せたかったんだけどね……」 まさか、それだけのためにずっと魔晶石を? 「奇蹟で使っちゃったから、あと1個分ぐらいしか残らなくてさ。こんな寂しいのになっちゃった」 それだけのために、10年間も……? 魔力が低いのも当然だ。隕石魔法なんてどれだけ魔力がいるか……地上に落とすわけでないにしても、夜空いっぱいなんて…… ほとんど魔晶石に送ってたんだ……自分の魔力を。 「馬鹿……」 なんでだろ……すごく……目が熱い…… 「あはは……そうかもね。でも、見せる人がいないと貯めてきた意味ないから」 「違うわよ……」 あー、なんだか前がよく見えない…… 「えっ……?」 ほっぺたを雫が通っていくし。 「1個でも……十分すぎるほどよ」 もう自分で何言ってるのか分からなくなってきた。 でも、いい。それでいいと思った。 「リン……誕生日、おめでとう……」 「ありが……とう、ルーファス……」 月と電灯だけが明かりの公園の中で、ぎゅっとお互いを抱きしめあった。涙が止まらなくて俯いた私を、ルーファスは優しく包んでくれていた。 「あー、眠い……」 月曜。学校までの長い坂。周りの生徒たちも眠そうなのが多い。 「おっはよー、リン! おとといは大変だったそうじゃないの」 朝から異常にハイテンションのメリッサ。 あ、CD借りたままだ。 「まあねー……」 「しっかし、それでも学校休まずに来るなんてえらいえらい」 「まあねー……」 ちょっと分けてあげたいこの眠気。 「でも良かったわねー、頼りになる彼氏がいて!」 「まあねー……って、はい!?」 か、彼氏!? 「なっ、なっ……」 「噂によると、長い付き合いらしいじゃないの。憎いね、このぉ」 もしや、ルーファスのこと!? 「あ、あのねっ……」 弁解を試みようと思ったちょうどそのとき、 「おーいっ、リンー!」 噂になってる張本人がやってきてしまった。 「あらあら、噂をすれば影、影、影! お邪魔虫はさっさと行くわね。じゃあまた後で教室でねーっ!」 言うや否や駆け出すメリッサ。 「なっ、ちょっ、ちょっと……!」 「お幸せにー!」 あー、行ってしまった。 私の横には代わりに見飽きた幼馴染の姿が。 「やあ、おはよう」 「……おはよ」 「母さんがさ、今日はバイト休みにしていいって言ってた」 私はもうすっかり大丈夫なんだけど、きっと気遣ってくれてるんだろう。 「でさ、今日暇でしょ。どっか遊びに行かない?」 ルーファスもなにやら朝からご機嫌だ。でも私は、 「だめよ。勉強しなきゃ」 って、きっぱりと言い放つ。 「あなたも私も、州立大に行くんだから」 「えっ……?」 もうっ、鈍いんだから…… 「学部は違っても、その方が会えるでしょ」 「えっ? えっ?」 あーっ、鈍感! 「あの、リン、それって……」 キーンコーンカーンコーン…… そして予鈴が鳴り響く。 早足になる生徒たち。もちろん私も。 澄み渡る空は、気持ち良いぐらいの青さ。 確かにつまらない日常だけど、こんな日もあるから、人生やめらんない。 それに…… 「あ、ちょっと待ってよ!」 「早くしないと遅れるわよっ」 今日からは、何かが変わるような、そんな気がしてるから。 〜fin〜あとがき |