「うちは37代続く魔法研究者なの」 「へー、私は19代目の楽器屋さん」 「わぁ、かっこいい!」 この地方では名目上はなくなっているけど、基本的にまだ身分制度が残っている。 結婚とか、学校とか、そういう風なところではほとんどないけれど、職業に関してはかなり厳しい。 結果として、世襲が何代も続くことになる。 「じゃあ大学の魔法学部も入りやすいんだ」 「うん、紹介だけは事欠かないからね」 こんな会話が新学期の定番。そんな時私は、いつもだんまりというか、不干渉に徹する。 とてもじゃないけど、私が継いでるものなんて恥ずかしくて言えない。 「あ、天宮さんの家は何やってるの?」 「えっ?」 こんな時、言うことは決まっている。 「ああ、うちはおじいちゃんの代でこっちに越してきたから……ただの会社員」 ごめん。真っ赤な嘘。実は何十代も前からこっちに住んでる。 「へー、そうなんだー。珍しいね」 何の疑いもなく信じてくれる新しいクラスメイト。 「そうなの。あはは……」 はぁ。顔で笑って心でため息。とんでもない家に生まれてしまったばっかりに…… 私が継いでいるもの。それは…… 魔法少女。 One Small Day"a happy magic"大石きつね今を去ること10年前。 お母さんが私にこう言ったわ。 「聞いて、悠子。魔法少女になって欲しいの」 「嫌」 そのあと「うん」って言うまでご飯食べさせてもらえなかったっけ…… 後で聞いた話だと、この会話も天宮家の伝統らしい。せめて後2年早ければ、中途半端に物心つく前だから抵抗なく魔法少女になってたろうに。 「あなたは変に大人だったわね」 と、母は言ってくれるけど、正常な判断をしたまでだと思う。なんでも、今まで「嫌」と言ってきたっていう話はあまり聞かないらしい。そりゃ、小学校2年生に聞けば大抵は何も考えずOKでしょうねぇ…… 12、3歳あたりでさっきのような会話が頻繁に交わされるそうな。もっとも、私はその頃の幼児体験が祟って、2度と「嫌」だの「やめたい」だの言えなくなったけどね。 絶食3日間だっけ…… そんな私もとうとう17歳と10ヶ月。長かった魔法少女稼業もあと2ヶ月でおさらばだ。待ってろ6月12日! しかしまぁ、一体誰が決めたんだろう。魔法少女は18歳までって。はっきり言って17にもなって語尾にハートがつくようなセリフは連発したくない。 ……まぁ、昔から決められてることらしいから、従わないと親戚筋に評判も悪くなるし。それに、幼児体型かつ童顔な私。さほど違和感はないらしい。 そしてだ。魔法少女として最後に重要な仕事が残ってるのよ……『後継者の育成』が! やっぱり魔法少女がいないっていうのは色々と問題があるらしい。私達の一族は、それこそ間が空くことなく魔法少女を輩出しなければならないんだそうだ。 やっぱりとんでもない一族だわ…… それで、私の次に魔法少女になるのは、母さんの妹の娘。私にとっては従妹にあたる10歳の子で、少し面識はある。聞いたところによると、どうやら私のときみたいにひねくれてはいないようで、結構やる気があるらしい。 今思えば私、先代のお姉さんにかなり迷惑かけてたわね…… ま、それはともかくとして。本人にやる気があるんなら話は早いわ。 それで、今このバス停でその子を待っているんだけど…… 「遅い」 待ち合わせは1時。時計を見ると1時40分過ぎ。 まったく、どこでなにやってんのかしら…… 「あーっ、お姉さーんっ!!」 ぼーっとバスがくるのを待っていると、本人がやってきた。 右手をぶんぶん振り回しながら、一生懸命に走っている様子。 まさか、駅から走ってきたの……? 「はあっ、はあっ、あー、よかった……ごめんなさい、遅れちゃって」 「あなたが亜季ちゃん?」 天宮亜季。母さんの妹の娘さん。親戚の集まるときに何回かあった気がする。でも、向こうは私のことを良く知っているらしい。まあ、自分が言うのもなんだけど、私は良くやっていると思う。親戚中でもそこそこ評判いいんじゃないのかな。 「はあっ、はーあっ! ……はいっ、天宮亜季です! お久し振りです、悠子お姉さん。私、ずっとお姉さんにあこがれてて、お姉さんみたいになりたいなあって、ずっと思ってたんです! だから、次のお役目が私に決まったとき、とっても嬉しかったんです!」 早口で一気にしゃべる亜季ちゃん。 「わ、わかったから、ちょっと落ち着いて」 うー、この子の面倒、2ヶ月もみるのか…… 私倒れなきゃいいけど。先が思いやられるわ。とほほ。 所変わって私の家。10階建てマンションの4階の部屋である。 共働きの両親は家におらず、今は私と亜季ちゃんの二人っきりでダイニングに向き合って座っている。 「……で」 紅茶のカップを置き、改めて亜季ちゃんを見る。 今はちょっと緊張してるみたい。ぱちっとした目にちょっと高潮したほほ。加えて髪の毛は両サイドでくくっていて、まるでキャンディの包み紙……は、ともかくとして。 「どうして40分も遅れちゃったの?」 今10歳ということはこの春から小学4年生。はっきり言って、10分の遅刻でも心配だ。 「あの……教えられたとおりバスに乗ろうとしたんですけど、ちょうど行ってしまったところで……それから喉が渇いてたからジュースを買って飲んだんです。そしたら……」 口ごもる亜紀ちゃん。 「そしたら?」 促すと亜季ちゃんは、紅茶を少し口に含んでひとつ深呼吸。 そして、元気なく口を開いた。 「バスのお金が足りなくなっちゃったんです」 うーん、なんてお約束な……だからって走ってくるっていうのもまた凄い話よね。 「それで、電話かけたんですけど、誰も出なくって」 あ……しまった。散歩がてら本屋めぐりしてたんだ…… 「そっか……それはごめんね。私もうっかりしてたわ」 「あ、いえ、悠子お姉さんは悪くないですよ!」 そんなことを言い合っているときだった。 トゥルルルル…… 「あ、ちょっと待っててね」 亜季ちゃんにそう言うと、受話器をとった 「はい、天宮です」 それは親戚からの出動要請だった。 これから、私の初めての指導……つまり、亜季ちゃんの初陣が始まる。 国道を猛スピードで駆け抜ける自転車一台。 ステッキを脇に抱え、必死の形相で自転車をこぐ私と、 「亜季ちゃん! 道具持ってるね!」 荷台でほうきと私を抱きしめる亜紀ちゃん。 「は、はいっ」 もちろん二人乗りはいけないことだとわかっている。だがしかし、そんなことには構っていられない。魔法少女の仕事は一秒一時を争う。 「おっ、お姉さん、いつも自転車なんですか?」 「当たり前でしょ! 脚力鍛えておきなさいよ!」 魔法少女は足が命。一刻も早く現場にたどり着かなければならないのだ。もちろん、免許は取れないし、大人に送ってもらうにしても万一渋滞に巻き込まれでもしたら、それこそ取り返しのつかない事態に陥る可能性だってある。 程度はあれど、よっぽど遠くないかぎり魔法少女が現場に駆けつける手段は自転車になる。 「ここ6丁目の31番地だから……この先3つ目の信号! 曲がるから気をつけてね!」 「あ、は、はい!」 変身してしまえば、疲れがどうとか関係ない。一番の体力の使い時は、移動のとき。つまり、今! 「お姉さん、信号!」 そんなこと構ってられない。 「曲がるよっ!!」 「あ、はい!」 キキキィッ 見よ、この見事なコーナリング! これまで何台の自転車をダメにしたことやら。 よーしっ、後は直線一本! 最後の坂を時速40キロで下りきったときの、なんともいえない達成感。 「はあっ、はあっ……つ、着いたわよ……」 流石に二人乗りは疲れる…… でも、今日私は働かなくて良い。ほとんどの仕事は亜季ちゃんがやってくれる。 当の亜季ちゃんは…… 「ふ、ふぁい……」 目を回してぐったりしていた。 「あ、亜季ちゃん! 早く変身しなさい!」 「あ、はっ、はいっ! ……えっと、お願いします!」 はっ! 忘れてた! 「あ、あゆぱっぱ!」 とっさに口をついて出たのは、私の呪文の3番目。 「……は、はいっ!」 胸に抱えていたほうきを持ち直し、大きく振り上げる亜紀ちゃん。 「まじかる・ちぇりっしゅ・ぷらいむ・らいど・ことこと・あきあき・あゆぱっぱ!」 大きな声ではっきりと詠唱した直後、亜季ちゃんの体が、まばゆい光に包まれる。 こうやって先代の魔法少女から、次の代へと、一言だけ呪文を継承していくらしい。 一応私も変身しておいた方がいいかしら…… 「しろっぷ・りりかる・あゆぱっぱ・ゆう・みあ・どろっぷ・ろむれっと」 亜紀ちゃんとは違ってぼそぼそっとつぶやくように呪文を唱える私。 はっきり言ってとても恥しい。しかも、最後の一節以外の6節を母が作ったのだけど…… まあ、今更言っても仕方ないんだけど。一応これで9年10ヶ月やってきた私。自分で褒めてあげたいわ…… ……は、ともかくとして、敵さんはどこにいるわけ? 「悠子お姉さん……じゃなかった、リリカルユーユさん。えと、見たところ何も起きてなさそうなんですけど……」 今の私は天宮悠子じゃない。あくまでリリカルユーユ。まあ、俗にいう、仕事と私生活を区別するってやつだ。 「そうみたいね……」 うーん、場所はあってるはずなんだけど…… 「そういえば、あなたの名前は?」 「あ、チェリッシュアキです」 ふーん、チェリッシュってことは私の8代前の先輩から継承してるんだ…… ちなみに私のリリカルは私の6代前の先輩から頂いた。お母さんの師にあたるそうだ。 そう、お母さんは5代前。 4代前はお母さんの妹、つまり亜季ちゃんのお母さん。 3代前が分家筋の月原さんとこのお姉さん。 2代前はその月原さんからさらに分かれた羽塚さんとこのお姉さん。 で、先代がさっきの月原さんのとこの妹さんで、 今が私というわけ。ややこしいったら…… 魔法少女なんてものは、大抵6年。長くて8年で代替わりするものなのに、どういうわけか私は10年。破格だ。 そのとき、視界の端……手前のビルの屋上に何か妙な影が見えた。 「ん……?」 私につられて、チェリッシュアキこと亜季ちゃんもビルの上を見る。 「何かありましたか?」 気のせい……じゃないわね。 「多分、このビルね」 「えっ、あ、お姉さん!」 サクサク進んでいく私を、必死で追いかけてくるチェリッシュアキ。 「いい? こういうところに入るときは、まず管理人とか、事務所とかに話つけなきゃなんないわけ。それがダメなら空飛ぶなり隣から行くなりしなきゃいけないの」 「な、なるほど……でも、そういうときって、どう説明すればいいんですか?」 「まあ……魔物がいるだの、私はそれを駆除できるだの、そういうことを言えばいいのよ。多少の嘘も方便ね」 うちの家訓にもある。 『魔法少女は嘘半分』 この仕事やってたら、チェリッシュアキもそのうちきっとわかるようになるわ。 「そ、そうなんですか……」 というわけでまずは交渉からと、いつも通りにビル内へ入ったそのとき、 「あらー? リリカルユーユじゃない。遅かったのね」 缶コーヒー片手に、セミロングの髪のお姉さんが話しかけて来た。 「七海さん……なんで中にいるんですか」 月原七海さん。先代の魔法少女。つまり私のお師匠様だ。 「え……あー、そういえば。外にいなきゃいけなかったのね。ごめんなさい」 この一見ぽやぽやーっとしたお姉さん、私の前9年間も魔法少女を務め、大活躍しつつも国立大学に入学、優秀な成績で卒業。しかし今はなぜか実家の本屋を継いでいるというある意味凄い経歴の持ち主だ。今年で28のはずだけど、外見は未成年かとも思えるぐらい若い。 「こっちは新人さんね? かわいいわねー。お名前は?」 「あ、え、えっと、チェリッシュアキです」 「私は月原の七海です。そっかー、次も天宮さんなんだね。がんばってね」 ほんわかと応援されてしまったが、今はそれどころじゃないって。 「あの、自己紹介とかは置いといて、目標はどこなんですか?」 「えっと、確かここの6階で、自殺未遂者だから優しくね」 なんとも頼りないけれど、間違いはないだろう。 「了解」 と意気込んだ矢先、七海さんのほんわかした声が水を差す。 「がんばってねー。あ、ちなみにエレベーターは使えないみたい」 階段のぼり……がっくり。 4階から5階への途中。 「チェリッシュアキ、一応確認しておくけど『目標』については知ってるわよね」 「あ、はい、えっと、思いが強すぎて力が暴走してしまった人……ですよね」 補足説明。ここの土地はなぜだか、人の魔力が増幅されやすいんだそうだ。だから、人の思いによって起こる事象……つまり魔法の効果も他の土地よりもかなり強く現れる。 時にそれがあふれ出て、本人も制御できないくらいに膨れ上がる時がある。それは多く負の感情に支配されたときなんだけど……ともかく、そうやって魔力に飲み込まれた人はどんどん負の感情が深くなっていって、どうしようもないくらいになってしまう。 まあ、平たく言えば、そういうものを助けるのが魔法少女の仕事なわけだ。 「80点ね」 「えっ、あと20点は……」 「『人』じゃなくても思いは持つからね。まあそのうち分かるわ」 そう。たまに無生物の相手をしなきゃいけないときがある。 それがまた大変なんだけど…… 「着いたわね」 壁にある6Fの文字。 ここまで来たらはっきり分かる。目標は近い。 「なんだか……嫌な雰囲気ですね」 このどんよりというか、ねとーっというか、明らかに通常とは違う空気。チェリッシュアキも感じ取っているようだ。 「ああ、言い忘れたけど、仕事するのはチェリッシュアキ、あなただからね」 「ええっ、い、いきなりですかあ?」 そう。新人研修は、まずぶっつけ本番から。これが魔法少女界の常識だ。 「えっとね、まずは言葉での説得で、無理そうだったら魔法でマイナス部分を消しちゃうの。魔法の場合は詠唱が長いとか疲れるとかいろいろとリスクがあるから、できるだけ説得するように。話術も磨かなきゃね」 本当はもうひとつ絶望的な副作用があるんだけどね、魔法。 とまあ、そんなことを話しているうちに、件の部屋まで着いてしまった。 嫌な雰囲気も最高潮だ。 「うー……」 まだまだ決心のつかないチェリッシュアキ。 私のときはどうだったっけ……嫌々なりにもやらなきゃ終らないことを悟ってさっさと済ませようとしたような覚えがある。 「や、やっぱりやらなきゃだめですか?」 「ダメ。100代前からそうしてるの。私なんか8歳よ、初陣」 今思えば、ほんと危険だったわね。 「まあ、やってみなさいって。危なくなったらちゃんと助けるから」 「うー……」 うんうん唸りつつドアノブに手をかけるチェリッシュアキ。 そして、チェリッシュアキの初めての戦いが始まった。 「お、おじゃましまーす……」 なんとも場に似つかわしくないセリフ。 「え、えっと、こんにちは……」 カーテンの閉めきられた室内。薄暗いだけでも気味が悪いのに、この空気。 いた。七海さんの言う自殺未遂者。意外なことに女性だった。それも、この地域の人ではない。綺麗な赤毛が印象的な人だ。今は負のエネルギーに飲まれて生気のない顔をしているけど、きっと美人なんだろう。 「あ、あの……」 女性は何も言わずに立っているだけ。でも、飲み込まれた者特有の嫌な空気。この発生源は間違いなくこの人だ。 「え、えっと……」 自分のほうきにしがみついて、泣きそうな顔でこっちを見てくるチェリッシュアキ。 でもまだ私の出る幕じゃない。 「何……あなた達……」 ……っ!! 頭の中に直接響いてきた声。間違いなくあの女性のものだ。 「あ、あの、えっと、私あなたとお話したくて……」 「話? 話なんてないわ……」 よし、第一段階はクリア。会話が成り立つ時点で説得の足がかりができる。 全く話そうとしないとか耳を貸さないとか、そういうときって力ずくで……つまり魔法に頼るしかないのよね。 「そんな……本当に何もないんですか? 私、何でも聞きますよ」 よしよし、いい感じ。お母さんから何かアドバイスでももらったのかしら。 「今まで嬉しかったこと、楽しかったこと、悲しかったこと……あなたのことならなんでも」 一瞬だけ表情が動いた。よかった。まだ手の施しようがある。 「私には……なにもないわ。生きていても仕方ないの」 「嘘です。じゃあ何でそんなに悲しそうなんですか。楽しいことと比べるから、悲しいことが悲しく思えるんです。本当に悲しいだけの人だったら、悲しいって思えないんです」 なんだかよくわからない理屈だけど、必死に話を聞こうとしているのがわかる。 「なにがあったんですか。何が楽しかったんですか? ……今、何が悲しいんですか?」 一転して、優しく声をかけるチェリッシュアキ。やっぱり、話術の初歩は心得ているみたいね。 とりあえずこの場は、チェリッシュアキに任せるとして、先輩は先輩ですることがある。 そろりそろりと外に出てみると、案の定、負の感情に引きつけられたよく分からない黒いものが、何体もうぞうぞ這っている。 気色悪いことこの上ない。 「えいっ」 べちっ ぶしゅう…… なんだかよく分からないけど、ステッキで叩けば跡形もなくなる。 べちっ、ぶしゅう…… はぁ、地味だわ。 べちっ、ぶしゅう、べちっ、ぶしゅう…… 魔法少女のアイテムは、大抵これを潰すのに使われる。 私のステッキはスタンダードな打撃武器になるけど、チェリッシュアキのはほうきだったっけ。まあ、柄の部分で叩けるか。 余談だけど、七海さんのアイテムは鐘。もちろんお寺にあるような奴じゃなく、教会にあるような奴の小さい版だ。 それでこの黒い奴殴ってるのを見た時は、さすがに怖かったわね…… 多分今、下の階で見られるだろう。 物体を殴るたびに「カーン、カーン……」と音がするあの妙に怖い光景が。 べちっ、ぶしゅう…… ふう。大体終ったわね。 なぜこんな奴の駆除をするかというと、ほとんどは負の感情がなくなると消えるんだけど、たまに残ってる奴がいるからだ。 いると臭いし、踏むと滑るし、とにかく良いことがないっていう理由で、この地味な作業は存在している。 そういえば、チェリッシュアキはどうだろうか。 そっと扉を開け、再び中へ入ると同時に、辺りに悲鳴が響き渡った。 見れば、赤毛の女性が頭を押さえながらうずくまっている。 「嫌、嫌、嫌ぁっ!!」 何があったか知らないけど、加速度的に飲み込まれてる! ゴオオォォォォ…… 暴走した負の感情のエネルギーが巻き起こる。 「きゃあああっ!!」 「チェリッシュアキ!」 まずい。ほうきの力で何とか防御しているものの、あれじゃあ跳ね飛ばされてしまう。 「アキ! 魔法使って!」 私が叫んでも、どうやらチェリッシュアキには届いていない。 ゴオオォォォォッッッ…… さらに強まるエネルギーの嵐。 仕方ない。私が魔法使うしかない。 ってわけで詠唱開始! 「世界中の人たちの、嬉しい気持ちを集めよう。あふれる想いを力にして、今、リリカルユーユがお願いします。しろっぷしろっぷ、みんなの力」 なんとなく、分かる。もう慣れたこの感触。世界中にあふれる気持ち。幸せとか、楽しみとか、明るい気持ち。 さらに詠唱を続ける。長い。 そして最後の一節の前で、女性の方へと向く。 「強くてもろい、あなたの気持ち。あらゆる人が受け止める。みんなの想い、あなたのために、今、ここに、解放します! りりかるどろーーっぷ!」 まばゆい光に包まれるビルの一室。 その中は、さっきまでの嵐が嘘のような静寂に包まれている。 そこにいるのは、私と、 「あれ……悠子お姉さん……じゃない、リリカルユーユさん」 事態を把握しきれていないチェリッシュアキと、 「……わ、私は……」 そして、あの女性。 ここからはチェリッシュアキの役目。 私は目でそう合図をする。 「あ、あ、えっと、はじめまして、私、チェリッシュアキといいます。えっと、えっと……何があったのか、話していただけませんか? 誰かに聞いてもらえるだけで、きっと楽になりますよ。あ、えっと、お姉さんのお名前は?」 そう優しく問いかけると、 「私……私は浪岡セリア……どうして……ここは?」 と答えたが、やはり驚き戸惑っている様子。 「えっと、ここはあなたと私がお話をするための場所です。ね、お話しましょう」 「え、ええ……」 光の中、ちょこんと座る二人。 少しずつではあるけれども会話はできているようだ。 はあ……ま、何とかなりそうね。 今回使った魔法は、強い正のエネルギーで負のエネルギーを無理やり打ち消すというもの。まあ、原理は良くわからないんだけど、私はこれが使いやすくて愛用している。 しかし副作用があるんだな、これが…… 「はぁ……」 それを思うと、小さくため息をつかずにいられなかった。 「さよーならー。がんばってくださいねーっ!」 チェリッシュアキの声に振り向いて、笑顔で手を振る赤毛の女性。 「よかった……」 それを見てほっとした様子のチェリッシュアキ。 会話すること2時間と少し。 何とかあの女性……浪岡セリアさんを解放することができた。 「でも、大丈夫でしょうか。この地方ってやっぱりまだまだ……」 彼女が自殺未遂に走った理由…… それは彼女が他の遠い地方の人間とのハーフであったことで、この地方の伝統的、保守的な気風の人に、いわゆる「いじめ」を受けたことにあった。 さっきの暴走も、一連仕打ちを思い出してのことだったみたい。 「さあね、それは私達の関するところじゃないわ」 「そうですけど……」 しかし、そういう人たちばかりでないのはもう確かなこと。特に若い世代は、伝統なんてものはあまり気にしちゃいない。時代は変わってきている。 「でもね、あの人は一つ強くなったはずよ。それを信じなさい」 あの強い瞳は、私に確かな安心感を与えた。もうこの人は大丈夫だと。 「そうですね……」 いろいろあったものの、なんとかなってよかった。 「お疲れ様、二人とも」 七海さんだ。手には3本のジュースが抱えられている。 「無事に終ってよかったわね。変身解いたらどう?」 私はあんまり、解きたくない…… まあ、ずっとこのままでいるわけにもいかないけど。 「……そうですね。あゆぱっぱ!」 というわけで早々に変身を解くことにした。 「じゃあわたしも。ぷらいむ!」 続いて、チェリッシュアキの声が聞こえた。 「か、かわいいー!!」 きらきらと目を輝かせる亜季ちゃん。 「あらあら、今日は悠子ちゃんが魔法使ったのね」 そう言いながら私の頭をなでる七海さん。 「あのね……」 これが魔法の副作用。 今私は、9歳の私になっている。 「亜季ちゃん、よく覚えておきなさい。魔法を使った後、1日こうなるの」 「はーい、わかりましたー」 どこまでも楽しそうな亜季ちゃん。 「あとね、魔法を使っていくと、どんどん発育が遅れるから気をつけてね」 七海さんが補足説明。すると、 「えっ……」 とたんに表情が凍る亜季ちゃん。 「じゃあ、悠子お姉さんの胸がなかったのも……」 そこまで言って、はっと口を押さえる亜季ちゃん。 「なんですって……?」 怒りに震える私…… 「えっ、あっ、いや、その……」 自覚はしていた。でも仕事だから仕方ないじゃない。私だって発育が遅いのは嫌だったわよ。でもね、10年間もずっと魔法少女してたら嫌でもこうなっちゃうのよ! 「あ、あの……」 「気をつけてね亜紀ちゃん。あなた10歳だから、魔法使うと5歳になっちゃうわよ」 魔法少女の魔法は、体の全エネルギーを搾り出して使う。 それによって実年齢の半分ほど退行してしまう。 「ご、5歳……」 「大丈夫よ。1日たてば元に戻るから。5歳児の見た目で小学4年生の子ぐらいいるでしょ。気になるなら幼稚園に行けばいいんだわ」 「悠子お姉さん、言葉にトゲがるんですけど……」 「気のせいよ」 「やっぱり怒ってますーっ」 亜季ちゃんの声が、夕焼け空に響き渡った。 あと2ヶ月。 やっぱり魔法少女は楽じゃないわ。 〜fin〜あとがき |