-53-
[誰だ?」
その言葉が広志の頭の中でこだましていた。
薄暗い夕方の空はやがて完全なる闇に姿を変える。
ゆっくりと光の量は減っていく。
顔のみえないクラスメイトは震えた上ずった声でもう一度告げる。
「だ、だ、誰だ?」
広志はがくがくとふるえる膝を押さえつけるように、ぐっと下半身に力を入れる。
口はやっとの思いで呼吸するだけに充分な量の空気を吸い込む。
聞き覚えのある声。
よく知ってる声。
感情が高ぶるときに”奴”が発する、独特の上ずった声。
荒い息遣いも聞こえた。
右手に握られてる、恐らく銃であろう金属は冷徹に広志を睨みつける。
銃口は小刻みにぶれ、奴が震えていることもわかった。
「手、て、手をぉ上げて・・・ハァハァ・・・出て来い・・・で・でててこォい!!・・・。」
うわ、すげーびびってんな。
俺、異常にびびってる・・・。
大丈夫か?
あいつ。
話せる状態か?
このまま逃げた方がよさそうだな。
あ。
でもだめだよ。
逃げれねー。
だって、俺、腰抜かさないだけ上出来な状態だもん。
走れねー。
ってか手を上げてでてくのも怪しい。
息だって上手く吸えねぇよ。
苦しい。
ハァ・・・・ハァ・・・。
こんなに呼吸する事に神経使ったの初めてだ。
―――! わかったよ。
そんなに銃をぶるぶるふるわせんな。
こえぇだろーが。
うわ、泣きそう。
俺。
かっこわりぃ。
俺ってほんといくじねーな。
もっと男らしいかと思ってた。
見つかったの女子じゃなくて良かった。
女子だったらいわれんだろうな。
「もっと、男らしいかと思った」って。
俺だって男らしくありたいとは思うけど。
怖いもんはこえぇ。
―――!わかったっての。
何度もいうなよ。
また手を上げんのかよ。
これかっこわりいから嫌なんだよ。
くそー
広志はゆっくりと両手を上げ、ゆっくりと足を前に進めた。
半ば引きずるように、一歩一歩進む。
やたらディパックとドラムバッグが重く感じた。
額からおちる汗が目に入ったが拭う事が出来なかった。
右目をつぶり、必死に痛みをこらえる。
震える影は少し後ずさるように距離をとる。
広志の草葉を蹴飛ばす、がさがさという音だけが聞こえた。
静寂に包まれたエリアE−3。
やがて影がおどいたように、頭の後ろから出たような声で言う。
「ヤナギか?・・・オマエ・・・ヤナギか?」
広志はどうしていいのかわからずにとりあえず笑顔を作ってみた。
へらへらっとした、きっと鏡で見たら幻滅しそうな下卑た笑いだったかもしれない。
緊張で顔がひきつり、上手い事表情を作る事が出来なかった。
「俺だよ。柳原広志、だ。」
言えた。と広志は思った。
わりとすんなり声が出たことが自分でも以外だった。
もっとつっかえたり、噛んだりすると思っていた。
自分が自分で思ってるよりも緊張していない事に気付く。
あ、おまじないがきいてる。
と思ったが、実際のところそうではなかった。
明らかにその影が、怯えている事。
そして、自分の存在そのものに脅威を持っている事を広志は無意識のうちに気付いていた。
精神的に優位な状況。
直感的にそう感じていた。
もちろん、自分では気付いてはいない。
影は戸惑うように視線をずらす。
もし、この状況で遭遇したのが広志でなければ引き金を引いたかもしれない。
それほどに追い詰められていた。
「俺は、コロス気とか・・・ないからな。」
広志はゆっくりと言った。
牽制のつもりだった。
そして、更に続ける。
「オマエ、裕也だろ?」
――高野裕也
サッカー部所属。
ポジションFW。
性格、単純明快。
座右の銘、ピンチの後がチャンス。
広志とはチームメイト。
裕也はかくかくと何度も頷いた。
しかし、銃口を下ろさない。
警戒している。
広志の緊張は最高点に達していた。
体が茂みを抜け全身が見える状態になるところまで進み歩を止めた。
座り込みたいくらいに腰は重かった。
しかし、今ぺたんと腰を落ち着ければ、動きを見せれば引き金を引かれるかもしれない。
そう判断し、そのまま立っていた。
事が前に進むのを無言で待った。
どう切り出すか?
迷っていた。
裕也もやはり事が進展する事を無言で待つ。
銃口は下げない。
均衡を保つたった一つの武器だ、と信じていた。
疑心に隔たれ、二人の距離は物理的にも精神的にも縮まらない。
ただ、時が流れる。
疑心はネガティブな方向へ予感を走らせる。
会場が完全に夜の姿に変わってしまうまで、数十分、時は流れる。
均衡を保ったまま。
おいおい。
疲れないか?
右手突っ張りぱなしじゃねーかよ。
練習んときは疲れたー、休もうってすぐ言うくせにこういうときはがんばるな。
ま、あの練習を毎日文句言いながれでもこなしてんだ。
当たり前か・・・。
でもこいつ。
やる気ないのかな?
やる気だったら誰だ?とかいうまえにさっさと撃つだろう。
飛び道具なんだし。
銃撃つの怖いのか?
殺すの怖いのか?
じゃー俺と一緒だな・・・。
・・・。
―――!
俺と一緒?
もしかして・・・。
俺と同じで・・・。
・・・。
仲間欲しいのか?
おいおい。
相思相愛じゃねーかよ。
ちょっとしたお見合いだな。
突然ばったりあっちまったもんだから緊張して話がはずまねーか?
仲人さんでもいてくれりゃな・・・。
「なぁ、裕也。
俺、慶からサインをもらったんだ。
このエリアに来いって事だと思う。
俺は、ゲームに参加する気はない。
何とか脱出の方法を探す。
オマエも協力してくれないか?」
広志は頭の中でそう、言うべきことの台本を作った。
なるべく正直に簡単に、仲間を探す意思とやる気のないことをアピールするために考えた。
ほぼ文句なしの出来である事をそれこそ何十回と確認した。
さ、言うぞ。
今度こそ言うぞ。
せーの――――――
「武器を捨てて手を上げろ!」
その声は裕也の声ではなかった。
広志の左前方、あの鉄の扉の方向から聞こえた。
裕也はこわばった表情でばっと振り向く。
広志もその方向へ視線を投げるとそこには―――
弓を水平にし、銃の機構を取り入れた武器、ボウガンを構える井上慶の姿があった。
足を肩幅弱に開き若干腰を落としている。
狙いは裕也に合わされていた。
広志は戸惑った。
違う、慶。
こいつはやる気はない。
裕也は俺を殺す気はない!
30分近く睨みあったんだ!
それくらいはわかる。
びびってるだけだ。
撃つな!
絶対撃つな!
俺がオマエを信用する事も出来なくなる!
しかし、声が出なかった。
慶は冷静に構えている。
躊躇はしないといった雰囲気が暗い闇の中でも充分に伝わってきた。
「武器をすてろ。」
慶は言う。
裕也は信じられないといった表情を浮かべたまま、じっと慶を見つめる。
銃口は広志に向けられたまま。
そこで、広志が銃を叩き落とす事も出来た。
裕也はただ、右手を突っ張っているだけで広志に対してはもう微塵の注意も払ってはいない。
しかし、出来なかった。
仲間になれるかもしれない可能性と、動きを見せれば慶にボウガンを撃たれる可能性が頭をよぎる。
裕也は銃を下ろす気配を見せなかった。
ただ、固まっていた。
想像を越えるハプニングで頭がパニックになっているのだろう。
「5つ数える。それでも銃を捨てなかったら撃つ。」
刑事ドラマみたいだと広志は思った。
「ひとつ・・・」
「・・・ふたつ」
「みっつ――――
裕也は諦めたように銃を捨てた。
そして呟くように言った。
「くそ・・・騙された・・。」
広志は一瞬意味がわからなかった。
が、すぐに悟る。
裕也にもサインを?!
そーだ、裕也がここにきたのは偶然じゃなかった。
サインをだしてたんだ!
まさか・・・慶・・・
やっぱり・・・
やっぱり・・・
俺たちを集めて殺す気だったのか?!
ふざけんな!!
信用してたのに!!
広志の表情がみるみるうちに怒りの色へ変わっていく。
頭に血が上っていくのを感じた。
歯を食いしばり慶を睨みつけた。
慶はそしらぬ顔でゆっくりと裕也と広志に近づく。
ボウガンは下ろさない。
目の前でくると
「3歩下がれ。」
と短く言った。
そして「撃つぞ?」と加えた。
広志と裕也は仲良く両手を上げ、後ろ向きに3歩下がった。
風がぶわっと吹いて、額に汗を滲ませる広志の顔を冷たくなでた。
慶はゆっくりと腰を落とし、銃を片手で拾い上げる。
もちろんボウガンは狙いを定め、引き金に指をかけている。
銃を左手に、拾い上げると慶は口を開く。
「ヤナギ、オマエの武器は?」
広志は答えなかった。
憎悪の表情で睨みつける。
「ヤナギ?」
慶は小首を傾げる。
その、仕草がひょうひょうとしていたのが広志の憎悪を頂点に高まらせた。
「ふざけんなっ!俺を、クラスメイトを殺すなんて!!しかも俺を騙したなっ!!」
広志は思っていることをそのまま口に出した。
もう怒りで何がなんだかわからなくなっていた。
ただ、胸にたまったむかむかした気持ちを吐き出すように言葉をぶつけた。
慶ははとが豆鉄砲をくらったような表情で答える。
「騙した?俺が?いつ?」
広志は更に声を荒げる。
血管が切れそうだと思うほど腹が立っていた。
「いつ?今だよっ!てめぇがここにこいって言ったんだろーがっ!!」
慶の眉間にしわがよる。
「きたねぇぞ!信用してたのに!!ふざけんな!」
慶はぷっと吹き出した。
広志は理解できなかった。
完全にイッテしまっていると感じた。
なに考えてんだ?
俺が怒ってるのがそんなにおかしいか?
ふざけんな!
友達だと思ってたのに。
信じてたのに!
ちくしょう!
俺がバカだった!!
おまえなんか信じた俺がな!!
「あほか?」
慶はそう吐き捨てるとポイントをすっと下ろした。
そして、ボウガンを地面に置き両手をすっとかざした。
「冷静になれよ。武器もってりゃ警戒するだろ?普通。」
広志の想像を越える事が目の前で起こっていた。
全く理解ができない。
「俺のこと信用してくれたか?嬉しいよ。」
裕也と広志の顔を交互に見る。
「やる気はないのは俺も同じだ。
ただ、裕也が発狂してたように見えた。
俺のサインわかったか?
後で思ったけどわかりづらいかな?と心配したよ。」
呆然とした顔で裕也も広志も慶の笑顔を見つめていた。
「うちのクラスのサッカー部全員にサインを出した。
気付いた奴が何人いるかわかんないけど。」
広志は再び自己嫌悪に陥った。
親友を疑った。
そして同時にプログラムの恐怖も感じた。
みんなこうして、人殺しになるんだ・・・と。
「とにかく、中へ入ろう。話がある。」
そういうと慶は身を翻しボウガンを拾い上げ鉄の扉へ向かった。
裕也はぺたんとその場に座り込んでしまった。
腰が抜けたようだった。
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