丸木一裕は正午の放送で目を覚ます。
体に残る疲労はわずかで、心地よいと言ってもいい目覚めだった。


彼は岩崎美穂を射殺した後、しばらく辺りを彷徨った。
”獲物”を求めて。
いや、”仲間”といったほうが適当かもしれない。


手に握るコルトの重量が次第に重くなっていくのを感じながら、慎重に山の中を歩き回った。
見つけたのはいくつかの死体と、散乱したディバック。
地図やコンパスは巻き散らかされ、武器だけがなくなっていた。
死体は良く知った顔や、言葉も交わした事のない顔。
どれもマネキンのように表情を失い、ただ宙を見つめていた。
一裕はそんな死体には目もくれず、ただ”仲間”が一人減ったことに苛立った。


コルトの衝撃と、直子の息絶える瞬間の顔が忘れられなかった。


ぐちゃぐちゃの思考とどうにも出来ない自分の過去を重ね、
同じように苦しむ誰かを探していた。
もしかしたらこの感情を共有できるかもしれない、と考えていた。
痛みというよりは、絡みついた糸をほどけないもどかしさ。
何故、直子を撃ち、母親を刺したのか。
その答えを欲していた。


”僕は何? ”


体に残る疲労を回復するため、重い瞼を閉じたのは午前6時過ぎだ。
約6時間の睡眠。


目覚めた一裕の脳裏にはまだ、哲学的ともいえる疑問がびっしりとこびりついていた。
彼は再び立ち上がる。
答えを求めて。


北へ向かおうと思う。
理由はない。
強いて言うならば今しがた吹きぬけた風が、北へ向かっていたというのがその理由。
一裕は地図を広げ、その先を確かめる。


禁止エリアなど問題ではなかった。
行きたい方向へ行きたい時に向かう。
どこにもいけない感情と同様に、体の自由すらも束縛されてしまうのは本意ではなかった。
もし、それで死んでしまうなら、それはそれで構わない。
自暴自棄とはまた違う、彼なりの反抗。


ゆっくりと歩き始める。
北の、A−6。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


A−6。


旧訓練生第6宿舎。
14時より禁止エリアに含まれる陸軍施設。
演習時や、訓練生が富士演習場での訓練のさいに利用していた宿泊施設。
だが、現在は訓練本部の移設に伴い使用されてはいない。
第1宿舎から第5宿舎までは、すべて跡形もなく取り壊されている。
この第6宿舎だけが残されているのは単純に予算の都合だった。
プログラム会場に使用することが決まったのも、取り壊し見送りの要因といえるだろう。


3階建ての鉄筋コンクリート。
古い工法の簡素な、その施設には大小10の部屋がある。
1階には食堂と大浴場。
2階と3階は宿泊のための4人部屋と6人部屋が2つづつ。
残りはトイレや、ちょっとした納戸。
立てこもるには広すぎ、また、隠れるには狭すぎた。


この施設で息絶えた中学3年生は、今までに2桁を超えている。


5年前のプログラムでは、この施設で12人の生徒が息を引き取っている。
第6宿舎の大量虐殺。
惨殺したのは一人の女子生徒。
当然、一度に殺した人数ではトップで、この記録はまだ破られてはいない。


プログラムに巻き込まれた生徒は、往々にしてこの施設に身を隠し、殺される。
不思議な魅力というにはいささかオカルトが過ぎるが、
この廃墟のような第6宿舎にはどこかそういったものがある。
ある、研究者はこう分析する。
”建物の形状、工法、色褪せたコンクリートが
自分の通っていた校舎を思い出させるのではないか?”と。
その考察はあながち間違いではないだろう。
そのつくりは校舎のソレにとても良く似ていた。
そして、同様に生徒達もそう感じていただろう。


しかし、政府は特にそれを突き詰めたりはしない。
ただ単に”良く人が死ぬポイント”として認知されるだけだった。


2001年度18号プログラムでも例年よりは少ない数ではあったが、
3人の生徒が身を隠している。


松島弘と、増田洋子、山下直美の3人だ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


先に第6宿舎に隠れていたのは、オタクの松島弘。
手に手榴弾を握り、3階の4人部屋の、打ち棄てられ今にも崩れそうな2段ベッドのしたに潜っていた。


― 一日目、午後5時。


先の本部での”質問”で、クラスメイト全員にやる気であると誤解されてしまった。
その事を考慮し、誰かと仲間になろうなどという考えは最初に捨てた。
一人で逃げ回る事を決める。
戦う意思も存在しなかった。
臆病な彼に誰かを殺す事などできるはずは無かった。
血を見るだけでも卒倒してしまうのだ。


まるで方向感覚がつかめない”会場”を、あてもなく彷徨い、偶然にもこの第六宿舎を見つける。
当然、何者かが潜んでいる事を警戒するも、恐る恐る近づく。
建物の中に身を隠したい心理が、彼を恐怖感から遠ざける。


ゆっくりと足音を立てぬように、ぐるりと建物を一周。
朽ち果て、所々にひびの入った窓には人影は見えない。
誰の気配も感じられなかった。
弘はそんな自分の感覚を、”気配”というものを、このとき初めて意識する。


”誰もいないことがわかる”


普段、家に閉じこもってモニタを相手に時間を潰す弘にとっては、不思議な感覚だった。
確かに感じる、”誰もいない気配”。


ゆっくりと回りきったところで、景気よく割られた窓が見えた。
身を屈めればすんなりと中へ入ることが出来そうだ。
ガラスの破片は一片もサッシには残っては居ない。
不注意で体のどこかを切ってしまう恐れもない。


弘はそのサッシの上部へ手をかけ、念入りに中の様子を探り、一気に体を引き寄せる。
中に転がるように入ったときに、相当大きな物音を立ててしまう。
その音に自ら驚き、一瞬取り乱しそうになるが、ギリギリで留まる。
腰を屈めたまま、その物音に反応するものがないか見定める。


動きはない。


幸いな事に、この宿舎にはじめて潜入したのは弘だ。
まだ、だれもこの施設を発見してはいない。


飛び出しそうな心臓を手で抑えながら、静かに、静かに中を探索する。
建物内の死角という死角をすべて見定めなければ落ち着けそうにはなかった。
手に握られているのは手榴弾。


彼の支給武器だ。
使い方はマニュアルで確認していた。
まるで、お守りのようにその楕円形の球体を強く握る。


最上階の最後の部屋の、最後の死角を確認した後、安堵の息を漏らす。


――誰もいない


当然、誰もいない事は感覚で察していた。
しかし、日頃接していない、”感覚”には確信がなかった。
自分の目で一つずつ確認したおかげか、冷静さも少しだけ取り戻す。


ふ、と放送が聞こえた。
建物の中にいるせいか、ひどく遠くから聞こえるような感覚だった。
死者一人を伝える簡素な放送。


まだ一人。


部屋の両脇には、シンプルなパイプで出来た2段ベッドが備え付けられていた。
シーツや布団もそのままであったが、カビ臭いすえた匂いを放っている。
ところどころに、黒い得体の知れないしみがついていた。
弘は露骨にそのシーツから目をはがす。


――臭い。


しかし、隠れられそうな場所はここまで来る間に見つけることは出来なかった。
据え付けのクローゼットや、一階の厨房の冷蔵庫などは比較的人目につきやすいと判断していた。
その根拠は、弘がそう感じたからだ。
きっと、誰かが同じようにこの宿舎を発見すれば、
同じように冷蔵庫を開け、クローゼットを開けるだろうと。
しかし、それ以外に隠れらそうな場所はない。


このゲームに参加し、誰も殺さず、誰にも殺されず、生きて出る方法は一つだけ。
誰にも会わない事だ。


弘は再びベッドへ目を向ける。
そして、意を決したように地べたにはいつくばり、ベッドの下に潜り込んだ。
人が一人、入れるかどうかの小さな隙間。
異臭を放つシーツの下で時を過ごす事は絶えがたがったが、命には代えられない。


ベッドの下で弘は目を閉じる。
そして念じる。


――誰も来ません様に・・・。
見つかりませんように・・・。――


――――――――――――――――――――――――――――――――

増田洋子と山下直美が第6宿舎に現われたのはそれから19時間後の2日目11時前。


二人は途中の山中で偶然に出くわす。


増田洋子。
比較的温厚な性格と、特に目を見張る容姿を持たない、ごく普通の女子。
普段は斉藤知子のグループの輪に収まっている。
親友と呼べる友達は、このクラスにはいない。
斉藤知子の輪の中では、ただ愛想笑いを浮かべるだけだった。
成績や、日頃の態度に問題はない。
優等生といっても差し支えないくらい従順でおとなしい生徒だった。
もちろん、目を見張るほどではないが。


山下直美。
優等生。
増田洋子と同様に普段からあまり目立つ行動はしない。
どちらかというと、”お嬢様”といった雰囲気を持ち合わせている。
普段は岩崎美穂と行動を共にするが、その仲はそれほど親密ではない。
一人でいる事を嫌い、害の少ない人物と時間を共有していると言ったほうが適当な表現だ。
身長は163cm。
この年の女子にしては大きな方だ。
その高い身長と長い黒髪が印象的な、女子。


先に相手を確認したのは増田洋子。


木々の間に揺れる影が視線に飛び込む。
洋子は反射的にその場で静止。
すぐさま姿勢を低くし、自分の姿を低い茂みの影に隠す。


直美は洋子の隠れる茂みに向かうように、林を横切っている最中だった。
当然、洋子は緊張で身を強張らせる。
直美はいくらか疲労で衰弱しているのか、あまりよいとは言えない顔色のまま、
額に浮かぶ汗を右手で拭う。
息が少し乱れているのが20メートルほど離れた洋子にもしっかりと確認できた。

--------ちょっとしたもみ合い-----------------

普段は特に仲が良いわけではなかったが、
お互いに好意をもっていたことがこういう結果をもたらした。


二人はろくに話合いもしないままにこの施設を発見し、身を隠す事を決める。
基本的な方針は弘と同様、”戦わない”こと。
当然、なんの解決にもならない逃避的な方針だ。


音を立てぬように慎重に中を探索し、ひとつドアを開けるたびに安堵の溜息を漏らした。
誰かが潜んでいる可能性は多分にあるが、気配はない。
身を隠す施設は少ない。
ここにもし、人がいなければここで一夜を明かす事もできる。
希望的観測というものは、時に正常な判断を狂わす事になる。


誰かがいたらどうするのか?
二人の考えにはそれが抜け落ちていた。
もっとも、それを考慮するような冷静な判断力があるならば、
二人で行動をともにするなどという発想には至らないだろう。
生き残れるのは――


紛れもなく、たった一人だけなのだから。


松島弘の隠れている3階の4人部屋のドアを開けたのは最後だった。
最も階段から離れたそのドアはやけにくたびれていて、
9つのドアを開けていたこともあり、二人はそれほど慎重にならずに開ける。


仮定の話だが、このとき松島弘がベッドの下に隠れていれば、
見つからなければ、弘はきっと二人を襲っていただろう。
安心し、その部屋を去ろうと背中を向けた瞬間に。
手に握る手榴弾で。
怖いと言う感情よりも先に殺意だけが先行するだろう。
生き残りたいという動物的な本能。


もちろん見つかっていても結果は同じだ。
間違いなく戦闘になっていただろう。
洋子と直美と、弘にはとてもじゃないが接点はない。
オタッキ―と優等生二人組み。
仲良しにはなれないだろう。
たとえ、同じように武器が貧弱であったとしても、
それだけで信用を勝ち得るような人望は、弘には皆無だった。


しかしドアが開け放たれた瞬間、松島弘はベッドの下にはいなかった。
二人の気配には全く気付かずにドアに背を向け、小用をたしている最中だったのだ。


突然開かれたドアに顔だけを向けて、壁に向かって放尿。
音を立てて気持ちよさげに白い湯気を上げている。
ほのかなアンモニアの臭気が漂っていた。
身構えるどころの騒ぎではない。
驚愕の表情のまま必死に放尿を止めようと身を屈める。


唖然とする洋子と、直美。
焦ってなんとか止めようとする弘。


あまりにも滑稽なその姿は二人の警戒を和らげた。
弘は必死に放尿を中断しようとしながら、訴える。


”やる気はない。殺す気はない。
だからっ、殺さないでっ!”


涙声の必死の命乞いに二人は警戒を解く。
洋子と直美はお互いに顔を見合わせ、安堵の溜息を漏らしながら、その姿から顔をそむけた。
頬を赤く染めて。


偶然にそのタガが外れてしまう事もあれば、偶然に戦意をそがれる事もある。
弘が小用を足していたのも、そのドアを二人が開けたのも、
奇跡と呼ぶ以外には適当な表現はない。


奇妙な組み合わせは、奇妙な偶然で生まれた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「松島・・・武器は?」


3人は2階の6人部屋に陣取っていた。
弘は窓側のベッドに、洋子と直美はそれとは反対側のベッドにそれぞれ腰を掛けている。
洋子と直美の武器は、ベッドを挟んで置かれたテーブルの上に置かれていた。


爪切りと、爪楊枝の詰め合わせ。


弘は首を横に振り、嘘をつく。


「武器・・・入ってなかったんだ。ハズレって事なのかな・・・。」


おどおどとした態度で、そう言うと恥ずかしそうに二人を見る。
癖。
他人の顔を真正面から見ることができない。
当然、気持ち悪がられるその仕草がさらに彼を孤立させていく。
彼がオタクと呼ばれるようになったのは、この人並みはずれた臆病さ故かもしれない。


異常に謙虚な姿勢は、人に卑屈さを感じさせる。
そして、行き過ぎれば優越感を通り過ぎ、劣等感すらも煽る。
「こいつは自分を馬鹿にしてるのか? 」
といった具合に。


直美はズバリ、その通りに弘を見ていた。
卑屈な態度は、脅迫されていると言わんばかりに、
遠まわしに、直美を責めているように感じていた。
殺意を向けて、死を彼の顔の前にぶらさげて、
詰問しているような雰囲気がこの部屋にあった。
誰かが見れば完全に弘は被害者に見えるだろう。


直美も洋子もそれは望んでいることではない。
二人が望んでいるのは対等な立場と、アイディアだった。
もちろん表向きは、だが。


「そう・・・。」


と洋子は短くそう言うと、直美を見る。
直美もその視線に気付き、洋子を見、溜息をついた。
弘はへらへらと俯きながら頭を掻いた。


何故、彼が嘘をついたのか。
それには二つの理由があった。


一つは、武器を持っていることで警戒され、殺されるのではないかという危惧。


自分に力のないことを誇示する事で相手の戦意を削ぐという結果は、
彼がイジメから逃れてきた実績が保証していた。
もちろんイジメから逃れる事はできても、待っていたのはいつも迫害だったのだけれど。


卑屈。
それは彼を孤立させるには充分な理由だ。
そして、彼はゲームの世界に身を投じる。
結果、あまりにもゲームに関して知識と技術があることで逆に言い寄ってくる者が現われた。
石川和弘や一重憲司といったゲームオタク達だ。
結局、彼は卑屈さが彼自身にとってマイナスであることを気付かずに成長していった。
今も、それには気付いていない。
腰を屈め生きていれば、何とかなる。
彼なりの哲学だ。


力の無い事で敵をクラスメイトを安心させる。
保身の一つの手段。


二つ目は当然、この後のことを考えて、だ。


いつか、二人は自分を殺すだろうと考えていた。


――今は、その様子はない。
まだ、時間はたっぷりとある。
でも、このゲームで生き残る事ができるのはたった一人だけ。
もし誰も殺さずに24時間が過ぎてしまえば、僕も死んでしまう。
今は、誰かが、誰かを殺しているから24時間のリミットは心配する必要はない。
それでも確実に人数は減っている。
遅かれ早かれ、二人が自分に牙を向くのは確実だ。
3人だけになったら最初に僕が殺される。
二人は仲良しみたいだから、最初に僕だ。
その後、二人は戦うんだ。
だったら、先に僕が二人を殺す。
今はまだ早い。
もう少しだ。
もう少しすれば、そうせざるを得ない時がくる。
巧くやって、3人だけで生き残って、最後に僕が二人を殺す。
家に帰るのは僕だ。――


「――って聞いてる? 松島? 」


弘は目を丸くした。
いつの間にか論議が進んでいたらしい。
卑屈な笑顔で頭を掻く。
”聞いていなかった”事をごまかすように。


洋子は溜息をつきながら再び説明する。


「いい? 誰かがきたらずっと隠れるのよ? ベッドの下に。
もし、誰かがここに留まろうとしたら説得するの。殺し合いはやめようって。
そして、みんなでアイディア出そう? 逃げ出す為の。」


洋子はそう言いながら心のなかで否定した。


――そんな事は無理。
わかってる。
みんなが集まって、ここにいるのが私たちだけになったら・・・。
私が殺す。
さっきの厨房で拾った果物ナイフのことは、直美も知らない。
これでみんなが寝てる隙に・・・。
一人ずつ殺す。
生き残るのはあたし。
今は、いい子のフリして、脱走するフリして・・・。
脱走なんかできるはず無いんだから。
生き残るのはあたし。――


直美は洋子の言う事に頷く。


「とにかく、それまではどうやって逃げるかを考えよ? 」


しかし、彼女も腹のそこでは別の事を考える。


――洋子は気付いてないと思ってるのかな?
果物ナイフ。
あたしは見たよ。
出し抜こうったってそうは行かない。
あたしには千枚通しがある。
洋子が先に厨房から出た隙に袖の下に隠したんだから。
寝首を掻いてやる。
松島も、洋子も。
これで。
後は誰がここにやってくるか・・・。
巧く仲間に引き込まないと・・・。
最後にここだけの人が生き残ったらこれで・・・。
家に帰るのはあたしだけ。
悪いけど。――


3人の論議は結局行き場を失う。
結局が他力本願なのだ。
脱出のアイディアなど誰も考えては居ない。
どう、相手を出し抜くかだけを考えていた。
そして、ここに新たにやってくる者を、どう、この輪の中に入れるかを。


平静を装う3人の顔は、まるで能面のように表情がなかった。

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がたんと音が響く。


3人はその音で肩をびくんと動かす。
一際大きく飛び上がったのは弘だ。
ごくりと息を呑む。


―誰かが来た―


直感的に悟り、目配せで隠れようと提案したのは洋子だ。
洋子は実質的にこの3人の中でリーダー的存在になり得た。
議論を提案し、段取りを決めたのは彼女だ。
結果的に、と言った具合に3人の意見をまとめる役に納まった。
直美はクラス内でも、自分の意見をあまり前面には押し出さない。
なるべく相手の考えにあわせて生きる、どちらかというと他力本願な女子だった。
それに反して洋子は、どっちつかずの女子特有の話し合いを最後に仕切る、といった女子だった。


今回もそうだった。


弘も直美も洋子の目配せに従い、腰を下ろしていたベッドの下に身を隠す。
弘は二人よりも先に潜り、二人の様子を伏せた姿勢で眺めた。
ふいに直美のスカートがまくれたのを弘は見逃さなかった。
白い、小さな下着が彼の目を奪う。
当然、直美はそんな事はお構いなしにすばやく身をベッドの下に潜り込ませる。
一瞬の事だったが、弘にはその白い下着が鮮烈にその網膜に焼き付いた。
途端に膨張する、彼の下腹部。
狭いベッドの下では床に押し付けられ、痛いくらいだった。


”ラッキー”


そう呟き、目は粘着質のねばっこい光を放つ。


来訪者は活発に動いてるらしく、時折、がたんという物がぶつかる音が聞こえた。
大胆なその行動は3人にある思いをよぎらせる。


”ヤル気”


来訪者がやる気であった場合の事は何も考えていなかった。
もし、そうであったならば仲間に引き込むための説得は何の意味ももたない。
相手は殺すつもりなのだ。
一人だけ生き残るつもりなのだ。
3人とも同じ目的だったが、やり方が違う。
殺意を相手に悟られるか、そうではないか。
ヤル気であれば、殺意を感じ取られ様が構いはしない。
その手で目の前の敵を排除していくだけだ。


部屋は緊張に包まれる。
どっちにしろ、この議論をしたところで解決策など見当たらなかっただろう。
どこにいても、どこに隠れていても、ヤル気の者との接触の可能性は0にはならない。


音がやむ。


しんと静まり返った部屋に小さくではあったが、リノリウムの床がきゅっと鳴る音が届く。
間違いなく、それは人の足音であった。
そして、徐々に近づいてくる。
階段を上がっているらしい。


きゅっ


きゅっ


きゅっ


一度足音が止まる。
そしてガチャというドアノブを回す音。
しばらくして、再びがちゃという金属音。
誰もいない部屋のドアを閉めたのか、再びリノリウムとゴムがこすれ合う音。


きゅっ


きゅっ


きゅっ


そして、また、ガチャという音。
先ほどとほぼ同じ間隔でドアが閉まる。
また、リノリウムのきゅっという音。


少しずつ近づく音に弘は震えていた。
洋子も、直美も同じだった。
冷静なのか、大胆なのかわからないが、少なくとも錯乱していない事は確かだった。
あまりにも事務的で確実な動作であることが、一定のリズムで刻まれる足音でわかる。
3つめのドアが開く。
そして、閉まる。
向かいの部屋だ。
最後はここの部屋しかない。


3人はごくりと息を呑む。
弘は手榴弾をポケットから出すとレバーを握り、ピンに手をかけた。


手榴弾。
缶コーヒーのショート缶よりも一回り小さい楕円形の爆弾。
表面はごつごつとして握りやすい工夫がされている。
金属のレバーと、先端に丸い金具のついたピン。
使い方は単純。
レバーを握り、ピンを抜く。
レバーをピンが外れた状態で離すだけで、その小さな爆弾は爆発する。
投げた直後に爆発しないように、その余裕は5秒ほど。
破壊力は、まともに食らえば人一人くらい軽く吹っ飛ばせる。
顔に近い場所で爆発すればキレイに頭を吹っ飛ばす事もできる。
当然、手榴弾自身の金属の破片もものすごい勢いで飛び散る。
熱風と、凄まじい爆発音と、飛び散る金属片と、衝撃。
銃などよりも確実に殺傷能力は高い。


不利な点もいくつか。
まず、投げなければならないこと。
当然、射程距離も命中率も下がる。
そして5秒の猶予。
投げ返されたらおしまいだ。


この状況でいえば、ベッドの下で伏せたまま使う事はほぼ不可能だった。
金属片をまともに食らってしまう恐れが高い。
5秒の猶予も正確ではない。
タイマーを使っているわけではないのだ。
正確に5秒ならば4秒間手に握り、最後の一秒でベッドの下から投げ上げる、
ということも可能だが、正確でない以上それは危険すぎた。


きゅっきゅっという音が止まる。
その刹那、弘達3人が隠れている部屋のドアノブが回る。
ガチャ・・・。


ドアが開かれると、風が少しだけ吹き込む。
汗で濡れた顔に風があたり、ひやりとした間隔を味わう。


洋子は爪を噛む。
緊張した時の彼女の癖だ。
かたかたと歯と爪が触れ合う音が、今入ってきた誰かに気付かれないかと直美は肝を冷やす。


ドアは開いたが、その誰かは中には入ってこない。
気配を感じたのか、今までのみっつの部屋とは様子が違う。
しばらく、正確に時間を測る術のない3人には永遠とも呼べる沈黙のあと、
その誰かの足が部屋に踏み入れられる。


ベッドから見える狭い視界に飛び込む黒の足。
男子生徒である。


ゆっくりと部屋の中央まで進み再び、歩を止める。
辺りを見回しているのか、足は少しだけ揺れる。


次の瞬間にその足はふっと消える。
と、同時に弘のベッドがぎしりと音を立てた。


その男子生徒はベッドの上に飛び乗ったのだ。
確実に気配を感じ取られた事に、3人は気付く。


冷静な判断だ。
武器がなんであれ、屈んだりしてしまえばベッドの隙間から攻撃を受ける可能性が高い。
そして、屈んだ姿勢は防御には適していない。
ベッドの上に上がれば銃で無い限り、攻撃は難しい。


「誰かいるネ? 」


笑みを含めたような声が響く。
甘ったるい、声。


男子18番、丸木一裕はベッドの隅に移動し銃撃に備えた。


「誰だかわからないけど・・・ベッドの下からローファーが出てるよ? 」


直美ははっとして、妙にスース―する右足を即座に体に引き寄せた。
大失態を直美はやらかした。


「くっくっ・・・そのままにしとけば死んでるかも、って思うかも知れなかったのにね? 」


一裕は冷静にそう言うと、再び含んだような笑いを押し殺した。


「質問があるんだ。答えてくれるかナ? 」

--------------------------------------------------------------------------------


3人は息を殺す。
もう、気付かれてしまっていたとしても。


弘は体をがたがたと震わせた。
汗が額を伝う。


「最初の質問です。誰? 」


誰も口を開かなかった。
答えられるわけがなかった。
パニック状態の彼らの思考にはもう、考える力は残っていない。
走馬灯のような今までの日々がフラッシュバックされるだけだった。


「もう一度聞くよ? 誰? 」


しんとした空間がその質問に答える。
シビレを切らしたように若干苛立った声で一裕はもう一度口を開く。


「僕は鉄砲を持ってる。僕の下には誰か、その隣のベッドにも誰かいるね? 最低でも2人以上。
この質問に答えなかったらとりあえず、僕の下のベッドを撃つ。誰かさんは蜂の巣だよ?
さぁ、君達は誰? 」


間髪いれずに弘が口を開く。


「うっ・・・撃たないでっ・・・。」


洋子はさらに乱暴に口に入れた爪を噛んだ。
深く咲かれた指の先から鮮血がにじみ出る。


「松っチャンね・・・。こんにちわ。」


弘は手榴弾を握ったその手をぶるぶると震わす。
丸木一裕はやる気だろうか?
銃を持っているというのは本当だろうか?
何をするつもりだろうか?
殺すならばすぐに撃てばいいのに・・・。
思考回路はヒューズが飛んでしまいそうなほど、忙しく回る。


「じゃー松っチャンに質問・・・。大切なものを壊した事はありますか? 」


弘は唖然とする。
質問の意図も一裕の求める答えも見当がつかなかった。


――大切なモノ?
者?
物?
どっち?


「はやく答えてよー。」


甘えた声が聞こえた。
弘は困惑する。
軽い冗談のつもりなのか、第一、大切なモノってなんだ?と。
弘は答えを用意することが出来ずに沈黙を守る。


「答えろよ。」


少しだけ低く抑えた声は、まるで一裕の声には聞こえなかった。
冷淡で、薄い、言葉。
要求だけを突きつける針のような要求。
弘は背筋に悪寒を覚える。
銃を突きつけられていることを、その声で再認識した。


「わ、わ、わからない、どういう・・・意味? 」


弘は正直に答える。
意味もなくベッドの下で




この辺で途切れてました・・・(汗






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