石川和弘はいそいそと山道を歩く。
正午の放送で”I−1”エリアが16時から禁止エリアになることを知り、
今のうちに移動をしておこうと考えたのだ。


日は高く昇ってはいるが、薄暗い雲がどんよりと空に広がり始めている。
気温は例年よりも高く、学生服は暑苦しく感じたが和弘は脱ごうとはしなかった。
むしろどんなに暑かろうと、もっと厚い布で体をくるみたかった。


”俺はプログラムに参加している”
頭の中で何度そう繰り返したであろうか。
山道を歩いている今も、そう唱えつづけていた。


”俺はプログラムに参加している”
確認する。
何度も何度も。
そして、続ける。
”びびるな。”
と。


手に握られているのはコンパス。
はっきりいってハズレ武器だ。
しかし、和弘はそんなことには気付かない。
周りの生徒も同じように文房具のようなもので戦っていると決め付けていた。
”めでたい”と表現するのが妥当だろうか、
和弘はプログラムに関する予備知識は一切持っていなかった。


右手のコンパスを何度も握りなおす。
山道は道とよぶほど広くは無い。
ただ、草が回りよりもいくらか茂っていない”筋”と呼んだ方が適当だろう。


頭の中では何度も戦っていた。
どうコンパスを突き刺し、どうとどめを刺すか。
あくまでもイメージの世界ではあったが自信があった。


つい最近読んだバイオレンス漫画では、人を殺す事など簡単だと書いてあった。
”格闘技で禁止されているものが最強”
いわゆる、”目潰し”、”金的”、”顔面への打撃”。
恐らくはその通りだ。
禁止されている理由はそのすべてが、スポーツという観点でみれば選手生命を著しく縮めてしまうものだからだろう。
目潰しは文字通り失明の危険。
金的は男子諸君は察しの通り、運が悪ければショック死すらしかねない。
顔面への打撃は脳障害。
一撃でもきついものが入れば首の頚椎損傷で即死もあり得る。
まともに脳を揺さぶれば、三半規管の麻痺で立ち上がる事は不可能。


和弘のイメージトレーニングでは、コンパスの針はあくまでも補助的な使用だった。
針で傷つけ、その体の自由を奪いつつ”金的”もしくは”目潰し”。
動けないところで”顔面への打撃”。
勝利への方程式。


和弘は慎重に辺りを見回しながら進む。
いつでも戦闘態勢に入れるように若干腰を落としながら。


銃での攻撃。
そういったものは一切考えていなかった。
開始直後の銃声は、混乱した和弘の耳には届いていなかった。
銃が支給武器に入っているとは思いもしなかった。


和弘がその事実を知ったのは次の瞬間だった。


右前方距離4メートルの茂みからもぞもぞと一重憲司が這い出してきた。
その左腕にはコルトパイソンが鈍く光る。


茂みから体を全て出し尽くすまで、和弘はその場で硬直。
はじめてのクラスメイトの遭遇だった。


憲司は学ランが木に引っかかっているらしく、”くそっくそっ”といいながらもぞもぞと動く。
まだ和弘には気付いてはいない。


和弘の頭に二つの選択。
やる。
逃げる。


しかし、悩む間もなくあっという間にタイムリミットはやってきた。


転がるように茂みを這い出た憲司は顔を上げ、和弘の存在に気付く。。
目が点、というのはこのときの憲司の目のことをさすのだろう。
憲司もまた、口を半開きにしたまま硬直。


和弘の選択は一つに絞られる。
”やらなきゃやられる”。


戦いのゴングは鳴り響く。

―――――――――――――――――――――――――――

憲司は驚いた。
目の前で起きている事が信じられなかった。
クラスメイトとの殺し合いに巻き込まれたことは昨日の夜のうちになんとか理解できた。
しかし、その先ははっきりいって考えてはいなかった。


ただ、クラスメイトとの接触を避け、山の中に逃げ込んだ。
禁止エリアの絡みで移動する以外は木の上で過ごすことを思いつく。
良いアイディアだった。
他人を攻撃することが目標でなく、なおかつ禁止エリアにひっかからずにすめば非常に有効な戦術だろう。
既に憲司はこの方法で二度、危機を脱している。


一日目、開始直後。
南砲撃台のすぐ隣の木の上に憲司はいた。
がたがたと振るえながら、木の幹にしがみついていた。
やがて、沼田健次郎が現われる。
木の上の憲司には気付かずに、そのまま砲撃台の兵士待機所に足を踏み入れ沈黙。
これが一度目の危機。
憲司は降りるに降りれないまま、小用も木の上で済ませた。
大をもよおさなかったのは、不幸中の幸いといえた。

二度目の危機。
数時間後、そこへ丸木一裕が現われる。
何事かを中の健次郎と話し、扉が開く。
中に入る一裕、向かいいれる健次郎。
数十秒後に銃声。
そして数分後、丸木一裕がふらふらと出てくる。
一裕はそのまま闇に消えていった。

一裕が中の健次郎を撃ち殺した事は容易に想像できた。
現にアレ以来、砲撃台からは何の物音も聞こえない。
死体のすぐそばにいるのは落ちつかなったが、降りてしまえば一裕のような殺人鬼に遭遇してしまう。
そう考え、そのまま木の上で一晩を明かす。
眠る事は難しくなかった。
ズボンのベルトをはずしそれを木の幹に回す。
それほど太くは無い幹は、偶然にも憲司のウエストとほぼ同じ幅だった。
そのまま木の幹に回したベルトを、自分のズボンの前のベルト通しに通して止める。
これで万全とはいえないが、眠っている最中にバランスを崩したとしても簡単には落下しない。
それほど深い眠りにはつけなかったが、夢はみなかった。


目が覚めてから肩にぶら下げたディバックを開ける。
中には使い方のわからない拳銃――コルトパイソンが入っていた。
説明書を読んだが、混乱した憲司の頭には理解する力はなかった。


―まぁいい。俺はずっとこうやって逃げ回るんだ。―
その方針でいく事を決める。


しかし、無情にも禁止エリアの宣告。
時間はまだ6時間の余裕があったが、移動を開始する。
常に安心した状況でなければ気持ちが落ち着かなかった。
それに、禁止エリアに近い時間になれば移動する人間も増える。
その憲司の出した結論は悪くは無かった。


和弘と遭遇してしまわなければ、ひょっとして本当に戦わずして優勝したかもしれない。
もちろん、”たら、れば”の話しではあるが。


憲司の目に、石川和弘がコンパスを握り直すのが見えた。
戦わなければ。
と、憲司は腹をくくる。
憲司は左手のコルトパイソンを頼もしく感じていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


一瞬のことではあったが、二人の脳裏には”話し合う”という選択肢もよぎる。
もちろん、一瞬だけ。


当然、話し合いになったとすれば信じる信じないの問題になる。
最終的には殺し合いは絶対に避けられない。
生き残れるのは一人。
”絶対に”たった一人なのだ。
その状況で他人を信じられる事ができるだろうか?
二人は瞬時に答えを出す。
”信じられない”


憲司はばっと立ち上がり、コルトパイソンを悠然と構える。
余裕ではない。
が、有利であると感じた。


和弘はコルトパイソンを見つめる。
”きたねぇっ。ピストルかよっ。”
と、思考のなかで舌打ちをする。
正確にはピストル(自動小銃)ではないけれど。


二人は決して仲が悪かったわけではない。
むしろ良かった。
年がら年中一緒に行動してたわけではなかったが、趣味が同じゲームと言うこともあって
共通の友人”松島弘”を介して放課後もお互いの家を行き来していた。
”共通の友人”松島弘”を介して”というのが微妙で、彼が間に入らずに二人で同じ時を過ごすということはなかった。
あくまでも、クラスメイトであると同時に”友達の友達”という距離感だった。
もしここに3−3随一のオタッキー”松島弘”がいれば、即戦闘という図式は成り立たなかったかもしれない。
それも”たら、れば”の話。
ここに松島弘はいない。
そして、もうゴングは鳴っていた。


和弘も憲司もクラスでは目立つ方ではない。
むしろ目立つ事を嫌い、クラスの隅でちびちびとゲームの攻略について熱い論議を交わしてた。


お互いがお互いを見下す。
これがクラスの中で運動神経がよさげな生徒であれば、二人とも即座に逃げ出すだろう。
しかし、”こいつなら勝てる”。
二人ともそう思っていた。


銃をもってるとはいえ、マッチ棒みたいなひょろひょろの一重には負けない。
第一こいつは跳び箱4段も飛べなかった。おれは5段なら飛べる。と、和弘。


俺よりか足も遅いし、第一もやしっこ。負けない。こんなヤツには。と、憲司。

この場に丸木一裕がいれば二人とも2秒ももたないだろう。
いや、気付く事すらできずに額に風穴を開けられるかもしれない。
それくらい、二人は運動が苦手だった。


低次元。
そう伝えるのが一番適当だろう。
しかし、真剣勝負。
生きるか死ぬかの文字通り、デスマッチ。


先に動くのは和弘。
コンパスを突き出したまま、走り出す。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


憲司の目は丸く見開かれる。
「ひっ」と声を漏らし、和弘の突進を避けようと左足を左前方に出す。
そして体を左に傾ける。
射程距離に入ったと、さらにそのコンパスを突き出した瞬間だった。

コンパスの針は空を突き刺し、和弘はバランスを崩す。
体を左に傾けた憲司はそのまま、右足をおっつけようと地面を蹴る。
その右足に和弘はつまづき派手に転んだ。

憲司はその隙に距離をとる。
そしてコルトパイソンを構えた。
立ち上がろうとする和弘に照準をあわせ、引き金を絞った。


ガチン。


回転式の弾倉は静かに60度回転する。
銃身からは弾丸は発射されない。
弾倉に弾丸は装填されてはいなかった。


あっ・・。と二人は声を漏らす。
なんとなく気まずい空気が二人の間に吹き抜けた。


憲司はコルトパイソンに弾丸を装填していなかった。
装填の仕方も知らなかった。
銃の説明書には詳しくその銃のプロフィールが書かれている。
扱い方はその次の章だった。
弾丸の装填もそこに書かれている。
憲司はプロフィールに目を通し、難解な単語が出てきた時点でその説明書をディパックにしまった。
戦わないんだと、決めたから読む必要はないと次の章までは目を通していなかった。
当然、扱い方は難しくない。
弾倉に弾丸を装填して、撃鉄を起こす。
そして引き金。
それだけだ。
憲司はそこで自分がとんでもないミスを犯したことに気付く。


和弘はそれを察し、立ち上がる。
すりむいた膝に熱い痛みが走るが、口を歪めただけでやり過ごす。
再びコンパスを握りなおし、憲司を睨みつけた。


臆病者。
今に始まった事ではない。
小学生の頃からずっと、そう言われ続けていた。


実の父親は、役所勤めのお堅い官僚。
体つきは屈強で、柔道も3段の腕前だった。
やせっぽちの和弘に自分と同じように柔道の道場通いを強要したのは、親として心配だったからに他ならない。
本やゲームばかりでは、この人生を立派に歩んでいく糧にはならないと考えていた。


和弘はいやいやながらも、父親の要求を突っぱねる事も出来ずに渋々と町の道場へ通い始める。
しかし、道場のかび臭い畳にも、好戦的な友達にも、頭ごなしに怒鳴る師範にも、
あっという間に嫌気がさし、3週目で通うことをやめてしまった。


当然、父親は怒り、和弘を”臆病者”とののしった。
その日から、父親は和弘へ一切の希望を押し付けなくなる。
和弘の育て方を変えたのではなく、見限ったのだ。
全てをその2歳下の弟へ託し、父親は和弘を見捨てる。


和弘も子供ながらにそれを感じ取り、冷め切った目で父親を見るようになった。
自らの臆病な性格を呪い、中学3年生になった今も悔やんでいた。




この辺で途切れてました・・・(汗






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