「きみがおしえてくれたこと」(5主人公×リオン) 著者:ほっけ様

 ファレナの空に浮かぶ太陽は、誰しもに熱と光を届けている。
 国中に刻まれた傷は結託した国民たちの手で癒され行き、
 現女王リムスレーア・ファレナスと新たに発足した議会との連携で、
 数年前のゴドウィン家とファルーシュ・ファレナス率いる軍勢との内乱で乱れた国も、
 太陽に祝福されたファレナ女王国―――フェイタス河に抱かれた気高く美しい国として、
 平和な姿を作りつつある…。

 ―――――。
 不安を払拭するためか、痛みを和らげ合うためか、
 否、もっと単純に、愛を与え合う、という、とりとめのない関係でもいい。
 互いに、愛しいと素直に思えるのなら、その関係を形容する名など要らない。
 対になる紋章を宿した互いの手を重ねあい、唇を重ねあった。

 最初は何時だったろうか。
 そもそも、互いを異性として意識しはじめたのは何時から?
 護衛と、王族。 その身分の垣根を、夜の間だけ取り払うことを覚えたのは。
 破瓜を終え、痛みと快楽を覚えたのは…何時だったろう。
 時折でもいい、ただどうしようもなく互いを欲しくなる時があり、
 それは偶然か、それとも、通じ合う感情が引き起こす、連鎖した衝動か…わからないが。
 どちらともなく求め合い、決して無駄ではない時間を、絵の具が混ざり合うように過ごしていた。

 ファルーシュはリオンの顔の横に手をついて、ゆっくりとベッドに手を沈ませた。
 解いた長い髪は垂れ、二人を閉じ込めるように視界を銀の檻でふさぐ。
 阻む衣を全て脱いで、肌を重ねることに、未だ互いに恥じらいは抜けず、
 視線もあわせることは出来ないが、それは、声を発すればすぐ届く距離に互いが居るから、だろう。
「……王子…」
 深い色の瞳が、ファルーシュを捉えた。
「その………」
 もじもじと肩を動かし、桃色に染めた丸い頬を隠すこともなく。
 潤んだ瞳を再び逸らし、リオンは言葉を探す。
「…うん、…何?」
 顔を見るだけで恥ずかしいというのに、視線をそらしても己の髪の毛、
 そして下ろせば彼女の、幼さを残す白い肢体。
 結局はリオンの顔を眺めるに留まってしまい、どうしようもないので凝視するファルーシュ。
 不器用で、言葉も上手く運べない。それでも彼等が今味わっているのは、幸せだった。

「…明日、…ですね」
「うん…全部、終わらせるよ。またそこから、はじめるために」
 ファレナがはじまった地、アストワル山脈の遺跡。
 少数の残党を連れ、封印されていた太陽の紋章を持ち去ったマルスカールがその身を潜め、
 最後の悪あがきか、恐ろしい決断か―――ともあれ、この内乱の幕を下ろす為の
 付けねばならぬ決着が待つ地へと、向かわねばならない。
 聖地ルナスに開いた遺跡。
 ファルーシュの手に宿る黎明の紋章と、リオンの手に宿る黄昏の紋章が導いた…道。
「絶対……生きて帰ろう」
「…はい」
 リオンのわき腹には、完治はしたが傷痕がしっかりと残っている。
 互いに視線を潜り抜け、「傷一つない」なんてお世辞にも言える体ではないが、
 そこだけは、消えることのない程深く傷が刻まれている。
 しかし、リオンもファルーシュも、互いの体温を感じることが出来る。生きているのだ。
 そしてこれからも、この温もりを交換していきたいと。
 思ったからこそ、最後の戦いへ赴く前に、確かめあっておく。
 この身を覆う不安を打ち消して、己を、皆を信じる為に。

「…で、その…いいかな?」
「…あ、あの…は、はいっ。王子が望まれるなら…」
「ぼく、だけ?」
「…わ、私も…です、けど」
「…うん」

「っは……あぅ…あっ…」
 交わりは、慣れぬもの。
 否、自分たちがそうなだけだろうか。
 受け入れる際の痛みは消えど、未だに、おびえた子供のようにファルーシュの身体に縋るリオンと、
 応えるように抱きしめて、少しでも長く、彼女を感じていようと、繋がっていたいと、堪えるファルーシュ。
 子供じみた―――かわいいものなのかもしれない。
「んんっ…王子、…王子ぃ、っ」
 強くなく、ゆっくりと、深く優しくに、交わりは解けかけ、また繋がった。
「リオン、っ……」
 ファルーシュの長い髪が落ちシーツに広がり、リオンの黒髪を混ざる。
 常に結う互いのそれが、解けて乱れる、唯一無二の時間。
 互いに、夜を明けるのを拒むよう、上質なベッドを、きしり、きしりと細く鳴らす。
 粘っこい音、生物的な生々しさを絶え間なく聞きながら、
 弱弱しい吐息を、口付けで絡ませあいながら。
「ぁ…あぁっ! …は、ぅ…」
「んっ…、ぅ……ふ…」
 互いに達して、幾ら濡れようと、火が冷めやらぬ限り、互いに腕を絡め、抱きついた。
 名前も、愛の言葉も、終わらぬかと思うばかり。
 その声を、いつまでも覚えていようと、
 その手を、離さないで重ねて、貪り合った。

 信じていた。
 リオンはずっと、ファルーシュといられるということを。
 そしてファルーシュもまた。
 約束ではなかったそれに、果たすも、裏切りも…なかった。
 愛しい時は、その腕の中を離れていく。花が季節とともに散り、風にとけていくように。
 共に過ごした甘く幸せで無二だと思っていた時も。
 いつしか―――

 ―――夏椿の白い花が咲いていた。
 青々と茂る濃緑の草原をゆっくりと踏みしめて、開けた場所に出た
 女王騎士長の衣を纏った青年が、セラス湖のほとりに跪き、膝元に花束を置く。
 優美な装飾の施された長巻に、堂々とした、ファレナの守護者たる者に許された衣。
 それを見るだけで、誰かをすぐに知らせるような、威風堂々―――そんな雰囲気を持つ姿。
 太陽の輝きを受け、きらきらと輝く湖面を眺めると、彼は穏やかに目を細めた。
「…リムの成人の儀が済んだんだ。
 凄く綺麗に…立派になったよ。今なら、父さんの気持ちがわかるな。
 今のリムに婿を迎えるなんて…ってね。兄馬鹿すぎるか」
 誰に言うでもなく、湖に溶かすように、臨時女王騎士長―――ファルーシュは告げた。
 その声は、彼女に向けていた声より大分低くなってしまったし、
 身長も伸びて、頬もこけてきた。
 それでも、彼女なら、きっと自分を見つけてくれるだろう。声でも、目でも、姿でも。
「ミアキスは、結婚する気ないみたいだ。リムの傍にいたい、って。
 暇があればぼーっと空を見上げてチーズケーキを食べてて、上の空。
 リムに誰かさんに似てるね、って言ったら怒られたんだよな。
 『ミアキスにそんなことを言いでもしたら、いくら兄上でも許さぬぞ!』って。
 理由を知ってるんだろうけど…ちょっと寂しいかな。リムが成長したってことなんだろうけど。
 勿論、ミアキスも元気だよ?」
 笑ってみせると、柔らかく風が吹いた。湖面がほんの少しだけ揺らぎ、音が立つ。
「ゲオルグは、今はグラスランドに居るみたいなんだ。テイラーさんがそんな情報持ってきてね。
 でもリムが口止めして、ぼくとリムしか知らない。
 …きっと今でも、あんな風に堂々としてるんだろうね。父さんとは違う、憧れがあった。
 流石にそうそう流れていこうとは思えないけど、あんな風に受け入れる強さが欲しい、ってさ。
 少しでも、ぼくはゲオルグに近づけたかなぁ」
 まぶしい梅雨明けの夏の日差し。
 左手で顔に照りつける光をさえぎって、太陽を見上げる。目を伏せて、太陽をどうにか見ようと試みる。
「……リオン…」

 この左手に、あの紅い輝きを持つ紋章はない。
 下ろしている右手に、蒼い輝きを持つ紋章はない。
 ファレナを守護する太陽の紋章に付き従い、今も太陽宮で輝いている。
 …そして、彼女は―――この雄大なセラス湖で、眠っているのだ。
「みんなで笑おうって言う願いは、叶えられなかったけど…。
 だから、リムたちの…ファレナの全ての輝きを、ぼくは護っていくから。
 護りかたは、リオンがぼくを護ってくれたことで、教えてくれていたようなものだからね」
 目を閉じて、優しい闇の中、思い出を呼び起こした。
 何時も自分を護ってくれていた微笑みが、今の自分を作り出してくれた。
「…本当に、ありがとう……頑張るから」
 彼女に直接言うことの出来なった礼と、決意を、言葉として示して。
「……おやすみ」
 穏やかに、安らかに、星を抱く者、運命を導く者に抱かれた命の祝福を願ってから。
 敬礼を向ける。
「大河の如き慈愛と、太陽の如き威光を…あまねく示さんが為に」
 目を閉じて、踵を返し―――
『大河の如き慈愛と、太陽の如き威光をあまねく示さんが為に!』
 翻した背中に聞こえた、柔らかな音。驚いたように目を見開いて振り向く。
 さらりと風が流れて、頬に心地よい感触が触れる―――ファルーシュは微笑みを浮かべて、
 懐かしい声を耳に留めて…歩き出した。

 平和の姿を作りつつあるファレナは、一種の革命を為したことになる。
 その語り継がれる歴史に名は記されずとも、
 ファルーシュの胸にはいつまでも、リオンが花のような微笑を浮かべていた。
 重ねあった手の温かさも、混ざり合わせた声の響きも、いつまでもセラス湖に抱かれて…。
 黎明と黄昏にまもられた太陽が、今日も、きらきらとセラス湖を輝かせていた。

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