アレニア恋物語(アレニア×ミアキス) 著者:8_345◆IGA.li4jPs様

遂に反乱軍に市内まで踏み込まれた。
ザハーク殿から何としても太陽宮だけでも死守するのだと言われ必死の思いで死守するも反乱軍の勢いを止められなかった。
守備隊が壊滅し、ギゼル様に太陽宮からの撤退を進言するもこれを拒否されてしまった。
その時、何らかのやりとりはあった筈なのにこの部分の記憶は全部抜けていた。必死に思い出そうとしたがダメだった。
一体何があったのか…恐らく一対一の会話だったと思われるので真相を知る者は居ないだろう。
その後、反乱軍の主力を目の前にして全く歯が立たなかった。
私とザハーク殿の剣術が全く相手にされず、むしろ遊ばれている感さえ思えた。
何度剣先を飛ばそうとも軽々と流され反対に追い詰められて行く。私達の背後にある謁見の間にはギゼル様が控えておられる。
せめて死に花だけは華々しく散りたいと思い、私は気力を振り絞り何度も何度も立ち上がり向かって行った。それが負け戦と
分かっていながらも…愛すべきお方の為、無様な死に方だけはしたくなかった。だが、それでも結果は同じだった。
壁際に追い詰められた私は死への恐怖に震えながらも剣を構えていた。今でも剣先が震えていたのを憶えている。膝もガクガクと
震え呼吸も荒くなる。緊張と恐怖で汗が止まらず、着ていた鎧の中は汗で湿っているのを通り越してびっしょりだった。背筋が凍る
思いとはこの事かもしれない。
私の周囲を反乱軍の人間が取り囲んでいる。その中にミアキス殿の姿も見ることができた。
ドラートの戦闘で私は彼女を…ミアキス殿を捨て駒に利用したのだ。今思えば、その時の私はどうかしていたに違いない。
軍を敗戦に追い込んだだけでなく、ギゼル様より拝借した太陽の紋章すらロクに扱えず私は悔しかった。行動するごとに自分で自分の
首を絞めているのが目に見えていた。しかし女王騎士である以上それでも前に進まなければならない。進まざるを得ないのだ。その
焦燥が己の身を滅ぼす原因になろうとは…。
視界から周り景色が少しずつ消えていく…目の前に誰が立っているのかさえぼやけてしまって分からない。
(遂にここまで来たか…)
消えつつある視界で辛うじてザハーク殿の方へ視線を送る。彼も私と同様、壁際に追い詰められていた。
しかも、彼を追い詰めている人間が私と同じ女王騎士のカイル殿とゲオルグ殿は何とも皮肉な結果だった。
私の方はミアキス殿が居た筈…だが真っ白な私の視界にはもう何も映らない。
「……殺るがよい」

私は構えていた剣を手放した。その瞬間、全身から力が抜けた気がした。
何かから解放されたかの様に私はその場に座り込む。
「…これから死のうと言う時にこうも体が軽くなるとは…私は何をしていたのか………もっと前の段階でこうなれば良かった物を……
……見ての通りだ…何も言う事はない。殺るなら一思いに頼む…」
辺りは白一色で染められ、何の変化もない空間が何処までも果てしなく広がっている。
脳裏には何人もの人間に囲まれている私が想像できているが今は何も見えなかった。
白い空間に向かって私が独り言を言っている様にしか感じられない。
今何処を見ているのかそれすらも分からず、ただ死を座して待つ他には何も考えられなかった。音だけは聴こえてくる。
コツ、と何者かの足音がした。いよいよ来るべき時が来た。
「……頼む」
何も見えなくなっている目を私は閉じた。
もし、際になって視界が戻った時、私は醜態を曝け出している自分自身を見たくはなかった。
「せめて死に際位何も見ずに迎えよう…」体が知らず知らずの内にそうさせたのだろう。ともかく死ぬ事に変わりはない、そう思っていた。
足音が止まった。恐らく剣を振り上げたのだろう。後はその剣が振り下ろされれば私の魂は解放される。
行き着く先がどちらであろうと、少なくとも見えない重圧からは解放される。今ここで死ねるのはある意味正解かもしれない。
この世の苦しみとを断つ剣が迫ってくる。私には感じられた。
(やっとこれで…)
そう思うと気持ちが軽くなる。目には見えなくとも顔の筋肉が緩んでいるのが分かる。
(私は笑っているのか?これから死のうと言う時に笑うなど…)
それでも一向に構わなかった。死への恐怖よりも現実世界でもがき苦しむ方が何倍も辛かった。
自らの死ぬ事も許されず堂々巡りを繰り返す。同じ苦しみを一度ならず二度までも味わさせられる…。
「それだけ私が未熟だったのだろう」と言えるが、正直ここまで未熟だったとは…亡き父上に合わせる顔がない。

……………。
どれ位の時間が経っただろうか…一向に剣が振り下された気配がしなかった。
確かに目の前に人が居る気配はある。だが一向に動作を起こそうとする気配がない。
(何故だ…何故斬らぬのだ!?私を何処まで見せしめにすれば気が済むと言うのだ…!)
私は込み上げてくる怒りを必死に抑えた。ここれ怒りに任せてしまっては負けである。ここは静を保とうと昂る気持ちを必死に抑えた。
「……くっ…」
反乱軍は私を見下ろしているに違いない。それを確認したくとも私の視界は相変わらず真っ白に覆われていた。
「アレニア殿…」
何処からか声がした。私は下を俯いたまま答える。
「…ミアキス殿か…」
「こんな事はもう…止めましょう……同じ女王騎士同士が殺し合っちゃダメですぅ…姫様が……姫様が悲しみますぅ…」
「悲しむ……か…」
ミアキス殿の問いにポツリと私は言葉を漏らした。
ドラートの戦闘で私はミアキス殿を捨石に利用した。私自身が助かる為だけに彼女を….
その後、彼女が向こうの陣営に加わったと聞いて内心ホッとしたが、それと同時に自分を酷く責めた。
そんな人間として最低な私を目の前にして私怨一つ言わず語りかけてくれている。本当に恨みはないののだろうか。
「戦闘は終わりました。ザハーク殿は先程私達の陣へ…」
「…そうか」
やはりザハーク殿もアレを使われなかったか。
あらかじめキゼル様より、私達は万一の事態に備えあるクスリを受け取っていた。
それは人間の能力の限界を一時的に極限まで高めるクスリで名は「烈火の秘薬」と言う。
但し、それを服用すれば絶命はまず確実で助からない。暗殺集団「幽世の門」のが開発したと言うが何故その様な劇薬を作ったのか
私には理解できなかった。
「残るは私一人か………フフフ………結局私は何をしておったのだろうな……こうもあっさり勝敗が決してしまうとは…これでは裏切り
を決行した時点で既に負けだったとしか言えぬ…言えぬ………」
最後の方は自分に対する恨み節になった。
「……………」
「剣を持たねば戦う意味はない…………投降しよう…」

「良かったぁ……」
ミアキス殿は少し安堵した様だ。
「だが、その前に一つだけ聞かせてくれ。ミアキス殿」
「はい?」
「貴殿はその……私を恨んでいないのか?憎くはないのか?私は貴殿をコマとしか見なかった女だぞ?その様な女王騎士として最低な
女が貴殿の目の前に何故…」
これ以上、言葉は出なかった。言うと彼女をますます傷つける結果になる事は分かっていた。一度ならず二度までも彼女を傷つけてしまっては…。
私が頭を垂れていると、彼女の手が私の頭を撫でてくれた。
その手は決して大きくはなかったがとても温かかった。これだけ温かい手に触れたのは久しぶりだった。
「あの時はあぁでもしないと仕方がなかったって思ってます。そりゃ最初は「どうして?」って恨みましたけど……でも、でもきっとまた一緒に
なれるって信じてました。それがどんな形になろうとも……だから恨んでるとかそんなのすぐに忘れちゃいましたぁ。それよりもアレニア殿に
早く逢いたいなぁってずぅっと願ってたんですよーそれが今叶って凄く嬉しいですぅ。アレニア殿は思ってないんですかぁ?」
唐突な質問の切り返しに私は戸惑ったが、ここはあえて包み隠さずに話す事にした。
「いや…私も逢いたいと願ってた……逢って今までの数々の無礼を貴殿に謝りたかった…後は……上手く言えない…すまぬ」
「上手く言えなくても良いですよ…アレニア殿の気持ちが分かってスッキリです」
そう言うと彼女は私の頭を包み込んでくれた。掌同様にとても温かかった。
それにこうして人に抱きしめられるなど女王騎士になって…いや、それよりもっと前から記憶にない。
それ以前に、人に体を預けるなど到底許し難い行為だとばかり感じていた。何か私の心の奥底を見透かされている様な気分に陥る事が多かったのだ。
それを恐れるあまり、他者とはうわべだけの付き合いで済ましてしまう事が多く、気がつけばいつも独りで居る事が当たり前の様になってしまった。
「王子ぃ、アレニア殿を連れて行く役目、私がしても良いですかぁ?」
「え…」
私も王子も驚いた。
通常、捕虜を連行する役目は下級兵士が請け負うのが常識である。しかしそれを一人の将が請け負うなど余程の事が無い限り行なわれない。
「ちょ……待たれよミアキス殿…私ごとき、貴殿がわざわざ連行する役目をせずとも……」
「むーーー、私がすると言ったらするんですぅ!」
「う……」
私はそれ以上言葉が出なかった。ミアキス殿は一度言い出せばテコでも動かないのは知っていた。
この際、何を言っても無駄である。
それに、私は既に捕虜の身であるからこの場は反論できる立場ではない。

ミアキス殿に連れられて私は反乱軍の本陣に連行された。
しかし、王宮から陣地へと連行される間、捕虜を扱う際に当然の行為とされている両手を縄などで拘束すると言った行為は一切行なわれず、半ば連れ
立って散歩に行く様な格好になってしまった。しかもミアキス殿と私の手はしっかりと握られているから物凄く恥ずかしい。
傍に居た兵士から「せめて手だけでも拘束を…」との声もあったが彼女は頑としてそれを拒んだ。
私も彼女が何を思い、私を拘束する事を拒んだのかが理解できなかった。
(彼女は一体何を……いざとなれば貴殿を襲う事など容易い事。それをわざわざこんな…)
「いやぁ、良い天気ですねぇー」
確かに天気は良かった。
思えば、今日この日まで景色を見る余裕など全くなかった。
目の前の事に捉われ過ぎるあまり、私は風景を愛でる心を忘れてしまった。どんなに美しい物を見ても感情が湧かなかった。
それが重圧から解放された今はとてもすがすがしく感じる。空はこんなにも高かったのか…。
ミアキス殿もいつもと変わりなかった。私を恨んでいないと言うのも分かった。
しかし、今の彼女の態度は素なのか、それとも私の事を思いわざと演じているのかは分からなかった。
「……貴殿、もう少し緊張感を持たれよ」
私は思わず注意をしてしまう。
「えぇーっ、だって戦闘はもう終わっちゃったんですよぉ?いつまでもピリピリしてたら体に悪いですぅ」
「それはそうだが……だが、私はこの通り何も拘束されておらぬ。その気になれば貴殿を…」
私は彼女の目の前でわざと拳を見せつける。それを見て、周囲の兵士は一斉に殺気立った様子を見せた。しかし、
「大丈夫です、私はアレニア殿を信じていますから」
その一言で周囲から殺気がフッと消えたのを感じた。
「……………」
「私はアレニア殿がそんな器用な人じゃないって分かってます…だから拘束しなかったんです。それに、ずぅーっと誰かに拘束されるのは嫌でしょ?」
「それは…」
彼女の言う事は最もだ。
私は騙し討ちができる程器用な人間ではない。どちらかと言えば不器用な人間だ。
だが、私はそれを認める事ができず無理矢理にでも器用にできる人間を演じてきた…女なのに不器用なのは笑われると思った。
「姫様が救出されるのも時間の問題です。それに、アレニア殿が色々と悩んでたのも知ってます。だから少しでも楽になったら良いなぁって…」
「…知っておられたのか」
「いつも思い詰めた顔をしていればそう思わざるを得ませんよぉ。遠くから見てても凄く辛そうでしたし……私に何か出来れば良いのですが…」
人前ではなるべく苦しそうな素振りを見せない様に気をつけていたが、今の一言で全て無駄な努力だと言うのが証明された。
しかも、私の身まで案じてくれていたとは…私はつくづく不器用な女だ。
「ミアキス殿………申し訳ない…」
私は頭を下げた。それを見て彼女は驚く。
「そ、そんな謝らないで下さいよぉ…私こそ何もお役に立てなくて…」
「しかし…」
「とりあえず立ち話もあれですから、本陣に行ってから色々とお話しましょう。積もる話もありますしぃ」
ミアキス殿は私の腕をグイグイと引っ張る。その表情はとても嬉しさに満ち溢れている。
「……分かった」
ミアキス殿にせかされる形で私は反乱軍の本陣へと連行された。

反乱軍の本陣は騒然となった。
捕虜である私が拘束も何もされずに連行された事、捕虜の連行にミアキス殿がついて来た事、更には私とミアキス殿がベッタリとくっ付いていた事
などが入り混じって喧騒が更に大きくなった。
「ミアキス殿…やはり離れて歩いた方が…」
「イヤですぅ、せっかく一緒になれたのに何で離れて歩かなきゃいけないんですかぁ?」
「周囲の目があるではないか……要らぬ誤解を与えかねない」
「もう…大丈夫ですよぉ。アレニア殿はホントに心配性ですねぇ」
そう言って更に体を密着させてきた。
私は恥ずかしさのあまり顔が火照ってしまった。恐らく耳まで真っ赤になっている事だろう…。
今すぐにでも避けたい衝動に駆られたが、ミアキス殿はミアキス殿なりに私の事を喜んで迎えてくれていたのは分かっていたのでそれを拒否するのは
悪い気がした。この場はとりあえず我慢する事にした。

ムニュ、

私の腕に妙な感触が…横目でチラッと見ると、ちょうど私の腕が彼女の胸の部分に当たっていた。
しかも、どう見ても意図的に当てている様にしか見えない。
「ミアキス殿!大衆の面前で何を…!」
私は小声で注意する。
「大丈夫ですよぉ、端から見ればじゃれあっている様にしか映りませんしぃ」
「場を弁えられよ…流石にこれは度が過ぎるぞ」
「まぁまぁ」
「まぁまぁ、ではない!破廉恥だ…!」
破廉恥と言う単語を口にした時、妙に恥ずかしくなってしまう私がそこには居た。
今のやり取りを他者に見られているのも重なって更に体が熱くなる。妙な汗も出てきた。
「あれぇ?さっきより顔が赤くなってますよぉ??」
「ぐ…」
「あーー、もしかして恥ずかしいんですかぁ?」
「と、当然ではないか!貴殿は恥ずかしくなくとも私は…」
「ウフフ、アレニア殿はホント純情ですねぇ。今時の若いコならこれ位普通の事ですよぉ?」
「……う」
それ以上言葉が出なかった。
今時の若者はこんな事を平気で行うのか…恋愛に対して全く興味のない私にとってすればついつい恥じるべき行為だと思ってしまう。
それだけ私の頭が固いのだろう。
しかし、その様な行為に対して興味を抱いてしまうのも事実だった。
いつもそうだった。他人が恋愛話に華を咲かせているのを横目で見ながら聞き耳を立てていた私が居た。
私もその輪に入ろうとしたが恥ずかしく思い、常に無関心を装っていた。
誰も居ない所で一人、物思いに耽っていた時もあるがそれは遠い昔の話である…それも随分と昔の話だ。
(…今が良い機会かもしれないな)
「??どうしたんですかぁ?」
ミアキス殿が私の顔を覗き込んでいる。彼女と目が合ってまた恥ずかしくなり慌てて視線を逸らす。
「???」
そんな私を彼女は不思議そうに見つめていた。

いよいよ本陣に通された。
流石にここの警備は厳重で、見張りの者が他の詰め所よりも多く配置されており空気が張り詰めている。
空気の重さと緊張とが入り混じってキリキリと胃が痛みだす。嘔吐をこらえて何とか我慢して時を待つ。
「アレニア殿、気楽にね」
そう言ってミアキス殿は私の両肩に手を置いた。ミアキス殿と肌が触れ合うと不思議と少しだけ緊張がほぐれる気がした。
程なくして、反乱軍の首脳部の関係であろう人間が現れた。場の空気は一気に張り詰め、その時ばかりは流石のミアキス殿も真剣な表情だ。
「あ、貴殿は確か…」
私はその中に見知った顔を見つけた。
「アレニア殿、お久しぶりですね」
その人物は団扇を口元に当てて軽く笑う。傍にはゴドウィン派の兵士の格好を装った人間が二人控えている。
「メルセス卿…」
「その名前で呼ぶのはよして下さいな。とっくの昔にメルセス卿と呼ばれる立場から遠のいてますよ。今はファルーシュ王子専属の軍師ですから」
そう言うとメルセス卿は穏やかな笑みを浮かべた。恐らくは私の緊張をほぐそうとして作り笑みを浮かべているに違いない…私はそう思えた。
この陣営は何処かおかしい…誰もが皆穏やかな顔をしているのだ。血生臭い戦地においてはあまりにもかけ離れ過ぎている。
いつ命を落とそうか分からぬ戦場でこれだけ穏やかな空気を吸うのは気が引ける。メルセス卿が現れて数分も経っていないのに場の空気は既に和みきっていた。
「アレニア殿…まずは今までの戦役、誠にお疲れ様でした。貴女の戦ぶりこの目で拝見させてもらいましたよ」
(いきなり私の功績を讃えるとは……メルセス卿は何を考えているのだ…分からぬ)
「貴女の戦上手は噂以上ですね。こればかりは過小評価をした私に落ち度があると言えるでしょう。もう少し早くこちらの陣営に加わって頂けたらこの戦も早く
終結していたに違いないんですけどねぇ…」
「……………」
「ま、過ぎた事を言っても始まらないので本題に入りましょう。今日の戦を持ってゴドウィン派の敗戦は決定的となりました。残念な事にマルスカール殿には
太陽の紋章を持ったまま逃げられちゃいましたけど…とりあえずソルファレナを奪回できた事だけでもヨシとしましょう」
「……………」
「本当はお酒でも酌み交わしながら色々とお話をしたかったんですけど…アレニア殿とザハーク殿には一応捕虜と言う格好を取らせてもらいますね。本当は
あんまりこう言う形は取りたくないんですけどねぇ……普通に扱うと内外に示しが付かないので形式だけは取らせて下さいね?」
「…承知している」
「とりあえず私達のお城に来てもらいます。そこで事が済むまで収監と言う事で…あ、生活の方は心配しなくても大丈夫ですよ。
「一日三食+お風呂付き」でちゃんと面倒みますから」
メルセス卿は嬉しそうに言うのを後ろの護衛の二人は何とも言えない表情を浮かべていた。私も内心複雑だった。
「メルセス卿…」

「はい?」
「…捕虜の身分で差し出がましい事を言う様だが何故そこまで私達を労わるのだ?私は国の根底を揺るがす大乱に加担した人間の一人だぞ?しかも国職の最高峰に
当たる女王騎士が反逆に加担して…私達を生かしておいても得な事は何も無い様に見受けるが…」
「確かに…アレニア殿のおっしゃる事も一理あります。けど、死んでしまっては分かる事も分からないでしょう?それに、生きて罪を償う事が一番大切だと思う
から私はそうしたのです」
そう言うとメルセス卿は右手で私の頬を撫でてきた。その白い指は私の顔の輪郭をゆっくりと撫でる。
「…随分と顔がやつれましたね。以前お会いした時は生気に満ち溢れていたのに……この二、三年ですっかり歳を取ったんじゃないですか?それに…」
彼女の指が頭に触れた瞬間、頭皮に痛みが走る。
私が「っつ!」と顔を歪めるとメルセス卿は「ほら」と言いながら私の目の前で手を開いて見せた。何か白い線が掌に見えたが良く見えない。
「あぁ、これじゃあ見えませんね」そう言うと衣の袖にその白い線を置いて私に見せてくれた。
「白髪ですよ…しかもこんなに長いのが。今まであまり自分の体に気を使って来なかったでしょう?今こうして見てもかなり見えてますよ、白髪が」
「……………」
「この際、ちょうど良い機会ですし捕虜の立場を利用して暫くお休みされたらどうです?尋問とかが始まればそう休めないと思いますし…それに」
「…?」
メルセス卿が私の顔を覗き込む。その目はとても穏やかで視線を逸らす事が出来ない。
「さっきからずーっと眉間にシワが寄りっぱなしですよ。そんな顔をしてちゃ楽しい事も楽しくないでしょう?アレニア殿は物事の全てを自分の中に背負い込み過ぎなんです」
メルセス卿の言う事は最もだ。今だからこそ素直に受け入れられるが、血気盛んな時だったら恐らく……いや確実に激怒している事だろう。特にドラードの頃の私は…。
「ルクレティアさんの言う通りです。アレニア殿は完璧を求め過ぎなんですよぉ。完璧な人間なんてこの世には存在しないんです。そりゃ私だって欠点の一つや
二つ持ってますしぃ…でも、その欠点を自分自身認めるか認めないかで大きく違ってくるんですよぉ?言い方は変かもしれませんが、要は開き直るんです。
「あ、私ってこんなモンなんだぁ」って。そう思えると随分と肩の荷が下りますよー」
ミアキス殿も私の肩に手を置いて語りかけてくれた。
ここまで人に親切にされると妙に恥ずかしくなってしまう。彼女の方に視線を送る事が出来ない。
こうしている間にも太陽宮内部での戦況が伝令によって本陣にもたらされる。
その伝令一つ一つが「ゴドウィン軍劣勢」と言う内容の物だと言うのは私でも分かる。
メルセス卿はその伝令一つ一つに細やかな指示を与えた。軍師がここまで細やかな指示を送るのだ、反乱軍の強さは半端な物ではない事を今、身を持って知る私が居た。
(これでは勝てる訳がない……悔しいが我々の負けだ)
例え、我々が一枚岩になって掛かっても勝てる見込みは少ない。
メルセス卿の思考回路は無限に広がっているに違いない。どんな状況にも動じる事のない策戦をその頭脳に収めているのだろう。
それを考えるとこの人物は常人の域を超えている…。

そんな中、私にとって一番耳にしたくなかった情報が飛び込んできた。
「太陽宮が陥落!ギゼル・ゴドウィン殿は戦死なされましたっ!!」
「ギゼル様…」
かつての主が戦死したと聞いて、私は胸が締め付けられる思いがした。
アルシュタート陛下とフェリド閣下がお亡くなりになられた時には…。
(薄情だ………お二人がお亡くなりになられた時には微塵も感じなかったのに…何故今になって…)
胸がとても苦しい……今まで収まっていた胃の痛みが再発した様だ。
キリキリとした痛みではなくまるで胃に穴が開きそうな勢いだ。嘔吐しそうな気配に襲われ思わず口を抑える。
「アレニア殿?」
突然の異変にメルセス卿は驚いたかもしれないだろう。慌てて私の背中をさすった。
「……ウッ!」
今日は殆ど食べ物を口に運んでいない。だから今嘔吐しても胃酸しか出ないだろう…。
胃酸を戻すと辺りに酷い悪臭が立ち込めるのは重々承知している。今、流石この場では嘔吐出来ない。
「…やっぱり相当体に負担を掛けましたね?」
「………面目ない」
「フゥ……誰かアレニア殿に温かい食事を準備して下さい」
メルセス卿は近くに居た兵士に命ずる。その兵士が出て行くのと入替わりに、
「あの…先程の伝令の続きですが…」
「あ、続けて下さいな」
「また、リムスレーア女王はファルーシュ王子によって無事に救出されたとの事です!」
「ホントですか!?良かったぁ……」
ミアキス殿はその場にへたり込んでしまった。私は慌てて彼女を支えてやる。
彼女にとってリムスレーア王女はどんなかけがいの物よりも大切なお人だからだ。
何を差し置いても王女の事を第一に考える…護衛の鑑と言って過言ではない。それに比べ私は何と惨めだろうか。
「…これで勝敗は決しましたね」
報告を聞いてメルセス卿がポツリと呟く。
「後はマルスカール殿だけですか……これはこれでちょっと厄介ですね…別に作戦を練らないといけませんがアレニア殿とザハーク殿の件もありますし……」
独り言を呟きながら屋内をウロウロとしている。私はそれを黙って見ていた。
遠くで勝鬨が聞こえる…喜びに満ち溢れた声だ。兵士と共に市民の声も入り混じって聞こえる。これで私の帰るべき場所は無くなった。
(これからどうするか…)
「……決めた、とりあえず身柄はサンポート城に移しましょう。そこで暫く休暇を楽しんで下さい。然るべき事項は追って連絡します。
護衛の方は…そうですねぇ……レレイさんとミアキスさんにお願いしようかしら?」
「ルクレティア様!それは…」
「大丈夫ですよレレイさん。シウスさんがこちらに残ってくれますから。それに、いざとなれば護衛してくれる人は大勢居ます」
「ですが…」
「良いじゃないですか。女王騎士殿と親交を結ぶ良い機会ですよ。色々とお話を聞けるチャンスですよ?」
「はぁ………了解です…」
レレイ殿は渋々承知する。それを見てメルセス卿は満足そうに頷く。
「そんな訳です。レレイさんの事を宜しくお願いしますね」
「はぁい、了解でぇす」
「……承知」
…何だかメルセス卿に上手い事丸め込まれた気がしてならないのは私だけだろうか。

メルセス卿による一通りの尋問が終了してから私は別の場所に身柄を移送された。
尋問と言っても軍に関する事は殆ど聞かれず、専ら世間話に大半の時間を費やされた。何だか肩透かしを喰った感があり疲労感だけが残る…。
「レレイ殿…と言ったな……メルセス卿はいつもあんな感じなのか?」
「え………まぁ、そうです…」
レレイ殿の言葉にもキレが無かった。どうやらあれは演技ではなく正真正銘の天然らしい。
外見は抜けた感じがするのにいざとなれば縦横無尽に策を巡らす…このギャップの激しさが恐ろしい。
「着きました。こちらで暫くお休み下さい」
レレイ殿の案内により私は詰所に通された。普段は兵士の待機場所にでも使用されているのだろう。本陣よりも構えは数段落ちる。
とりあえず傍にあるイスに腰掛ける。
「フゥ……お手を煩わせた様で申し訳ない」
「いえ…これも大切な仕事です」
そう言ってレレイ殿は視線を伏せた。心なしか彼女の頬が赤く染まっているのは気のせいだろうか。
「レレイ殿は生真面目だな…私の生き写しを見ている様だ」
「そ、そんな…!格式高い女王騎士アレニア様にお近づきになれただけでも光栄な事です。それを似ているなど……」
レレイ殿は慌てて否定する。その顔は先程とは打って変わって焦りの色が見える。彼女には感受性が豊かそうな印象を受けた。
「……言わないでくれ」
これ以上女王騎士で居る事がどれだけ冒涜な事かは私自身が一番分かっている。
せめて女王騎士の名を汚さぬ様に務めるしか今の私には出来なかった。
「も、申し訳ありません…アレニア様…」
「いや…頭を上げてくれ…」
深々と頭を下げたレレイ殿に頭を上げる様に催促する。
レレイ殿には私と同じ道を歩んで欲しくない。私みたいに真面目過ぎるのは返って自分自身を苦しめる。
幸い、彼女にはまだ感情が残っている。その感情すら失ってしまっては……末路は惨めだ。
「あ…そう言えば、アレニア様にお出しするお食事の準備を忘れておりました。すぐに準備致します」
そう言うとレレイ殿は私に一礼をし、足早に詰所を後にした。
彼女が去って詰所は妙に静かになる。この場所は本陣から離れているせいだろうか。人の居る気配があまり感じられない。

「静かだな…」
思い切って詰所の外に出てみる。
詰所の周囲は一面草原に覆われており、詰所を吹き抜ける風が草を撫でて行く。空は抜ける様に高く、雲一つ無い快晴だった。
その空があまりに素晴らしく何だか哀しい気分になる。
「……………」
空を見つめながら私は自分自身の今後を考えた。
勝敗が決した今、暫く戦争とは無関係の所で時を過ごす事に…それが反乱軍の本拠地だと言う事は些か不本意だが止むを得ない。
しかし、私は反乱軍の本拠地をこの目で見た事が無かったのでどんな所にあるのか興味があった。噂ではセラス湖に沈んでいた建物を
そのまま利用していると言う。
何千年と水没していた建物が現世に甦った今、果たして本拠地としての機能は働くのだろうか…現に反乱軍がここまで来たのはその建物
があってこそだろう。
しかも、その水没した建物を長き眠りから呼び起こしたのは他でもない。王子殿下が所有する「黎明の紋章」だと言う。
(黎明の紋章…)
「黎明の紋章」と「黄昏の紋章」は対になっている。
私もかつて、この身に黄昏の紋章を所持した事があった。
しかし、その二つの紋章を使いこなせるのは紋章自身に選ばれし人間だけで当然ながら私にはその資格は無く、ドラードの戦いではただ闇雲に
紋章を使い危うく暴発させる所だった。その直後は紋章すらロクに扱えなかった自分が苦々しく思え自責の念に捉われた…悔しくて人知れず泣いた。
しかし、今になってすれば私が扱えないのは当然である。
私如き、器の小さな人間がその様な絶大な力を誇る紋章を軽々と扱えてしまっては紋章の重みがない。
紋章と言うのは私達の生活を助ける為にあって、悪用する為に生み出された物ではない。そこの部分が欠落していたのは私の落ち度だ。
しかし…あの時の私は力を欲していたのは紛れもない事実だ。反乱軍を撃退する為の力ではなく王家に刃向かう全ての反乱分子を抹殺する為の力…。
ファレナの繁栄の為には障害となる物は消し去る力が欲しい、そう強く念じていた。それはなりふり構わずと言った感じだった。
しかし、今となってその考えは大きな間違いだと思える様になった。
歴史に「もし…」と言う言葉は在り得ない。
しかし、若しゴドウィン派がこの戦に勝利しファレナを一つに統一していたとする。統一して暫くは繁栄が続くかもしれないが、恐らくその繁栄は
永くは続かないだろう。力で抑えつければ抑えつけられた下に力が蓄積される。そして抑圧していた物が無くなった時、その力は…思わず身震いした。
もう一度今回の様な戦争が起これば、この国は今度こそ立ち直る事さえ不可能になるかもしれない。そうなれば南のアーメスにこの国は蹂躙され属国
となるに違いない。アーメスの元、多くの民が圧政に苦しむ…私は後世に間違った功績を残そうとしていたのか…。

胸が苦しくなった私はその場にうずくまる。呼吸が苦しくなり指先が震えている。
「ハァ…ハァ……私は…」
私達が戦争で敗れた事は正しかったに違いない。
この後、私が逝く事になったとしても後世に汚点の残す結果にならなかっただけが幸いだろう。
「貴女がどうしたと言うのですか?」
いつの間にか私の目の前に誰かが立っていた。先程までは誰も立っていなかった筈だ。
(いつの間に…)
恐る恐る上目遣いで目の前の人物を見やる。その人物は黒の衣装を身に纏い悠然と立ち尽くしている。その姿、以前何処かで見た記憶が…。
「女王騎士ともあろう者が無様ですね」
「…貴殿、以前何処かで」
「貴女に答える必要はありません」
その人物は私の質問をバッサリと斬り捨てる。表情は黒のフードで覆われて見る事は出来ないが、相当神経質な人間なのだと言う事は雰囲気から
読み取れる。只、その声は女性にしてはやや低い。
「貴女ほどの人間に黄昏の紋章が利用されなかったのが幸いです」
「黄昏の紋章…………まさか」
私が黄昏の紋章を宿して挑んだドラードの戦いで確かにその人物を見た記憶がある。
確か黒衣の女性が王子殿下の傍に付いており、私が黄昏の紋章を暴発させそうになった時一番怒りを露わにしていた。
まさかその人物がこんな所に……私は驚きを隠せずにいた。
(まさかここで…)
私は一番最悪の事態を想像した。しかし、
「…何か私の顔に付いていますか?」
「いや…」
「…まぁ、良いでしょう。女王騎士二人がこちらに投降したと聞いて来てみましたが…全く……使いこなせない黄昏の紋章を無理に使用するから
こうなったのです」
「ぐ…」
「幸い黄昏の紋章はこちらの手に入ったから良かった物を…もう一度使用されたらどうなっていた事か…」

「面目ない…」
私は頭を垂れる。彼女の言う一言一言が心に深く突き刺さった。
「その様子だと少しは反省しているみたいですね」
彼女はわざわざしゃがみこんで私の顔を覗き込む様に見る。私は目を合わす事が出来なかった。
恐らくこの人物は27の紋章に深く関わっている人物だと言うのは薄々感づいていた。黄昏の紋章も27の一つに関係している。
その27の紋章を悪用したのだ…少なからず不愉快な思いをしただろう。
「私の目を見なさい」
そう言うと半ば強引に顔を持ち上げられる。彼女と目が合う。
「……………」
「……………」
一秒、二秒、三秒…時間だけが過ぎて行く。私は何故か瞬きする事も忘れ彼女の目を見つめ続けた。
その目に引き寄せられたと言った方が正しいだろう。
「…結構です」
一体どれ位の時間が経ったのだろうか…その一言で金縛りから解放されたかの様に全身から力が抜けた。地面にへたり込む私を見て彼女は、
「貴女は反省の色を示している…27の紋章を悪用した事は大罪に値します。しかし、それを悔いているのならまだ貴女は救われるでしょう」
「それは………誠か?」
「私は嘘を言いません」
「……感謝します」
「私は感謝される様な事をした覚えはありませんが」
彼女は馴れ合う事を嫌うのだろう。言葉の端々に棘のある言葉を言うがそれは決して嫌味には聞こえない。
未だにへたり込んでいる私に彼女は「立ちなさい」と言って手を差し出してくれた。その手はとても白く全身黒衣で覆われている分とても
見栄えのする物だった。
その手に誘われる様に私は彼女に抱き寄せられる。
彼女の胸に抱き寄せられた時、私は改めて彼女の顔を拝見した。表情は一切変わらず仏頂面だがその目はとても優しい物だった。
「私は貴女の全てを見た訳ではありません…ですが、貴女が精一杯何かを成し遂げようとしたのは感じ取る事は出来ます」
「……………」
「敵であれ……頑張りましたね」
そう言って彼女は笑ってくれた。その笑みはとても優しく、そして温かい物だった。
それを見た私の目頭に熱い物が込み上げてきた。それを悟られない様に失礼だとは分かっていながらも彼女の胸に顔を埋める。彼女は何も
言わず抱きとめてくれた。

「反省する気持ちがあるならそれを糧に今後精進なさい。幾多の困難を乗り越えて人間とは成長するのです」
「…………」
私は返事が出来なかった。返事をすると涙が今にも溢れ出しそうな感があった。ここで泣くのはまだ早い、そう思ったのでこらえるのに必死だ。
(今は泣けぬ…私には生きて償わなければならない事が山積しておるのだ)
暫く彼女と抱き合った後、私はそっと離れた。
「あの……宜しければ名を」
「本来は名乗る必要はありませんが……そうですね。私の名を名乗っておく前に…」
そう言うと彼女は懐から細い針を取り出して身構えた。私は何をするのかと気が気でならなかった。
「あの…」
私が全てを言う前に彼女は持っていた針を投げつけた。
針は一直線に飛んで行き、詰所の壁に「カーーン!」と乾いた高い音を立てて突き刺さる。その音が異常に響き渡ったのには少し驚いた。
「いつまでそこに隠れているのです?私達は見世物ではありませんよ」
「…???」
私は未だに事態が飲み込めていない…針の刺さった方向を見てようやく事態が理解できた。
「あぁビックリしたぁ……ゼラセさぁん、本気で狙わないで下さいよぉ」
「なら本気で狙われない様に行動なさい。覗き見とは不謹慎な…」
壁の向こうからミアキス殿とレレイ殿が現れた。
ゼラセ殿は苦虫を噛み潰した様な表情で言ったが、ミアキス殿にはなかなか通じない部分が多い。
私はそれを言おうか迷ったがここは黙る事にした。
「しかし意外な事実を見つけちゃいましたぁ。ゼラセさんがアレニア殿にすっごく優しいんだもの、驚きですぅ」
「私はそこまで冷徹ではありません。その人物に応じて応対しているだけです」
「じゃあ、何で私にはそんなに冷たいんですかぁ?」
「貴女には緊張感と言う物が感じられません。その様な人間は適度にあしらうのが最善です」
「うぅ…酷いですぅ…」
そう言ってミアキス殿は泣き真似を見せた。傍らにはそのやり取りに困惑した表情を浮かべるレレイ殿が居た。
「あの……お取り込み中申し訳ありません…アレニア様にお出しするお食事の準備が…」
「あぁ!すっかり忘れてたぁ。ささ、アレニア殿早く早くぅ」
「え、あ…」
ミアキス殿に半ば強引に腕を引かれながら詰所に連れて行かれた。私はゼラセ殿の方に視線を送る。
彼女は何も言わずその場に凛として姿で立っていた。
「ミアキス殿、暫し待たれよ」
「ほぇ?」
ミアキス殿にはその場で待ってもらう様に頼み、私はゼラセ殿の元に戻る。
「まだ何か?」
「宜しければもう少しだけお付き合いを…」
若しかしたら拒否されるかもしれない。私はそれも考えながら恐る恐る催促した。
「………良いでしょう」
あっさりと私の誘いに応じると、彼女は詰所の方にさっさと歩き出した。私がそれを黙って見ていると、
「何をしてるのです?食事が冷めてしまうでしょう」
反対に彼女の方から催促をされてしまう。私は慌てて彼女の後を追った。

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