フリック×キンバリー 著者:マサムネ様

「ほら、ぼやぼやしてるんじゃないよ、色男」
 ニセ印師のキンバリーに目の前でひらひらと銚子を振られて、酒気に意識が遠のいていた俺は我に返った。解放軍の仲間が俺を置き去りにして宿屋に引き上げてしまい、彼女と飲み始めてからもう随分時間が経ったような気がする。テーブルとその周囲に転がる空になった徳利や酒瓶の中身は半分以上が彼女の腹へと消えていったはずだが、キンバリはー酔うどころか一向に顔色一つ変えず、涼しい目をしてじっとこちらを見つめている。
「は、はい」
 情けないことだが、キンバリーの迫力を前にするとどうにも言葉が円滑に出て来ない。正面から彼女と向き合うと、豊かな胸の大半が着物の襟からこぼれているのがどうしても目に入ってしまう為だ。こういうあけすけな女の色香が俺はあまり得意じゃない。
「ほら、あんたももっと飲みな。シケた顔してるんじゃないよ」
「い、いや。俺はもう……」
「まさかあたしの酒が飲めないって言うんじゃないだろうね。それとも……そろそろ違うものでも味わいたいってのかい?」
「え?」
 “違うもの”の意味を判じかねている間に、キンバリーはするりと真横に腰掛けてきた。二の腕に柔らかな重みが触れる。布越しの感覚だったが、その中心に立ち上がった小さな尖りを意識した途端、頭の隅がカッと熱くなるのを感じた。

「お、おい……」
「言っただろ。あたしの相手をしてくれるなら仲間になってやるって。まさか本当に酒だけ飲んで一夜を明かす気じゃないだろうねぇ」
「…………それじゃあ駄目なのか?」
「当たり前だろ。一度交わした約束を破るような男とは、一緒には戦えないね」
「俺はそんな約束なんかしてないぜ。あれはビクトールの奴が勝手に……」
「そうまで嫌がるなんて、こんな美人に対して失礼だよ。それともあんた、オデッサに義理立てでもしようってのかい?」
「……っ!!」
 なぜ、キンバリーがオデッサのことを知っているんだ。
 思い掛けない不意打ちに、俺は言葉を失った。
「マッシュとは古い付き合いだからね。妹のオデッサのことも、会ったことはないけどいろいろと噂には聞いてるさ。……死んじまったってこともね」
 話に気を取られているうちに、キンバリーの手がいつの間にか大腿に伸びていた。細い爪先につ、と内股を撫で上げられ、慌ててその手を押さえ込む。
「よせよ」
「愛した人に操を立てるなんて、女がやれば確かに可愛いさ。けど男が据え膳蹴ろうって理由にはちょいと不粋すぎやしないかい?」
 別に生涯オデッサ以外の女とは寝ないとか、そんな誓いを立ててるわけじゃなかった。ただ失ったものがあまりにも大き過ぎて、誰か別の存在で埋めることなど心が受けつけなかっただけで。

 制止のために触れた手を、逆に掴まれる。キンバリーは素早く俺の手から手袋を外すと、その手を着物の襟から差し入れて温かい胸に直に押し当てた。柔らかく吸い付くような感触の肉が指の隙間からこぼれ落ちる。俺の掌に重ねた手で自らの胸を揉みしだき、からかうように軽く下半身に触れて来るキンバリーに、俺は当惑しつつも抗う事ができなかった。
 ……解放軍の為、ひいてはオデッサの遺志を叶える為。たとえそんな言葉で誤魔化そうとも、熱くなり始めた下肢が自分に対する言い訳を許さない。一度意識してしまった柔らかな肉体への餓えは押さえ切れないほどの欲望となり、意思とは無関係に身体の中心へと血液が集まり出す。掌に擦れて更に固くなってゆく乳首の触感が、消えて行く理性に拍車をかける。細い指に服の上からすでに反応を示している場所を握られて、俺は恥ずかしさに当惑しつつ彼女の表情を窺った。キンバリーの切れ長の瞳は俺を促すように熱っぽく潤んでいる。
「我慢しなくていいんだよ。こんな美人に恥かかせる訳にいかなくて、仕方なく抱いたと思えばいいのさ。ほら、おいで」
 掴んでいた手を放し、キンバリーは両手を添えて着物の前を大きく寛げた。円やかな曲線を描きつつもツンと上を向いた形のいい胸が惜し気もなく夜気に晒される。匂い立つような艶を持つ乳白色の肌の中から鮮やかな紅色をした乳頭が固く突き出している様を見せつけられると、頭で考えるより先に身体が動いた。衝動に急かされるように、俺は一度引きかけた手を伸してキンバリーの豊満な柔肉に顔を埋めた。すくいあげるように下から舐め上げ、絹肌を唇で味わい、果実のような突起を口に含む。わずかに汗の匂いが鼻孔をくすぐるが、それも今は獣のような欲望を呼び覚ます甘い媚薬でしかない。右腕を腰に巻き付けてしっかりと引き寄せ、左手でもう一方の胸を荒々しくこね回しながら舌先で転がしていた突起に軽く歯を立てると、キンバリーは鼻にかかったような甘ったるい吐息を漏らした。
「ん……はぁ…………っ」

 キンバリーの手にバンダナを解かれ、伸び過ぎた前髪がばさりと額に降りかかった。続いてマントが床へと滑り落とされ、外されたベルトがその上にとぐろを巻く。俺はもう片方の手袋を投げ捨てて体ごとキンバリーに向き直り、乱れた着物の裾を割ってしなやかな脚を弄った。下着をつけていない彼女の内股にはすでに溢れ出した女の蜜が滴り、甘酸っぱい香りを放つ雫が指先を濡らした。
「そこはまだ、駄目だよ」
 もっと上に触れようとする指をやわりと退けて、キンバリーは立ち上がった。手を引かれて並び立つと、彼女の背が自分の顎までしかないことに改めて気付かされる。人物の印象が強過ぎて、実際より背が高く見えていたのだろう。間近で見るキンバリーは意外にほっそりしていて、金色の髪がかかる肩も着物を絡み付かせた腰も思っていたより華奢だった。
 俺は胸当てを外し、肌の上に直に着ているハイネックを脱ぎ捨てた。俺を見つめる彼女の口からへぇ、とやや意外そうな声が漏れる。
「思ったよりいい身体してるじゃないか」
「思ったよりとは失礼だな。これでも一応、腕に覚えのある戦士なんだぜ。細腕じゃ剣は振り回せないさ」
「はいはい。だが剣を振り回すだけが男じゃないだろ?さ、全部脱いであたしにあんたを見せとくれよ」
 欲望の命じるままに残った衣服を剥いで行く。全て脱ぎ捨てて裸になると、キンバリーは薄く笑って俺の前に跪いた。

「此処は素直だね……あたしを欲しがってる」
 熱く脈打つ場所を右手で愛撫しながら、掠れた声でキンバリーが呟く。その手の感触と刺激するような言葉に、身体の中心は更に大きさと熱さを増していく。
「……ああ、欲しいよ。俺は、あんたが欲しい」
 認めるしかなかった。今や俺の全身は、彼女に受け入れられることを求めている。久しく忘れていた、否忘れようとしていた、頭の芯が灼けつくような感覚。
「やっと言ったね……いい子には、ご褒美をあげようか」
 すでに反り返るほどに立ち上がった俺のものに手を添えると、キンバリーは唇を湿らせて亀頭に軽く口づけた。そのまま大きさを確かめるように根元までじっくりと舐め上げ、時折甘噛みを加えながら何度も全体を行き来する。ねっとりと肉棒に絡み付いてくるキンバリーの舌は易々と俺を翻弄し、俺はいつの間にか無意識に手を伸してキンバリーの長い髪の間に指を入れていた。享受する快楽の予想以上の強さに、思わず荒っぽく髪を掻き回す。
「……すまない……あんまり、持ちそうにない…………」
 上ずりかけた声は、情けないがすでに余裕がないことを物語ってしまっている。こちらにちらりと視線を寄越すと、キンバリーは一旦唇を離して短く答えた。
「いいよ、このままイッちまいな」
 言葉だけでなく行為で許しを与えるように、キンバリーはぴちょぴちょと濡れた音を立てて一層強くしゃぶりついてきた。亀頭を咥え込み、窪みに唇を押し当て、唾液で包むようにしながら先端にねっとりと舌先を這わせてくる。

「くっ…………」
 キンバリーが喉の奥まで呑込むように俺を深く迎え入れた。軽く当たった歯が信じられないほどの刺激となり、耐え切れずに低く呻いてしまう。達してしまいそうなところを何とかやり過ごそうと息を詰めたが、空いた手で陰嚢を嬲るように弄られ、頬を窄めて身体の中心をきつく吸いたてられるともう止まらなかった。俺は堰が切れたかのように熱い濁流をキンバリーの咽めがけて迸らせた。
「多いね……」
 全てを飲み下し、顎に垂れた雫まで指で掬って舐めてから、キンバリーは妖しく笑った。そして立ち上がりながら帯をするりと解いて着物を落とし、均整のとれた肉体を誇示するように少し下がって俺を見遣る。
「見なよ。あんたのしゃぶってるうちに、こんなに濡れちまった……」
 キンバリーはテーブルの上に腰掛けて両膝を抱え込み、自ら足首を掴むと、挑発するようにじりじりと脚を開いて太腿の付け根を露にしていった。見せつけられた光景に、一度萎えたものがたちまち勢いを取り戻してゆく。言葉の通りすでにその場所はてらてらと光るほどに女の蜜で溢れかえり、自らを蹂躙する肉茎を待ち受けていた。カンテラの灯を跳ね返して淫蕩な光を放つその充血した花弁に、意識しなくても視線が吸い寄せられてしまう。そんな俺に何もかも見透かした女の声は慈母のごとく優しく囁いた。
「ふふ……色男に視姦されるのも悪くないね。そんなに見たいなら、もっと見せてあげようか……?」

 普段決して外気に触れない茂みの奥の薔薇色の襞を、キンバリーは二本の指で押し広げて見せた。橙色の光を受けてなお暗い濡れそぼった入り口が、淫靡な仕種で打ち込まれるはずの楔を誘っている。しかしそれほどの痴態を平然と演じて見せながら、彼女の瞳はなぜか物悲しいまでに澄んでいた。
「……キンバリー」
 その名を口に出して初めて、俺はまだ抱き合うどころか一度も名前すら呼び合っていなかったことに気付いた。自分を見つめる澄み切ったキンバリーの双鉾に、何か得体の知れない感情が沸き上がる。二人の間に横たわる一歩の距離を詰めて華奢な手を取り、俺は彼女が自らを辱めていた指先に口付けた。そのまま唇で肌を辿りながら腕を這い上がってゆく。首筋にそっとキスを落として抱きすくめると、キンバリーは微かに肩を震わせた。
「よしなよ、フリック。そんな恋人にするみたいにしなくていい」
 焦れた声で言って、キンバリーは太股を擦り付けてきた。肉棒に手を添え積極的に呑み込もうとする。まるで、ただ抱き締められるのは嫌だとでも言うように。
「優しくされるの、嫌いか?」
 促す動きに抗わず、自身を彼女の内奥へと深く沈み込ませてゆく。キンバリーは答える代わりに俺の首に両腕を絡めて肌を密着させてきた。結合部から溢れる粘液の湿った音は、夜を満たす静寂の中で卑猥なほど大きく聞こえる。彼女の中は吸い付くほどにしなやかで温かく、抱いているはずなのに抱き締められているような錯角を俺に抱かせた。
 欲しかったものがようやく得られたような安堵感と、何か大切なものを壊してしまったような不安感。キンバリーを腕に抱き彼女の体内に包まれながら俺が味わっていたのはそんな相反する感情だった。手に入ったものはそれだけで全てを充足させる程の熱を持っているというのに、もう二度と手に入らない温もりを切ないまでに彷佛とさせる。満たされているはずなのにまだ足りない、何かが足りないと叫び続ける声を頭の中で打ち消して、俺は今目の前にいる女を引き寄せる腕に力を込めた。

「優しくされたくないんだろ……だったら、そんな目するなよ」
 感傷を振り切るように、やや乱暴に谷間の奥を探り始める。その動きに合わせ、彼女の内壁も直ぐさま律動的に反応して来た。引き絞るように俺自身をきつく締め付け、己の快楽以外見えなくなるほどに俺を追い立ててゆく。だがここで一方的に翻弄されてやるわけにはいかない。激しい脈動に耐えながら、俺は戦場で敵の弱点を探す時のように様々な動きを試し、彼女の弱い場所を少しずつ確かめていった。
「ふ……ぅんっ、はぁ……っ」
 キンバリーの呼気がやや乱れ始めた。首筋を舌で遡って行くと、俺の首を抱いていた腕に力が入り、指先が肌に食い込んで来る。まるで一振りの剣の為に用意された完璧な鞘のように、ひくひくと蠕動する肉襞は最奥まで俺自身を咥え込んで放さない。子宮を突き上げる勢いで抽迭を繰り返せば、その度に先走りと愛液の混ざり合ったものが白く泡立ちながら飛び跳ねた。
「ぁ……っん……」
 金色の柔らかな産毛に覆われた耳朶を甘噛みすると、キンバリーは弓なりに背を反らせた。仰け反る身体を支えようと後ろへついた彼女の手に当って、酒瓶が雪崩のごとくテーブルから転がり落ちる。
 苦悩するようにきつく閉じられた瞼。浅く荒い息を繰り返す濡れた唇。快楽だけを追っているはずなのにどこか悲しげにも見えるキンバリーの表情が、飢えた俺を更に煽り立てる。

 最初はただのあけすけで大胆なだけの女だと思った。なのに何故、こんな顔を俺に見せるのだろう。娼婦のように恥じらいの欠片もない姿態で誘い、ただひたすらに欲望を貪っているだけだというのに、どこかしっとりと包み込むような温もりを与えられている気分にさせられる。そして彼女が求めているのも、おそらく快楽だけではなく……。
 キンバリーが何か、うわ言のように唇を動かしている。不思議とその唇の表す音が読みとれた気がした。
 ──マッシュ、と。
 余計なことを考えるのを止め、瞼を閉じて彼女の体内を穿つものに意識を集める。触れ合った肌の燃えだしそうな熱さだけが今感じるべき全てだった。最も反応の大きくなる子宮口に狙いを定め、腰の動きを速めてゆく。
「は……ぁっ、んん……!」
 喘ぎ声が大きくなる。犯すように荒々しく抉り込む。腰をくねらせてキンバリーが応える。互いの限界が近いことを感じ取った俺はキンバリーの膝を掴んで絡み付く脚を解かせた。そして一際強く、最奥を刺し貫いた。
「はぁっ、ぁっ、ああああぁぁっ………!!」
「ぅ……く……っ!」
 高みへと駆け上がる自身を射精寸前で引き抜く。戦慄く彼女の白い腹を、勢い良く飛び散った粘液が汚した。

 キンバリーがしどけなく脚を開いたまま、テーブルの上にくたりと身を投げ出す。彼女の脇に片腕をついて上がった息を整え、頬に張りついた長い金髪の中で指を遊ばせていると、突然その顔に別の面影が重なって見えた。月灯りすら射さない暗い地下の一室で、込み上げる愛しさのままに抱いた人の儚げな顔が。
 互いに求め合い、躯を繋いだ夜。温もりが感じられなくてふと目覚めると、いつも彼女は居なくなっていた。姿を探して部屋を出れば、夜風を受ける後ろ姿を窓辺に見つける。一見気が強そうでいて、その実誰よりも傷付きやすく優しい心を持っていた彼女。その昼間より小さく見える肩を後ろから抱き寄せ、そっと髪を撫でてやりたいと思ったことが何度あっただろう。だが一切を拒絶するかのような彼女の翳った横顔が遠くて、俺にはただ見つめていることしかできなかった。
 俺は彼女の期待に応えてやることができず、癒してやることすら出来なかった。彼女の遺言の通り、俺に出来たのはただこんなやり方で慰めてやることだけだったのだ。果たして自分が彼女に相応しい男だったのかと自問すると──答えは、否だった。
 不意に襲って来た感傷を頭を振って追い出し、俺はテーブルの上に投げ出してあった布を手に取った。零れた酒を受けた後であまり清潔とは言い難かったが、他にないからには仕方がない。
「……これ、使っちまって……構わないか?」
 薄く瞼を開いたキンバリーが曖昧に頷いたのを確認して、俺は彼女の下腹部から内股までをそっと拭った。粘液を吸い取った布を内側に折り込み、なるべくきれいな部分でもう一度浄める。

「いいよ、そんな……」
 キンバリーが俺の手を止めようと身を起こしたが、俺は黙って拾い上げた彼女の着物をその肩に羽織らせた。袖に腕を通すのを手伝ってやり、記憶を頼りに適当に帯も締めてみる。よくわからないが、確かこんな感じだったはずだ。
「フリック……これじゃ死人袷だよ」
「しにんあわせ……?なんだよ、それ」
「正しい向きは左前なんだよ。何でか知らないが、右前は死装束の時だけなのさ」
 くすくすと笑いながらキンバリーは着物の袷を逆に直した。その笑顔がなんとなく可愛らしく見えて、不思議に温かい気分になる。俺は自分の後始末をし、だらしなく脱ぎ散らした服を一枚ずつ拾い上げた。最後にバンダナを結び直していると、指先で髪を梳きながらキンバリーが呟くように言った。
「あんたは優しいね……優しすぎる」
「……優しくなんかないさ」
 再び追憶に囚われそうになり、俺は軽く頭を振ってオデッサの顔を追い出した。なぜキンバリーもオデッサも俺のことを優しいなんて言うんだろう。優しさと弱さは別のものだというのに。
「代わりにしたつもりはないが……終わってからオデッサのことを考えた。そんな俺の、どこが優しいって言うんだ?」
「……別にそんなこと馬鹿正直に申告しなくてもいいのに。まったくあんたは素直すぎるよ」
 ふふ、と笑ってキンバリーが髪をかきあげる。そのどこか子供扱いしたような物言いにややムッとしたが、わざわざ腹を立てるのも大人気ないと思い、黙って床の上に散乱した割れた硝子瓶の始末に取りかかった。手伝おうとするのを断って、手袋をはめた手で大きな欠片を拾い集める。

「……誰を思ってたって、別にあたしに気を使う必要なんかないんだよ。お互い肉欲だけの関係だって分かってるんだ、小娘じゃあるまいし、そんなことくらいで傷付くようなあたしじゃないさ。それに──」
 あんただけじゃない。唇の上で消えた微かな呟きは、そんな風に聞こえた。
「あたしはあんたが欲しかったし、あんたもあたしを欲しがってくれた。それだけで充分だよ。想いがなくても温もりが欲しくなる夜があるのさ。男も女もね」
 ……優しいのはあんたの方じゃないか。
 出かけた言葉を呑み込んで、俺は小さな破片をほうきで掃いて片付けることに専念した。部屋がほぼ元通りになり、振り出しに戻ったような既視感が訪れる。
「さっ、そろそろ酒の方に戻ろうかねぇ」
「えっ!まだ飲むのか……」
 嫌な予感が的中し、俺は露骨に顔を顰めた。だがそんな俺の心中など意に介せず、キンバリーはけろりと言ってのけてテーブルの前に座り直した。
「当たり前だろ。汗かいたおかげでアルコールが飛んじまったからねぇ。まだまだ夜明けは遠いよ、色男」
 こっちは激しい運動のおかげで余計酒が回っちまってるというのに、テーブルの向かい側を平手でばんばんと叩いて「ほら、早く座りな」と促すキンバリーの顔からは、すでに先程の行為の余韻はきれいに拭い去られている。もちろん酒気などまったく窺うこともできない。有無を言わせぬその態度に仕方なく元の椅子に腰を下ろすと、俺は大きな大きな溜め息をついて新たな酒瓶の口を切った。

<了>

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