信義と約束(フェリド×アルシュタート←ゲオルグ) 著者:ほっけ様

 血に穢れた、太陽宮の謁見の間。
 これは、数ヶ月前に遡る―――ゴドウィン軍の強襲により、太陽宮が陥落した日。
 否…今語られる話に乗っ取れば、女王騎士ゲオルグ・プライムの乱心により、
 女王騎士長フェリド、ならびにファレナ女王アルシュタートが殺害され、
 サイアリーズと王子ファルーシュが誘拐された日、となる。

「我に逆らう悪しき民よ!太陽の裁きを受けるがいい!」

 破壊と豊穣を司る輝きが、ファレナを愛した女性の憎悪に呼応し、全てを飲み込まんとしていた。
 ゴドウィンか。太陽宮の兵士か。幽世の門か。
 立場、敵味方はばからず、灼熱の光が逃げることも許されぬものどもを包み、
 僅かな悲鳴の合間に、光の粒へと焼き尽くし、消滅させる。

 …太陽の紋章。 歴史の表舞台へ幾度か姿を現し、その度、ひとつの大陸すら左右するほどの
 強大な力を示してきた、ファレナの象徴とも言うべき、27の真の紋章のひとつだ。
 しかし、ファレナの空を何時も照らす太陽とは、違った。
 その温かさで、抱きしめるように、大地を包むことはしない。
 悲しみ、怒り、憎しみ…それらが入り混じったとは思えぬ、美しい輝きが、
 人、海、大地…一切の容赦なしに、焼き払い、消しつくそうとしている。

 思わず眼を覆う輝きだ。
 恐らくこのままでいれば、何れ自分も、このファレナと共に焼き尽くされるのだろう。
 嘗て恋焦がれた女性と、誰よりも信頼した親友が愛した地とともに。
 …その親友が愛した、己が恋焦がれた女性の手によって。
 ゲオルグは強く、柄を握る手に力を込めた。
 フェリドも…恐らく、こうする決意はあったのだろう。しかしフェリドは、
 あまりに悲しすぎる最期を、今しがた遂げた…自分の目の前で。

『頼んだぞ』

 …耳を打つのは、昨晩聞いた優しく、悲しい声。

「フェリド…俺に、やれというのか」

 ―――迷いも、躊躇いも、悲しみも、踏み出す足には、それが一切なかった。
 約束と、信義。己に賭けてくれた者の気持ち。
 今果たさなくて、何時果たすというのだ。ないがしろにして、たまるものか。

 絨毯を蹴り、踏み込む。 一瞬にも満たぬ何時もやってのけた己の生業が、
 その日は、まるで、永遠に続くかのようなスローモーションの中、もがいているように感じられた。
 閃く。
 そして。

『もう終わりですか、ゲオルグ?』
『ぐっ……』
 地を舐めた少年が、ゆっくりと身を起こす。12、3か。元服も超えていない、
 …その眼にある眼帯が目立つ、模擬刀を持った少年だ。名を、ゲオルグといった。
 その前で、華麗に三節棍を構えて見せたのは、まだ姫君の立場でいるアルシュタート。
 二人の成り行きを見守っていたのは、アルシュタートと恋に落ちた、一介の群島諸国の仕官であるフェリド。
『…まだだ。』
『はっはっはっは!その意気だぞ、フェリド!どれ、次は俺が相手をするか。アルは少し休んでいてくれ』
『ふふ…では、お言葉に甘えることとしましょう。 …はじめ!』
 勇ましい掛け声とともに、錬兵場に木の鍔迫り合いの音が響いた。
 まだ幼かった頃の記憶。
 片方の眼から見通した、二人の憧れの瞳は、希望に満ちていた。

 …この二人なら、きっといい国を作ることが出来るのだろう。
 ゲオルグは、そう、根拠のない確信を抱いていた。

『サイアリーズにも紹介してやりたいものですね…』
『まあ、俺の弟のようなものだからな。ははははっ』
『勝手に弟扱いするな』
『ご不満ですか? …であれば、ファレナに来ませんか?』
『…ファレナに?』
『それはいい!俺が女王騎士長になったあかつきには、お前を主席に置いてやっても構わんぞ』
『長く留まるのは性に合わん。それに、未熟者の俺ではまだ役に立つことは出来ん』
『でしたら』
 僅かに自分より身長の高いアルシュタートが屈み、ゲオルグと目線を合わせた。
『そなたがその手に十分に力を得たときは、わらわ達に…ファレナに、力を貸してはくれませんか』
『お前なら歓迎するぞ、今すぐでなくてもいい、風の吹くまま流れて、
 たまたまファレナに立ち寄った折にでも、子供に訓練をつけてやるだけでもな』
『………考えて、やってもいい。
 …何だ、何故笑う』
『いえ、別に…』
 二人して、笑いを堪えている様子に、ゲオルグはつまらなそうに眉を顰めた。
 幼い自分の照れ隠しが、滑稽に見えたというのか。
『ゲオルグ。ファレナの情勢は、言ってはなんだが、がんじがらめだ』
『…私たちは、それを正さねばならぬ。その為に、多くの血が流れましょう。
 でも、もし、私たちがその屍の血と血流の海を礎に、平和なファレナを作ることが出来たのなら。
 そなたもきっと、その時には、戦の意味も、悲しみも、知っていることだと思います』
『戦火は消えはせんが、フェイタス河はそれすら抱いてくれる…それに相応しい国を作っていきたい』
『………』
『…楽しみにしていますよ、そなたが来るのを』
『待て』
『どうした、ゲオルグ?』
 少年は、顔を伏せて悩んでから、顔を上げて。
『…ファレナには、美味いケーキ屋はあるのか?』
 顔を見合わせたフェリドとアルシュタートは、また高らかに笑い、
 ゲオルグは今度は模擬刀を振り回して怒った。その姿は、兄弟のように…

 ―――慣れ親しんだ感触だった。
 命が潰える瞬間とは酷くあっけないものだ。ほんの一秒の交錯で、その者の数十年が露と消える。
 刃に乗った紅が、それを物語っている。
 手に鮮明に伝わってくる感触は―――……悲しいくらい、同じだった。
 腹腔を貫いた。 …致命傷だ。
 太陽の紋章の放つ輝きが、緩く弱まっていく。
「陛下ッ!」
 聞きなれた声が聞こえる。 …光りの向こうに、背の低い影が見えた。恐らく、ミアキスだろう。
「そんな、そんな……」
 誰より愛されていて、誰よりも愛した女性が、無頼者に命を奪われた。
 …ミアキスが少しでも己を信用していてくれたのなら、それは、彼女への裏切りにもなるのだろう。
 一部始終を見守っていたガレオンも…ファルーシュたちの元へ向かったカイルにも。
 立ち去っていく後姿を見送ることはない。
 もとより、約束を背負った時点で、この腕に伝わった生々しい感触も想像できた。覚悟もできた。
 ……躊躇いも、悲しみも、悩みも、全て、今、十数年ぶりに流した一筋の涙とともに捨てる。
 …この国を、ファレナを、助けねば。
 この国を担う、フェリドとアルシュタートの志を継いだ者たちを。
「……ッ」
 ずるり。
 抜き去った刃の紅は、これまで見たこともない程に美しく、そして、これまで感じたこともないほど重かった。
 じわりと、紅の絨毯に広がる異の紅、その中に倒れふそうとする、
 真白き輝きのような、強く、儚かった女性…アルシュタートを、抱きとめた。
「…俺を恨むなら、それでもいい。 …甘んじて受けよう」
「…いいえ、ゲオルグ…よく、やって…くれました」
 腕の中の体温が、急激に失われていく。その声は掠れ、消え入りそうだった。
「そなたは…わらわを、ファレナを…救ったのです…
 ゲオルグ…子供たちを…子供、たちを…頼み、ま…」
 …そう、自分は、そうやって生きていく。決めたのだ。ようやく見えてきた二人の肩に、二度と追いつくことはなくても。
「…約束、しよう」

「ふぁ、ファルーシュ…の、好き嫌いは、しって、いますね…?と、鶏のから揚げを…
 レモンは、少なめに…り、リムに、あまり…甘い、ものは…かふっ、あげすぎない、ように…
 にんじんを、積極的に、たべ、させ……リオンには、少し、肉と、牛乳を……、
 カイル、は…魚好き、ですが…はぁ、…時々、抜いてくることも、あるので…3食、きちんと…
 み、ミアキスは…、生活のリズムを、正さないと…太ります、と…健康的な、メニューを…
 …が、ガレオンは…醤油や、塩での、薄めの味付けで…ふ、煮物が、好き、だと…

 それから、それから―――――」
「…………」
「た、頼みました、よ…ゲオルグ………ガクッ」
「…わかった」
「お、おおお…おぉおおお…陛下、陛下…!」
 最期の最期に、子供たちと女王騎士の美容と健康に気を遣った、
 ファレナの女王、アルシュタートは…逝った。
「陛下ぁぁぁぁぁああ―――――――ッ!!」

野営地。
「ねえ、ゲオルグ、どうしてぼくがから揚げ好きだってことを知ってるの?」
「そうです。すっごい美味しい…それも、みなさんの分まで」
「…いや、別に…」
 リオンとファルーシュは、食事当番のゲオルグを見て、眼を瞬かせた。
 その後ろで、ゲオルグが作った自分の大好物を食べながら大泣きしている女王騎士3人の真意に気づかずに。
「う、うぉぉ…おお…こ、この、煮物はぁ…ッ」
「ふ、えぐっ、ぐすっ…ぅ、美味しい、ですねぇ…このフレンチトースト…」
「はは、はっ…ゲオルグ殿には、かなわないなー…どんなレストランより美味しいですよ、このムニエル…」

ゲオルグ・プライム。信義と約束に生きる男。

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