若き日のギゼル×サイアリーズ 著者:前野199様

そのときの僕達はあやつり人形でしかなかった。
それでもかまわなかった。たとえ大人に、世界に踊らされてるとしても。

それでも きみを まもりたかったんだ。

「わあ…っ」
山中の古ぼけた小屋にも関わらず、少女は嬉しそうに声を上げた。
「木こりが道具を保管するのに使っているんですよ。
 本当に、このような何も無いところでよかったのですか?」
「ソルファレナに山は無いからね。ルナスまで足を運べばいいけど…聖地は気軽に行ける場所じゃないし。
 それに秘密基地なんて素敵じゃない。こんなのに興味示すなんて、変?」
案内した少年は慌てて首を横に振る。
「め、めっそうもございません!僕は姫様に喜んでいただければ!!」
「あのさ、ギゼル…いい加減姫様っての、やめてくれる?」
「失礼しましたっ。え、と…サイアリーズ…様」
サイアリーズは大きくため息をついた。

太陽暦439年。
多くの犠牲の後、新女王が誕生した。
この二人の婚約も明らかな政略結婚ではあったが、まだ無垢な二人はそれでも必死に幸せになろうとした。
先の継承権争いで母が死に、父が死に、きっとその凶刃は自分達にも向けられていたであろう。
もう誰も不幸になってはいけない。
たとえ傷の舐め合いでもいい。少年と少女は密やかに愛を育んでいた。
「ねえギゼル、あたしが奥方になってもそうやって敬語使う気?」
深い蒼の瞳がくるりと動き、許婚である少年の顔を覗き込む。
普段は王族として気品溢れる立ち居振舞いをみせるサイアリーズだが、
気の許す者の前ではあどけない少女の顔を見せていた。
それがギゼルの脈拍を最速にまで上げてしまうことを当の本人は気づいていないが。
「いや、そうは言われましても、その、すぐに切り替えるのが難しくて…」
至近距離まで近づく顔に、頭から湯気でも出そうな勢いで顔を真っ赤にする。
ギゼルにとって、サイアリーズは憧憬の対象でしかなかった。そんな方が今では許婚として、目の前にいるのだ。
こうして2人きりになるのも幾度目かというのに、いまだ行動すらままならない。
だがそれがギゼルの誠実さ故の態度であることをサイアリーズはよく理解していた。
「人前ならともかく、2人の時くらい普通に話してよ。なんか壁があるみたいで…寂しいじゃない」
「あ…」
少女の顔が曇る。ギゼルは普段の数分の1しか働いてくれない思考回路を必死に巡らせた。
どうしたら喜んでくれるだろうか。こんな時は…
「あの、サイアリーズ様」
「え?」
失礼します、と一礼し、彼女の左手をとる。片膝を付いて、薬指の付け根にそっと唇を落とした。
「…」
「遥か北の大陸では、将来を誓い合った相手に指輪を贈り合うと聞いたことがあります。
 その指輪を左手の薬指…心臓の最も近い所にはめることで自分を捧げる証とするとか。
 今ここに指輪はございませんが、僕は誓います。
 ギゼル・ゴドウィンはこの身を、心も全てあなたに捧げると」
不安ながらもゆっくりと、顔を上げる。
そこには、先程のギゼルと同じくらいに頬を紅潮させたサイアリーズの顔があった。
「えっ」
「…何よ!だって、そんなこと、一度も言われたことなかったからしょーがないじゃない!!
 突然、そんな…」
「ああっ、申し訳ありません!!」
「誰も謝れなんていってない!!」
「申し…っ、なっなんでもないです!!」
静かな山に、じゃれあう声はしばらく響いた。

そして、幸せな時間は突然終焉を迎える。

太陽暦441年。
10年近く続いた暗闘の末、女王の座に就いたファルズラームが突然の崩御、
長女のアルシュタートが後を継いだ。
そして、サイアリーズから婚約破棄の書がギゼルに届いたのである。
「サイアリーズ様…なぜ…!!」
何がいけなかったのか、何が間違っていたのか。思いを巡らせど答えには辿り着かない。
婚約間もない頃ならば諦めもついただろうが、少年にとって2年の月日を忘れるにはあまりにも大きすぎた。

何も無かったことにできるはずがない。
母の手をとることが二度とできなくても。
父が昔の様に笑ってくれることが二度となくても。
それでも、前に踏み出そうと。もう一度明日を信じてみようと、歩き出すことができたのは。
あなたが僕の手をとってくれたから。

気がつけばその足は西の山に向かっていた。
秘密基地という昔の思い出を少女はいつも楽しそうに聞いてくれていた。
手をとり、指を絡め、時間の許す限り語り合った場所へ、ギゼルは足を運ぶ。
理由など無かった。ただそうするしかできなかった。
黄昏の光が山を、小屋を赤く染める中、ギゼルはふと足を止めた。
すでに木こりも使わなくなった小屋の中から物音がする。
少年の想いは所詮ただの希望だった。それでも彼の中には確信があった。
「ギゼル…」
扉を開けると、庶民服を身に纏ったサイアリーズが佇んでいた。

「たった一人で…ここに?」
こくりと、少女は頷いた。そこにかつて見せてくれた笑顔は無い。
「ストームフィストの手前までは、西の離宮の者が付き添ってくれた。
 今さらアンタに顔見せようなんてできるはずもないから…せめて、
 せめてここには来たかったんだ…」
目の前に立つ少女はギゼルよりも悲痛な表情を浮かべていた。
気品溢れた悠然さも、純粋無垢な幼さもない、今にも壊れてしまいそうなサイアリーズを
今まで見たことのない彼女を目の当たりにして、ギゼルは愕然とする。
「…理由を聞かせてください。サイアリーズ様の、本意ではない、ですよね?」
震える声を必死に絞り出す。
「私が決めたことだよ。ハス姉に相談して…ハス姉も決めた。
 私達は結婚しない。子供を残さないって。」
「ハスワール様…?」
先の継承権争いから逃れるためルナスの斎官となった、ゴドウィンの血縁者。
ギゼルとはあまり面識は無かったが、二人の婚約を自分のことのように喜んでくれたとサイアリーズから聞いていた。
「もう二度と母上達のような過ちを繰り返したくないんだ。
 夫が、子供がいればバロウズのような奴らの陰謀に巻き込まれる。
 私達は王位なんていらないんだ。姉上の、陛下のお力になりたいから…」
「そんな…っ!」
「ギゼル、アンタには酷い仕打ちをしたと思ってる。恨んでくれても構わない。
 でも、私には力がないから…っ!こうするしか姉上も、アンタも守ることができないんだよ…」
細い指が折れそうになる程、拳を握りしめる。

力が無いのはギゼルにとっても同じことだった。
愛しいサイアリーズを自分で守れなかった。力が無いから、彼女にそのような決断をさせてしまった。
自分が子供であることをこれ程歯痒く感じたことはない。
「…逃げましょう」
「ギゼル…」
子供じみた浅はかな提案だと自覚していたがそれが自分のできる精一杯だった。
「僕はまだ子供です。頼りないかもしれない。でも、あなたの隣にいられるなら何だってやります!!
 ファレナを出て、名も無い村で、泥まみれになっても構いません。僕があなたを養います。
 だから、だから…」
「ありがとう、ギゼル。もういいから…」
サイアリーズは無理に笑顔を作るが、かえって痛々しい。
「でも、だめなんだ。逃げることなどできない」
「僕なんかでは、だめなのですか…」
「違うよ。ちがうんだ…」
サイアリーズの声も次第に震えていく。立っているのが精一杯の状態だった。
「セーブルから連絡があったんだ…アーメスが…侵攻してくる」
「っ!!」
「今ここで私達が消えたら、バロウズ辺りにアーメスの内通者とでも仕立て上げられる。
 そんなことになればゴドウィンも、姉上達も何をされるかわからないんだ。
 それに、こんな時だからこそ姉上を助けたい。お願い、わかって…」
身体を震わせ、俯いたまま、サイアリーズは懇願する。
「サイアリーズ様…お顔を上げてください」
この日、サイアリーズはまともにギゼルの顔を見ることができなかった。
会いたくなかった。
会えば、ギゼルの顔を見たら、自分の決意が脆く砕け散りそうで。
「サイアリーズ様」
この少年の前で二度と自分をさらけ出してはいけないと決めたのに。
「…っ」
冷たく突き放さなければいけなかったのに。この場所に全て閉じ込めようとしたのに。
突然の再会は少女の決意を揺さぶるのに充分なものだった。
「サイアリーズ様」
「…だめっ」

「サイアリーズ!!!!」

「っ!!!」
その衝撃に思わず顔をあげる。
初めて呼び捨てにされたことも衝撃だったが、ギゼルが焼け焦げるような声で叫んだことに驚く。
「…なぜ隠す」
翡翠の瞳には激情の渦が渦巻いていた。
「ギゼル、私は…」
「今言った事が本意だというならば!!どうして僕の目を見てくれない!?なぜそんな顔をする!?
 僕だってあなたを守りたいのに!!!」
その言葉で、サイアリーズは限界に達した。
深蒼の瞳から堰を切ったように大粒の涙が零れ落ち、ギゼルは感情のまま強く少女を抱き締める。
2年の月日の間にギゼルの背丈はサイアリーズを追い越した。
いつも年上ぶってみせたのに。自分の方が子供だったとサイアリーズは思う。
「僕は今も、あなたを愛している」
「あ、あたしだって…離れたくないっ、ずっとこうしていたいさ!ギゼルの、傍に…っ…
 でも、ダメなんだ…だ、め」
その先の言葉はギゼルの唇に塞がれた。
唇同士もうまく合わない、荒々しく、つたない口づけ。
自分の想いをぶつけるだけの一方的なものだったが、サイアリーズは受け入れた。
快楽も生まれない、ギゼルの舌はただ必死にサイアリーズの口中を犯す。
「ふぐっ、ん、はぁっ、んむぅっ」
苦しくてもいい。痛くてもいい。少年がここまで自分を愛してくれたという痕を残したいと思うのは我儘だろうか。

「…っはあっ」
唇をようやく解放され、荒げた呼吸を整える。
ギゼルは着ていたマントを外し、足元に無造作に広げた。サイアリーズをその上に座らせる。
「え…?」
サイアリーズはこれから行うであろう行為を容易に予想できたが、それでも動揺を隠すことはできない。
ギゼルの瞳にはもはや激情は見られない。静かな、深い海のようだった。
「待って…」
「待たない。誰かに奪われるくらいなら僕が奪う」
ゆっくりと、涙に濡れた少女を押し倒す。
「ギゼル、信じて。他の男の所に行くわけじゃない」
わかっている、と吐息を漏らす。
「あなたを奪っていくものは形あるものじゃないと、わかっている。
 でも、あなたを奪う男はこの僕だ。…僕だけに、してくれ」
「ギゼル…」
「サイアリーズ。君が拒んでも、君を奪う。例え泣いて、叫んだとしても。
 処罰でも断首でも甘んじて受けよう。嫌なら、目を閉じていてくれ」
婚姻前の王族にこのようなことをするのは万死に値する罪だとわかっている。
それでもギゼルはやめる気はなかった。この少女のいない残りの人生に、価値などない。
サイアリーズの腫れた瞼に落とした口づけは、言葉とは裏腹に優しいものだった。
そのまま涙の跡を辿っていく。少年の柔らかな唇が首元にくると、サイアリーズはびくりと体を震わせた。
「あっ、は…あっ…、ダメ、ギゼル、おねがい…」
構わず舌を這わせる。サイアリーズの体は言葉ほど抵抗できていなかった。
ギゼルは自分よりさらに強い覚悟を持っている。愛しい者にここまで求められ、拒むことが出来るほど大人にはなれない。
胸元が大きくあいた服の下へ滑り込ませるその手は白く艶やかな肌だが、指の節々の太さは紛れも無く男の指だった。
無理矢理肩から上衣を引きおろすと弾けるように豊かな乳房が露わになった。
「やぁっ…」
まだ幼さが残る少女に不似合いなほど豊かな膨らみをやや乱暴に揉みしだく。
「ふぅ…っん…」
「サイアリーズ…」
初めて触れる女の体は予想以上に柔らかく、手に吸い付くような触感にギゼルの脈拍は上がっていく。
女を悦ばせる知識など皆無だったが、サイアリーズが漏らす甘い吐息にギゼルの指がさらに艶かしくうごめいた。
首筋にいくつか痕を残し、両の手で寄せ上げた乳房の先端を舌先で弄ぶ。
「ひゃあっ!あ、はぁっ」
いっそのこと絶望してくれたなら。自分を拒み、苦痛の声を漏らし、侮蔑の眼で睨んでくれたら。
全ての想いに未練を残さず消えてしまうことができたのに。
愛しい人は拒絶の言葉と裏腹に甘美の吐息を漏らし、優しい瞳で今もなお自分を受け入れる。
ギゼルには忘れることなど、この手を止めることなどできるはずもなかった。

「あなたは、卑怯だ…」
「ひううぅっ!!やあっ、あああっ!!!」
既に屹立した乳首を強く摘み上げる。快楽を超えた刺激を受け、サイアリーズは大きく身体を仰け反らせた。
ギゼルはその手を止めず、質素な生地でできたスカートをたくし上げる。
「まって、そこはだめ!!」
サイアリーズがギゼルの腕をつかむよりはやく、肉付きの良い片脚を持ち上げた。自分の肩にかけ、開脚を固定する。
下着は湿り気を帯びていた。腰の辺りで結ばれた紐を片側だけ解けば秘所は容易く晒され、
触れると粘質な液が指に絡みつく。
「ふぁあっ、ダメ、や、あああんっ!」
「…こんなになっているのに?」
「だ、だめぇ、あう、んっ、みないで…っ」
羞恥に顔を赤らめ、涙をこぼしながら懇願する。ギゼルは顔を近づけ愛液を味わった。
「やあぅ、ギゼ…!きた、な、いっ…!!」
ピチャピチャと立つ水音も卑猥に聞こえ、高潔な少女の心を侵していく。
自分でもろくに見たことがない陰部を視姦され、指と舌でなぞられる。
少年を想って自慰もしたことがあるサイアリーズだが、自分の指とは段違いの快楽に少年の名を呼ぶのが精一杯だった。
「はあ、あ、ギゼル、ギゼル…っ!」
少年ももはや限界だった。ベルトを外し、既に屹立した肉棒だけ外気に晒し、濡れそぼった秘所に密着させる。
股間に触れる熱い感触にサイアリーズは身体を震わせた。
「…!!」
「舌、噛まないように…気をつけて」
「ダメ!!…あ、あかちゃん、あかちゃんできちゃうっ!!」
初めてまともに抵抗するも既に男の体格に成長している少年の力に敵うはずも無く
サイアリーズの細い両腕を片手ひとつで封じ込める。
自身に滴る少女の愛液を塗りたくり、先端を秘裂へ押し当てた。ゆっくり、腰を落とす。
「っっ、っうぁああああああっっ!!!!」
異物の侵入を体が激痛で訴え、少女はたまらず悲鳴を上げた。
その声にギゼルは奥歯が折れるほど噛み締めてこらえ、挿入を拒む内壁をなお強引に押し入り、最奥に到達する。
ようやくサイアリーズの両腕を解放し、苦痛に喘ぐ彼女の瞳に視線を落とした。
「…ずっと、こうしたかった」
「っ、んん…ギ、ゼ…」
「他のものに左右されず、ただ、僕だけのものにしたかった」
少年の声が震え、熱い雫がサイアリーズの頬に落ちる。
サイアリーズは両手を伸ばした。初めて見る少年の涙をそっと拭う。
「こんな、愚かな行為をしなければ…いや、こんなことをしたって…もう、あなたを」
「もう、いいから…つづけて…」
「サイアリーズ…」
「もう、最後…だから、こうして、愛されるのも…あなたを、ん、愛せるのも…最後、だから…」
首を引き寄せ唇を重ねる。
「ありがとう…」
その言葉を引き金にギゼルは激しく腰を叩きつけた。
「っ!うぁっ!!ん、ぐうっ、う、うっ、うんっ」
サイアリーズが低くくぐもった声を漏らす。それでも勢いを緩めることなく抽送を繰り返す。
ただ一言、感謝の言葉は少年の心を最奥までつらぬいた。
それはふたりの間にかろうじて繋がっていた糸を断ち切るナイフ。
あなたは、これで終わりにするのか。もう僕を捨ててしまうのか―――。
すがる想いはもはや憎悪に酷似していた。
体を引き裂かれるような激痛にその身に受けてもなお、サイアリーズの瞳は優しすぎた。
それが何よりギゼルを追い込んでいることを少女は気づくはずもなく、与えられる苦痛を必死に受け入れる。
「サイアリーズっ…僕は…っ!!!」
「ああっ!!ぎっ、ゼルっ、な…にぃっ、い、いぅっ、きこえ、なっ…!!!」
痛みしか感じない膣内に、熱いものが染み込み、溢れ出す。
酸欠に近い状態の中、サイアリーズは少年の言葉を聞き取ることができないまま意識を失った。

夜明けが近づく中、山を下る少年達をふもとで待ち受ける人影があった。
サイアリーズと同様に質素な服を纏っているのは人目を避けるため。
二人の姿を見止めると馬からおり、静かに二人を出迎えた。
「義兄上、どうして…」
姉の即位とともに女王騎士長となった男は、いつものように屈託無く笑う。
「かわいい義妹が家出したんだ。迎えに来るのは当たり前だろう?」
息子達にするように、クシャリと頭を撫でる。ギゼルに向き直り、一礼した。
「サイアリーズが世話になった。礼を言う」
「…なぜですか。僕を斬らなくていいのですか?気づいて、いるのでしょう?」
サイアリーズはビクリと身体を震わせる。やつれた顔、腫れた目元、乱れた服。何事もなかったなどと言える筈がない。
「待って!義兄上!私の話を」
「サイアリーズは黙っていろ。男同士の話に割り入るものじゃない」
表情から笑みを消し、少女を下がらせる。
「あいにく俺は千里眼ではないのでね。この眼で見てもいない理由で貴殿を斬りつける資格は無い。
 それに…一晩、義妹をかくまってくれたことに変わりはない。それだけだ。
 早く父君のもとへ戻りなさい。ギゼル・ゴドウィン殿」
それだけ言うと少年に背を向け、馬に乗った。サイアリーズを手前に乗せ、身に着けていた外套を羽織らせる。
「ギゼル…!」
最後の言葉もなく、少年の姿はみるみる小さく遠ざかっていった。

夜明けの光が大地を照らし始める頃、サイアリーズは口を開く。
「義兄上、ソルファレナを、太陽宮を抜けて大丈夫だったの?
 今、大変なときなのに…」
「1日くらいなら俺のような若輩者がいなくても何とかなるさ。
 今頃はガレオン殿がうまくやってくれてるだろう。それよりもソルファレナに着く前に服を調達せんとな。
 そんな痕だらけの首元を晒して戻ってみろ。宮中の人間の大半が卒倒するぞ?」
慌てて外套を首元に寄せる。フェリドは全て見通した上、深くは追求しなかった。
「アルが…泣いていたぞ」
「…ごめんなさい」
家族を守るため、ファレナ王家を立て直すために涙など見せなかった姉。
「お前が家出したことではない。同じ過去を繰り返さない為とはいえ…
 婚約破棄をさせたこと、お前に家族を…子を持つ幸せを奪ったのは自分だと、嘆いていた。
 だから最後くらいはと、お前が黙って抜け出すのを見逃したんだよ。
 そうでもなければ俺1人だけでお前を見つけることなどできるまい?」
妹が婚約者の話をするときの顔が何より幸せそうだと、アルシュタートもフェリドもよく知っていた。
それだけに、婚約破棄をサイアリーズが自ら申し出た時に最も驚いたのもこのふたりである。
国の頂点に立ちながら、妹1人の幸せも叶えてやれないことを女王が人知れず泣いていたと聞き
少女はため息をついた。やはりあの姉にはかなわない。
「けじめは、ついたか?」
「うん…大丈夫。ありがとう、義兄上。姉上にも…お礼言わなきゃ」
たった一夜、王家のしがらみから離れ、ただの少女にさせてくれた。
ギゼルがどれだけ自分を愛してくれていたのか気づくことができた。
「もう、大丈夫。だいじょうぶだよ」
もう、逃げない。心の中でひとり、昇る朝日に誓いをたてた。

薄明るくなる草原は、夜明けへの知らせ。
もう既に少女の姿は見えなくなった草原を、ギゼルはいまだ見つめていた。
まだ、生きている。生かされたのは家族を持つ男からの憐れみ故か。
「もう、逃げるものか…」
その言葉は少女の誓いと同じだった。だが、想いのベクトルは真逆を指し示す。
必ず、奪り還す。
少年の誓いが歯車となり、未来の動乱に向けて動きはじめたことを知る者はまだ、いない。

END

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