酔って候(ハヅキ×ローレライ) 著者:8_345◆IGA.li4jPs様

コン、コン、コン………
乾いた足音が城壁に心地よく響く。窓から差し込む月の灯りが通路の床を照らし出す。この時間になると通路を利用する人間は誰も居ない。まして、軍議の間に入れる人間はごく少数で下の人間には無関係の場所だ。私もその中の一人だと考えている。しかし、夜間は城外へ外出する以外は基本的に自由に行動出来るみたいで、真夜中を過ぎても灯りが消える事は無い。その灯りに釣られる様に人々が集まり酒を酌み交わす。私の目にはその光景が光に釣られる蛾の様に映って仕方ない。
室内から外に出る。今夜も湖面に浮かぶ月が美しい。かつてこの城は眼下に見下ろす湖に沈んでいたと言う。これだけ広大な面積を誇る城を湖に沈めるだけの技術をシンダル族は持ち合わせていたのには驚きを隠せない。この城には何か重要な秘密が隠されているのだろうか…そんな事ばかりを考えている私の恋人が今夜も先客だ。
それは私の一目惚れだった。リーダーである王子に連れられこの城へ来た時、ここで居並ぶ諸侯の前で紹介をされた際、私の視線に最初に飛び込んできたのが彼女だった。肩まで伸びた黒髪はつややかで日光に反射する度に美しく、その青い瞳は見つめるだけで吸い込まれそうな感覚に捕らわれた。この世に生を受けこの方、その様な経験が皆無かった私にはこれが「恋煩い」だとはすぐに気付かなかった。物心付いた頃から剣術一筋、剣の求道者として道を歩んできた。時間があれば道場で剣を振り、書庫に籠って剣術書を読み漁る日々。端から見れば異様な光景に見えただろう。しかし、私の中ではそれが当然の様に感じ取れた。そんな生活が祟ってかここへ来た当初は随分と戸惑いを感じた。そんな中、彼女に出会った。

「今宵も早く来られたのだな」
そう言って私は彼女の隣に座る。
「まぁ…こんな夜はする事が無くて困る。調べ物も手に付かないよ」
「その点は私も同様だ。こうも美しい月なら友とつい杯を酌み交わしたくなる」
「ハヅキ…親父臭いな」
そう言うと彼女は苦笑した。その表情に釣られて私も思わず表情を崩す。普段あまり表情を変えない彼女は実年齢よりも何歳も大人びた感じがする。それを私が言うと彼女は「笑った時だけ実年齢を感じる」そう言葉を返した。確かにそうかもしれない。私にも同じ経験があるが、私の場合は笑っても実年齢が分からないと言う。確かにあんな生活を送っていれば笑う暇さえ無いだろう…実年齢と比例しない私が何だか哀しく感じる。
「…飲むか?」
彼女が私の目の前に瓶を持ち出した。微かにアルコールの香りがしたが、私は黙ってそれを受け取り軽く煽った。葡萄の酸味が喉を通り過ぎる。飲み干すと同時に溜息が出た。
「どうした?」
溜息をついた私を彼女はじっと見つめる。
「いや………私事だ」
「そうか、凛々しいハヅキの姿しか見ないから溜息をつく姿が想像出来なくて少し気になったが…」
「……ローレライ殿」
「殿はよせ…ローレライで良いから」
そう言うと彼女は私を抱きしめてくれた。衣服を通じて彼女の温もりが伝わる。話し方は辛辣だが衣服越しに映る乳房の膨らみ等は女性らしい。私とは大違いだ。私の場合は着ている衣服の特徴から乳房の膨らみが見え難い。それが原因で女性に見られる事が多くない。せめて女性らしくしようと耳飾りを数個着けているのはそう言った経緯があったからだが、それでも女性として見られなければそれまでだ。

「ローレライど……いや、ローレライは羨ましい」
「私が羨ましい?何処が?」
「その…私には無い物があると言うか……どう説明すれば良い物か……」
彼女の顔を見てないと言え、私の気持ちをどう彼女に伝えるか困った。
「貴殿は女性らしくて羨ましい」そう言えば済む筈なのだが、私は何故か「女性」
と言う単語を口に出すのが恥ずかしくて仕方がなかった。
「私にあってハヅキに無い物、か…」
彼女も気になるみたいで考え始めた。
「あの…これはその……私の失言だった、申し訳ない」
「失言だなんて…そんな事無いよ。話半ばで済まされちゃあこっちだって寝つきが悪い。大丈夫、怒ったりしないから話してくれ」
口調か変わらずとも彼女は私の髪を撫でながら優しく語り掛けてくれた。撫で
てくれる事によって不思議と安堵の気持ちが広がった。
「先程の話の続きだが……ローレライは私と違ってその………女性らしいと思ったのだ」
やはり女性と言う単語が言えない。恥ずかしさで語尾が小さくなってしまった。

「私が?……フフフ」
驚きの声を上げたと思えばすぐに笑い始めた。私はますます恥ずかしくなって
彼女に抱きつく腕に自然と力が籠る。
「ちょ痛い痛い……いや、笑ってすまなかった。けどハヅキにそんな事を言われるなんて思いもしなかったから少し驚いたな」
「……………」
「けど、ハヅキだった充分に女性らしいと私は思う」
「…え?」
「言い方に語弊があるかもしれないが……世間一般に想像される女性像に私やハヅキは少し違うかもしれない。けど女性には変わりはない。世間と少し違うからと言ってそう落ち込む事は無い」
「だが…」
「じゃあこう思えば良い「可愛い」ではなく「カッコイイ」って。女は可愛いだけじゃ生きてけない、力強さも必要なのさ。ハヅキの剣術は一流だしそれ以外でも常に凛として惚れ惚れする。男の言う力強さとは一味違った力強さがアンタにはある。こう見えて私も色々な人間を見て来たけど、ハヅキ程凛々しくて綺麗で思わず見惚れてしまう人間は初めてさ」
「ローレライ…それでは…」
「覚えてるかい?初めてアンタがみんなの前で紹介された時の事を」
「あの時私は貴殿を見て…」
「そ、アンタと視線が合った時私は全身鳥肌が立って身震いしたよ。シンダル以外の物事にそう感動しない私が思わず「綺麗だな」って心の底から思えたのだから…そう思うと私の方が一目惚れしたのかもしれないな」
顔を上げた先に彼女と視線があった。
「だからもっと自信を持ちな。剣を振る時のアンタは自信に満ち溢れてるのにこんなに萎縮しちゃ勿体ないよ」
…あの時の衝撃が脳裏に甦る。この目に私は吸い込まれたのだ。その彼女がこんなにも近くに居る。

何も考えずに彼女と情を交えたい…気付けば唇を重ね合わせていた。初めての接吻。ほんのり葡萄の味が残っているが唇とはこんなに柔らかいのか。何も考えなくとも彼女の想いが伝わって来る、そんな気さえした。暫く互いの唇を重ねた後、名残り惜しそうに唇を離した。
「…悪いね、酒が残ってたみたいで」
「私の方こそ残っていたみたいだ」
互いに見つめ合いそっと笑う。
湖から吹く風が心地良い。月はやや西寄りに傾いていたがそれでも湖面にはくっきりと映されていた。そんな月を二人寄り添って見つめる。
「私さぁ」
ふと彼女が呟いた。
「若し女同士で結婚出来るなら…アンタとしたいな」
「結婚、か……貴殿と結ばれるなら考えてみるのも良いかもしれないな」
遠くを見ながらわたしも言葉を返す。
「…ありがと」
彼女が私に寄り掛かって来た。今度は私が肩越しに抱き寄せる。
今夜も二人月を愛でつつ酔って候…。

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