ルシアに泣きつくベル 著者:通りすがりのスケベさん様

夜半を過ぎた頃から降り出した雨が部屋の窓を叩いていた。
風呂から帰ってきたベルは濡れたままの髪もそのままに、
ベッドに横たわってノートに何やら書きこんでいる。
「船場で会話を弾ませてから、あたしの部屋へ誘う、と……。」
手にもった鉛筆はサラサラと書き進み、ベルは楽しそうに口許を歪めている。
「ふふふ……そしてさっきイクさんからもらったお茶をご馳走して、愛の告白!
 完璧! ね、見て!」
はたして文字が読めるのだろうか、ベルは明日の計画を書き記したノートを広げて
隣のタルへと見せつけた。
「ないす ぷろじぇくと ダ ベル
 コレデ ヒューゴハ オマエノ モノダナ」
「 ルシアさんの言う通り、彼に恋人がいないなら………明日は!」

昨日降った雨が、周りの草木に名残惜しそうに残っていた。
今はもう止んだその雨は、目につく辺り一面に小さな水溜りをつくっていた。
その水溜りに映った自分の顔とにらめっこしながら、ベルはじっと座りこんでいた。

「オイ ベル キタゼ」

その機械的な合成音にはっと顔を上げて、
ベルはからくり丸Zの指す方向へ目を向けた。
その先には、カラヤ独特の衣装に身を包み、
獅子の鬣を思わせる鮮やかな金髪をした少年が
よく行動を共にしているダックの戦士とこちらへ向かって歩いてくる。
ベルはすっくと立ちあがると、地面についてもいないお尻をパンパンと叩いて、
彼が歩いてくるのを待った。
2人の距離が5メートルぐらいの縮まった頃だろうか、
通常よりいくらか高いトーンでベルが彼に声をかけた。
「ヒ、ヒュ、ヒューゴさんっ!」

「やぁ、おはよう。」
挨拶ができた事が嬉しくて、ベルの顔面に全身の血が集まり出す。
しかし、ぐっと息を飲みこんで彼女は1歩前へ踏みこんだ。
ここで会話を終わらせてはいけない。
今日はもう1歩進むんだ…。
「あ、あの、今お時間ありますかっ!?」
つまりそうになる喉で必死に声を出すベルを不思議そうに見つめるヒューゴ。
「え? 今から軍曹に稽古つけてもらおうと思ってたんだけど…」
「あのっ、あのっ、あた、あたしに付き合ってもらえませんかっ!?」
ヒューゴの声は聞こえなかったのか、
ベルは頭の中で用意していた言葉を紡ぐので精一杯のようだ。
これでは会話ではなく、一方的に考えを押しつけているだけである。
「………どうしよう、軍曹?」
「うーむ、しかしお前を頼まれてる俺としてもだな…」
その時、ベルの横でまるで微動だにしなかったからくり丸Zが
車輪を回してずい、と3人の輪の中央へと歩み出た。
「グンソウ オレト ショウブシロ」

感情がまるで感じられないその音に、しばし場が沈黙する。
それを破ったのは、他ならぬ勝負を挑まれた本人だった。
「ふぅ………タルに決闘を申し込まれるとはな。」
「オレヲ アマクミルト ヤケド スルゼ」
くるりと反転して、からくり丸Zはベルの横を通りすぎようとした。
「ベル ウマクヤレヨ」
「……じゃあな、お嬢ちゃん。」
含みのある笑みを見せて、軍曹はタルと共に連れ立って去っていった。
後に残された2人が、無言で視線を交わす。
「あの、あのっ…」
「どこに行くの?」
「え?」
「付き合うよ。どこに行けばいいの?」
しょうがない…と薄く笑うヒューゴが、ベルにはとても格好良く見えた。

ウミネコの鳴き声が聞こえてくる。
帆船も見えるその場所で、2人は黙って潮風に吹かれていた。
ベルはただ緊張して、ヒューゴはただ風を感じていたくて、
2人の間にはしばらく言葉はなかった。
何か話さねばと思うのだが、思うように口が開かない。
『今話しかけたら邪魔かな?』などと、いつもなら遠慮のかけらもない彼女も、
好きな人を前にすると一端の恋する少女へと変わっていた。
いざ本人を目の前にしてみて、ベルは思っていた以上に
彼に心を奪われていた事を感じた。
彼女らの眼前に広がる海の中、今にも手の届きそうなところで魚が泳いで見えている。
「小さい頃はさ…」
そんなもどかしい時を破ったのは、意外にもヒューゴの方だった。
彼にしてみれば何気ない会話のつもりだったのだろうが、
話の切り口が見つけられなかったベルにはとても助かったに違いない。
「は、はい! 何ですか?」

「小さい頃はさ、村の近くの河に出かけてフーバーと一緒に魚をとって遊んだもんだよ。
 あの頃はまだ身体も大きくなくて、魚を取るのも苦労したんだよなぁ……。」
そう言って、ヒューゴは自分の指でその魚の大きさを示して見せた。
親指と人差し指を目一杯伸ばしたほどの、小さな間隔だった。
「そうなんですか………ふふ。」
「な、何?」
ベルは見た事のないヒューゴの幼少の頃を想像して、急に可笑しくなった。
きっと今の彼をそのまま小さくしたような、やんちゃな子供だっただろう。
いきなり笑い出した彼女を見て、ヒューゴが少しうろたえる。
話の脈絡がわからないのか、ベルの笑顔の意味がまるでわからなかったからだ。
「ご、ごめんなさい!」
ヒューゴが複雑な表情をしているのを見て、ベルが慌てて謝る。
気分を害されては印象を悪くしてしまうかも知れない。

しかしヒューゴはベルのその豹変ぶりを見て
可笑しくなりこそすれ、気分が悪くなることはなかった。
「ははっ、別に怒ってないよ。そうだ、俺なんか飲み物取ってくるよ、何がいい?」
そう言ってヒューゴが走りだそうとした時、きゅっと彼の腕をベルが掴んだ。
想定していた過程は違ったものの、昨日の夜にシミュレーションした通りに
会話を展開してくれた神様にベルは感謝した。
「あ、あのっ…! そ、それなら、あたしの部屋に来ませんかっ!?
 美味しいお茶があるので……っ!!」

いつもより重く感じるドアのノブを回して、ベルはヒューゴを部屋へと招き入れた。
明るい色調で彩られた部屋の中を珍しそうに見まわして、
ヒューゴは部屋に入っていく。
「お邪魔します。」
「ど、どうぞ!」
男を部屋に入れるなんて初めての事、ベルは昨日掃除していたにも関わらず
素早く部屋をチェックした。
いつもと違ってきちんと整頓された部屋は、きっと良い印象を彼に与えれくれるはずだ。
「ふーん、綺麗な部屋だね。」
やった!
ヒューゴからお褒めの言葉をもらい、ベルは心の中でガッツポーズをとった。
少なくともだらしない印象を与えなかったようだ。
「あ、あの、どうぞ座ってください! 今お茶入れて来ますから!」
ベルは逸る気持ちを押さえきれず、早足でキッチンへ向かった。

「あの……どうですか?」
ヒューゴがカップを口に運んだのを見て、心細げにベルが聞く。
以前お茶を入れたのはどれぐらい前だろうか。
慣れない事なので勝手がわからず、イクに教えてもらった手順を真似たとしても
彼女と同じ味のお茶を入れられる自信はなかった。
「うん……美味しいと思うよ。あまりお茶なんか飲まないけど、こういうのもたまにはいいな。」
ヒューゴが1口、2口と自分の入れたお茶を飲んでくれている。
作法など微塵も見られなかったがベルにとってそんな事は大した問題でなく、
美味しそうに口に運んでくれている事が何より嬉しかった。
早速自分もそのお茶を飲んでみる。
昨日飲んだイクのものより味は多少落ちる気がしたが、
『ヒューゴと一緒』という事がその差をカバーしてくれていた。
「そう言えば、軍曹達大丈夫かな?」
すっかり忘れていたアヒルとタルの決闘はどうなったのだろうか?
からくり丸Zが無茶をしていなければいいけど…。
普段の彼(?)の言動を思い出して、そんな不安がよぎった。

「からくり丸Z、無茶してなきゃいいけど……。」
「あ、でもそんな心配する事ないかな。軍曹ああ見えてすごく強いし…」
むしろ心配なのはタルの方かも、とヒューゴは無邪気に笑って見せた。
その笑顔にベルの鼓動が早くなる。
「そ、そうなんですか…」
「うん。」
「……。」
「………。」
話しかける機を逃してしまったか、2人の会話が急に途絶えた。
カップが受け皿とぶつかる音だけが部屋に響く。
やや重い空気の中、ベルは意を決して
一番気に掛かっていた事を聞こうと勇気を振り絞った。
「ヒュ…ヒュ―ゴさんは、今、好きな人っていますか……?」
「え?」

いきなりの質問、それも今までの話と何のつながりのない内容。
それを理解するのにヒューゴの頭はしばらく時間を要した。
聞き間違いか?
そう思ってベルに今一度聞きなおそうとした時、彼女が再び口を開いた。
「ヒューゴさんは今お付き合いしている人とか、いるんですか?」
やはり聞き間違いではなかったようだ。
ベルの目は先ほどまでのおどけたようなものではなく、真剣味を帯びている。
ヒューゴはそれでその質問が真面目な事だというのは解かった。
「そ、そんなのはいないよ。 今はそれどころじゃないし…」
「あたし今日ヒューゴさんとデートできて、とても嬉しかったんです!
 素敵な男の人とこうしてお茶を飲む事が夢だったんです!」
両手をテーブルの上について、ベルは自分の想いを吐き出した。
今までとはまるで違う雰囲気に、ヒューゴは動揺を隠せないでいる。
何より彼女の口から出た言葉が、自分には信じられなかった。
(デ、デート!? これって……デートだったのか?)

普段と変わらない一日の始まりだった。
違う事といえば、日課の稽古に出ようとしたところをベルに声をかけられただけだ。
ヒューゴは特に意識して付き合った訳ではなかったが、
どうやらベルは異なった認識をしていたようだ。
あれはデートのお誘いだったらしい。
「あたし、ヒューゴさんの事が好きです!
 一目見た時からずっとあなたを見てました!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! いきなりそんな事言われても…!」
ベルの眼があまりにも真っ直ぐ見つめてくるので、
ヒューゴはその場から立ちあがってしまった。
一方的に気持ちをぶつけてくる彼女から逃げたい、と思う気持ちがあったのかも知れない。
何にしろ、今の自分は混乱しているように思えた。
「ヒューゴさんにとってはいきなりかも知れないけど、
 あたしは以前からずっと考えてた事なんです!」
「待って、少し落ちつこう。俺、何だか混乱してきて…」

ベルはヒューゴの言葉には耳も貸さず、
ただ自分の想いを伝えようと必死だ。
まるで今この時を逃せば、チャンスは一生巡ってこないのではないかと
思わせるぐらい、切羽詰った様子を見せている。
「好きなんです! ヒューゴさんになら、あたしを全部あげたって構わない……!」
「な……!」
その意味がわからないほど、ヒューゴは鈍くはなかった。
同年代の知り合いが女性の身体に興味を持ち出す中、
彼もまた例外ではなかったのだ。
「ヒューゴさん、あたしの身体、見てください……。」
徐に立ちあがり、ベルは自分のかぼちゃぱんつに手をかけた。
一見して脱ぎにくそうなそれは、意外にも簡単に床に落ちてしまった。
彼女のイメージにぴったりな可愛い下着が露わになる。
絞まった肉付きの太股は健康的な白さを保っていて、
丸い膝小僧がどこか幼さを醸し出していた。

「ベル……!」
「いいんです、あたし、ヒューゴさんになら……。」
ヒューゴの視線を釘付けにしたままだったベルの秘められたデルタ地帯。
それを隠す布地が今、彼女自らの手によって取り除かれる――。
申し訳ない程度の薄い恥毛と、固く閉じられた大事な部分。
初めて目にするそれに、ヒューゴの心臓は速さを増していく。
「見て……ください。」
テーブルの上に座り、ベルが片足を上げてヒューゴに
自分のクレバスを見せる。
ベルはさらにその秘裂を指で広げて、赤い肉襞を彼の眼前に晒した。
「うっ……」
「あたしの身体、変ですか?」
やや不安な気持ちを含め、ベルはヒューゴに問いかけた。
自分の身体は、彼に気にいってもらえただろうか…?
しかしその問いに答えはなく、ヒューゴは彼女の曝け出された
『女の子』を凝視して脂汗を流している。
「ヒューゴさん…?」

「ごっ……ごめん!!」
その謝罪の言葉と、彼が駆け出すのはほぼ同時だった。
ヒューゴはその快足で瞬く間に部屋から走り去った。
意図していなかった反応に、ベルは固まってしまっている。
「な、なんで?」
もしかして何かすごい失敗をしてしまったのか……?
今までの話の流れを再度頭の中で検討してみるが、その原因はわからない。
「……………ひく………うっ……」
ベルはどうしていいのか解からず、こみ上げてくる涙に抗う気力すら
今はもう持ってなかった。

重要な会議は、いつも城の大広間で行われる。
今日もここでは、軍の編成や状況に応じた作戦などが話し合われていた。
「では、南方から攻められてきた時はどう対応するのだ?」
「ここから南にはブラス城があるのでそう簡単には攻められないと思うが…」
「しかし万が一という事もある。いざ落とされた時にパニックになってしまわないように…」

『………ぇぇぇぇ……』
『……から、今は………』

「? 何だ?」
「部屋の外が騒がしいわね。」
部屋の外から聞こえてきた言い争いに、皆が話し合いを止めて気を向ける。
やや間があって、広間のドアがノックされた。
ギィ、と開かれたそこから、見張りの兵士が困った顔を覗かせる。

「どうした?」
「あの……ルシア殿に面会を希望する子供が……。」
「今は会議中だ……後にしてくれ。」
「はぁ………そう申し上げたのですが、言う事を聞かなくて。」
「シーザー、少し休憩を取りましょう。あなた、食事もとってないんでしょう?」
「………今はそれどころではないんだがな……。」
「アップル殿の言うとおりです。シーザー殿は少し休まれたほうがよろしいかと。」
「……わかった。少しの間、休憩をとろう。15分したらまた集まってくれ。」

「私に会いたいという子供は?」
見張りの兵士に声をかけ、ルシアは示された方へと目をむけた。
そこで見た光景に、一瞬自分の目を疑ってしまう。
何故なら人気も少なくないその場所には、
大声を上げて泣きじゃくるベルがいたからだ。

「うえっぇぇ、ひくっ、ルシア、うぐっ、さん、ぐず、ひくっ」
ルシアは近くに走りよって、ベルの顔を覗きこんだ。
彼女の顔はすでに涙でぐちゃぐちゃで、鼻の頭は真っ赤になっている。
「ちょっと落ちつきなさい。一体どうしたの?」
「あた、あたしぃ、ぇぇぇ……ヒューゴ、さんに、嫌われちゃったぁぁぁ……」
「ヒューゴに? 何があったんだい?」
兵士が気を利かせて用意してくれたティッシュでベルの顔を拭いてから、
ルシアは彼女の頬に手を当てて落ちつかせるように撫でている。
「ヒューゴさん、あたしの、あたしのアソコ見て、『うっ』って………」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。あそこって…」
話の内容はあまりにも突飛なものだった。
ルシアは会話の内容を他の人に聞かれないよう通路の端に彼女を連れて行き、
できれば聞き違いであってほしい、と思いながら、
ルシアはもう一度言うようにベルを促した。
「あたしの、ぐず……、あたしの、大事なところ見て、逃げちゃったぁぁぁぁ…」

そのとんでもない内容に、ルシアは言葉を失った。
昨日の今日でそこまで行動したベルに呆れつつ、
ルシアは彼女をあやすように優しく背をさすってやった。
「どういう経緯でそうなったかは知らないけど……。
 ヒューゴは驚いたんじゃないか? きっとあの子、
 女の子のその部分を見るのが初めてだったのさ。」
「………ひく。………だって、その前までちゃんとお話しできてたんだよ?」
ますますその光景が想像しにくいものになった。
(じゃあ、いきなりそんな展開になったのか…?)
ルシアは頭を悩ませながら、言葉を選んでベルに告げた。

「話しができていたのなら、嫌いにはならないでしょう?
 そんなに目を腫らして……可愛い顔が台無しだよ。」
「だっ、だって………。」
「大丈夫、私があの子に聞いておいてあげよう。
 心配しなくてもベルを嫌いになんてなっていないよ。」
ベルは鼻を鳴らしながら、ルシアの顔を見上げる。
薄く笑うその顔は彼女にいくらかの安心感を与えた。
「ホント…………?」
「あぁ。今日はもう部屋に戻りな。明日になればきっと全部元通りだよ。」
「…………うん。」

トボトボと帰るベルの足取りは、ルシアを不安にさせた。
ショックの大きさが見て取るように解かる。
「どうぞ、ルシアさん。」
その声に振りかえると、すぐ隣で手にドリンクを持ったアップルが立っていた。
「ああ……ありがとう。」
ルシアはドリンクを受け取って、壁に寄りかかるようにしてもたれてから
それに口をつけた。
「随分疲れた顔をしてますね。」
「そりゃ疲れるさ……ベルの奴、とんでもない事をするよ。」
コクリと喉を鳴らして、ルシアは疲れを混じらせた溜息を吐いた。

「さっきの子供って、ベルちゃんだったんですか?」
「ヒューゴにあそこを見られて嫌われたんだとさ。」
「………はぁ?」
やはり、いきなり理解する事は難しいようだ。
アップルでさえ、その意味がわかるまでには少し頭を働かせなければならなかった。
「あ、あそこって・……。」
「夜にでもヒューゴに注意しないといけないな。
 全く……行動力がありすぎるのも困り者だよ。」
「……し、心中お察しします……。」

「よぉ、探したぞヒューゴ。デートは楽しかったか?」
陽も傾きかけた夕刻、芝生の上に蹲っていたヒューゴに軍曹が声をかけた。
目を虚ろにして振りかえった彼からは、いつもの覇気が全く感じられない。
どんよりとした空気を周りに纏いつつ、しきりに深い溜息を吐く
ヒューゴの横に軍曹が腰を下ろす。
それからややあって、ヒューゴはボソボソと喋り始めた。
「あれって……やっぱりデートだったんだよな……。」
誰に語るでもなく、ヒューゴが自分に確認するように呟く。
そんな彼を少し見てから軍曹は、
「ん? 違ったのか?」
と探りを入れてみた。
デートだったのなら、もっと表情は明るいはずなんだが…と
思いながら、返事を待つ。

「ねぇ軍曹……。」
「何だ?」
「女の人って、みんなあんなのがついてるの……?」
膝に肘を当てて、ヒューゴが力なく呟く。
軍曹は聞かれている意味が解からなかったので次の言葉を待ったが、
ヒュ―ゴは口を開かなかった。
「………あんなのって、どんなのだ?」
「その、股の部分にさ……」
そこまで言って、ヒューゴの語尾が震え出す。
思い出すのも辛いのか、彼の視線がキョロキョロとせわしなく動き始めた。
「おいおい、お前何をしたんだ?」
「お、俺は何もしてないよ。ベルがいきなり…」
慌てるヒューゴを見て、軍曹が自分の考えがそう外れていないと感じた。
2人がどこまで親密な関係なのかは知らないが、
ヒュ―ゴにとってショックな事があったのは確からしい。

「まぁあのお嬢ちゃんは鉄砲玉みたいな子だからなぁ…」
安易に想像できてしまう光景に軍曹が呆れていると、
誰かが後ろから近づいてくる足音が聞こえてきた。
「ヒューゴ。」
その声に2人が振りかえる。
夕日をいっぱいに浴びた金髪を神々しく輝かせて、
ルシアがそこに立っていた。
「な、何? 母さん…」
ここへ来てからは聞く事のなかったその言葉の迫力は、
村でいたずらした時にルシアが怒る前のものと同じだった。
相手を威圧するような、低くこもる声。
ヒューゴの身体が条件反射で小さく竦む。
「少し話しがある。」
ちら、とルシアの視線が軍曹に向く。
どうやら俺はお邪魔らしい……と軍曹はおもむろに立ちあがった。
「すまないね、軍曹。」
「いいさ。ヒューゴ、久しぶりに絞られそうだな。」
敢えてヒューゴの表情は確認せず、軍曹はその場から立ち去った。

薄い月が空に浮かんでいる。
もう陽はすでに落ちつつあり、辺りは『夜』に包まれようとしていた。
ヒューゴはルシアの後に黙ったまま着いて歩いていた。
その後ろ姿は我が母ながら美しいラインを描いていたが、
今の彼には彼女の持つ恐ろしさの方がより鮮明に映っていた。
(俺……何か悪い事したかな……?)
小さい頃はいたずらをする度にひどく怒られたものである。
ルシアがいつ切り出してくるかと怯えながら、
ヒューゴは少し距離を開けて母の行動を見つめていた。
瞬間、長い脚が歩みを止めた。
ルシアは後ろを振り向いて、ヒューゴと対面する。
その顔はやや険しかったが、いつものような怒気は感じられなかった。
「ヒューゴ。」

「は、はい。」
普段よりはいくらか語気は強めだが、威圧するような感は受けない。
見慣れない母をいぶかしげに見つめながら、ヒューゴはルシアの言葉を待った。
「ベルの事だが……」
「えっ!?」
ルシアの口から出たのは意外な名前だった。
いや、ヒューゴの頭からは片時も離れない名前だったが、
それがルシアの口から出たことが意外だったのだ。
ヒューゴが驚くのも無理はない。
「あの子、傷ついてたよ。おまえに嫌われたんじゃないかって。」
「……。」
「何があったのかは詳しく聞かないけど、
 女を泣かせるような子にはなってほしくないな。」
ベルが泣いていたなんて知らなかった。
あの時覚えているのは、戸惑いと焦りの感情、そして興奮していた自分。
自分の気持ちが解からなくて逃げ出した事が彼女を傷つけていたなんて…。

「驚いただけなんだろう? 」
「お、俺…」
「きっとそれがあの子のやり方なんだろうさ。
 恋に恋する年頃というのは、女なら誰でもあるものなんだよ。」
ルシアは終始言い聞かせるような穏やかな口調で話す。
「……。」
「自分が悪い事をしたと思うなら、ベルに謝りなさい。
 あの子はお前が来るのをきっと待ってる……ベルの気持ち、大切にしてあげなさい。」
叱られている訳でもないのに、ヒューゴは顔を伏せて
まるで叱られているかのように大人しい。
ルシアの一言一言が、愚かな行動を取った自分に突き刺さる。
(俺が悪いよな………ベルに謝らなくちゃ)
「……うん、わかった。」
自分の言った事を理解してくれた息子に、ルシアはニコと笑みを与えた。
相手の気持ちがわかる子でよかった、と嬉しくもなる。
「それじゃ俺、これからベルのところに行って…」

「あ、ちょっと待ちなさい。」
「え?」
ヒューゴが駆け出そうとしたその時、ルシアがそれを抑えた。
いきなり声をかけられ、慌てて振りかえる。
見ればルシアは、顎先に指を添えて何かを考えている様子だ。
何かを言いあぐねているような、あまり見ることのない表情だった。
「その、お前の気持ちに文句をいうつもりはないけど…」
「?」
「………避妊だけはちゃんとしなさい。これは男の義務だからね。」
「ひ、避妊…?」
腰が砕けそうになった。
ルシアはそれだけ忠告して、足早にその場を去って行く。
最後に見せた複雑な表情だけが、ヒューゴの目に焼き付いていた。

失意のベルが、重い身体を引きずってベッドへ向かおうとしたその時、
部屋のドアがノックされた。
泣き腫らした顔を見られたくない、とベルは無言でベッドに潜り込んだ。
「ダレダ」
からくり丸Zが彼女の代わりに来客に対応する。
部屋の外の主は考えていた声と違ったのか、返答するのに少し間をあけた。
「……俺だけど……」
その声にガバ、と上体を跳ね上げたのはベルだ。
今日一日頭について離れなかったその声を聞いて、即座に身体が反応してしまった。
ベルはヒューゴの訪問を嬉しく思いながらも、顔を合わせるのが恥ずかしいとも思った。
開けるべきかどうか迷っていると、からくり丸Zがドアを勝手に開けてしまった。
まだ心の準備が整わないうちに、ベルはヒューゴを顔を合わせてしまう。
「あ、な、何ですか?」
いつもの調子で話そうとしても、枯れてしまった声では元気に見せる事もできない。
無理矢理笑顔をつくって、ベルはヒュ―ゴに話しかけた。

「俺、昼間のこと……謝ろうと思って……ごめん。」
心底すまなさそうにヒューゴは頭を下げた。
それを見て、ベルは慌ててベッドから飛び降りた。
「そんな! あたしの方こそ…」
「でも俺、ベルの事が嫌いになった訳じゃないんだ。
 あの時はその……びっくりしちゃって、心の準備もできてなかったから…」
開け放たれたままのドアもそのまま、2人は沈黙してしまった。
いや、お互いかける言葉が見つからないのか。
ヒューゴはベルの反応を待っている。
ベルは嫌われていなかったという事実が嬉しかった。
「メデタシ メデタシ ダナ」

ドンッ!!

沈黙を破った主の胴体をベルが思いきり脚で蹴り飛ばした。
その反動で車輪が回り、からくり丸Zは部屋の外へ押し出される。
「ナ ナン」

バタン!

彼の言葉は2人の耳に最後まで聞こえることはなかった。
からくり丸Zは締め出されてしまったからだ。
ドアを勢い良く閉めて、ベルはヒューゴに向き直った。
先ほどまでの悲壮感はいくらか和らいでおり、目の輝きが取り戻されつつある。
「じゃあ今は心の準備、できてますか?」
そのベルの明るい声に、ヒューゴは面喰らってしまった。
振り向いた彼女があまりにもあっけらかんとしていたので、
雰囲気の変化についていけなかった。

「な、何の…?」
「昼間もいいましたけど、ヒューゴさんが好きです。
 あたし、初めてはあなたにあげたいんです!」
ルシアの言う通り、ベルは『恋に恋して』いるように見えた。
特に躊躇う事もせず身につけた衣服を脱ぎ始める彼女を前に、
ヒューゴは自分の気持ちを再確認する。
(俺はベルの事をどう思っているんだろう?)
昨日までは特に気にかけていなかった少女だった。
告白されてからというもの、ヒューゴの頭から彼女が消えることはなかった。
良くも悪くも、ベルはヒューゴの中に住みついてしまっていたのだ。
他人をこんなに気になったのは初めてだ。
これが『好き』という感情なんだろうか…。
「抱いてっ!!」
一糸まとわぬ姿でヒューゴの胸に跳びこんできたベルが、あられもない言葉を吐き出した。
自分の感情にストレートな彼女らしくはあるが、ムードの欠片もない。

だが決して嫌な気持ちは生まれなかった。
さらに悲しい事に、ヒューゴの股間はベルのぷよぷよした身体の感触に
徐々に反応し始めていた。
ヒューゴは理性を振り絞ってベルを遠ざけようとしたが、
ぴたりと密着した彼女の身体は簡単には離れない。
「ベ、ベル…!」
「あたしのこと、好きじゃなくてもいい!
 あたしの初めて、もらってくださいっっ!!」
むっ……と、ベルは強引に唇を押しつけてきた。
それはキスと呼ぶには程遠い稚拙な行為だった。
しかし、その柔かい唇の感触と彼女の甘い匂いが鼻腔をくすぐり、
ヒューゴにもやもやした感覚を残していった。
お互い唇を合わすだけの時間が過ぎていく。
どうやら2人はキスというのは唇を合わせるものだと思っているらしく、
相手の口腔を愛するなどという考えは全く浮かばないようだった。

訳もわからないまま荒くなる自分の吐息に戸惑いながら、
ヒューゴは恐る恐るベルの身体に触れてみる。
狭い肩幅、細い首。
胸はお世辞にも大きいとは言えず、腰周りは女性というにはまだまだ心細いものだった。
それでも初めて触れる女性の肌の感触はヒューゴにとって充分刺激的だった。
確かめるように身体を撫で回していたヒューゴの手がベルの胸に伸びた時、
彼女の身体が激しく反応した。
「……ん!」
その動きにヒューゴの方も驚き、即座に手を引っ込めてしまう。
ベルは誤解されたと感じて、口を離して彼の腕をとった。
「ち、違うんです! その、ビビッてしちゃって、びっくりしちゃって!
 イヤじゃないですよ!?」
その剣幕に怯みながらも、ベルの気持ちを理解したヒューゴは愛撫を続けようと思った。
すべすべした太股を通って、その手がベルの秘部へと向かう。
それをじっと見ていたベルはさすがに恐怖があるのか、身を固まらせている。

そして柔かい弾力を持つその部分に触れた瞬間、ベルが大きく唸った。
「んんんっ……!」
異様な感覚が身体を駆け巡り、縮こまっていた身体がピンと伸びる。
わずかではあるが湿り気を帯びたその部分に、ヒューゴは不思議な感じを覚えた。
「温かい……。」
「ヒューゴさぁん……!」
彼の手の動きを助けるように、ベルの脚が開いていく。
その動きが、このまま行為を続けてもいいという彼女の同意の意味に取れた。
ベルをベッドに押し倒し、ヒューゴは直にその秘部を覗きこんだ。
そこには昼間感じたおどろおどろしさはなく、
不思議な物体のような、神秘的な香りを持ったものだった。
(これが女の子の匂い……。)
秘裂の入り口付近を指でこちょこちょと弄る。
神聖な場所のような気がして、ヒューゴは先へ進むのを躊躇った。
「ヒューゴさん、来てください……その大きなものを、あたしに!」

ベルは彼の股間で大きくなっているモノを指しながら、
自分で脚を抱え上げた。
淫らな部分を曝け出してヒューゴのモノの登場を待つ。
震える指でもどかしげにズボンを下ろした後、ヒューゴはベルのそこへ照準を合わせた。
「こ、ここでいいのかな……」
「うっ……!」
ぬちゅ、とモノの亀頭が侵入を始める。
……が、そこから先がなかなか入らなかった。
只でさえ未熟なベルの秘口が、あまり潤いを持たないままヒューゴのモノを
受け入れるのは無理があったのだ。
「押しこんでください、ヒューゴさんっ……」
「い、いいの?」
「はいっ、お願いしますっ!」
ベルの希望通り、ヒューゴは侵入を拒む秘裂の中へ無理矢理腰を推し進めた。
ぶちり、とイヤな感触がして、ペニスが膣内へ入っていく。

「いッ……!!」
ベルの顔が苦痛に歪み、急激に膣内が収縮を始めた。
「いてててっ!」
「あっ、くぅ……っ!いた、い……ッ!」
痛いほど締めつけてくるベルの膣内に、ヒューゴは進むことができない。
ただ締めつけられたまま、ベルの身体が弛緩するのを待った。
歯を食いしばって我慢していたベルの表情が、だんだんと元に戻っていく。
かなりの時間を要してから、苦しそうにベルがヒューゴに告げた。
「ヒューゴさん、動いて……!気持ちよく、なって……っ!」
実際、動くどころではなかった。
今だ彼女の襞は痛いぐらいに締めつけてきていて、食いちぎられそうなほど
ヒューゴのモノをがっちりと咥えこんでいる。
しかし、その滑った感触と抱いたベルの身体の甘い匂いで、
すでにヒューゴの官能はかなり高ぶっていた。

へこへこと情けない動きでベルの中を行き来してみる。
激しい動きなど、今の状況下では経験もないヒューゴには到底無理だった。
できる限り腰をグラインドさせて、初めての膣内の感触を確かめようとした。
が、何もかもが初めてだった2人にはセックスを楽しむ余裕などなく、
身体に与えられる快楽に従うまま終わりの時を向かえようとしていた。
「わ、くっ……ベル、出る……!」
「えっ……?」
ベルはその意味が解からないのか、ヒューゴが苦しそうに顔を歪めるのを見て
困惑してしまっていた。
「ヤバい……、!?」
ヒューゴがベルの膣内からモノを引きぬこうとした時、
自分の身体を引くことができないのに気づいた。
それもそのはず、ベルの両足がヒューゴの腰にがっちり絡みついているではないか。
「べ、ベル!脚を……放して、出ちゃうよ!」
「な、何が出るんですかっ?」

「あ、赤ちゃんの素…」
ぐいぐいと引きぬこうとする結果、それはヒューゴに
さらに刺激を与える行動となってしまっていた。
本格的に限界が近づき、ヒューゴの声が悲鳴に近いものになる。
「ヤ、ヤバって!!」
「こ、このまま出してくださいっ……ヒューゴさんの、赤ちゃん欲しい…!」
「そ、それはマズイよ……っ、っっっ、あ!」
ベルの脚が解かれることはなかった。
ヒューゴはそのまま思いきり、ベルの膣内に分身を吐き出してしまった。
「あ……出てます……!ヒューゴさんのが、あたしの中に……」
腰を持っていかれそうな快感の中、ヒューゴはとてつもない罪悪感に苛まれていた。

翌日、ルシアは食事をとっているベルを見かけた。
昨日の事があってから、彼女もそれなりに心配していたらしく、
ベルの様子を見ようと声をかけたのだった。
「おはようベル。昨日はよく眠れたか?」
彼女の昨日の様子から言って、そんな事は決してないだろうと思いつつ、
ルシアはできるだけ明るく声をかけたつもりだった。
しかし彼女の予想に反して、振り向いたベルの顔は恐ろしく晴れやかなものだった。
「ふふふふ……」
「ど、どうした?」
その笑みはルシアに悪寒さえ感じさせるほどだった。
ショックのあまり頭がおかしくなってしまったのではないだろうか…?
「ルシアさん、あたしすごく幸せです!」
いつもと変わらない、いや、いつもより数段元気な彼女を見て、
ルシアはいくらかホッとした。

彼女はおかしくなった訳ではなかった。
ただご機嫌なのだ、と認識できたからだ。
「へぇ、何かいいことあったのかい?」
「はい!好きな人と一緒に過ごすって……女の幸せですね!」
「はぁ?」
「すごく痛かったですけど、すごく深く分かり合えた……そんな気持ちがするんです!」
「へ、へぇ……それはよかったね。」
どうやらベルは元気になったようだ。
彼女の言っている意味はよく解からなかったが、
ベルがいつものような元気を取り戻してくれたなら、それでいい。
「ヒューゴさんの赤ちゃんがあたしのお腹の中にいるような気がして……
 すごく温かい気持ちになれるんです。」
「えッ!!?」

ルシアは自分のお腹を優しくさするベルを見て、絶句した。
彼女は今、何と……?
「あたし、いいお嫁さんになれるように頑張りますから!
 どこか悪いところがあったら遠慮なく叱ってください、お母さん!!」
「おか…」
「あ、ヒューゴさんもう起きたかなぁ? ちょっと様子見に行ってきます!
 ヒューゴさんが望むなら、今日も…」
スキップして去っていくベルの言葉は最後まで聞こえなかった。
さっきまでの彼女の会話を頭の中で反芻する。
そこから導き出される答えはただ1つだった。
「ヒューゴ……昨日忠告しておいたのに、あんたって子は……」

                 完

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