元気で可愛いキャシィー 著者:通りすがりのスケベさん様

ブルルル………。

「今日もいい走りだったぞ、ご苦労さん」
いなく馬からゆっくり降りて、つま先で地面の感触を確認するようにトントンと叩く。
艶の良い馬の尻をポンと叩き、彼の働きを労った。
今日のような天気がいい日は、俺の脚は自然とこの牧場に向いてしまう。
戦争が続く中、皆は気を張りつめて日々を過ごしているというのに。
だが、そんな自分も悪くないと1人こみ上げてくる笑いを堪える。
(まぁ、あまり根を詰めてもいい結果は出ないよな…。
 ボルス卿などは自分を鍛えるのに必死だが)
自分とはまるで正反対の直情的な騎士を頭の中で思い描いていると、
ふいに背後から声をかけられた。
「ハイ! 今日も速かったね、パーシヴァル!」
俺の後ろから、カウガールスタイルの女性が
白い歯を惜しみなく見せて近づいて来る。

この牧場の主のキャシィーだ。
彼女はとても甲斐甲斐しく馬を世話してくれている。
本当に馬が好きなのだろう。
俺がいつも気持ち良く走れるのも、
彼女が常日頃ここを管理してくれているからに違いない。
「コイツの調子が良かったんだよ。俺は落ちないように掴まっていただけさ」
「またまたぁ〜!」
キャシィーは俺の横に並び、馬に着けられた乗馬器具を慣れた手つきで外していく。
見る見る内に木でできた器具はバラされて、あっという間に彼女の手の中に収まった。
「またタイム更新したね。もう誰もパーシヴァルに追いつけないよ、あははは!」
まるで自分の事のように笑う彼女。
その屈託ない笑顔に釣られるように、俺の顔も綻んでしまう。
「……まぁ、俺はこんな事しか自慢できるものはないからな。
ここの猛者達が相手では、俺の剣など子供の遊びさ」
俺は彼女に預けていた、いつも帯同している愛剣をもらいうける。

最近は専ら留守を任されることが多く、
俺の剣技も必要とされる事が少なくなって来た。
もちろんそんな状況が無いのはいい事なのだろうが。
「もう! どうしてそう自分をイジめるの?
パーシヴァルが強いの、私知ってるよ?」
自分の腕に自身がない訳ではない。
俺はこの腕で今の位置までのぼりつめたんだ。
しかし、この軍には俺以上に強い奴がいた。
ゼクセンの『誉れ高き六騎士』も井の中の蛙だった訳だ。
「いや、本当の話さ。俺も馬に乗っている場合じゃないんだが…」
「え? パーシヴァル、馬がキライなの?」
彼女の笑顔が、急に曇り出した。
それはとてもで不自然に見えて、まるで似合わなかった。
「そうじゃないが、剣術の訓練を疎かにするする訳にいかない。」
「……そうなんだ……。じゃあパーシヴァル、
 ここに来る事少なくなっちゃうの?」
ますます表情に翳りを見せるキャシィー。

俺の毒気に当てられたか、元気のない彼女は見るに耐えかねない。
ポン、と彼女の肩に手を置いて、俺以上に塞ぎこんで見えたキャシィーの顔を上げさせる。
暗く沈みかけた場の雰囲気を変えようと、努めて明るく振舞う。
「ははは、そんなことはないと思うがな。真面目に訓練に勤しむなんて、
 俺の性には合わないさ。これまで通り、足しげく通わせてもらうよ」
愚痴をこぼして女性を悲しませるなんて、俺もどうかしていたな。
どうやら自分の思っている以上に滅入っているらしい。
「本当? 良かった!!」
花が咲いたように、キャシィーの表情が明るくなる。
周りにはっきりと感情を示す彼女はとても面白い。
何にも囚われず、自由に自分の思った事を口にできる素晴らしさは
評議会の連中の言いなりとなっている俺にはとても羨ましく見えた。
「キャシィーは俺が来ないと寂しいのか?」
少し、意地悪な質問を振ってみる。
きっと彼女は困るだろう………『はい』、と答えようものなら、
それは何かしらの好意を俺に持っていると顕示するようなものなのだから。

案の定、キャシィーは俺の問いに戸惑いを見せた。
キョロキョロと眼がせわしなく動き、明らかに動揺している。
気持ち頬を赤く染めて、恥ずかしそうに少しだけ俯くと、
彼女らしくない覇気のない声で答えを返してきた。
「………うん、寂しいよ。だって、パーシヴァルが来ないと私、何だかつまんないもん……」
へぇ……、初めて見た。
彼女が相手を見て話さないところを。
いつも真っ直ぐ相手を見据えて話す彼女とは違って
恥ずかしそうに俯くその様は、とても初々しく見える。
「ははは、それは光栄だな。」
彼女の反応は嬉しいが、それを鵜呑みにするほど俺は自惚れてはいない。
こういう時は笑って冗談っぽく話を終わらせる方が、
キャシィーも戸惑った気持ちを引きずらないで済むだろう。
「本当だよ? 本当に私、パーシヴァルが来るの楽しみにしてたんだよ?」

だが彼女は変わらなかった。
真摯な気持ちを素直にぶつけてくる。
俺を見つめる大きな瞳が、心なし潤んで見えた。
照れ臭く感じる雰囲気の中、キャシィーはそっと俺の胸に飛びこんできた。
小柄な身体がピタリと密着してくる…。
「お、おい…」
「私の言ったこと、嘘だと思ってる?」
そう言って、少し膨れて見せる。
可愛らしい仕草は、いつもの彼女らしい。
「じゃあ本当だという証拠は?」
「………いいよ」
俺の意地の悪い質問にキャシィーは薄く笑うと、
瞼を閉じて唇を寄せてきた。
頬に見えるそばかすも、今はやけに可愛らしく見える。
俺はキャシィーのピンクのハットを指で軽く押し上げてから、
その小さい唇に自分のそれを押し当てた。
「………んっ」

わずかに開いた唇の隙間から、彼女の声が漏れる。
キスを交わしてから顔を離すと、キャシィーは嬉しそうにはにかんだ。
「どうした?」
「うぅん……嬉しかったんだ。私の気持ち、伝わったような気がして…」
そう言ってキャシィーは押し上げたハットを深くかぶりなおした。
どうやら照れているらしい。
「……ははは」
「どうしたの?」
こみ上げてくる笑いを堪えきれなかった俺を、彼女が怪訝そうに見上げた。
少しだけ不機嫌さをその顔に滲み出している。
「いや、キャシィーも恥ずかしがることがあるんだな……と思ったのさ」
その言葉に彼女は頬を赤らめて、顔を背けた。
「そりゃそうよ! 私だって女の子なんだからっ!!」
「ははは……いや、これは失礼。」
何だ……充分“女の子”してるじゃないか。
今までは『牧場の主』という目でしか見ていなかったが、
これからは少し違った眼で彼女を見ることができそうだ。

                 完

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