カイル×サイアリーズ 著者:ウィルボーン様

湖面に朧に映る月。ちょっとした風になびいて形を変えるその様子を見ると、まるで自分のことのようだとサイアリーズは思った。
迷いを振り切るように湖に背を向けて、部屋に戻ろうとする。と、正面からカイルが
やってくるのが見えた。
「あ、サイアリーズさま見っけ。今部屋に行ったらいないから、びっくりしましたよ」
「うん、ちょっと、眠れなくてね。それより、何か用かい?」
カイルは背後に隠していた酒瓶を取り出した。じゃじゃーん、と擬音付きで。
「軍師さんからもらったんでーす。故郷の珍しいお酒だそうですよ。もしよかったらちょびっと、付き合ってくれませんか?」
「明日は総攻撃だろう。早く寝なくていいのかい?」
「だーかーらですよ。ねっ」
強引に腕を取られて、サイアリーズは苦笑いを浮かべた。そう、こんなやりきれない夜は酒でもないと眠れないのかもしれない。
サイアリーズの私室は、王族の部屋にしては驚くほど簡素なものだった。衣装や言動は派手なのだが、それは女王一家としての権威を示すための記号であって、本来は贅沢に着飾るのは好きではない。
「ドアは全部閉めるんじゃないよ。ちょっと開けときな」
「えー。信用ないなあ、ま、いいですけど。レツオウさんに頼んで、ちょっとつまみももらってきちゃいましたー」
テーブルに向かい合い、グラスに酒を注ぐ。琥珀色した異国の珍しい酒は喉越しが良い。

他愛もないことを話していたが、やがてふと会話が途切れた。カイルがじっと自分を見ているのに気がついて、サイアリーズはわざと声を張った。
「なんだい、黙っちゃって。なんか面白い話でもしてよ」
「面白い話ですか?」
うーんと唸り、大げさに腕を組んで考え込むカイル。いつも飄々としていて、懐に入り込んでくるかと思えば一線を引いていたり、つかみ所のない男だ。出自はあまりいいとは言えないが、忠誠心と剣技は誰もが認めるところである。
「じゃあ、オレの初恋の話でもしましょーか」
「あんたの初恋ぃ?ふぅん、何歳の頃?」
「15年くらい前ですかねえ、レルカーに女王家ご一行が視察に訪れたんですよ。確か王子が生まれたばっかりの頃」
「ああ、覚えてるよ。あたしも行っていた。あの子が熱を出して大変だったんだ」
「その時に、輿に乗って手を振る小さな女の子に一目ぼれしちゃいましてねー。まさか
15年後にその子とこうしてお酒を酌み交わすなんて、想像も出来なかったけど」
カイルは相好を崩したが、サイアリーズはあっけに取られた。
「初恋って…あたしのこと?」
「やだなあ、この流れで違ったらおかしいでしょー。残念ながら15年間サイアリーズ様一筋ってワケじゃないけれど、少なくてもここ何年かはずーっと一筋でしたよ?」
これは告白というものなのだろうか。サイアリーズは言葉に窮した。
「お姫様を守るためにナイトになった青年の物語…ってところかい?」

「サイアリーズさまなら、この話にどんなラストをつけますか?」
「二人は結ばれて、めでたしめでたし」
「違いますよー。ナイトはお姫様を守るために命を投げ出すんですよ」
「そんなの…駄目だよ。お姫様が悲しむじゃないか」
「じゃあ、お姫様がみんなを守るために、敢えて身を犠牲にするのはいいんですか?」
カイルの眼がサイアリーズを射抜いた。
「王子を守るために…自分が傷ついてもいいんですか?」
「カイル、あんた…」
カイルの手がサイアリーズの手を握る。力強く、それでいて暖かい手だった。
「サイアリーズさまが何を考えてるのか、この城の中で一番知ってるのは俺です。多分軍師さんよりね。伊達に何年もあなたを見ちゃいない。あなたのことなら何でも分かる」
知っていた。カイルは全てを知っていたのだ。
自分がどれだけ悩んできたのか、どんな覚悟を持って決断をしたのかを。
「行っちゃ駄目だサイアリーズさま」
カイルの瞳が縋るように潤んだ。
「向こうへ行ったら、あなたはあなたじゃなくなる」
「カイル…」
「オレのためじゃなくていいんです。王子のために、みんなのためにここにいてください。そのためだったら、オレ命を投げ出してもいい」
サイアリーズは腕を伸ばしてカイルを抱き寄せた。
悲しまないで。そんな目であたしを見ないで。

二つの影が、床の上でのたうつ。服を脱ぐのももどかしく、二人はもつれるように抱き合った。言葉にするとどれも嘘になってしまいそうで、気持ちを確かめるには肌を合わせるしかない。愛を確かめるためでも、本能の赴くままでもない。互いのやるせなさをぶつけ合うように、二人は飽くことなく抱き合った。
「あ…」
サイアリーズが背中を反らせた。形のよい豊満な胸が荒い息にあわせて上下し、下になったカイルが掌で包み込んだ。剣豪にしては綺麗な指だった。細く長く、芸術家を思われる指がサイアリーズのピンク色の頂をこねくり回し、顔を寄せて口に含んだ。
刺激を受けるたびに、サイアリーズは官能の波を隠すことなく表現し、感情の赴くままに声を上げる。誰が彼女をここまでにしたのか。カイルは過去の男に激しい嫉妬を覚えた。
「ギゼルくんですか…あなたをここまで育てたのは」
「あぅ…んっ!なんで、そんな、こと…ッ」
サイアリーズはカイルの唇を覆って、言葉を塞いだ。舌を送り込み、自ら激しく吸い上げる。状態が入れ替わり、カイルが上になった。焦りを気取られぬように気をつけつつ、着ているものを脱がせる。窓から差し込む月明かりに照らされ、サイアリーズの白い裸身は、輝かんばかりの美しさをたたえていた。
この手に抱いているのに、早くしないと彼女が逃げてしまう。そんな恐怖心を覚える。閉じている足を強引に割り開き、すでに雫を滴らせているくぼみに指を差し入れた。
「んん…っ!あぁん、あ…」
蕾を刺激すると、サイアリーズは若鮎のように跳ね上がった。体の奥から次々と蜜が溢れ床に水溜りを作る。もう我慢できそうになく、カイルは自らのものを推し進めた。

サイアリーズは悲鳴のような悦びの声を上げた。より深い結合を求めて、自ら足を絡ませる。
「もっと…ねえ、もっと、あぁ…ッ!」
無意識に手が伸び、半分着崩れているカイルの上着のボタンを外し、広い胸板に触れる。甘えてしまえば楽なのかもしれない。何も考えず、カイルの側でただ笑っていれば幸せになれるのかもしれない。
…だけど、あたしはそんな幸せを望んじゃいないんだ。
たとえこれからの道が正しくないと分かっていても、全て受け入れる。あの子達のために、豊かなるファレナの礎のために。
カイルはサイアリーズに覆いかぶさり、その豊かな胸に顔を埋めた。息を整えながら、目の前の柔らかな胸に愛の印を何度もつける。胸もと、抉れた鎖骨、ほっそりした首筋に次々と跡を残す。この人はオレのものだとでもいうように。そして最後に、再び唇に触れた。舌が絡まりあい、唾液を交換する。
「サイアリーズさま…」
再び律動を開始する。カイルはすでに限界に近づいており、高みを目指してしゃにむに動く。百戦錬磨の恋の手だれも、このときばかりは初心な少年のようであった。
「あ、あぁ、あああ…!」
サイアリーズの声に更に高ぶり、カイルは己の欲望を解き放ち、そのまま気を失うように眠りについた。
夢か現か、サイアリーズの「ありがとう」という声が聞こえたような気がした。

しかし、彼女は行ってしまった。一夜の思い出を残して。

酒場の客は、すでにカイル一人だった。悪い酒ではないのだが、心が荒んでいると、どんな強い酒でも酔うことは出来ない。ただ飲むたびに喉が熱く焼け付き、それが彼女との一度きりの逢瀬の熱さを呼び起こさせる。
彼女の白い肌、熱い体、幻のような一夜の交わりを。
女王を盾にゴドゥイン側に寝返ったという事実は多くの人に衝撃を与え、裏切り者と呼ぶ人々も少なくはなかった。
だが、自分には分かる。彼女がなぜああいう行動に出たのかを。彼女は、自分たちとは違うやり方で国を守ろうとしているのだ。
しかし一人残された王子のことを考えると、やりきれなくなる。
両親を失い、妹を盾に取られた。しかもたった一人残された血縁に。
もし次に戦場で会う時がくれば、オレはためらいなく剣をふるい、彼女は右腕を翳すだろう。それでいい。きっと彼女もそう望んでいる。
「カイルさん…?」
背後からためらいがちに声をかけて来たのは、ベルナデットだった。
「大丈夫ですか、そんなに飲んで。体に良くないですよ。殿下もみな、心配してますよ」
そういうベルナデットの顔が、ふと亡きフェリドにダブった。女性らしからぬ意志の強そうな眉に切れ長の鋭い瞳は、敬愛してやまないフェリドに良く似ていた。
…ああ、まだいた。王子にはまだこんな近くに血縁者が残っていたじゃないか。
カイルは立ち上がろうとしてバランスを崩した。ベルナデットが慌てて近づいて支える。ふわりと、海の香りがした。
「カッ…カイルさん!!」
海の香りに包まれるように、カイルはベルナデットにしがみついた。
「キミは、王子の側にいてやってね。何があっても、王子の味方でいてあげてね」
「カイルさん…?」
ベルナデットは不思議そうに首をかしげた。カイルはなんでもない、と小さく笑った。

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