ルック×セラ 著者:5_559様

 風が吹いている。
 彼女は、静かに眼を開けた。
 暗闇の向こうでそよいでいる、薄いカーテンの端が見える。月明
かりをわずかに透かしていた。
 気だるく頭をもたげて、息をつく。窓を閉めなくては、と考えた。
(ルックさまが、体調を壊してしまわれる……)
 白磁の肌が、シーツの隙間からなめらかに現れる。
 華奢な肩と背中、女らしい曲線を描く腰から下の柔らかな部分。
 人形のような、だが人形以上の優しい美しさを持つ身体だった。
 そっと床に足をつき、立ち上がろうとする。突然、後ろから手首
をつかまれ、息を飲んだ。
 ひんやりとした少年の手。
 酷薄に、強い力が込められていた。
「……申し訳ありません、ルックさま。窓を……」
 起こしてしまった事を、咎められたかと、とっさに思った。
 セラは、かすかに首を傾げて、無機質な表情のまま謝ろうとした。
 淡い暗闇を通して、緑色の、ガラスのように尖ったまなざしが、
彼女を捕らえている。そしてその瞳は、彼女の言葉を遮った。
「いつ、ぼくが」
 ルックは冷たく告げた。
「きみに、寝台から出てもいいと言った?」
「……申し訳、ありません。ですが……」
「言い訳はいらないよ。……セラ」
 やはり冷たく、彼は切り捨てた。セラは寂しげにうなだれた。
 彼女の自由なほうの細い片腕は、先程から、素肌の胸を覆い隠そ
うと努めている。無意識の仕草は恥じらいを含み、いわばハルモニ
ア風の気品が身についていた。

 だがルックは、その様子が気に入らないとでも言いたげだった。
わずかに眼を細め、短い溜め息をついた。
 自分の抱いた理不尽な苛立ちへの、自己嫌悪の溜め息だった。
 もっとも彼はとうに醜く開き直っている。それを自覚している。
 かつて慈しみ育てた『娘』を、『計画』のためだと言い訳して、
抱いたときから。
「おいで」
 つかんでいた手を離した。
 セラが自分から、彼に素肌を捧げることを強要した。
 もちろん、反抗があるはずはない。
 抱いて犯すのが、今夜二度目だというに過ぎなかった。
 だがこのときばかりは、セラの心には開いたままの窓が気になっ
た。――あくまでもルックのために。彼の、あまり健康ではない肉
体のために。
 求めに応じて伸ばしかけた白い手を止めて、言い募ろうとした。
「ルックさま、お願いです、セラは先に窓を……」
 言いながら引きかけた手首を、今度はひどく乱暴につかまれた。
 一瞬の事だった。
「あ……っ」
 寝台ではなく、床に引き倒されていた。軽く身体を打ってしまい、
目眩が起きた。仰向けに組み敷かれたセラは、水色の眼を開けた。
 ぞっとするほど冷たい緑色が、彼女を静かに見下ろしていた。
 彫刻のように整ったくちびるが、ゆっくりと降ってくる。
 それはまなざしとは裏腹に、まるで『本物の恋人』に触れるよう
に、セラのまぶたの上に優しく落ちた。
 抱かれることに慣れ始めた身体が、たったそれだけで甘く痺れた。
 セラの洩らした吐息にも、ルックは何も言わなかった。
 何も言わないまま、その可憐な唇に噛みつくようにくちづけた。

 薄闇を、ひそかな速い呼吸が震わせている。
 床から天井までは随分と遠い。いつもとは違う硬い感触が、背に
あたる。
 セラは決して口にしなかったが、戸惑い、怯えていた。
 はじめは両手首を拘束されて、頭上で無造作にまとめられた。
 ルックはやはり無表情だった。
 セラはそのことに胸を痛ませた。
 わかってもらえない。――身体の自由を奪われるのは、たとえ相手が
死ぬほど愛する男でも、恐い。
「……ん、……んっ、ルックさ、ま……!」
 必死に名前を呼んでも、無駄だった。声は追ってくる深いくちづけに
封じられ、執拗になぶられ続けた舌は、いまだに痺れている。
 拘束を解かれて安堵したのも束の間、今度は痛く冷たい愛撫が始まった。
 きれいな指で、酷薄に。
 それでも濡れてしまうそこを、容赦なくかき回された。
「……ッ、あ、あ……ッ!」
 涙をにじませて耐えるセラの胸に、それだけは何故か優しいくちびるが、
慎重に舌を滑らせる。
 ふるえる吐息と共に、白金色の髪が、床の上に散った。
 ルックはその中に指を差し込んだ。
 どうすればいいのか、彼自身も苦しく探しているように、呼吸を殺して
いる。そして静かに、彼女の髪を撫でた。
「……セラ」
 つぶやいたのは、一言だけだった。
 セラは、割り開かれた自分のそこが、卑わいな水音を立てるのを聞いた。
 彼のモノが、正確にあてがわれている。
 ぬるりと貫かれた瞬間、小さな甘い悲鳴が床と天井に響いた。

「あっ……あっ……」
 打ち込まれるたび、セラの喉からどうしようもない声が漏れる。
 ルックのモノは彼女の奥を突き、入り口をこすり、ぬるぬるした愛液に
まみれた。
 からみつく熱い襞が、彼の端整な眉を歪ませている。
 はしたなく開かせたセラの真っ白な両脚を、抱えなおした。
 彼女は、ビクリと眼を開けた。
「いけませ、……ルックさ、っ――!」
 グン、とひときわ深い角度で突かれた。
 互いに一瞬、息が詰まるほどの快感だった。ルックはそのまま休まずに、
冷静にセラの弱い部分を突き続けた。
 速く、優しく。
 セラの唇が、なかば開いた。硬直した赤い舌が、淫らに覗いた。
「……あッ、ん……あっあっ」
 股間から響く濡れそぼった音が、耳まで犯す。
 ルックも快楽に、歯を噛みしめて耐えていた。
「セラ……」
 押し殺した声で、ふたたびつぶやいた。
「セラ……セラ……!」
 どこか悲痛なほどの小さな呼びかけに、セラが応えることはできなかった。
 絶頂の痺れが、すぐそこまで来ていた。濡れて熱い肉襞を、誰よりも大切
な男のモノに、何度も、何度もこすられ、中を貫かれる。
「……ぁ、ぁ…………っ!!」
 最後は抑えるまでもなく、掠れた声さえ出なかった。
 達したセラに締めつけられ、ルックも低く呻いた。同時に、彼女の中にそそぎこむ。
 彼の流した汗の粒が、セラの上気した素肌、鎖骨の上に滑り落ちた。

「ルックさま……」
 静かになった室内に、より静かな彼女の声が響いた。
 ルックは、まだ自分のモノを引き抜かないまま、組み伏せた哀れな『娘』の
顔を見下ろした。

(ぼくは……)

「きみを、この計画のために……全部、そのために」
「――はい、ルックさま」
 こぼれ落ちた言葉に、優しい答えがあった。セラの瞳は、落ち着いていた。
「わかっています……」
 彼女は、眼を閉じた。
 その清廉な顔を見下ろしたまま、ルックはうつむき、眉をきつく歪めた。

 ぼくは……。
(この計画のために……全部、そのために……きみを抱いたわけじゃ、なかった)
 それは、決して口にはできない告白だった。
 なぜならルック自身にも、では何が別の理由なのか、説明づける事ができない。
(……セラ)
 そっと、頬にくちづける。
 彼女は眼を閉じたまま、ひどく幸せそうに表情を和らげた。
 ルックもまた、その上に覆いかぶさったまま、静かに眼を閉じた。

 ――想いも、愛も、粗悪な『模造品』には関係ない。
 ではどうして、セラを最後まで『娘』として利用できなかったのか。
 なぜなのか……。
 彼が死ぬ、その瞬間まで。
 それがわかる日は来ない。

 〈終〉

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