あまやどり(リヒャルト×ハヅキ) 著者:七誌様

 ここ毎日の日課となっているよう、いつものように少年少女の剣士二人は、本拠地を見下ろせるシンダルの遺跡入口にて修練を積んでいた。互いの呼吸を合わせるべく、片方は真っ直ぐとした。片方は曲線をした白刃を描く。対極とも言えるべき刃を合わせ、一つのものとしようとしたその時、はたた、と、少女の頬に何かが触れた。
 ふと手を止め。空を仰ぐ。
 空には鉛色の雲が、陽の光を覆ってた。

「あまやどり」

 「リヒャルト、走るぞ!」
 雨は突如として降ってきた。ざあざあと少女の顔を、腕を打ち付け、水を吸ったスカートは、駆ける足を鈍らせた。それでも後に駆ける少年と比べると、少女は足が速いらしく、ぐんぐんと少年の身を引き離した。
 やがて暫く駆けたその後に、後ろから雨音に混じり、追いかけて来るべき音が無いことに、少女ははっと気付いた。どうしたのかと足を止め、自身の後ろを振り返る。 少年は、ハヅキよりも随分と離れた場所で、呆けたように立ちつくしていた。
 「どうしたのだリヒャルト! 置いて行くぞ!?」
 降りしきる雨は音を奪う。叫ぶようにハヅキは少年へと声を掛けたが。聞こえないのか、或いは、聞く気が無いのか。依然としてリヒャルトに動く気配はなかった。
 「――聞こえぬのか!? 置いて行くぞ!」
 再度、声を上げる。しかしながらリヒャルトは一向に動こうとせず、ハヅキは一度、不快そうに眉を寄せると、くるりとリヒャルトに背を向けて、ぱしゃん、ぱしゃんと歩を進め――数歩、先へと進んだところで、ちっ、と舌打ちをし、その身を返した。
 「行くぞ、リヒャルト!」
 そう言い、未だ呆けている少年の元へと向かい、その手を掴む。瞬間、リヒャルトの目がハヅキに向いた。
 「風邪を引く。行くぞ!」
 少年の手を握り締めたまま、強引にハヅキは駆けた。思いの他、少年は抗うことなく、ハヅキの後ろに着いて来た。

 人が見え、城に着く頃には安堵感を覚えたのか、少年はいつもの自分に戻っていた。 うわぁ、ずぶぬれだぁ! と、素っ頓狂な声が上がる。
 「呆けておるからだ。大馬鹿者めが!」
 少年の様子に悪態を吐きながら、ふっと、ハヅキは息を吐きながら、繋いでいた手を離した。わぁわぁと喚かれるのはハヅキの好むところではないが、あのように光の無い目で居られるよりは、何十倍もマシだった。
 「あはははは、怒られちゃったやー。やだなぁ、もぉ。ハヅキさんってば、ミューラーさんに似て来ちゃって……」
 「おのれの相手をしておれば、嫌でもこうなる!」
 締まらない顔つきの少年に、先ほどの自分の考えを撤回したい気分になったが。ここで怒ればさらに相手の思うつぼだと、気を鎮める。
 「――それで、どうするのだ?」
 「え?」
 「『え?』ではあるまい。その成りで、部屋へと戻るつもりか? 道中、確実に風邪を引くぞ? それに何より、そのような格好で戸を叩けば、部屋を濡らすなと確実にミューラー殿の不興を買う」
 傭兵旅団の部屋は、人通りの少ない、寒々しい場所にあった。他にも部屋あるだろうに、どうしてその部屋を選んだのか、ハヅキは知らなかったが、墓場の直ぐ近くにあることが、死と隣り合わせな生業であることを改めてハヅキの心に認識させた。
 「あー! そうだ! ミューラーさんから怒られちゃう! どうしよう、ハヅキさん!!」
 拝むような少年の声に、ふぅ、とハヅキは溜息を吐いた。剣の腕は一流だというのに、どうしてこの少年はこうなのだろう。否、或いは一流の剣客というものは……というところまで思考が及んで、その論理で進めると、自分もまたこの少年と同類になってしまう事に気がつき、そこで思考を食い止めた。
 「私の部屋に来い。そこで体を拭いて行くが良かろう」
  わぁい! という無邪気な声に、あのミューラーという大男の心労が、幾許か思い遣られるような気がした。

 リヒャルトと違い、ハヅキといったこれという一団に属さない者たちは、宿屋の一室を使用していた。ハヅキは慣れた手つきで宿帳に名を刻むと、「こっちだ」と、リヒャルトを自身の居室へ案内した。
 「おじゃましまーす」
 「他の部屋と大して変わらんが、楽にしてくれ」
 部屋は確かに、他の部屋と変わり映えしない作りだった。元々ある備え付きの家具や、絵の他には、目に留まるものはなかった。小奇麗で、整然としたさまは、使用者の性格を物語っていた。
 「ほら、これで拭くといい。あと、幸いにもお前は私と同じ背丈のようだから、服を貸してやろう。これに着替えろ」
 「え! ぼく、スカートはくの!?」
 ぼすっと、タオルと服を投げつけられた。
 「うつけが! 誰がそんな酔狂なものを見たがるか! 私とて、旅装束として袴のひとつは持っておる! さっさとそれを持って着替えぬか!」
 見れば、ハヅキは顔を紅潮して怒っていた。はぁい。という返事をして、その場で上着を脱ぎ始めたら、さらに一層大きな声で、
 「洗面所で着替えぬかッ!!」
 と、勢い良く怒鳴られた。ああそう言えば、ミューラーさんからもそう叱られたことがあったっけな、と、リヒャルトはふと、そう思った。

 ハヅキの用意した服は、ゆったりとした作りのせいか、リヒャルトの身にもぴたりとあった。落ち着いた深緑の上着に、黒のズボン。ただ、結いとめるであろう腰布の結わえ方は、よく分からなかったため、適当に結んだ。濡れてしまった自分の服を絞り、トントン、と軽くノックして、戸を開ける。
 「ハヅキさーん。着替えたよー」
 「ああ、済んだか」
 見ると、そこには鎧や手甲を外し、一枚ものの変わった藍色の服を身に纏い、木櫛で髪を梳かしているハヅキがいた。髪が随分と水を含んでしまったのか、肩にはタオルを乗せていた。
 「変わった服だね」
 「ああ、これは浴衣といって……まぁ、寝巻きの一種だ。お前の方も、帯の留め方がめちゃくちゃだが、どうにか着れたようだな」
 「んー。これ、簡単に着れるのか、着れないのか、良く分からない服だね」
 「着物とはそういうものだ。どれ、結わえなおしてやる。袴を……ズボンの部分を落ちないように抑えていてくれ」
 そう言うと、ハヅキはリヒャルトの前に屈み、するすると腰紐を解いた。リヒャルトがぐちゃぐちゃに留めていた腰紐は、元通り、色鮮やかな一本の布となり、背後に回ったハヅキの手によって、再度しっかりと、リヒャルトの身に結わえられた。
 「どうだ、苦しくはないか?」
 「ん、平気ー。ハヅキさん、器用だねぇー」
 「慣れだ。
 ほら、これに濡れた服を干してしまえ。掛ける場所はあそこの桟だ」
 そう言い、ハヅキはリヒャルトにハンガーを手渡すと、自分は流し台へと足を向けた。
 城内には食堂も、酒場も別に設けられていたが、簡単な茶が飲めるようにと、各部屋には小さな流しと、ラフトフリークから入れたという七輪という道具が置かれていた。
 リヒャルトはハンガーに自分の服を吊るすと、じっと、ハヅキの後ろで、その変わった道具を使う様子を見つめた。

 ハヅキの手際は良いものだった。小さな炭と紙とを入れ、ちっとマッチを擦り、火を燈す。こぅ、と火が紙へと燃え移ったかと思うと、黒い炭にちらちらという赤い光を燈る。かたん、と、水を注いだ薬缶を乗せる。
 丸い、どこか可愛らしい細長い口を持つ、ふたつきの陶器に、陶器製のコップらしきものが用意される。かたかたと、薬缶が蒸気を噴出しだすと、ハヅキは湯を、その変わった器へと注ぎ込んだ。
 「お湯を飲むの?」
 「いや、茶だ。白湯が飲みたいというならそうするが……」
 そこでちらり、と、ハヅキは後ろに立つリヒャルトを見た。
 「茶の方が良かろう。苦い葉ではないものを淹れるから、安心しろ。今は、茶器を温めているだけだ」
 言い、今度はコップの方に、湯を注いだ。しゅんしゅんと、薬缶が声を上げ出した。 「――リヒャルト殿……」
 「ん? なに?」
 「そうも、真後ろに立たれていると、やり辛い。心配せずとも薬を盛ったりはせぬ故、そこで腰でも掛けて待っていてくれぬだろうか……」
 珍しく、困ったように眉をひそめる少女に、こくん、と少年は頷いた。

 雨の音が響いていた。
 急須から湯呑みに茶を移し、盆に乗せる。くるりと振り返って、ハヅキは少し、息を飲んだ。
 少年は裸足の足をベッドに上げ、膝を抱えるようにして座り、じっと、窓の外で降りしきる雨を、あの、打ち棄てられた人形のような――呆けたような、眼(まなこ)で見ていた。
 「――……リヒャルト殿ッ!」
 声を上げた。ぱっと、リヒャルトはハヅキの方へと目をやった。
 「あ、ハヅキさん! お茶、入ったんだー! ぼく、待ちくたびれちゃったよ!
 ね! 隣座って!」
 言い、ぽんぽん! と、リヒャルトは自分の腰掛けるベッドの隣を叩いた。ああ、と、ハヅキは戸惑いながらも、言葉を返し、隣にぽすん、と腰掛ける。
 熱いぞ、と、湯呑みを差し出す。
 リヒャルトは差し出された湯呑みを、マグカップのように、ぎゅっと、包み込んで手へと収め、お茶を、啜った。
 「あたたかい」
 「そうか」
 ハヅキもすっと、茶を啜った。
 それからリヒャルトは、まるで喋ることを止めることが怖いかのように、ぺらぺらと話をし始めた。話の殆どは、いつものようにミューラーのことで、ミューラーのもつ癖だとか、朝起きた時の様子だとか、そんな、実にとりとめのないことを喋った。 ハヅキはそれに逐一真面目に頷き、リヒャルトの話を聞く。話の内容には既に聞いたものもあったが、拘ることなく話を聞いた。
 ざ、ざざあ、と、窓を打ち付ける雨音は大きく、少年にしては珍しく、時折、雨音に飲み込まれるように、言葉を澱ませる時があった。

 ――少年の様子がおかしいと、気付いたのはそれから間もなくのことだった。
 「――リヒャルト?」
 雨音は、一層酷くなっていた。それに伴い少年の言葉の澱みは多くなり、ついにふと、口を噤んだ。見れば、少年の手にしていた湯呑みは既に空になっている。受け取ろうとして、手を伸ばしたところ、びくり、と、少年は僅かに身を竦ませた。
 「――リヒャルト?」
 少年は俯いていた。背中をきゅっと丸ませて、自身の膝を強く抱えた。
 雨音だけが、響いていた。

 ――男のものだろうか。そこで、だんだんだんだんだん、と、駆けるような足音が廊下に響き――

 ――かしゃん! と、湯呑みが床へと転がった。

 「――リヒャルト殿!?」
 リヒャルトはハヅキの胸へと頭を寄せ、ぎゅっと、幼子のようにハヅキの身へとしがみ付いた。何故かは知らないが少年は確実に、怯えていた。ハヅキの知らない『何か』に対し、少年は怯え、恐れ、縮こまり、震えていた。
 「――リヒャルト――」
 少年の怯える様子に、ふと、ハヅキは幼い頃、捨てられている仔犬に出会ったことを思い出した。心ないものにでも遭ったのか、仔犬の毛並みはどろどろに汚れ、削れ、いたるところに、傷をつくり、憐れに思い食べ物を与えた。仔犬はすぐにそれを食べ干した。見ているとなかなか愛らしく思え、飼ってやっても良いかも知れぬと、頭を撫ででやろうと手をかざしたところ――
 がぶり、と手を噛まれた。
 その場は驚き、痛みと、自身の心が裏切られたように思え、その場を直ぐに立ち去った。後に、あの犬は随分と人の手により、酷い目に遭って来たらしく。頭に手を翳すと、殴られると思い、怯えて噛み付くのだと人から聞いた。
 その仔犬がどうなったのかは、知らない。誰か心あるものに拾われたかも知れなければ、もしや、どこぞで命を落としたかも知れなかった。或いは、どこかで飄々と、生き長らえているのかも知れなかった。
 ただ、あの時の手の痛みは、時が経つにつれ、違う悲しみをもって、じくりと傷んだ。
 そんなことを、思い出した――。

 「――リヒャルト――」
 呟く。そうしてそうっと――少年の背に、宥めるように、手をやった。
 幼い頃、涙を流す自分に、親がそうしてくれたように、優しく、撫ぜた。
 「大丈夫だ、リヒャルト。心配ない――」
 そっと、あやすように、囁く。
 「怖がらなくて、いい。いいんだ――」
 ゆっくりと、しがみ付かれた腕が、解かれてゆくのを感じた。少しずつ、リヒャルトの身が離れて行く。少年の身を見守っていると、伏せていた頭を、ゆっくりと上げ、ハヅキに向かい、おずおずと、少年は笑みを浮かべた――
 「リヒャルト――」
 「ハヅキさん!」
 ばすん! と、身がぶつかる。視界が天井を向く。何事かと思っていると、今度は笑顔を浮かべたリヒャルトの顔が視界を占めた。

 「ぼく、ハヅキさんが好きになっちゃった!」

 押し倒されたのだ、ということと、少年のいうことを理解するのに、数秒遅れ――
 その、数秒の隙に、満面の笑みを浮かべた少年の唇が、ハヅキの唇と重なりあった。

 「――ん! ――……んー! !!! ――っ!」
 舌を入れられる。逃れようとする舌を捕まえられ、絡み合わせ、離れたときには、つ……と、糸が引いて、ぽたり、とハヅキの口元に、落ちた。
 「――……な、何をする!?」
 「何って、キスだよ。好きになった男と女はするものなんでしょ?」
 「……な!」
 言葉を言い募る暇もなく、再度、唇が合わせられた。先刻よりもさらに深く、さらに長く……と、息が出来ないことも加え、自然、頭もくらくらとして来た。頬に、熱が灯る。
 「ハヅキさん好き。大好き。ミューラーさんと、ヴェルヘルムさんの次くらい……ううん、女の人の中では、きっと、いちばん好き」
 「や、やめ……!!」
 ちゅっと、首筋にくちづけが落とされた。浴衣の袷に手が、差し入れられる。びくんと、体が跳ねた。圧し掛かられたまま、片手で大腿部に触れられる。ざわり、と体の奥が毛羽立った。
 「ハヅキさん、すべすべしてる……。柔らかーい」
 「だ、黙れ……!」
 「嫌だよ。だって、本当のことだもの」
 袷を広げられる。肌が外気に触れ、冷たく感じるのと対照的に、頬には熱ばかりが集まった。
 「すごい……ハヅキさんて、綺麗だね……」
 言うと、リヒャルトは白くふんわりと盛り上がった、ハヅキの胸の頂きに、くちづけた。
 「っ!」
 「あ、ハヅキさん、いい声。可愛い……。胸、とっても柔らかくて、気持ちいい……」
 ちぅ、と、音を立てて吸う。仔犬のようにぺしゃりと舐める。ゆっくりと、緩急をつけて乳房に触れる。
 「やァ……やめ……」
 「やめない」
 ばっと、下肢を覆っている浴衣を広げた。ひっそりと生えた繁みを指でなぞり、そのままゆっくり、股の内へと下ろして行く。
 「――……!!」
 「あ、ひょっとしてここがそうかな? うわぁー、女の人って、本当に男とは違うんだね!」

 ちぷ、と、指を一本内へと挿れた。当然のように、中はかなり狭かった。すっと、一度抜き、指でもって口を広げる。
 「わ! 凄い! 綺麗なピンク!」
 顔を移動し、見つめて、驚きのあまりに声を上げる。花に似てるっていうのも、分かる気がするなぁ、と、リヒャルトは呟いた。そのまま舌を寄せ、花を、舐めた。
 からだが、跳ねた。
 ぺしゃ、ぴちゃ、と、外にはまだ雨が打ち付けているというのに、内側からの水音がやけに大きく聞こえた。男を知るどころか、自身で慰めることすらも無いハヅキの身にとって、この刺激は余りに強すぎた。可愛いと自身の声を指摘され、きゅっと口を噤んでいたものの、耐え切れず、時折開いた口からは、艶めいた音がついて出た。それと同時に、リヒャルトが愛撫する花弁からも、蜜が溢れ――指と舌とで愛撫をしたところ、びくんと体を震わせて、ハヅキの体は弛緩した。
 「ハヅキさん……」
 ゆらり、と、膝立ちになり、リヒャルトはベッドに横たわり、惚けた様子の少女を眺めた。浴衣は腰に巻かれた紐によってかろうじて留まってはいるが、上下ともに大きく広げられ、形よい胸を、繁みを隠すことなく表わしている。長く、まだ湿り気を持つ髪の毛は流水の如く広がり、白いベットの上に、あるいはその体のうえにとその波紋を投げかけていた。遠くを見るような、凛とした目が、今は淫とした気配を強めていた。
 「ハヅキ……」
 囁く。唇を再度、合わせる。今度はすんなりと舌が合わさり、
 「あ……」
 と、ハヅキの目が、リヒャルトを捉えた。
 「ハヅキさん!」
 声を上げ、鎖骨の辺りに少女を所有する印を刻む。そのまま自身の服に、リヒャルトが手をかけたところで――
 「止せ、リヒャルト」
 と、今までは違う、強い静止の声が飛んだ。

 自身の服に手をかけたまま、リヒャルトは動きを止めた。ハヅキの目の色は、幾らか違うものもあったが、いつもと同じ光が宿っていた。
 「――止すのだ――
 お前が、どのように捉えておるのかは知らぬ。知らぬが――これは、子をつくる、行為なのだぞ――?
 ――そうして、もし、私が子を得たときは――」
 ぽそり、と、ハヅキは言った。
 「私は、己の子を、捨てることなどは出来ぬ――
 そうして、私の心情を無視し、私をこのまま抱いたとすれば――
 ――リヒャルト、お前は自分がどう思おうと、思わぬと、お前は一人の人間の父になる。それは事実だ。曲がることの無い――……」
 リヒャルト。と、ハヅキは再度かすれるようにして、名を呼んだ。
 「私はな、良いのだ。女の一人旅だ。このような事が起こることも、幾らかは覚悟している。だが、お前は――」
 きゅっと、目を瞑った。そうして、悲しみと、優しさを含めた瞳でもって、リヒャルトの眼をひた、と見据えた。
 「止した方が良い――。
 これより起こる様々なことを、受け止められるほど、お前はまだ、大人ではなかろう――」
 しん、と沈黙が下りた。でも、と声を上げた。
 「だってぼく、ハヅキさんのことが好きなんだ。好きなんだよ!?」
 「――私とて、お前のことを、厭うているわけではない。寧ろ、好意を持っているとすら、言っても良い。だがな、ただ、そう思ったままに進むことが、必ずしも良いとは、限らぬのだ――」
 すっと、腕を伸ばし、リヒャルトの頭をハヅキは抱いた。
 「……私と、お前が、もう少しおとなになったその時に――した方が、良いと思うのだ――」
 ハヅキさん。と、胸元でした小さな声は、ぎゅっとハヅキの体を強く抱いた。

 「あ、でも、これ……どうしよう?」
 少年の言葉に、目線を追うと、そこには着物越しにも分かるほど、主張する少年の体があった。かぁ、と頬に熱が灯り、慌ててハヅキは顔を逸らした。
 「ハヅキさんが好き過ぎちゃって、こんなになっちゃったよ!」
 「し、知るか!」
 顔を背け続けるものの、確かに一部は自分に責がある。抗おうと思えば抗えた筈だった。それを抗えなかったのは――
 こほん、と、ハヅキは咳をした。眼をやや、伏せながら、小さく言う。
 「その、私のうちにいれてやることは出来ぬが、他のことなら、協力してやれると思う。それで、いいだろうか――?」
 え。と、ハヅキの言葉にリヒャルトは目を見開いた。そうして、いつものあの、無邪気な口調で口を開いた。
 「それってフェラしてくれるってこと? うわぁ、ハヅキさんってば、大胆!」
 リヒャルトの顔を目がけて、ばふん! と、ハヅキは手近にあった枕をぶつけた。

 ベッドの上、膝立ちになったリヒャルトの帯を、ハヅキは向かった姿勢のまま、
するすると解いていった。結わえ直したその時と違い、頬は赤く、目も心なしか潤んでいた。髪も、服も乱れたまま、ハヅキはすっと、少年の帯の結わえを解いた。
 はさり、という衣擦れの音が響く。おずおずと下着に手を掛け、下ろす。少年の分身が顔を出したとき、やはり、ハヅキは慌てて、視線をずらした。
 「あれ? ひょっとしてハヅキさん、男のひとのを見るのは初めて?」
 ばっ! と、ハヅキは言葉に詰まった。見れば、ハヅキの耳までも赤い。
 「馬鹿を言うな! 幼い頃、犬のものを見たことがある!」
 「それって男っていうか、オスじゃないか……」
 ぽそり、とハヅキの言葉に呟くが、きっ! と眼を向けてくるハヅキにリヒャルトは悪戯心を刺激されたのか、悪戯を思いついた子どものように、にこりと笑んだ。
 「でも、ハヅキさん、やり方は分からないわけでしょ?
 ぼくが良い、っていうように、やった方が良いと思うんだ。それでいいよね?」
 やや、唸った後に、こくりとハヅキは頷き、リヒャルトは笑った。

 「じゃあ、まず、奥から先へとゆっくり舐めて」
 赤い舌が、伸ばされた。言われた通り、ハヅキは苦しげに、やや目を細めながら、少年の肉をゆっくりと舐めた。苦いのか、舌を引いた折に眉を寄せる。リヒャルトはそっと、ハヅキの頭に手をやった。さらさらとした癖のない少女の髪の毛を手にとり、いじる。
 「いいよ。じゃあ今度は、小刻みに舌を動かして……ッ! そぉ……ッ! 歯を立てないようにして、口に……!」
 ふむっ! むっ! という、苦しげな声と、荒い息。口から離した時に、でろり、と、少年の液体と少女の唾液が糸を引き、たぽん、と少女の胸元に、落ちた。
 ――視線を落せば、少女の座るシーツにも、幾らかの水気が見えて――
 瞬間。ハヅキの顔へと射精した。
 「――〜〜〜!!」
 「ご、ごめんハヅキさん!」
 避ける暇など、あるわけもなく、白濁とした液体は、ハヅキを汚した。手元にあったタオルで、慌てて少女の顔を拭こうとして、手を止めた。
 たぽん、たぽん、と、長い糸を引き、リヒャルトのそれは、ハヅキの頬を、体を伝ってベッドに落ちる。少女の頬は赤く。赤い目尻の化粧は滲み、瞳の色も潤んでいる。さらさらとした少女の髪は、リヒャルトのものによって絡み、とろとろと落ち――
 思わず頬を寄せ、深く深く、ハヅキの唇に口付けた。
 「んっ! ……ぅん……!!」
 「ハヅキさん、好き。ほんとうに、好き……!」
 唇を離し、少女の体をよつんばいにして、自身を突き出す。それだけで、不思議にも少女は全てを了解したかのように、少年の身を愛撫する。少年は腕を伸ばし、指でもって、少女の花を愛撫した。
 「っふは! ……あ! ぁん!!」
 「駄目だよ。休んじゃ。言うこと、きくんでしょ?」
 少年の言葉に、涙目になりながら、少女は舌を伸ばす。少年は少女の花を弄ぶ。その度に少女の体は跳ね、少年の言葉に苛まれ、声は最早、色づいたものしかついて出なくなっていた。
 そうして少年もまた、くりかえし、くりかえし、ただ、少女の名前ばかりを呼んで――少女の体がびくんと飛び跳ねると同時に、少年の体からもまた、真っ白なものがほとばしり、少女の顔を散々に汚し――
 重なりあうように、抱き落ちた。

 目を覚ますと、ハヅキの顔があった。リヒャルトの肩に、しなやかな腕がぬくもりをもって乗っていた。そっと、起こさないように身を起こし、リヒャルトは窓打ち付ける雨をぼうっと、眺めた。
 ざあ、ざあ、と、雨は降る。――リヒャルトォ! と、声が、した。

・・・・

 ――来ォい、リヒャルト。とっくんだァ!――
 ざあ、ざあ、と、雨が降る。家の外には誰もいない。家の中で起こる物音など、気にも留めない。だん、だん、と男は廊下を踏み駆ける。いつもよりも大きな音で、いつもよりも大きな声で。
 降るしきる雨は、音を呑み込む。少年の上げる、悲鳴さえも。
 ――リヒャルトォ!
 ざあ、ざあ、と雨が降る。雨が降る。雨が、雨が、雨が――
 ぽすん、という、音がした。はっと我に返り、音の方を見ると、ハヅキが先ほどまで抱いていた、リヒャルトの肩を探しているのか、もぞもぞと腕を動かしていた。
 その様がどうにも可愛らしく、ふ、と。ハヅキを見て笑みを浮かべ、手を差し出した。
 ハヅキの手は、差し出されたリヒャルトの手を、きゅっと、握った。

 〈行くぞ、リヒャルト!〉

 雨が降る中、手は力強く、ぐんぐんと少年の身を引っ張った。少年の手より、より暖かく。より柔らかく、優しく、強く――。
 ハヅキはすやすやと、寝息を立てていた。いつもはきっと引き締まった眉も、目尻も、今は安らかに、幼く見えていた。
 リヒャルトは背を折り曲げると、眠るハヅキの頬にそっと、口づけた――

 宿を出るころには、雨も上がり、茜を帯びた金色の空が、どこまでも遠く広がっていた。乾いた服に着替えた二人は、清めておこうというハヅキの言葉より、そのまま浴場へと向かって行った。
 そこには偶然にも、ヴィルヘルムとミューラーの二人がおり、リヒャルトはミューラーの顔に目を輝かせ、ヴィルヘルムはハヅキに目を輝かせた。
 「ミューラーさん! 奇遇だね! いや、奇遇じゃないよね! これはもう、そうなるものなんだって決まっていたことなんだよね!」
 「よう! お嬢ちゃん! いつもながら凛々しい、イイ目をしてんな! 嬢ちゃんもお風呂かい? そう言やぁ、最近露天風呂が出来たって言うんだがな……」
 この縁を断ち切るためにゃあ、ちぃと痛い目に合わせなくちゃならねぇみてぇだな。と、ドスのきいた男の声を背景に、ハヅキはヴィルヘルムから回された手をそっと払った。
 「悪いが、誰それと構わず肌を見せる主義は私には無いのでな。露天風呂に入るのはお断りする。男たちで賑々しく入るがいい」
 「――だってよー! かー! 堅いな嬢ちゃん! まぁ、それが良いんだが!」
 えー! と、声が上がった。
 「えー! ハヅキさんも一緒に入ろうよ! ハヅキさんと僕の仲じゃないか!
それにもう、肌ならさっき……!!」
 痛々しい音が響いた。音の後に、からん、と鞘が床に落ちる音と――……どぉん、と少年が床に倒れる音が続いた。
 「誤解を招くような物言いをするな! このうつけが!」
 抜き身の剣を片手に、ハヅキは顔を真っ赤にさせながら、落ちた鞘を拾い上げ、すたすたと女湯の方へと姿を消して行った。
 残された男二人は、やや呆気に取られて少女の後ろ姿を見送っていたが、ヴィルヘルムはすぐににやにやとという笑いに変えると、大男へと掛け合った。
 「――オイ、どう思うよ、今の物言いは?」
 「――どうせその辺ですっ転んで、傷口の手当てで『肌でも見せあった』ってオチだろうよ――」
 「いやいや、分からねえぞ。今日の大雨に打たれてだ、冷え切った体をあのシンダルの洞窟辺りで――」
 「茹だるのは風呂に入ってからにしろ」
 言い、ミューラーも、のそのそと男湯へと足を運ぶ。番台を通り過ぎる時、擦れ違いざまに番台に座るビーバーに、後ろの少年は風呂に入る行儀作法がすこぶる悪いので、他の客に迷惑をかけないよう、暫くそのまま寝かしておいた方が良いと言付けた。
 ヴィルヘルムは他の客の邪魔にならない位置へと、無造作にリヒャルトを置くと、「うーん、こいつもついにオトナにかぁ……」と、妙に感慨深げな様子で、風呂場の暖簾をくぐっていった。

*END*

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