恋人達のクリスマス


始まりは教室に入ってきた面堂の一言だった。 

「女子の皆さん、今年も我が面堂家はクリスマスパーティーを開催します。 
皆さんが来ていただければ、この上なく良いクリスマスになるのですが・・・。」 

―まーた始まった。 

友引高校二年三組、言わずと知れた俺のクラスだ。 
全ての教科を終えた放課後。皆は帰り支度を始めている。 
俺、諸星あたるは自分の席で雑誌を読みながらその言葉をうんざりとした気持ちで聞いていた。 
今日は12月24日。俗に言う「クリスマスイヴ」である。 
この日は本当はイエス=キリストの生誕を祝う大事な日であるのだが、 
キリスト教徒でない俺たちにとっては、数あるイベントのうちの一つでしかない。 
それでも通常のイベントとは違い、ちょっと神聖な気持ちになれるのはやはり、 
キリストの力の賜物ということか。 
この日、一般家庭では、六号ぐらいの大きさのケーキをみんなで切り分けて食べるとか、 
苗木ぐらいの大きさのもみの木を飾ってみて楽しむ 
などといった平和なクリスマスイヴを過ごすというのに、面堂の家ときたら 
三階建ての家ほどのケーキを巨大ナイフを使って千人分に切り分けるとか、 
三十人が手を繋いでも足りないほどの太さを持った、何か合成したとしか思えないような 
もみの木を一ヶ月前からサングラス部隊総出で飾り付けたりと、 
とにかくスケールがおかしいのである。 
まあ、総資産が5兆円を下らないと言われている面堂財閥なのだから、 
そのぐらいは当たり前なのかもしれないのだが。 
面堂はそのパーティーに毎年女の子だけを誘うのである。 

「行きます、行きますぅ♪ 面堂さんのパーティーだったらなにがあっても行きますぅ♪」 
「きゃー、私も私も♪✰でもいいの? 
そのパーティーにはもっと上流階級の方々も来られるんじゃないの?」 
「ご心配なく。これは私面堂終太郎個人のパーティーですので、主賓は、貴女方ですよ。」 

思わず体中に蕁麻疹が出来そうな甘い言葉。 
しかしその言葉をきいた面堂の側に集まっていた女の子たちは一際大きな歓声を上げた。 
―このボケ・・・。そんなに無駄遣いする金があったらちっとは俺によこせっちゅーんじゃ! 
俺が目線は雑誌に向けながら心の中で突っ込むと、 
後ろから苦虫を潰したような声が聞こえてきた。 

「面堂のアホが。あいつは自分が楽しむことしか考えておらん。 
この世の中にはクリスマスを迎えたくても迎えられないという家族が、 
ごまんといるというに・・・。嘆かわしいことだ」 
「まあまあ、メガネ。俺達もそのおこぼれに与ることができるんだから、 
そう目くじら立てることもないんじゃないか?」 

メガネの言葉に相槌を打つパーマ。 
全くその通りである。ついでに言わせてもらえば、 
面堂のパーティーに行って一番飲み食いをしているのはメガネ、お前だろーが。 
そうこうしているうちに面堂がラムの所に来た。 

「ラムさんにも是非いらして頂きたいのですが・・・。 
ラムさんがいないパーティーなど太陽のない世界のような物です」 

けっ、こいつはよくもぬけぬけと・・・。 
ったく、こいつには節操と言う物が存在せんのか。 
なお、この場合、「お前はどうなんじゃ!」という突っ込みは却下する。 


ちなみにこういうときラムは必ず 

「ダーリンが行くのなら、うちもいくっちゃ!」 

と言って俺の判断を仰ぐ。そうして俺はといえば 

「了子ちゃんが居るんなら行ってやらんでもないがな」 

で面堂が凄く嫌な顔をして、 

「貴様は来なくていい!それに、了子には絶対会わせんからな!」 
「あっそー、じゃあ俺は行かない。」 
「ダーリンが行かないんだったら、うちも行くのやめるっちゃ」 
「ええっ!そ、そんなラムさん。 
ラムさんがいらっしゃらなければパーティーは成り立ちません」 
「うちはダーリンと一緒がいいっちゃ!」 

頑として聞かないラム。こうなったラムは梃子でも動かない。 
そんなラムの態度に、面堂は青汁を飲んだような苦い顔をする。 

「くくくっ・・・。わかりました。誠に不本意ながら諸星も招待しましょう。 
・・・おいっ!諸星!ものすごーーく嫌で嫌でたまらないが、ラムさんのためだ。 
招待してやる。ありがたく思え!」 
「それが人に物を頼む態度かっ!!まあ、招待してくれるというなら断る理由もないが、 
クラスの男子もまとめて連れて行くぞ。」 

俺の発言にクラスの男子達が歓声を上げる。その顔には、 
パーティーに参加できるかもしれないという期待と、喜びの色があった。 
反対に面堂の顔は自らが寵愛しているタコのように真っ赤になっている。 

「なぜだっ!何故この僕がクラスの男子などをもてなさなければならないのだ!?」 
「当たり前だ。忘れていないか?面堂。俺はクラスのみんなに選ばれた学級委員長であり、そして貴様が副委員長だと
いうことを。クラスに奉仕する立場にある人間が、 
皆を差し置いていい思いをすることなど許されることではない!」 
「いいぞっ!あたるー」 
「その調子だー!」 

男子からの声援に手をあげて応える俺。 

「と、いうことだ。面堂、彼らも参加させてもらえるよな?」 

面堂はラムの方を見る。 
ラムは何が起こっているか分からん、といった風に俺と面堂を交互に見ている。 
ラムのそういった何気ない仕草が世の男共を虜にする。特に目の前の男を。 

「ふん!勝手にしろ!」 

面堂が渋々といった感じで答えると、その瞬間今までで最大級の歓声が教室を包み込んだ。 

「やったぜー!」 
「なあなあ、お前何着ていく?」 
「親父のスーツ借りて、ばっちり決めるぜ!」 
「ばーか、高級料理を腹一杯食うんだろう? 
スーツなんか着たら窮屈で仕方がないじゃないか。」 
「なんだ?お前は食うために行くのか?か〜〜っ、やだねロマンのない奴は。」 
「なんだと〜〜〜」 
「おい!君達!女子生徒の皆さんには私から迎えをよこすが、 
君達男子生徒諸君は歩いて来るように!」 

面堂の声は虚しく歓声の中に飲み込まれていくのであった・・・。 


・・・とまあこれが例年の流れである。 
俺が想像の世界に身をゆだねていた間に、ラムはもう答えようとしている。 
さて、そろそろラムの呼びかけに対する返事の用意をしてっ、と。 

「うち、いくっちゃ!」 

そうそう・・・・えっ! 
俺は思わず雑誌から目を外し、ラムの方を見てしまった。 
が、すぐに思い直し雑誌に目をむけるふりをして横目で二人の様子を盗み見る。 
面堂の方も、まさかラムがこうもすんなりと申し出を受け入れるとは思っていなかったのだろう。予想外の答えに目を白
黒させている。 

「どうしたっちゃ?うち、いくっちゃよ?」 

ラムが繰り返す。 
面堂がボーっとしているのが気になったようだ。その目にはいぶかしむ色があった。 
その声と視線とに気付いたのか面堂が慌てて取り繕う。 

「そ、そうですか!いやあー、ラムさんに来ていただけるとは光栄の極みですなー。 
シェフにラムさん専用の料理を作らさねば・・・。ははは、ははっは。」 

本人は普段どおりに振舞っているつもりだろうが、 
傍から聴いているこっちにとっては不自然さ満点である。 

「そんなに気を使わなくっても大丈夫だっちゃよ?」 

ラムはそんな面堂のおかしさにも微塵も気付いた様子もなくただ普通に返事をする。 
この鈍感!ちょっとは気付かんか・・・。 
ラムは何処かしら空気を読まないところがある。自分の発言や行動、仕草が、 
周りにどれだけ影響を与えているかが分からないのだ。 
良くも悪くもラムは「天然」なのである。 
俺がラムの態度に苛立ちを募らせていると、ラムがこちらに呼びかけてきた。 

「ダーリンはどうするっちゃ?」 

ラムの無邪気な口調。この上なくかわいらしく感じられるその口調。 
しかし、いつものように誘うのではなく、あくまで俺の意志に任せたその言い方。 
それが俺の癇に障った。 

「俺は行かん」 

あくまで視線は雑誌の方に向けたままで、俺は答えた。 
何も気にすることはない。ラムの言葉に同意して、嫌がる面堂を言い負かして、 
クラスの男子達を連れて行くことにして、 
そうして自分は了子ちゃんに会いに行けばいい・・・はずだった。 
でも俺は拒否した。なんでか、なんてことは俺にもわからない。 
ただ考えるより早く口が動いていた。自分の心の動きを完璧に把握する、なんてことは、 
一握りの聖人か、神様にしか出来ない芸当だ。 
クラス全体が俺の答えにざわめく。特に男子連中は焦りの色を隠せなかった。 
それはそうだろう。俺が面堂を説得しなければ、 
彼等がパーティーにいける可能性はないからだ。 
その説得にしても、面堂が俺を誘わなければラムを招待できないからこそ可能だったのであり、ラムが自分から来る、
と言った今では、俺を招待しなければならない理由は何処にもない。どちらにしろ無理なのである。 

「ダーリン、行かないのけ?」 

ラムが俺の答えにきょとんとした顔をする。 
ったく、何にもわかっとらんなこいつは・・・。 
俺は内心の苛立ちを抑えると、雑誌を机の上に置き、椅子から立ち上がった。 

「ふん。折角のクリスマスイヴなのに、面堂主宰のパーティーなんぞに行けるか。 
俺は町で思う存分ガールハントしてくるわい」 

こういえばラムは怒って電撃を飛ばしてくるだろう。 
いつもなら御免こうむる所だが、今日は喰らいたい気分だった。 
しかし― 

「ダーリンは行かないみたいだから、うちとテンちゃんでお邪魔させてもらうっちゃ。 
構わないっちゃ?」 

なっ!・・・ 
ラムは俺の発言に怒るどころか、普通に俺が行かないことを面堂に伝えた。 

「ええ、ラムさんの言うことであれば、僕が逆らう道理はございません。 
どうぞラムさんの好きに」 

完全に動揺から立ち直った面堂は、そうラムに返すと、チラッと俺の方を見た。 
その顔は笑っていた。間違いなく俺に対する優越感を感じているのだろう。 
このやろうっ! 
怒りがとんでもない速さで込み上げてきたが、それを表に出すわけにはいかない。 
俺は教科書の類が何も入っていない軽いカバンを持つと、そのまま黙って教室を出た。 

「あ、ダーリン!今日は遅くなったら駄目だっちゃよ!」 

後ろからラムの声が聞こえた。 
馬鹿が・・・、お前は遅くなるんじゃろうが 



「待て!あたる!」 

教室を出て廊下を歩いていた俺に呼びかける声と四つの足音― 
振り向くとそこにはメガネ、パーマ、カクガリ、チビの四人組がこちらに向かってくる所だった。俺は歩くのをやめ、立ち
止まった。 

「なんだ?」 
「どういう事だ、あれは。」 

四人組のリーダー格、メガネが聞いてきた。めがねの奥の瞳が鋭さをまして俺を見つめる。 

「何のことだ?ああ、面堂のパーティーの件なら知らんぞ。俺は今年は参加せん。 
行く方法は自分達で考えてくれ」 

俺がそう突き放すとメガネは、 

「馬鹿者。そんなことを訊いているんじゃない。俺が聞きたいのは、 
何故ラムさんがお前の意志を聞かずに面堂のパーティーに行くと言い出したのか、だ。 
いつものラムさんからは考えられないことだぞ、これは!」 

と言い放った。 
こいつ、できるな・・・ 
おれのとぼけにも惑わされずに、正確に不審点をついてくるとは。 
どうやらラム親衛隊長の肩書きは伊達じゃないらしい。 
メガネは一歩近づくと、おれの肩をがっしと掴んだ。 
めがねの奥の瞳が危険な色を帯びている。 

「お前、ラムさんがあんなことを言った原因、知っているんじゃあるまいな」 
「知らんな。それにラムが自分の意志で行くと言い出したのだ。 
俺がとやかく言う問題ではない」 

これは半分は本当だ。俺はどうしてラムがあんなことを言ったのかは知らない。 
ただ、とやかく言う問題、というのは嘘だ。俺はラムに行くなと言いたかった。 
面堂のクリスマスパーティーになんか行くな!と。 
だが二人きりでも言うことが難しそうな言葉を、 
みんなが見ている前で言えるはずがなかった。 
俺はメガネの手を振り解くと、そのまま四人に背を向け歩き出した。 
四人は俺に構っても意味がないことを悟ったのか、俺を追おうとはせず、 
どういう方法で面堂邸に忍び込むかを相談していた。 
どうにもご苦労なことじゃ・・・ 


俺は校舎を出ると、校門へと繋がる道を一人でとぼとぼ歩いていた。 
いつもならサクラさんやランちゃんの顔を見てから出るのだが、 
今日はそんな気になれなかった。 
道を彩っていた並木にはもう葉はついておらず、時折吹く木枯らしが俺の身体を苛んだ。 
俺が寒さに絶えかねてポケットに手をしまうと、 
後ろから二人の女の子の声が聞こえてきた。 
二人はそれぞれの予定を話していた。 

「今日どうするのー?」 
「へっへー、今日は彼氏と二人で、サンストリートでデートなんだあ♪」 
「いいなー、私の彼なんて夜までコンビニでバイトよ、バイト。 
全く、イヴにバイトを入れるなんてどういう神経しているのかしら」 
「そんなこと言ってー。バイトが終わった後で、{はい、おつかれさま}なんて言って、 
彼氏にプレゼント。なんてこと考えてるんじゃないのー?」 
「えへへ、ばれた?」 
「もー、妬けるわねー」 
「お互い様よ」 

二人の女の子がわいわい話しながら俺を抜かしていく。 
俺がチラッとそちらの方を見ると、女の子達の横顔は幸せに満ち溢れていた。 
ふん、幸せそうな顔をしおって・・・。 
俺は訳もなく苛立っていた。 
いや、訳はあったのだが、それを認めるのが嫌だったのかもしれない。 

「ふん、何故俺が腹を立てなきゃいかんのだ」 

俺は腹にモヤモヤとした何かを抱えたまま、ガールハントをしに町へと繰り出した。 



何だこれは・・・ 
町に繰り出した俺は愕然とした。 
町中に溢れるカップルの群れ、群れ、群れ。 
一人で歩いているのはイヴにも負けず仕事をなさっているお父さん方だけ。 
当然カップルが多いとは予想していたが、まさかここまでとは・・・。 
どう考えてもナンパなどできる状況ではない。 
はっきり言ってこの場所で、俺は思いっきり浮いている。 
まるで町が俺という存在を排除しようとしているようだ。 
予想外の光景に意気消沈している俺の耳に、町のスピーカーから音楽が流れ込んできた。 


I don’t want a for Christmas 
There is just one thing I need 
I don’t care about presents 
Underneath the Christmas tree 
I just want you for my own 
More than you could ever know 
Make my wish come true・・・ 


それはアメリカでNo.1の女性歌手の曲で、日本でもミリオンセラーを記録し、 
クリスマスソングの定番となった曲だった。 
毎年のようにショッピング街で流れているこの曲。 
自分がいつも聞き流している曲。 
でも何故か、今年は胸の奥深くに刺さる。 
ふん、うるせーよ・・・ 
俺は町を流れる曲に謂れのない悪態をつきながら、町を後にした。 



「ただいまー」 

結局ガールハントを断念した俺は家に戻っていた。 
玄関のドアを開けるとそこには今にも出かける体勢の母がいた。 
いつものエプロン姿の母と違い、その顔には入念な化粧が施され、 
数少ない高級な衣装に身を包んでいる。 

「あら、あたる。おかえりなさい」 
「母さん、どうしたの、そんないい格好して・・・」 

あまりの変貌ぶりに俺が驚きを隠しえないでいると、母は 

「どう?綺麗でしょ。この服、私が結婚した時に父さんに買ってもらった物なのよ。 
もう長い間出していなかったから着れるかどうか心配だったんだけど、 
まだまだ私も捨てたもんじゃないわね」 

と言って誇らしげに胸を張った。 
ほー、最近では太ってしまって昔のなんか着れないという人も増えているというのに、 
たいしたもんだ。 
っと、感心している場合じゃない。 
この格好と玄関に入ったときの様子からして母さんはどこかに出かける気だ。 
このまま母さんに出られたら今日の俺の晩御飯が消滅してしまう! 

「な、なあ、母さん。何処に行くの?俺、今日ちょっと・・・」 
「父さんがデートに誘ってくれるなんて何年ぶりかしらねー」 

俺の必死の説得は母の呟きによって消された。 
そしてその呟きは俺の思考を停止させるのに充分すぎる効果を持っていた。 
と、父さんとデート!? 
俺が持つここ十年の記憶の中で、 
二人がクリスマスイヴにデートするなんてことは一回もない。 

「お父さん、クリスマスイヴぐらいどこかに出かけませんか?」 
「・・・母さん、イヴは家族揃って我が家で過ごすのが一番だと思わないかい?」 
「ええ。それが一番どころではなく、唯一の選択肢ですからね」 

なんて会話を毎年繰り広げていた夫婦である。 
それが今になって何故・・・? 

「ど、どうして・・・?」 

俺が内心の動揺を抑えられず、上擦った声で訊くと、母さんは 

「父さんがね、{母さん、今日は久しぶりに二人で外食でもしないか?} 
って言ってくれてね。それで父さんの会社が終わる時間にあわせて、ホテルのレストランで待ち合わせをすることにした
のよ」 

とうっとりした声で答えてくれた。 
ホ、ホテルでディナー! 
か、考えられん。あの安月給の父が・・・。な、何があったんだ一体! 
驚愕の事実に立て続けに打ちのめされている俺を尻目に、母はドアのノブに手をかけた。 

「じゃ、私は出かけるから。あんたも出かけるんだったら、 
戸締りと電気を消すの、忘れないでね♪」 
「あ、ちょっと母さん!」 

俺の声も虚しく母さんは出かけていった。 
語尾に音符マ−クまでつけるとは・・・、ありゃ相当喜んでいるな。 
両親の仲がいいことは微笑ましい事だ。 
ラムたちが来てからというもの、二人が笑い合っているところなぞ見たことがない。 
そして原因の一端が自分にあることは明らかであり、 
そのことから、デートに出かける二人を責める気にはなれない。 
しかし、息子の飯の心配ぐらいはしてほしいもんだ。 

母さんが出て行った後、俺は台所に行き何かめぼしい物がないか探した。 
しかし、棚にも、冷蔵庫の中にもこれといった物は無かった。 
しょうがない。ここ数年、クリスマスイヴは家を空けている。 
何処の母親が家にいない息子のご飯なぞ用意するだろうか。 
俺は食材探しを諦め、ひんやりする廊下を通り、 
自分の部屋へと上っていった。 

ううっ!寒い! 
ドアを開けると、そこは廊下とさほど代わらないほどに寒かった。 
外の冷気が窓ガラスを伝わって入ってきているのだろう。 
俺は制服を脱ぎ、動きやすい部屋着に着替えた。 
そしてこたつのスイッチを入れると、カーテンを閉めようとした。 
でも、止めた。外の景色が見たかったからだ。 
この部屋から見える景色なぞたかが知れているものだが、それでも見たかった。 
俺はこたつに入るとそこにあったみかんを手に取り、皮をむいて食べた。 

「ぺっぺ!な、なんじゃこら。」 

そのみかんはあまり熟れていなかったらしくかなり酸っぱかった。 
ふん、こんな物食べてられるか・・・ 
俺は残ったみかんを机の上に放り投げるとそのまま横になった。 
視界には無機質な天井しかない。 
その味気ない景色を見ながら俺は考えた。 
俺、なにやってるんだろう・・・ 
いつもなら家で着替えを済まして、面堂家からの迎えのリムジンに乗って、 
面堂家で思いっきり飲み食いして、了子ちゃんにちょっかい出して、 
ラムに電撃くらって黒焦げになる、そんな展開なのにな・・・。 
やっぱり意地張らないで、ラムに聞かれた時点で行くって言っときゃ良かったのかな・・・。 
はっ! 
俺は自分が思わず弱気になっていることに気付き、立ち上がった。 

「如何にラムが俺にとってかけがえのない存在であっても、ここまで依存してどうする! 
このような事態を一人で乗り切ってこそ、真の男というものだぞ、あたる!」 
「ならほんまに一人で過ごしてみるか?」 

なっ・・・! 
明らかに子どもの物の、それでいてどこか悟りきった、呆れきった声。 
声は足元の方から聞こえた。俺が恐る恐る下を見るとそこにはジャリテンがいた。 
ジャリテンは溜め息なんぞをついていた。 
し、しまった。今の俺の叫びを聞かれたか? 
正直言って今の叫びは心の中の思いがそのまま外に出たもの、 
つまり限りなく本心に近いものである。それをジャリテンに聞かれたとなると・・・。 

「な、なあジャリテン。い、いつからそこにいたんだ?」 
「お前が{ぺっぺ!}っていって横になったところからずーっといたわい。 
なんや、随分落ち込んだ顔しとると思うたら、立ち上がって叫んだりして。 
あほやないか」 
「そ、そうか・・・。ジャリテン、お前、何も聞いてないよな?」 

俺は動揺を悟られないようにできる限り普通の声で聞いた。 
頼む!何も聞かなかったといってくれ! 
突っ込みが入った時点で聞かれたこと決定なのだが、今の俺には正常な判断は無理である。 

「お前、よくあんなことが言えるなー。わいだったらとても恥ずかしくて言えん」 

呆れた、しかし何処となくにやけた顔でジャリテンが言った。 
ぷちん。 
今明らかに俺の中の何かが切れた音がした。 
そうか、ジャリテン・・・。 
君はいい子だったが、今この瞬間にこの場に居合わせた不幸を呪ってくれ・・・。 

「な、なんやあたる!どっから出したそのハンマー!」 
「うるさい!死ねジャリテンー!」 

俺はハンマーを取り出すと、ジャリテンに襲い掛かった! 

「わぁーー!馬鹿!何すんや!そんなので叩かれたらわい死んでまうどー!」 
「それが狙いよ!ジャリテン、覚悟―!」 

そうして追いかけっこが始まった・・・。 


つ、疲れた・・・。 
結局あの後三十分ほど闘っていた。 
戦いの傷跡は凄まじく、俺の部屋はもう見る影もなくなっていた。 
あちこちに残る焼け焦げのあとが痛々しい。 
そしてそれを作った張本人はといえば、 
炎の連打を加えて俺がひるんだ隙に、まんまと逃げ去ってしまっていた。 
あのガキ・・・、今度会ったらただじゃおかんぞ・・・! 
俺は肉体、精神の双方の点で疲れきっていた。 
部屋の真ん中に大の字で転がる。 
本来そこにあったはずのこたつは部屋の隅で単なる木炭と化していた。 
視界には三十分前と同じ天井。 
頭に浮かぶのはジャリテンが去り際に残した言葉― 

「ラムちゃんはどんな時でもお前を信じていたで。 
お前はどんだけラムちゃんを信じることができるんや?」 

そう言った顔はいつになく真剣だった。 
実際のところ、俺はジャリテンが何故あんなことを言ったのか全く分からない。 
でもジャリテンがふざけて言ったのではないことははっきりと分かった。 
信じることができるか、か。 
ジャリテンの言ったとおりラムは一途なまでに俺を信じている。 
そりゃ俺の女性がらみの嘘に関してはものすごい鋭さで見破るが、 
それ以外のことに関しては俺の言うことを疑ったことがない。 
言った俺が心配になるぐらいだ。 
じゃあ、俺はどうだろう。ラムをどれだけ信じている? 
ラムのUFOが面堂の家に墜落してそのショックで記憶喪失になったときこそ、 
面堂の言葉に惑わされずにラムを助けることが出来たが、 
ラムが鬼星でお見合いをする羽目になったときは、ラムがお見合いの事実を知らずに行ったことに気付かず、テンのU
FOに乗ってお見合いを壊した。 
そしてあのキノコ事件のときはラムが替え玉と変えられた事に気付かずに、 
替え玉のラムの「うちはルパと結婚するっちゃ」の言葉を真に受けてしまい、。 
結果、地球全体を巻き込む事態にまで発展させてしまった。 
あの時、もし俺がラムを心から信用していれば、 
あそこまで事態はややこしくはならなかったに違いない。 
俺はいつもそうだ。ラムが俺を好いてくれているのをいいことに、 
自分で好き放題して、 
そのくせラムがちょっとでも俺から離れそうなことがあったらすぐにやきもちを焼く。 
駄目だな、俺は・・・。 
そう一人ごちると、俺は暴れた疲労から眠りについた・・・。 


寒さをおぼえて俺は目覚めた。 
ヒュウウ 
冬特有の刺すような風が俺の顔を撫でる。 

「おおー寒!」 

どうやらジャリテンが出て行くときに窓を開けっ放しにしていたらしい。 
容赦なく風が部屋に入ってきていた。 
イヴに一人で昼寝して風邪ひいた、なんて洒落にもならんな・・・ 
自分に向かって皮肉ると、起き上がって伸びをした。 
冷たい空気にさらされていた身体は所々が硬くなっていて、伸ばすと痛い。 
机の上の置時計を見ると、時刻は8時を指していた。 
どうやら俺は三時間ほど寝ていたらしい。気付くと空はすっかり暗くなっていた。 
日の沈んだ冬は限りなく寒い。俺はボロボロの部屋から外へ出た。 
冬の空は恐ろしいほどに澄んでいた。 
夜空には空気が澄んでいるせいか、綺麗な月と、都会には珍しい星が4、5個瞬いていた。 
俺はその限りなく漆黒のキャンバスにラムの姿を描いた。 
今頃はパーティーもたけなわだろう。 
ラムがこの部屋に帰ってきた気配はないから、 
おそらくUFOで着替えを済ませて直接パーティーに行ったのだろう。 
ラムの奴どうしているかな。 
タバスコが一杯降りかかった料理食べて美味しい美味しいって言ってるんじゃなかろうな。周りは間違いなくひくな。 
俺がその光景を思い浮かべて笑っていると、 
ヒュウウ 
という音を立てて、横から風が吹いてきた。 
そういえば手も足も感覚が無くなりつつある。 
これ以上ここにいると本気で風邪ひくな・・・、そろそろ入るか。 
しかし、たまにはこんなクリスマスも味があっていいかもしれんな・・・。 
と俺が半ばやけくそ気味に思って部屋の方に振り返ると― 

ラムがいた。 

俺の周りの時間が止まる。 
風の音や匂い、冬の寒さ、目の前の景色、果ては飲み込む唾の味さえ感じられなくなった。 
真っ白い空間に自分一人。全ての事象がそこでは時を止めている。 
ああ、俺は一流のアスリートだけが到達できる無我の境地に達することができたんだ・・・! 
おめでとう俺!ありがとう俺!さあ人として、更なる高みに駆け上ろう! 

「ダーリン、何ボーっとしてるっちゃ?」 

時が動き出した。感覚が戻り世界も色を取り戻す。 
い、いかんいかん、あまりの事につい現実逃避をしてしまった。 
目の前では固まったまま動かない俺に対してラムが手を交差させている。 

「だぁー!やめんかうっとうしい!」 

俺はその手を払いのけた。 
俺の急な反応にラムは最初驚いていたが、そのうち安堵の表情が広がり 

「良かった!ちゃんと意識はあるみたいだっちゃね!」 

と言った。 
全くこの女は・・・! 

「お前は俺を病人かなんかと勘違いしてないか!?」 
「だって立ったままぴくりとも動かなかったちゃ。誰だって心配するっちゃ」 

さも当然というように答えるラム。 
誰のせいだ誰のー! 
俺は心のそこからそう言いたかったが、 
そんなことを言ったらどんな風にとられるか分かったもんじゃない。 
俺はぐっとこらえ、一番聞きたかったことを聞くことに決めた。 

「・・・何でここにいるんだ?」 
「何でって?」 
「だから、何で面堂のパーティーに出ているはずのおまえがここにいるんだと聞いておるんじゃ!」 

俺が息を切らしながら叫ぶと、 
ラムは「なんだ、そんなことか」と言いたげに溜め息をついた。 
こ、この女は・・・! 

「うちが途中で抜け出してきたからに決まってるっちゃ」 
「抜け出してきた!?どうして!?」 
「知りたいっちゃ?」 

ラムが上目遣いでこちらを見てくる。よく見ると口元には怪しい笑みが・・・。 

「うちが何で抜け出したか、ダーリン、知りたいっちゃ?」 

さらに問い掛けてくるラム。 
ま、まずい・・・、これは何かをたくらんでいる笑みだ・・・。 
この笑みをラムが浮かべるときはろくでもない事を考えていることが多い 
そうとは知りつつも、俺はラムの迫力に押されこう答えてしまった・・・。 

「し、知りたい」 

俺がそう言うとラムはその愛くるしい顔に満面の笑みを浮かべ、急に俺の腕を引っ張った。 

「こら!何すんじゃい!」 
「こっちに来るっちゃ!」 

ラムは俺を部屋の中に入れると窓とカーテンを閉め、 
外の様子が完全にわからないようにした。 

「おいおい、何をするつもりだ?」 

俺が怪訝に思いそう聞くと、 

「いい?ダーリン。これから5分の間は絶対窓を開けちゃ駄目だっちゃよ!」 

と念を押してラムは外に出て行ってしまった。 
何だってんだ一体・・・ 
部屋の中に一人取り残された俺はしょうがなくその場に座り込み、 
言われた通り5分待つことにした。 
待つ時間は長く感じられる。 
俺にはたったの5分が10分にも30分にも感じられた。 
そうしてようやく5分が経った後、 

「ダーリン、入ってきてもいいっちゃよ」 

の声が外から聞こえた。 
やれやれ・・・、やっとか。 
俺は待ちくたびれて痺れが来始めた足をほぐすと、伸びをしながら立ち上がった。 
そうしてカーテンを引いて― 
俺は目を見張った。 
そこにあったのはキャンバスを埋め尽くす星の大群。 
元からある冬の星に加え夏の大三角や秋、春など全ての季節の星座、天の川まである。 
それはまさに星の共演だった。 
俺は窓を開けて外に出た。部屋から見た物とは比べ物にならない程の星が視界に現れる。 
凄い・・・! 
俺が眼前の光景に目を奪われていると、すぐ側にラムが降りてきた。 

「どう?綺麗でしょ」 

ラムが得意げに話してくる。 
いつもならここでひねくれる所だが、 
さすがにこんな凄い風景を見せられてはぐうの音もでない。 

「ああ、綺麗だ。この世の光景とは思えん・・・!」 

俺が素直に驚きの言葉を口にすると、ラムは満足げに頷き、説明を始めた。 

「あの星、空全体に広がっているように見えるけど、 
実はこの一帯の空間に存在しているだけなんだっちゃ」 
「どういうことだ?」 
「あれは元はその辺に転がっている小石だったっちゃ。 
それを拾ってきてうちの惑星の機械で星にしたのをここら辺一帯にばらまいたっちゃ」 

はあ―、あの星が元は小石ねえ。とてもではないが信じられん。 
ん、待てよ? 
俺はどこか引っかかる物を感じ、ラムの方を向いた。 

「じゃあ何で面堂のクリスマスパーティーに参加したんだ?」 

そうだ、確かにこの景色は素晴らしいが、これを作るだけなら別に面堂のパーティーに行って抜け出てくる、なんてめん
どくさい事をしなくてもいいはずである。 
ラムは俺の疑問に頷くと、こう言った。 

「あの星たちを作るのに必要不可欠な物があるんだけど、 
その材料の量が半端じゃなくって、とてもじゃないけど市販じゃ買えないっちゃ。 
だから終太郎のパーティーで調達して来たっちゃ」 
「必要不可欠なもの?なんだそれは」 
「ロ―ソクだっちゃ」 
「ロ―ソク?」 
「うん。あの星、光っているように見えるのは実は燃えているからなんだっちゃ。 
で、燃えさせるためにロウが必要なんだっちゃ」 
「ふーん、どれくらい要るんだ?」 
「そうだっちゃねー、大体普通の大きさの小石で100グラムだから・・・。 
全部で100キロってどこだっちゃね」 
「100キロ!?」 

100キロといったら普通のローソク何本分だろうか・・・ 

「よくもらえたなそんな大量のローソク」 
「最初は驚いてたけど、頼んだらくれたっちゃ」 

・・・面堂、お前、相変わらずラムに弱いのな・・・ 
それにしても結局、全部俺の早とちりだったってことか。 
今日一日沈んでたのが馬鹿みたいだ。 
チラッと横目で見ると、ラムは俺が驚いたのがよほど嬉しいのか、 
満足そうに話を続けている。 

「明日になればあの星たち、燃え尽きちゃって亡くなっちゃうんだけど・・・。 
ローソク持ってくるの大変だったっちゃよー。テンちゃんと二人で苦労して運んだっちゃ」 

何、テンだと!? 

「ラム!テンは何処にいる!」 
「えっ、テンちゃん?さっきまでうちと一緒にいたけど・・・」 

あいつ途中で逃げたと思ったら、ちゃっかりパーティーに参加しておったのか! 
俺が憎きテンを見つけようと必死になって周りを見渡すと、 

「わいならここやで」 

と上から声がした。俺がそちらを見ると、 
そこにはふわふわと呑気に浮かんでいるジャリテンの姿があった。 
くっ!あの高さではいくら俺でも届かんか・・・。 
俺が遠い距離に歯軋りしていると、ラムが聞いてきた。 

「ダーリン、何怒ってるっちゃ?テンちゃんが何かしたっちゃ?」 
「何かしたどころじゃない!あいつが部屋をめちゃくちゃにしたんだ!」 

俺は自分の部屋の無残な姿を視界に納めながらラムに言った。 
―仇は取ってやるぞ 
俺が決意を漲らせてテンを見据えると 

「アホ言うな!元はといえばお前がわいに襲い掛かってきたのが発端やないかい!」 

テンが反論してきた。 
何を〜〜! 
言い争いを繰り広げる俺達の間で、ラムは俺とテンを交互に見ている。 
どっちが正しいのか迷っているみたいだ。 

「テンちゃんは悪くないっちゃ?」 
「そうやラムちゃん、。わいはただあたるの言葉を聞いただけや―。」 
「ダーリンの言葉って?」 

や、やばい!俺があんなことを言ったなんてラムに知れたら・・・。 
俺の動揺を他所にテンは続ける。 

「そうなんやラムちゃん。このアホなんて言ったと思う?」 

さも可笑しいというようにテンがラムに問い掛ける。 
くっ!言わせてたまるかー!出でよフライパン! 
俺はフライパンを片手に持つと、ベランダの柵を使った三角とびでテンとの距離を縮めた。 
もう後ちょっとでフライパンの間合いに入る。 
しかし! 

「{如何にラムが俺にとってかけがえのない存在であっても、ここまで依存してどうする! 
このような事態を一人で乗り切ってこそ、真の男というものだぞ、あたる!} 
だって!うーん、臭いわー♪」 

うわああああああああああああ!!!!!!! 

「吹っ飛べジャリテン―!」 

スコーン! 
ジャリテンは俺の渾身の一撃を喰らうと、そのまま数多の星のうちの一つとなった。 
ジャリテン・・・。帰ってくるなよ・・・ 
俺は着地するとラムに背中を向けた。 

「ご、誤解するなよ!ジャリテンが言ったことは俺が思わず口に出してしまったものであってお前無しじゃ俺が生きてい
けないなどとそんなことは・・・」 

だぁー!何をいっとるのだ俺は! 
体中の血液が沸騰しているのが自分でもわかる。 
おそらく俺は今、面堂もびっくりするほどのゆでたこのような顔をしているに違いない。 
くそ・・・!恥ずかしくてラムの顔が見れん! 
しかしこのままでは埒があかない。 
意を決して俺が恐る恐る振り向くと、ラムは喜ぶでも抱きついてくるでもなく― 
泣いていた。 
その瞳から流れる涙を拭おうともせず、ラムは立ち尽くしていた。 

「ラム?」 

俺が呼ぶと、 
ラムは今まで自分が涙を流していたことに気付いていなかったのか、慌てて涙を拭う。 

「ご、ごめんちゃ!泣くつもりなんかなかったっちゃ!ただ・・・」 

ラムはそこまで言うと俺の方を見た。ラムの澄んだ目に俺は吸い込まれそうになった。 

「ただ、ダーリンがうちをそういう風に思ってくれてたなんて、夢みたいで・・・」 

そう言うとラムはまた恥ずかしそうに俯いてしまった。 
・・・それで知らず知らずのうちに涙が出てきたって訳か。 
ったくそんなんでいちいち泣かれたら、俺はこれから何回泣かせることになるんだ? 
でも、と俺は思う。 

悪い気は、しない。 

俺はラムの手を掴むと、こちらに引き寄せた。 

「きゃっ」 

体勢を崩したラムは俺の胸にもたれかかるようになっている。 
俺はラムの背中に手を回し、壊れ物を扱うようにそっと抱きしめた。 

「ダーリン・・・」 

心臓の鼓動が早くなっていく。 
あーあ、聞かれてんだろうなあ。 
こみ上げてくる恥ずかしさを抑えながらラムの方を見ると、 
ラムも顔を胸に押し付けながらぎこちなく俺の背中に手を回してきた。 
全く、いつもは人前でも構わずベタベタしてくるというに・・・ 
自分からすることに慣れているラムは、される方になるとものすごく奥手になるのである。 

「ラム」 

俺が呼ぶとラムは顔をゆっくりと上げた。 
ラムの顔はこれ以上無いほどに火照っており、 
白い肌に朱がさしたその顔は例えようもなく美しく、俺の心を打った。 
その顔を見て、また俺の顔面温度が上昇した。今計ったら42度は下らないだろう。 
ああああ!まともに顔が見られん! 
俺はラムの顔を見ないように視線を逸らしながら、 

「プレゼント、ありがとうな」 

とさりげなく、だが万感の気持ちをこめて言った。 

「ダーリン・・・」 

もうちょっと気の利いたことを言うべきなのだろうが、 
生憎今の俺にはこれが精一杯である。 

「ダーリン」 

ラムがうっとりとした目で聞いてくる。 
俺は視線を合わせないまま返事をした。 

「なんだ?」 
「・・・ダーリンは、これ以上うちに依存したらいけないって言ってたけど、そんなことない。 
無理に一人で生きるより、二人寄り添って生きていった方が何倍もいい。 
そのことをうちに教えてくれたのは、ダーリンだっちゃよ」 

こいつ・・・ 
俺は返事をせず、抱きしめる腕の力を強めた。 
もう離さないとばかりに。 



どれだけの時間そうしていただろうか。 
ラムは名残惜しそうに手を離すと 

「ダーリン、そろそろ中に入ろう?」 
「そうだな・・・」 

ラムのぬくもりがいかに暖かいと言っても、いつまでも夜風にあたっていては風邪をひく。 
この辺で中に入った方がいいだろう。 
ラムは一足先に部屋に入ろうとしたが、何か思い出したように俺の方を振り返った。 

「メリークリスマスだっちゃ!ダーリン♪」 


・・・思えばテンは全部知っていたに違いない。だからこそ俺を試すようなことを言ったのだ。 
俺がどれだけラムのことを信じられるか。 
全く食えないガキである。正直さっきまではその答えにはっきり答える自信がなかった。 
でも、俺がラムを、ラムが俺を、互いが互いを想い合い、愛し合うことができるなら。 
俺は、ラムを信じる。 


ラムは真っ直ぐに俺のことを見ている。 
ふと、俺はあることを思いついた。 

「なあ、ラム」 
「なんだっちゃ?」 
「お前、クリスマスプレゼント、欲しいか?」 
「え!?」 

俺の口からそんな言葉が出るとは思わなかったのだろう。 
ラムは全身で喜びを表現した。 

「欲しいっちゃ!ダーリン、なんかくれるのけ!?」 

期待に満ち溢れた目で俺を見るラム。 
こいつは・・・。 
これだけ感情を表に出す女も珍しい。 

「ああ。でも一つ条件がある」 
「?」 
「目をつぶってくれ」 

普通こんな手に引っかかる奴なんていないよな・・・。 
俺はそんなことを思いながら、でも必ず言うとおりにするという確信をもって言った。 

「これでいいっちゃ?」 

果たしてラムは疑いもせずに目をつぶった。 
こういう女を好きになるなんて、俺も物好きだな・・・ 
なんてことも思いつつ、 

「メリークリスマス、ラム」 

俺はラムにキスをした・・・。 



I don’t want a for Christmas 
(クリスマスにはそんなにたくさんいらないわ) 
There is just one thing I need 
(ほしいものはひとつだけ) 
I don’t care about presents 
Underneath the Christmas tree 
(ツリーの下に置くプレゼントなんてどうでもいいの) 
I just want you for my own 
(私はあなたを独り占めしたいだけ) 
More than you could ever know 
(こんな気持ち あなたは知る由もないかもね) 
Make my wish come true・・・ 
(どうか私の願いを叶えて・・・) 


All I want for Christmas is you・・・ 
(私がクリスマスに欲しいのはあなただけ・・・) 


〜〜〜Fin〜〜〜 


―あとがき― 

えー、すいません。(いきなり謝りかよ!) 
クリスマス用の小説ということでちょっと甘いのに挑戦しようと思ったんですが・・・。 
駄目ですね。まあその辺は今流行のキシリトール、ということで。(意味わかんねえよ!) 
まあ何だかんだ言ってクリスマスだしこんなのもいいかなあー、と。 
ちなみに作中に出てくる曲はマライアの有名なあの曲です。 
んでこの小説の題名、その曲の日本語のタイトルだったりします。 
とりあえず山口智子ラブの方向で! 
(いや最近再放送で「29歳のクリスマス」見たもんで・・・) 
最後に皆さんに良い人生と伴侶が見つかりますように・・・。(いきなりそこかよ!) 


〜一言感想〜
ラムとあたるの、とても甘く切ないクリスマスの話でした!
面堂の誘いに対してのラムの意外な反応に対するあたるの隠し切れない動揺がこちらにまで伝わってきます。
そして、その後ラムのいないクリスマスイブを過ごすあたるの苛立ちや孤独感が、これまた痛いほど伝わってきました。
なんといっても最後の二人のあま〜いシーンの描写が素晴らしい!
なにげなく続いていく二人の会話のなかで、互いの確かな愛情を確かめ合っている二人がなんとも微笑ましいです。
クリスマスが来るたび思い出したくなるような小説、ありがとうございました!



トップへ
トップへ
戻る
戻る

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!