HAPPY☆HAPPY BIRTHDAY!



初夏の日中は長い。
もうそろそろ六時になるというのにまだ大分日の入りには時間がありそうだ。
そんな中、あたるの母は夕食づくりに余念がなかった。 
トントントンと包丁を使う音が聞こえてくる。
そのリズムは一定であり、よどみがない。流石はベテランといったところか。
あたるの母はいつもの仕事をこなしながらしみじみと思っていた。

「今日も平和ね・・・」

いつもと変わらない日常。人はそれを平凡とか停滞と言って忌み嫌う。
しかし変化のみがいいものなのか?そうは思わない。
いつの日も変えてはいけないものもまた存在するはず。
あたるの母にとってはこの日常こそ愛すべきものだった。

「ダーリンの馬鹿―――――!!!!!」
「ぎゃあああああ!!!!!!」

・・・たとえその日常が普通とはかけ離れたものであっても。

「ふう・・・」

思わずため息が出てしまうのはしょうがないことか。
一瞬目をつぶりこめかみを押さえるが、気を取り直すとまた包丁を扱い始めた。
二人が帰ってきたとなると急がなくてはなるまい。いつも腹を空かせているのだから。
母は自分の腕に更なるスピードアップを命じた。
そうこうしているうちに玄関の扉を開く音が聞こえる。

「ただいまー!!」
「た、ただいま・・・」

元気そのものといった明るい華やかな声と、対照的な死人寸前の暗く澱んだ声。
そして直後に規則正しい足音と、ずりずりと何かを引きずる不快な音が近づいてきたと思うと、
台所の入り口まで来て止まった。

「お母様!ただいまだっちゃ!

母は包丁を動かす手を止めずに顔だけを後ろに向け、自分に向けられている声に答えた。

「おかえりなさい」

視界に入ってきたのはひまわりのような笑顔を浮かべているラム。
その右手にはしっかりと息子の襟が掴まれている。
その息子といえば、「あっ!ちょっと焦げちゃった!」ぐらいな色にこんがり焼けている。
今にも口から煙を出しそうだ。母は致し方なく包丁から手を離し、体ごと二人の方に向いた。
腰に手を当てた、仁王立ちの体制である。

「・・・ラム、気持ちはわかるけど、もうちょっと電撃の威力を落としなさい。
この前お隣の響屋さんから苦情があったわよ。
<お宅の二人のおいかけっこでブレーカーが落ちた>って。
今度からは70%ぐらいにしなさい。いいわね」

本当にたまったものではない。苦情の度に謝るのは自分と夫なのだから。
注意されたラムは一応神妙な顔になって謝った。

「はい、すいませんだっちゃ」

言った後に自分が掴んでいる人間と思われる物体
―彼女にとっては最愛の人―をちらりと見た。
母はそれを見て自分の中のストレスが上昇していくのを確かに感じた。
・・・わかっている。
どんなに彼女に注意しても根本的な解決がなされない限りそんなことは無理なのだと。
母は諸悪の根元に制裁を加えることに決めた。

「それとあたる」

あたるはのろのろと顔を上げた。こちらを見るその目は死んだ魚のように重〜く沈んでいた。
返事も同様に聞く者をどんよりさせるような声だった。

「は・・・い・・」
「今日の晩はハンバーグなんだけど・・・あなたのは無しにしますからね」

がくっ!

母の一言に残っていたわずかな気力もつきたのか、
あたるが糸が切れた人形のようにその場にへたり込む。

「あっ!ダーリン、こんなところで寝ちゃだめだっちゃ!」
「ラム、申し訳ないけど、あたるを部屋まで運んでくれないかしら。引きずっていいから」
「はい!わかりましたっちゃ!ダーリン!行くっちゃよ!」

ラムはそう呼びかけるが、瀕死寸前のあたるが答えられるはずもない。
ラムは構わずそんなあたるを引きずって運んでいき、
そうしてずりずりという不快な音はだんだんと遠ざかっていった。

「・・・今日も平和ね」

どこか遠い目をしながら母はそう呟いた。




ここはあたる達が通う友引高校。
早朝で、まだ始業のベルも鳴っていないが、程なくして授業が始まるであろうわずか
な休み時間。
そんなつかの間の休息の中、女子生徒達は盛り上がっていた。

「おめでとうー!」
「これでまた一つ大人になったんだね〜!」
「おばあちゃんになるのもすぐだね〜!」

どうやら今日は一人の女子生徒の誕生日らしい、みんな口々にお祝い(?)の言葉を述べていた。
その内祝っていた女子のうち一人が誕生日を迎えた女子に小さな小包を差し出した。

その顔は友人の誕生日を祝える喜びに満ちあふれていた。

「これ、みんなからのプレゼント!」
「わあ〜。ねえ、開けてもいい?」
「勿論よ!」
「あっ!この口紅私が欲しかったやつだ!」
「ふふふ、いいでしょう。みんなでカンパして買ったんだからね。感謝しなさいよ」


誕生日を迎えたその女子はプレゼントの口紅をぎゅっと胸に抱きしめ、
満面の笑みと少しばかりの涙をその顔に浮かべた。

「うん!すごく嬉しい!みんな、ありがとう!」
「そんなに感謝しなくてもいいわよ。私たちの誕生日の時に返してもらうから」

そう答えた女子の顔は茶目っ気たっぷり。それにつられてもらった女子もおどけた顔になる。

「うわ〜。もしかして、それが狙い?」
「基本よ」



当事者達だけではなく、見ている側をもその心を明るくさせるような学園生活の一コマ。
しかしその光景を見つめるラムの横顔は、どことなく寂しげなように、あたるには見えた。
あたるは不覚にもラムの横顔にドキッとしてしまった心を落ち着かせると、
さりげなくを装ってラムに呼びかけた。

「おい、ラム」
「なんだっちゃ?ダーリン」

思い人に呼ばれたラムは嬉しそうな微笑みを浮かべ振り向く。
いつもはラムに対して邪険にしているあたるだが、
その顔にまた一瞬ドキっとなってしまうところは、やはりまだまだ子供というところ
か。
どことなく視線を逸らしながらあたるは問いかけた。

「あ〜、おまえの誕生日っていつなんだ?」
「う〜ん、地球とは暦が違うから・・・、よくわからないっちゃ」

そう答えたラムの表情は笑いながら悲しんでいるような、複雑なものだった。
誕生日がないというのは悲しいものである。自分が生まれたという記念がないのだ。

勿論、ラムにも誕生日があるのだろう。
だがそれはラムの星での誕生日であって地球では適用ができない。
ラムには笑いあえる仲間がいて、心の底から愛することのできる思い人もいる。
でも、それでもこんな時、
ラムは自分がみんなとは違うことを強制的に認識させられてしまうのだ。
ラムのそばにいるあたるはその気持ちを誰よりも深く感じ取っていた。

「ふ〜ん」

―時期的にはそろそろか・・・。

ラムに対して気のないような返事をしながらも、
あたるは以前から考えていた計画を実行に移すことに決めた。



その日の学校での一連の授業が終わり放課後、
生徒たちはこの後どのように楽しんで過ごすかの話し合いに余念がなかった。
ラムもあたると一緒に帰ろうと思い、声をかけようとしたそのとき、

「さ〜て、授業も終わったことだし、ランちゃんの顔を見に行くとするか!」

そう言ってあたるは中身の伴わない自らの鞄を肩に担いだかと思うと、
そのまま疾風のような早さで教室を出ていってしまった。

「あっ!ダーリン!まつっちゃ!」

ラムがそう呼びかけるがもう後の祭り。一陣の風がラムの髪をなびかせるだけ。

―もう、ダーリンったら・・・。

ラムは心の中であたるに悪態をついた。
声には出さないがぷーっと、ふくらんだ頬が気持ちを周りのクラスメートに雄弁に語っている。
それを見た面堂及び親衛隊の面々は

「かわいい!」

と心の中で涙を流しながらラムへの気持ちを強めるとともに、
ラムにこんな顔をさせるあたるへの報復措置を綿々と練るのであった。




クラスメイトの誕生日の出来事があった日から十日後。
あたるの母は台所で夕飯を作っていた。しかし何かが違う。
よく見ると作っている量が決定的に少ない。いつもの半分といったところか。
ついに諸星家の困窮ここにきわまったのか?いや、そうではないのだ。

「ただいまだっちゃ・・・」

暗く沈んだ声が母の耳朶を打った。数日前の元気の申し子のような声とは雲泥の差がある。

「ラム、おかえりなさい。あら、また今日も一人?」

台所を通り過ぎようとしたラムだがその一言にぴたと足を止める。
そうなのだ。量が少ないのは決して財政上の理由ではない。
あたるの帰りがここの所ものすごく遅いのだ。
いつもはラムと一緒か、もしくはガールハントに繰り出し、
数度のアプローチの失敗の末に諦めて家に帰ってくる。その2パターンなのだが、
どちらもそれほど遅くなることはない。少なくとも晩御飯までは帰ってきていた。
しかしこの数日のあたるはその日の内に帰ってくることですら稀であった。
ラムは母に何か訴えかけるように顔を向けたが、すぐにまた俯かせ、
そして独白のようにぽつりぽつりと話し始めた。

「・・・この頃、ダーリンが一緒に帰ってくれないっちゃ。うち、避けられてるっちゃ」
「そんな、気のせいよ」

たまにあたるにはこんな時期があるのは母もわかっていた。
確かこの前はラムが電気がまをぶつけられた後遺症で地球語、
正確に言うならば日本語が喋れなくなった時だ。
あの時あたるはこれ幸いとばかりに夜通し町にガールハントしに繰り出していた。
しかしだんだんラムの無反応に寂しくなり、最後にはラムに泣きついたらしい。
全く我が息子ながら嘆かわしいことだと、母はその時思ったものだ。
ちなみに今の話はすべてラムから聞いた物。
母は二人の間に起こった出来事は殆んど知っていた。
ラムはそういう出来事を人に話したがるー俗に言うのろけと言うやつだろうーのだが、
学校の級友達だとどんなに口の堅い友達と言えども流出は避けられない。
その話が万が一メガネや面堂の耳に入ったら?
血の雨が降ることは確実である。
なによりあたるは自分がラムに対して弱みを見せることに異常なほどの抵抗を感じている。
ましてやそれが皆の知るところになったらあたるはもうラムとは口を利かなくなるだろう。
だからそこで母が出てくるのである。確かに身内ならば広まる心配はない。
思う存分話し、心の内を吐露することができるのだ。
母としても息子の本心を知ることができて好都合である。いざという時の武器にもなる。
しかし聞き役というものは楽ではあるが疲れやすい。
自分の感情を押し殺し、相手を受け止めなければならないのだから。
のろけならば適当に受け流せばよいのだが、
この場合のように相手が何か悩みを抱えている場合はなかなかそうはいかない。
相手の気持ちを理解した上で適切なアドバイスを与えてやらねばならないのだ。

「でも、前は週に二度は一緒に帰ってくれたのに、もう十日も一緒に帰ってないっちゃ。それに・・・」
「それに?」
「朝はいつも一緒に出かけるのに、うちが起きるともうダーリンはいないっちゃ。
学校でもろくに話しもしてくれないし・・・」
「何か心当たりでもあるの?」
「・・・ないっちゃ。でもうちが知らぬ間にダーリンを傷つけていたのかも・・・」

「そんなことないわよ」

母はそんなラムの深刻に思っている疑問に対して0.5秒で即答した。
これは全くの勘違いである。傷つけるのは専らラムではなくあたるなのだから。
それにあたるが傷つけられたと思っている場合でも、根本の原因はいつもあたる自身にある。
それでも否は自分にあるのではと思っているラムに、
母はそのけなげさに好感と愛情を覚えると同時に、あたるに対して幾ばくかの怒りを抱いた。

「でも・・・」
「いいから落ち着きなさい、ラム。あたるには私からよく言っとくから。
それに、あなたにそんな落ち込む顔は似合わないわ、ね?」

母の言葉に少し気が楽になったのか、その顔に笑みが差す。
だがどことなく表情に浮かぶ影は無視できるものではなかった。
本来のラムが持つ輝くような微笑からすればそんなものは、
花を咲かせる前の蕾ほども価値がない物だった。

「・・・はいだっちゃ」

それを見て母は少し心が痛くなった。
が、すぐさま気を取り直すと意識して元気な声を出そうとした。
少なくともここで自分が暗くなってはいけない、そう判断したからだ。

「さあ、晩ご飯にしましょう」
「え、でもダーリンが・・・」

驚いた表情を浮かべるラムに対して母は少し意地が悪い顔になった。

「かまやしないわよ。帰ってこないあの子が悪いんだから。今日はごちそうよ?
あたるが聞いたらほぞをかんで悔しがるくらいのね」

本人はわかってはいないだろうが、ラムにははっきりわかった。
そういったときの母の顔は、悪戯をする時の思い人そっくりの表情だということが。




その日の夜、―と言ってももう十二時を回り翌日になっているのだがーあたるは家に戻ってきた。
当然のごとく両親は寝ているため、
何事にも物音を立てぬように抜き足差し足で部屋へ続く廊下、階段を進む。
幸いにも大きな音は立てなかったので無事、自分の部屋に戻ってくることができた。

慎重にドアを開け部屋にその身を滑り込ませ、後ろ手にドアをこれまた慎重に閉める。
締め切った後、あたるはようやく一息つくことができた。
この十日ほどはこれを繰り返している。正直言って辛いが、目標達成のためには致し方ない。
もし達成する前に誰かに知られたらと思うと、それこそ地獄の辛さである。
頑張るしかないのだ。
あたるは上着を脱ぎそれをハンガーにかけた。
その隣にかけられているものを見て、あたるはそっとため息をついた。
ラムの制服。それは月の光を浴びてどこか儚げにあたるの目に飛び込んできた。
ふと、それを見ているうちに、あたるの脳裏に悲しげな顔をしているラムの顔が浮かんだ。
ここ数日の自分の行動でラムにまた心配をかけていることはわかっている。
学校でも、もの問いたげにこちらの方を見ていることも知っている。
だがあたるはそれらを無視していた。
自分がやっていることの目的を一番知られたくない人物は間違いなくラムだ。
自分としても、自分のことを心配しているラムを無視するのは必ずしも本意ではない。
でも、いらぬ詮索をされてボロが出るよりはよっぽどましだった。
改めて自分の部屋を眺めてみる。
誰の気配もないことから、ラムとジャリテンはUFOに帰っているようだ。
寂しさは拭いきれなかったが、今はそちらの方が都合が良かった。
今ラムに二人きりで会ったらなにもかもを言ってしまいそうな自分がいたからだ。
あたるは窓の側に立って夜空を眺める。
夏の空に星は浮いていないが、かえって夜空の深淵を深く感じることができる。

―なんだろうな、別に悲しいわけでもないのに、心が揺れる。

どうしてこうも自然というものは人の心を動かすことができるのだろうか。
人が自然から生まれてきたものだから?
この空のどこかにきっとラムのUFOも浮かんでいるのだろう。
あたるはそこまで考えて頭を振り、苦笑した。
明日も朝は早い。はやめに寝なければきつくなる。
床につこうと思い、振り返ると、白い何かが飛び込んできた。
机の上にメモが置いてある。あたるはそのメモを手に取り読んだ。
メモには丁寧な字で次のようなことが書かれていた。

<あなたが何かやっているかはわかりませんが、ラムが心配しています。
なるべく早くに用事を済ませて、安心させてあげてね。後、贈り物は心を込めて贈りなさい。
特にあなたは日頃からラムを怒らせるようなことばかりしているのだから、念入りにね。
〜母より〜>

「さすが母さん、鋭いな・・・」

読み終えたあたるは自分を生んでくれた母に感嘆の言葉を贈ると同時に、
苦笑いをその顔に浮かべた。
あくまでガールハントをしているように行動していたつもりだったが、
しっかりとばれていたらしい。いや、薄々感づかれていると言った所か。
まあ、母に隠し事をして隠し通せるとは思っていなかったから、
さしてショックは覚えていないが。

「明後日か・・・。さて、明日で最後だ。頑張らんと!」

あたるはそう自分に活を入れると、早々と眠りの世界に旅立っていった。




二日後、天気はこれ以上無いほどの快晴。
別に天気によって予定を変えるわけではなかったが、曇りや雨より気分がいいのは事実である。
あたるは頭のてっぺんから足のつま先まで、
指摘するところが見つからないほどに身支度を整えていた。
あたるは大きく伸びを一つすると押入へと向かっていった。そーっと、その戸を開ける。
中には行儀良く眠っているラムの姿。規則正しい呼吸音がすー、すーとあたるの耳に響く。

―気持ちよさそうに眠りおって・・・。

思わずあたるの顔に笑みがこぼれた。

「ほら、起きろ、ラム」
「う〜ん・・・・・・ダーリン!?」

目の前に映る光景にラムの目は驚きに見開かれる。
今までは起きて、そしてすぐ側にいるであろう寝ぼすけな愛する人を起こそうと押入
れを空け、其処に姿がないことを知って暗く溜め息をつくという、そんな生活を送っていたのに、
なんということであろうか、想い人は其処にいて、しかも自分を起こそうとしてい
る。

―これは夢?夢なら覚めて欲しくない・・・

と、良く事態を飲み込めないでぼーっとしているラムの頬をあたるがにゅーっと引っ張った。
その痛みがこの光景が現実であることをラムに自覚させる。

「ひ、ひたひっちゃ」

ちょっとばっかり涙目になっているのを確認してあたるはラムの頬から手を放した。

ラムは引っ張られて赤くなった自分の頬を抑え、想い人の顔を恨めしげに見る。

「もうっ、ダーリン!なにするっちゃ!」

その顔も、面堂やメガネ達に言わせれば、「かわいい」のだろう。
では、あたるは?
あたるは間違っても口でかわいいなどとは言わない。
ただ、口以上に雄弁に語る顔があるので、隠すことに成功することは一回もない。
この時も多分の例に漏れず、あたるはラムから顔を背けて部屋を出て行った。
理由は言わぬが花である。

「ったく、いつまでも寝ぼけとらんで、さっさと支度をせんか。
ぐずぐずしとると、普通においてくからな」

ごまかしの捨て台詞としては三流に近いが、
声を標準に保つことはできたのでその点は評価すべきか。

「う、うん!急いで着替えるっちゃ!」

答えるラムの声は喜びに満ち溢れていた。いつもいなかった筈の想い人がここに居る。
彼女にとっては想い人と居られるこの瞬間が、想い人と会話ができるこの瞬間が、
何よりもかけがいのない物であった。



「ごちそうさま」
「ごちそうさまだっちゃ」

諸星家の朝食。いつもはもっと切羽詰まっているのだが、
今日はその元凶ともいえる人物がこの中で一番余裕がある。
母はその理由を薄々感じ取っていたが、あえてそのことについて言及することに決めた。

「ずいぶん今日は余裕があるのね。あたる」
「たまには、こんな日もあっていいと思わない?」

帰ってきたあたるの答えには投げかけた問いに対する物以上の何かがあるように母には思えた。

―こんな日?

その瞬間、母にはわかった。今まであたるが何をしてきたか。
そしてそれは何のためであったか。すべてが。
そう、全てが今日のためであったのだ。

―そう、そうね。あったほうがずっといいわ。でもね・・・

「たまにじゃなくて、いつもだと母さんさらに嬉しいんだけど」

母の言葉を受けたあたるは顔を多少ひきつらせながら苦笑した。
こちらも答えに込められた真意を間違いなく理解しているようだ。
頭をぽりぽりと掻きながらあたるはなんとか劣勢を挽回しようとする。
と言っても思いつくのはどうしようもない言い訳の言葉ばかり。

「それはまあ、俺だから」
「それは言い訳だと思うのだけれど?」

かろうじて返すが母の即座の返事に言葉を失うあたる。
母の表情は一見すると笑っているように見えるがその実、目は笑っていない。
気分は蛇に睨まれたカエル。冷や汗がたら〜と垂れていくのがわかる。
かくなるうえは・・・

「さーて、そろそろ行くとするか!おい、ラム、行くぞ」

鞄を担ぐように持ってあたるはそそくさと部屋を出た。
程なくして玄関の扉が開けられる音が聞こえ、走り去る足音が穏やかな朝に響き渡る。

「あっ!待って!ダーリン!お父様、お母様・・・」
「いいわ、行ってらっしゃい。後かたづけはしておくから」
「ごめんなさいだっちゃ!」

ラムも挨拶もそこそこに慌ててあたるの後を追いかける。
そうして朝の食卓はあっという間にその人数を減らしたのだった。
寂しくなった居間で母はため息を一つ深く吐いた。そして重々しく一言、

「逃げたわね・・・」
「まあ、あいつらしくていいんじゃないか」

母の言葉にそれまで一言も喋っていなかった父が口を開いた。
その口調はどことなく面白がっているように母には聞こえた。

「そんなことを言ってると、一生あの子、あのままですよ」

自分の息子ながらあたるにはほとほと手を焼かされる。
女好きは生来のものと諦めているのでその点はかまわないのだが、
せめてもうちょっと素直になってほしいと思う。素直になってくれれば、
こうして自分がラムのことを気にかけたり、二人の橋渡し役などをしなくてすむというのに。
父はそんな母の若干暗い顔を見た後、二人が去っていった方を見る。その顔は満足げだった。

「あの二人は・・・それでいいと思うがね」

しみじみとした夫の声につられ母もそちらを見る。

「そういうものですかね」
「そういうものさ。母さん、お茶」
「はいはい」



「・・・・・・」

登校途中の二人。
ラムはさっきからあたるの顔をじーっと見つめていた。それこそ穴が開くほど。
まあ、本当に開くわけではないが、
いくら鈍感だとてそれだけ見つめられれば気づかないはずはない。
あたるは歩みを止めてラムの方を見た。それにつられてラムも止まる。

「何じゃ。俺の顔になんかついとるか?」
「ん、うんん。なんでもないっちゃ」

指摘されて慌てて目線を前に戻すラム。
逃げるようにして飛び始めるその顔は、少し赤くなっていた。

「ふん・・・?」

そんなラムを訝しげに見ながら、あたるもまた学校へと続く道を歩いていくのだっ
た。




所変わって友引高校、その日も極普通に授業が消化されていったが、
しのぶには少し気がかりなことがあった。

「どうしたの?ラム。ボーっとしちゃって」

そう、ラムが普段とは比べものにならないくらいに静かなのだ。
いつもは皆の話の中心になっているか、
女の子にちょっかい出すあたるに電撃を食らわせるなどしてとても活発に動くというのに、
今日のラムはただ机に座って頬杖をついているだけ。それだけでクラスはずいぶん静かに見える。

「あっ、しのぶ。うん・・・今日のダーリン、変じゃないっちゃ?」

―クス・・・

しのぶはラムに気づかれないぐらいの仕草で笑った。
やはり彼女の目にはあたるしか映っていない。
メガネや面堂にとっては気の毒だが、あたるのことを見ているラムはとても綺麗なように見える。
逆に、あたるがいない時はどことなく寂しげな表情になる。
ここ十日ほどはあたるが学校にろくに来ず、
来ても学校が終わると同時にすぐに帰ってしまうせいかその落ち込みようはひどかった。
人に話し掛けられても上の空で、溜め息ばかりついていた。
その分今日は隠し切れない喜びがその顔に滲み出ている。
恋する乙女は違うということか。しのぶもその時のラムの瞳が好きだった。

「変って・・・どこが?」
「具体的にはわからないんだけど、こう、雰囲気が違うっていうか・・・」

ラムに言われてしのぶもあたるの方を見る。確かに今も女の子と話をしているが、
ちょっかい出すと言うところまではいっていない。せいぜい談笑レベルだ。
即座にブルーインパルスの体制で目標に飛びこんでいくいつものあたるからすれば、

これは異常事態である。

「そういえばそうね・・・」

どういう風の吹き回しだろうか?
しのぶが不思議に思っていると当の本人がこちらに来た。

「しのぶ〜!どうしたんだい、さっきからこっちの方を見て〜。
そんなに俺が恋しいならいつでも相手をしてあげるんだけどな」

いつものあたるの空気に苦笑しつつもしのぶは注意深くあたるを見ていた。
こうしていると普段のあたる君なのよね。
でも、手も握ってこないし、抱きつきもキスもしようとしない。やっぱりおかしい。

・・・そうね、ちょっと試してみましょうか。

「あらそう、じゃあ今日つき合ってくれない?何もすることがなくて暇なのよ」
「ちょっ、しのぶ!?」

動揺するラムを手を振って押さえる。もちろんこれはあたるに対するかまかけ。
こう言えば普段のあたる君だったら間違いなく乗ってくるんだけど・・・。

「残念!今日はちょっと用事があるんだ〜。明日はどう?」

しのぶの予想に反してあたるは乗ってこなかった。
今日は?
用事ってなにかしら・・・?

「明日は無理よ。本当に今日は駄目なの?」
「今日は・・・」

あたるは口ごもって、ちらと、ほんの一瞬ちらっとラムの方を見た。
あまりの短さに見られたラムは気付いていないだろう。
あたるの挙動を注意深く見ていたしのぶだからこそ気付くことができた、
それくらいのレベルである。

「今日は駄目なんだ〜。悪いねえ〜、この穴埋めは今度きっちりするからさ〜」
「気にしなくていいわよ。急な頼みなんだから。」

あたるの謝罪に返事を返しながらもしのぶは別のことに思いを馳せていた。
ふ〜ん、ラム絡みか・・・。全く素直じゃないわね。
幼馴染の自分にさえあたるはこんな態度を見せたことはない。
いつも軽くおちゃらけた感じで、本心は見せずじまい。
不器用ながらも、やはりそれ程ラムを大事に思っているということか。
ちょっと、ほんのちょっと、妬けるわね・・・。

「しのぶさん、お暇ならばこの僕がエスコートしますが。
諸星なんぞよりよっぽど充実した時を過ごさせる自信がありますよ。どうでしょう?」

三人で話していた所に面堂が微笑を浮かべてやってきた。タコとともに面堂のトレー
ドマークになっているオールバックの髪型には小指の先程の乱れもない。
こうして面堂、ラム、しのぶ、あたるといった構図が出来上がるわけだが、
何だかんだ言ってこの四人は一緒になることが多い。旅行などに行く時はだいたいがこの面子だ。
面堂の誘いにしのぶが答えるより先にあたるが割り込んできた。

「うるさい!貴様などお呼びでないわ。お前は家に帰って、タコどもの世話でも見ておれ」
「なんだとー!諸星貴様、この面堂終太郎のみならず、愛する我がタコ達まで愚弄するかー!」

後はいつもの展開。
面堂が愛刀「村雨」を抜いて斬りかかり、あたるはそれを真剣白刃取りで受け止める。
その後教室中を駆けめぐるドタバタ劇へとつながっていった。
二年四組のクラスメイトたちにとってみればいい加減見飽きた光景である。
不思議なのは、皆がうんざりしているのになぜ当人達は飽きもしないのだろうか、ということ。
まあ、同レベルのアホと宇宙の科学で証明された二人である。
お互いに飽きるということはないのかもしれない。
しのぶは駆け回る二人を視界の端に捉え溜め息を一つ吐くと、ラムの方を向いた。
ラムはまだ不安げな表情をしてあたるを見ている。

「ま、あたる君のことだから、明日になれば戻るわよ」
「うん・・・」

ラムは心配してくれているしのぶの言葉に一応の笑顔を見せながら頷いた。



放課後、皆が帰り支度をする。六月の日の光は強い。
ラムも傾きかけた西日に目を細めながら筆記用具等をしまい、帰る準備をしていた。

ふと、その光が止む。
何かと思って顔を上げると、そこには相変らずのうすい鞄を肩に担いだあたるの姿。

その顔は逆光になっていて窺うことはできない。

「ラム」
「何だっちゃ?ダーリン」

少々の驚きをもってラムは返事を返した。あたるがラムに声をかけた、
それだけでも珍しいことであったのだが、その後のセリフには更に驚かされた。

「ちょっと付き合え」
「・・・・・・」

い、今ダーリン、なんて言ったっちゃ!?
あたるがラムを誘うなんて滅多にないことだった。
通常のラムがあたると一緒に帰ろうと誘うパターンからすれば、立場が全く反対であ
る。
ラムがあまりのことに反応できないで居ると、あたるは重ねて問い掛けてきた。

「行きたくないのか?」

ちょっと拗ねたような感じの口調だった。
その言葉にラムははっとすると、一瞬の後、体全体で嬉しさを表現した。

「い、いくっちゃ!わーい!ダーリンとデートだっちゃ!」
「こら、勘違いするな!そういう目的で行くんじゃないんだからな」
「でも二人っきりなことには間違いないっちゃ!わーい!」
「こ、こら!やめんか!」

嬉しさの余り教室中を飛び回るラムを、クラスメイトが訝しげに見る。
その中でもメガネと面堂は嫉妬とやっかみの視線をギンギンにあたるに向けていた。

で、当のあたるは言えば、恥ずかしそうにしながらも優しげな目でラムを見つめていた。
しのぶはそんな微笑ましい二人の様子を見て、我が事のように喜んでいた。

―あたる君、ラムに優しくするのよ

気分はほとんど母親といった所だ。
これ以上無いというほどのひねくれやんちゃ坊主の面倒を見るというのは楽なことで
はない。
でも、不思議としのぶには辛さはなかった。




―何処にいくっちゃ?

大分傾いてきた太陽を背に飛びながら、ラムは少々途惑っていた。
少し先を歩くあたるの背中をじっと見る。あたるが自分を誘ってくれた、
それは天に昇るほど嬉しい事だったが、行き先を教えてくれないのである。
そのことについて聞いてみても、返ってくる答えは

「ついてくりゃわかる」

の一点張りだった。
ラムは首を傾げながらも、あたると一緒にいられることに満足していた。



しばらく歩いた後に、あたるは止まった。乗用車が時折通り過ぎるぐらいの交通量。

そこは周りには高いビルが建ち並ぶオフィス街。
あまりラムにはなじみのない場所だった。でも、何故か懐かしい。
あたるは歩道のガードレールに寄っかかって、空を見上げた。

「ここは・・・」
「覚えてるか?ラム。ここが何処なのか」

ふと、ラムの脳裏にある光景が浮かんできた。
大勢の観衆。その歓声の中心にいるのは一人の少年とうち。
少年が必死にうちを捕まえようと追いすがってくる。
うちはそれをひょいと闘牛士さながらに紙一重でかわす。その度におこるため息。
何度でも、何度でも立ち上がってくる少年。その顔は・・・ダーリン?
そうだ、ここは・・・

「うちとダーリンが鬼ごっこをした場所・・・」
「そうだ。地球をかけておまえと鬼ごっこをした時のスタート地点、それがここさ」


あたるはラムから少し離れた場所に立った。その間隔15M程。
そこを車道に平行移動した場所がラムとあたる、それぞれのスタート地点だった。

「懐かしいっちゃねー」

思わずラムは上空を一回転する。
日に照らされたラムがあたるにはまるで天から遣わされた天女のように思えた。
降りてきたラムに向かってあたるが複雑な笑みを浮かべる。

「確かにな。でも、あの時は余裕なんてなかった。
あの時はお前を捕まえるのに必死だった。なにせ地球の運命がかかってたんだからな」

いきなり見ず知らずの妖怪みたいな僧に

「お主の顔、例えようもなく悪い!」

と言われ、むかむかして帰ってみると家には鬼のインベーダーが待っていて、
心の準備もできないままに地球の代表にされてしまった。
自分が勝てなければ地球は乗っ取られてしまう、絶対勝て、
と各国首脳からプレッシャーをかけられた。自分の肩に地球の存亡がかかっている。

こんな状況で冷静になれる人間がいたら、俺はそいつにノーベル賞をあげたい。
あたるが当時を思い起こしてあらためて身震いをしていると、
クスクスと可愛らしい笑い声が聞こえてきた。見るとラムも思い出し笑いをしていた。
あたるがちょっと刺を含んだ声をラムに向ける。

「おい」
「・・・ほんと、あの時のダーリン、面白かったっちゃ」

ラムはあたるの方をちらりと見てまたクスクスと笑った。
あたるは憮然とした顔になり、ますます刺を含んだ声をかける。

「あのなあ、人が死に物狂いでやっていたというのに、
お前はそれを見て笑っていたのか?」

実はさして本気ではない。
こういう時あたるはラムに対して反省を促すために、わざとこういう口調になる。
ラムも心得たもので、怒らせないように素直に謝るようにしている。
気を付けなければならないのは謝るときの態度。
まとわりついて反省の意を示すのはかえって逆効果。
うっとうしいと思われて機嫌を損ねてしまう。
だから謝罪はさらりと、でも気持ちを込めてやるようにしている。

「ごめんちゃ」

顔の前で手を合わせ上目遣いででこちらをみる仕草にあたるは動揺した。
メガネ達だったら発狂モノだろう。
例によって顔を背けるあたるを見ながらラムはしみじみと呟いた。

「・・・でも、あの出来事がなくちゃ、うちはダーリンと出会う事もなかったし、
こうして側にいることもできなかったっちゃ」
「ふ、ふん。ほんと、あの出来事がなかったら、
俺はいつでも好きなだけガールハントができたというに。
運命の神様もひどい仕打ちをするよなあ。俺ほど日頃の行いがいい男もおらんのにな」
「そうだっちゃね」

あたるのひねくれた言葉にも笑顔で返すラム。こうなるとあたるには対抗手段は残っていない。
おとなしく白旗を揚げるしかないのだ。
あたるはラムに背を向けて、文字通りお手上げ状態になった。

「・・・あ〜あ、もうお前と話すとこちらの調子が狂うわ」

こんな女、俺は一人しか知らない。というか他にいたら怖い。
でも、だからこそ、かけがえのない存在。こいつは俺にとってこの世で最も大切な・・・。
ふん・・・そろそろ頃合いか。
あたるは懐から何かを取り出すと、背を向けたままそれをラムに向かって放り投げた。

「ほらよ」

背中に目があるのではないかと疑うぐらい、
それはきれいな放物線を描いてラムの両手に収まった。
その物体は細長い長方形の箱。可愛らしいラッピングに、緑のリボンが映えている。

ラムは自分の心に大きな白い羽が生えていくのを感じた。

「ダーリン、これって・・・?」

―うちへのプレゼント?

ラムには信じられなかった。あたるが今までラムに贈り物をしたということはなかった。
それだけに、喜びもひとしおだった。
あたるはラムの震える声を聞きながら後頭部に手を合わせ、空を見上げた。
いい気持ちだ。うん、やっぱり青空はいい。

「前に言ってたろうが、自分には地球での誕生日はないって」
「う、うん」

顔だけ振り向いてあたるはラムを見る。どことなく素っ気ない風を装って。

「それじゃ不便だから、俺が決めてやった。ありがたく思え」
「・・・うん。でも、これは?」

はにかみながら、ラムは自分の手の中の物を指さしながら聞いた。
答えなど、聞かずともわかっている。でも、ラムはあたるの口から聞きたかった。

「うっ・・・」

一方のあたるはラムの考えなど最初っからお見通し。にもかかわらずこの質問を一番恐れていた。
前々からこのシーンを想像していたが、この質問に対する答えは容易には考えつかなかった。
実際、今もこれといった答えは持っていない。

「おまえへのプレゼントだよ」
「俺のおまえへの気持ちだ」

クサい言葉が浮かんでは消えていく。
そんな言葉を言うぐらいなら舌を噛んで死んだ方がマシ、というのがあたるの持論。

品物渡した時点で気持ちはバレバレだと思うのだが、そういう問題ではないらしい。

正真正銘の意地っ張りである。

「あー、えー、その、なんだ。そう、そこら辺に落ちてたんだ。
そのままにしておくのもなんだからおまえにくれてやろうと・・・」

結局一秒で嘘とわかる下手なごまかししか返せないあたる。
しかも肝心要のところは隠せていない。

「ダーリンがうちに・・・」

その言葉にはっとなるあたるであったが、もう後の祭り。
何か言葉にしようと悶えるが、すべては徒労。
とそんな中ラムの顔をちらと見て、あたるは驚いた。ラムは泣きながら微笑んでいた。

「・・・ありがと、ダーリン」

感謝の言葉と共にラムの目から涙が一滴、ぽたりと、落ちた。
その涙は青。この空のような限りなく澄んだ色。
あたるの表情が驚きから軽い呆れ、そして苦笑へと変化していく。
あ〜あ、泣かせちまった。こんなことがあいつらに知れたらまた拷問室行きだな。
・・・まあ、喜んでるから、いいか。
あたるは再びラムに背を向けると、そのまま家に向かって歩き出した。

「ほら、帰るぞ」
「あっ、待って」

慌ててあたるを追いかけるラム。その手には大事そうにプレゼントの包みが握られている。
ラムはあたるの真上まで来ると、そのままあたるの首に手を回して後ろから抱きしめた。
そして間髪いれずに耳に口を近づけてそっと一言ささやく。

「ダーリン。大好きだっちゃ・・・」

一瞬にして顔が赤くなるあたる。
でも、ラムのぬくもりを感じているうちに恥ずかしいと思う心は消え、
いつしかあたるの手は自分を包み込むラムの手を握っていた。細くしなやかなラムの手は、
少し力を入れただけでも折れてしまいそうな、そんな危うさを持っていた。
離したくない。あたるは心の底から思った。

この手を、このぬくもりを、他の誰にも渡したくない、と。

あたるもそっと、囁く。

「ラム・・・」
「ダーリン・・・」

二人がお互いを感じる時間。それはこの世で最も優しい時間。
ラムはこの時が永遠に続けばいいと、心の底から願う。
あたるは?あたるもそう思う気持ちはあったのだろう。でも、あたるはあたるだった。

「あ〜!もう!暑苦しいやっちゃ。さっさと離れんか!」
「ちゃ!?」

呼吸を整えると突然ラムを乱暴に引きはがした。
なんとか空中で受け身をとるラム。
空中で受け身というのもおかしな話だが、これも宇宙人ならではだろう。

「今をいつだと思っとる!?六月だぞ六月!
ただでさえムシムシして不快この上ないっちゅうのに、これ以上ベタベタするな!」


その態度は憎らしいほどにいつものあたるだった。
どうやらあたるの中でのシンデレラリバティはもう終わりを告げたようだ。

「ひどいっちゃダーリン!」

ラムはぷーっと頬をふくらませた。
その顔にはもっとラブラブしたかったという意志が見え見えである。
その顔を見て、あたるは心の中でベーッと舌を出した。

―いつまでも調子に乗るな!こんなこと、しょっちゅうあると思うなよ!

そう悪態をつくと、あたるは家への道を歩き始めた。
顔がほんのちょっぴり赤らんでいるのはお約束。

「あ〜あ、腹減った。今日の晩ご飯は何かなあ〜」

その言葉を聞いて飛んできたラムが嬉しそうな声で問いかける。

「うちが作ってあげようか?」
「遠慮する。俺はまだまだ長生きしたいのでな」

最もらしくうんうんと頷いてその申し出を断るあたる。
こんなことを言われて大人しく引き下がるようなラムではない。

「どういう意味だっちゃ!」
「どういうもなにも、そのままの意味だ」

正に火に油。だんだんとラムの周辺には放電現象が・・・。

「うううう・・・ダァーリン!!」

バリーン!!!!!

「おっと」
「待つっちゃー!」

彼らの行く道には大きな大きなクレーターの跡が。
そんな緊迫した状況に追い込まれながらも、逃げるあたるの顔はどこか幸せそうだっ
た。

―やっぱこうでないとな。

懲りない奴である。




翌日の朝。相も変わらず梅雨だというのに呆れるぐらいの青空。
そんな中の朝食。

「ごちそうさまー。いってきやーす」
「あたる!少しは落ち着けないの!」

母の注意もどこ吹く風。あたるはさっさと家を出ていってしまった。
一日経つと人は元に戻るらしい。母は思いっきり不満顔。

「・・・もう。あの子ったら・・・あら、ラム。どうしたの?そのペンダント」
「うん!これ、ダーリンが誕生日プレゼントだってうちにくれたっちゃ」

そう言ってラムが見せたのは銀の鎖に緑色の宝石をつけたペンダント。
宝石はサファイアではないようだ。どこか不思議な印象を人に与える。
その宝石の緑はラムの髪の緑と相まってすばらしく映えている。

「・・・似合ってるわ。綺麗よ、ラム」
「お母様・・・ありがとうございますだっちゃ」

そう言って顔を赤らめたラムは女性である母から見ても惚れ惚れするほど美しかった。
いい顔になったわね・・・
母がそうしみじみ感じていると、外から慣れ親しんだ元気のいい声が聞こえてきた。


「おーい!何やっとる!おいてくぞー!」
「あっ、今行くっちゃ!それじゃ、お母様」
「いってらっしゃい、気を付けてね」
「はい!」

そう元気よく返事をして、ラムは愛する人の元へと飛び立っていった。
母がその後ろ姿を満足げに眺めていると、父が落ち着いた声で問いかけてきた。

「ふむ、何故あたるは昨日をラムの誕生日にしたのかな?」

確かに昨日は家族とはまるで関係のない日。
誕生日にした理由は普通の人には気まぐれとしか思えない。
だが、母は驚いたような表情を浮かべた。

「あら、あなた、覚えていないのですか?」
「何をだい?」
「呆れた・・・。昨日はあたるとラムがはじめて鬼ごっこをした日じゃありませんか」

その言葉を聞いて父はきょとんとするが、すぐに納得した表情を浮かべた。
だから我が息子は昨日を誕生日にしたのか。
ラムの誕生日であると同時にあたるの誕生日でもあったのだ。
二人にとっての全ては、あの日から始まったのだから。

「ああ、そうだったか・・・。ふふ、あたるの奴もなかなかに臭い事をするな」
「あの子ももうちょっと素直になってくれればいいんですけどね。
あの子が何かする度にラムが心配するから。見てるこっちとしては心苦しくて」

母の言葉に父はあごに手を当てて思案するような顔を見せた。

「ふ〜む、ひねくれは血のせいじゃないのかい?」
「あなたの、ですか?」

母が問うと、父はこれ以上ないほどにおどけた顔でこう言った。

「いや、私と母さんの、さ」

母は苦笑した。
この父にしてあの息子ありね。

「・・・臭い所は確実に貴方譲りですね」
「否定はしないよ」

平然とそう言って父はお茶をズズと啜った。
窓から差し込んでくる日差しは穏やかな暖かさを持って部屋を照らす。
それは家と同時にここに住む家族を照らす光でもあった。


日常。それは日々の生活のことを指す。
朝起きてご飯を作り、皆を送り出した後に洗濯、掃除をし、
昼食をすませ夜のご飯の買い物に向かう。
帰ってきてお風呂を沸かし、晩ご飯を作りすべてが片づいた後は夫の晩酌に付き合う。
少しばかり普通の人の日常とは違うかもしれないが、さして代わり映えのない日々。

でも、そんな日常が私は好き。
日々の生活の中で家族と共に泣き、笑い、怒り、そして楽しむ。それが私の生きがい。
いつまでも続くことではない。どんな生活にもいつかは終わりがくる。
だからこそ今を、今日を噛みしめて、私は生きていきたい。



「今日も平和ね」



〜終〜


〜一言感想〜
面堂邸一周年ということで、小説を送ってくださいました、ありがとうございます!
日常っていいもんだなぁ・・・としみじみ思うと同時に、
そんな日常のなかで少しずつ愛情を深めてゆくラムとあたるを心から羨ましく思いました。
なんといっても、あたるの母が軸になっているのがすごく素敵です!
あたるのは母はもともと大好きなキャラなのですが、この作品を読み、ますます好きになりました。
また、面堂やメガネ、しのぶなどの視点からあたるとラムの様子が描かれてある箇所など、
とても新鮮な感じがしました。
面堂邸もこのあたるとラムのように、面堂邸なりの変わらない流れを大切にしながら、
そのなかで少しずつ深く成長していけたらいいなぁと思います。
本当にありがとうございました!


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