Season Come. |
そのままベッドに雪崩れ込むのは、流れからすれば必然だった。 風呂上りでまだまともに服も着込んでいない啓介の格好は好都合で、何度かキスを交わした後、その瑞々しい肌に直接愛撫を加えていく。 時刻はもう七時を回っているだろうに、外はいまだ明るく、そのことを啓介は気にかけている様子だった。 「今更そんなこと気にしてどうすんの? 恥ずかしがらなくたっていいじゃん」 「……口の減らねえガキだな。窓だって開いてるし、どうすんだよ」 「啓介さんが、声我慢すれば問題ないでしょ」 「自己中な発言してんじゃねーよ」 そう言う啓介の声に拒絶が含まれていないことに、拓海は気づいている。求めているのは自分だけではない。そんな確信があった。 その証拠に、彼もすでに熱を持っていて、拓海は露出させた己を擦り合わせるように体を寄せる。啓介が快楽を認めて、整った眉を寄せた。 一日中、海岸で真夏の光を浴び、火照った肌がさらに上昇を告げる。啓介の下肢に手を滑り込ませ、繋がり合うための準備を整えてやりながら、拓海はその首元に舌を這わせた。耳の後から肩にかけてのラインを辿られることに啓介が弱いのは、経験として知っている。鼻にかかった啓介の甘い声が、拓海の衝動を後押しした。 まるで普通の恋人同士みたいだ。 無論、芸能人でもない自分達は普通の恋人には違いないのだが、同性という障害の他にも、同じチームで凌ぎを削るライバル同士という肩書きが在る。峠で仲良く肩を並べる気はなかったが、ふたりきりの時は、あまりその事実を意識することはなかった。だが啓介は違う。彼は、あくまでも走りに拘り、常にエースドライバーのプライドを持つ走り屋としての態度を崩すことはない。決して拓海の前で素顔を曝け出すことはなかった。 故に、彼との関係はいつでも気が抜けない。そういう得難い緊張感が、拓海は好きだった。けれど、こんな風に大人しく体を任せてくれる啓介もまた、愛しくて仕方がない。 もうこれ以上は待てず、拓海は啓介の脚を開かせた。 「ふじわ、ら、痛えっ……って」 関節が痛むのか、啓介が苦悶を滲ませた。可哀想になって、お伺いを立ててみる。 「じゃあ、後からにする?」 「バカ……したり顔で言ってんじゃねー……」 体の下から、啓介が睨んできた。どうしようか、拓海は迷った。彼に苦痛を与えることはできるだけ回避したいし、だからといって正直な体は彼とひとつになりたいと主張してやまない。躊躇を浮かべた拓海の耳に、啓介の予想外の言葉が聞こえてきた。 「わかったよ……しょうがねーから……我慢してやる。……そのままで、いい」 「大丈夫?」 自然、低くなった拓海の声のトーンに、啓介の瞳に宿る情熱が鮮やかさを増した。自分の声を特別美声だなんて思ったことはないけれど、何故だか啓介は、この声に弱い。 硬く結ばれた口元を綻ばせるようにキスをして、その口内を柔らかく愛撫すると、濡れる吐息で啓介が囁いた。 「……お前の、顔見れるから、こっちの方が好きだ」 いつになく素直な啓介に、拓海は内心で驚く。 おそらく彼は、意図的に甘えてくれているのだろう。また峠に携わる日常に戻れば、彼はDのエースドライバー高橋啓介の顔に戻っていく。体に染み込んでいる峠のリズムを払拭することはできず、拓海とも馴れ合いを許さない、そんな関係が待っている。この先も、鋭角的で真っ直ぐな彼本来の気質を変えていく気はないのだろう。いや、もはや啓介は拓海とのその距離を変える術を持たない。 だから、日常と離れたこの場所で、啓介がルーズに甘えてみせるのは、不器用な彼からの優しさだった。 「……おれも、啓介さんの顔好きだよ」 「顔だけかよ」 「そうじゃないって。顔だけ好きでも、普通こんなになったりしねーよ」 「っ、」 解されたその場所に昂ぶりを押し当てられた啓介は、一度肩を揺らした。いつも堂々としている啓介が、挿入のその瞬間だけ、拓海の雄の部分に対しての恐怖を僅かに覗かせる。趣味が悪いと思いながらも、拓海はその時の啓介の顔が好きだった。プライドの高い彼を征服する支配欲は、何とも言い難い本能的な興奮を拓海に覚えさせる。勿論、口に出したら彼は烈火の如く怒るだろうから、ひっそりと胸の内で確認するだけだ。 「-------っぁあ!」 己で啓介を貫くと、その薄い唇から高音が紡がれた。 啓介の二の腕をシーツの上に押しつけ、拓海はさらに繋がりを深くさせる。密着した全身は、ふたりともシャワーを浴びた直後だというのに、すでに汗を滲ませていた。舐め上げる啓介の肌もまた、汗の味がして、気持ち悪い所かさらに興奮している自分は、かなり深い所まで、啓介に捕まっている。 「っ、あ、っぁ、っふ、」 本格的に突き上げを激しくすると、動きに比例して啓介の声が空間に散った。素直に感じてくれている証拠だった。 知らない人のベッドの上で、こうやって啓介を組み敷いて、真夏を共有している。どこか現実味がなく、夢の中の出来事のような希薄さだった。まるで蜃気楼のようだ。それが、夏特有の感覚だということも、拓海は知っている。 冴えない高校生だった自分だけれど、季節が一巡りする間に、随分と遠い所に来てしまった。 自分達がただの恋人同士ではなく、ダブルエースとして張り合う関係であることが、良い事なのか悪い事なのか、今は判断できない。 でも、今はこの時間を、季節を、精一杯愛そうと思う。 常識のことも、峠のことも、未来のことも……食らい合うふたりの姿が獣同然でもなんでもいいから、今は刹那に融けていたい。 お互いの熱を味わいながら体を揺らし続け、拓海は徐々に侵略を強め始めた。再奥を力強く抉られた啓介が、焦ったように唇を開いた。 「や、ちょっ……、お前、もうちょっと抑え、ろって……」 「それは、無理じゃねえの?」 「っ……、んっ」 たまらずに、啓介は首を振って頬をシーツに強く押しつけた。 「そっか、声、我慢できねえの?」 「分かってん、ならっ……少しは……っ」 瞳を固く閉ざし、快楽を堪える啓介のストイックな姿は扇情的だった。後から後から沸き上がる底無しの欲望に拓海は我ながら呆れつつ、今は即物的な生き物になりたくて仕方なかった。 「いいよ、出しちゃえば? どうせおれらの家じゃないし、平気だよ」 「オレの、友達の部屋だって、言ってんだろ、……っぁあっ、あとで何言われるか、わかん、ね……、っ」 「バレやしねーって」 拓海らしくもない言葉に、啓介は顔をしかめたが、やがて諦めたように全身の力を抜き、自分を抱く腕に全てを預けた。 限界が近く、拓海は己の体を引こうとする。 それを、啓介の唇が綴る言葉が引き止めて。 「っいいよ……、そのまま……」 「でも……」 「どうせ、この後、っ、またシャワーだろ。かまわ、ね、え」 中で感じたい、と続けた啓介の声は細く消えていった。 汗と湿気でどろどろになった肉体を寄せ合って、際限なく貪る。弾け飛ぶ脳裏に、甘く恋に濡れた啓介の声が届いた。 「飯、どーする」 てっきりそのまま眠ってしまったかと思っていた啓介が、ぽつりと言った。 夏とはいえ、汗を流したこの状態のままでいたら、きっと風邪をひくだろう。だが、すぐには離れがたく、拓海は啓介の体を背中から抱き締めていた。啓介も余韻に授かっていたい気持ちは同じなのか、拓海の腕に大人しく抱かれていた。 「忘れてた……。そういや、なんか腹減りましたね」 「動物か、お前は」 後ろ姿の啓介が笑ったのが、空気の振動で分かった。 「お前って、夏休みとか今迄どうしてた?」 寝返りを打った啓介は、拓海に視線を合わせると唐突な話題を放ってきた。その赤みがかかった目許は直前までの情事を色濃く残していて、驚くほど艶めいている。さすがにここでがっついたらしつこいと言われるだろうなと思い、拓海は再び熱くなる体を鎮めた。 「別に、特に何もしてねーすよ……。高校の時はバイトとかしてたし、その前は毎日ぼーっとしてたり、家を手伝ったり、特にこれといって、何も……」 「オレも大学入ってから一年目は、コンパとかそれこそ波乗りしてたけど、すぐに飽きちまった。この部屋に住んでる奴とも一年の時に新歓で知り合ったんだけど、そいつ、すぐに大学やめて、こっちに引っ越した。何より波乗り、したかったんだと。……当時はそこまで入れこめるものがあるなんてすげーと思ったけど、アニキが秋にレッドサンズ立ち上げて、それからはオレも一直線だ」 ふ、と啓介の唇が笑みを描いた。 早熟を走り抜けた彼の表情は、どこか憂いを帯びていた。 「オレは、お前に負けるつもりはねえ。……だけど」 ……来年も、一緒にいられるといいな。 掠れきった声が、拓海の耳に届いた。おそらく、プロジェクトが終われば、どちらからともなく別れていくだろうことは予想できる。それが心からの別離なのか、それとも走り出す未来を携えての結果なのかどうかは分からないが……少なくとも、それが今の啓介の本心であることは伝わってきた。 啓介は、拓海の返事を要していなかった。それ以上に、何も言うなと言外に告げていた。だから、応える代わりに拓海は啓介の体を引き寄せ、強く抱いた。 共有した熱が残るままの唇を触れ合わせて、キスを交わす。 いつのまに夕暮れから夜へと色どりを変えた情景が、アパートの窓の外に広がっていた。 蒸し暑い熱帯夜、蝉は変わらずにその短い命で夏を歌い続けている。 「今から飯作るの、めんどくせーだろ。コンビニで買ってくるか」 「起きられる?」 「だるい」 「じゃあ、おれが買ってくる。あと10分したら。……それまでは、このままでいさせて」 急速に冷えていく啓介の肌に、いつまでも高鳴りをやめないこの鼓動が伝わるまで、拓海達は子猫のようにシーツにくるまっていた。 翌朝、暑さの余り目を覚ました拓海の隣に、啓介の姿はなかった。 普段あんなに寝汚い人が、自分より早く目を覚ますなんて珍しいこともあるものだと、拓海はドアを開けて啓介の姿を探しに行った。 「おう、起きたか」 コンビニでも行ったかと思ったが、彼の姿はすぐに見つかった。 アパートの階段を下りた所にある駐車場で、啓介は板の手入れをしていた。 「おはよう。めずらしーですね。啓介さんが早起きするなんて」 「時間が勿体ねえだろ」 「……手伝いますよ」 言って、拓海は啓介の隣に並んだ。「好きな奴にとっては、オレらが車を好きなのと同じくらい大事にしてるもんだから」と啓介はふたつ並んだボードに丁寧にワックスをかけた。 啓介の作業を手伝いながら、早くも汗が頬を流れて落ちていくのを感じる。 「髪」 拓海の発する言葉が名詞だけで形成されているのは珍しいことではない。そんな拓海にもう慣れている啓介は、拓海の言わんとすることを悟ったようだ。洗い晒しのままの髪を手で掻きあげ、答える。 「ああ、どうせ海入るなら固めたってしょうがねえだろ」 「随分、焼けましたね」 「お前だって」 二の腕にはっきりとウエットスーツの跡が残っている自分達の体を眺めて、拓海と啓介は笑った。 「なんか筋肉痛がひでえ。涼しい顔してるけど、お前は何でもねえのか?」 「車ばっかり乗ってるからですよ。おれは働いてますから、あのくらいの運動量は問題ないよ」 「だから、ジジイ扱いすんなって言ってんだろ」 咥えていた煙草を、傍らに置いてあったコーラの空き缶の中に押し込んで、啓介は顔を上げた。普段の彼の無愛想で鋭いイメージが、前髪を下ろしただけで少々幼く見えるから不思議だ。それに、街や峠で会う時、啓介はいつもそれなりに服装をかためていたが、ここに来てからというもの、ラフなTシャツにハーフパンツという開放的な格好をしている。そんな些細な変化すらも、拓海にとって新鮮に映った。 「これ終わったら、飯食いに行くか」 「……うん」 車と仕事のことばかり考えていた毎日が嘘のように、こうして夏の下で呼吸をしている。 海に行って、飯を食べて、愛し合って、寝て。 本当に、それだけの生活。 走ることを手放すつもりはさらさらないが、こんな風に走りと離れた場所で啓介と時を過ごすのも悪くない。……本当に、悪くない。 床に座り込んで作業をしていた啓介に腕を差し出した。啓介は意外にも素直にその腕を握り締めてきた。体温が指の先から、はっきりと伝わってくる。 「今日はどうする? 昨日は付き合ってもらったから、今日はお前に合わせてやる」 「いいよ、海行こうよ」 「じゃ、夜になったら海岸で花火でもするか?」 「啓介さんとふたりで? それって……」 「不満かよ。じゃ、女でも捕まえてみる?」 心にもないことを言う彼の当てこすりが、耳に心地よい。 地味な生活を送ってきた拓海にとって、啓介との日々は置いてきた青春を取り戻すような感覚だった。ここでの毎日も、平凡で他愛もない生活には違いない。けれど、燃え盛る夏に負けないくらい、充実した時間であった。だから、口下手と言われ、表情が乏しいと形容される自分だが、ここでは、少しだけ変わってみようと思う。 普段伝え切れない本心を、迷わず包み隠さず、伝えようと思う。 「嘘だよ。女なんか、いらねー」 啓介の指を握り締め、重ねて言った。 「他には、何もいらねー」 ……啓介さんの、他には。 いつになくストレートな拓海の言葉に、啓介は口篭もって、何も言わずに視線を逸らした。 どこかの家の開け放された窓から、ラジオが流す夏の歌が響いていた。 今日もきっと、暑くなる。 素肌を焼かれ尽くされるまで海で波と戯れて、浜で暫く潮風と夕暮れを見つめて、夜はコンビニで花火でも買い込んでみよう。夕食には素麺でも作ろうか。そんなもん、麺を茹でるだけじゃねーか、オレでもできる、と啓介はまた文句を言うだろうけど。 西瓜、そういえばこの夏はまだ食べていない。スーパーで買ったら、高いだろうか。ああ、西瓜がちょっとくらい高値でも、そんなもの、いくらでも。 「まずは飯だね。行こう」 振り返った拓海を見て、初めて啓介が眩しそうに目を細めた。 Season Come.END |
恒例、啓介とサーフィンin 2002年度版(笑)
拓海は10巻でFineを読んでいたという証拠が上がっているので、
もしかしたらサーファーになりたかったのかもしれない疑惑8%と睨んでます。
今年は遠出できないという怨念を込めてしまったせいか、エロ激弱…
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