Present by Ouka.Shimotuki
部屋に入るなり、いきなり後ろから羽交い締めみたいに抱き締められて、そのままベットへ直行。そりゃオレだって久し振りに逢ったんだし、素直に「使用目的が明確な」ホテルへ来たワケだから、今更尻込みするつもりはないけれど。
「ちょっと待てって‥‥イキナリかよオイ!」
かなり本気で抵抗するオレに、見下ろす瞳が咎める視線を送って寄越す。
・・・おいおい、非難されるべきはオレなのか?
メシも食ったし少し遠くにドライブも行った。会えない日常を埋めるみたいに散々喋りまくった。あと残すはひとつ。そんな事はこっちだって分ってる。
けれどせめて一服してとかシャワー浴びるとか、ワンクッション求めるのは間違ってるのか?
そんな事を考えているうちにも、ヤツは深く溜め息を吐いておいて、無言で行為を再開させた。
両手で包み込むみたいに頬を撫でられ、しっとりと口唇が合わさって来る。・・・すっごく気持ちがいい。
―――じゃなくって。
「よせって‥藤原ッ! このままじゃ‥‥せめてフロに入らせろっつーに!」
「別にオレ、構わねーけど‥‥」
「オレが構うんだバカヤロウ。一日動き回ってんだぞ、気持ち悪いだろが」
ようやく藤原の手が緩む。すぐさまオレはその下から這い出して、速攻シャワールームへ。
・・・まだ、身体が甘い余韻を愉しんでる。
今までで一番熱い夏が終わって、いわゆるオフシーズンが明けた年度末。オレも藤原も、この先バラバラに自分の未来へ向かう。たぶん地元で逢うのは、これが最後だろう。
ライバルとして追うだけじゃ、肩を並べるだけじゃ足りなくて。藤原そのものを欲しがってしまった結果、こんな・・茶番のような関係が成り立ってしまったけれど。これからはそうは行かない。
どんなに無理をしても、身を引き裂かれるように辛い、逢えない日々が重なって行くだけだ。
「‥‥‥‥アイツは、分ってねぇ」
シャワーの雨に打たれながら、ぼんやりと思い描いて来たその時がやって来たのだと、改めて思う。
この世界がどれだけ広いのかを。―――本当の意味で。
バスルームから出ると、テレビを見ていたらしい藤原がチラリと視線を寄越す。いつもと変わらずの無表情からは何も読み取れない。怒っていても知るものか。
「啓介さん」
ベットに腰を下ろして煙草を手に取ったところで、すぐにバスルームへ向かうと思っていた藤原が声を掛けて来る。見ればうっすら微笑んで。・・何だ怒ってないのか。ワケ分かんねーヤツ。
「チョコ食う?」
「んあ?」
「ほらコレ」
目の前に翳された小さな白い物体。指でつまむ程度のそれは、どうやらホワイトチョコらしい。
どっから出したんだこんなモノ、と思いながら、条件反射で口を開けてしまったオレに、藤原は首を横に振った。
「これね。いま買ったんだよ、その自販機?みたいなヤツで」
こんなホテルに置いてある自販機っていうとアレか。電動のオモチャとか使用目的不明みたいなモノが並んでる、そこのテレビの横にあるガラス張りの―――。
「だから、食べるのはその口じゃない」
げっ、と思ったのが先か後か。オレは物凄い力でベットへ押し倒されて、纏っていたバスローブも一気に取り払われていた。
至近距離で見る藤原の目には怒濤の色。ヤバい、コイツやっぱり怒ってた。
「んむ‥‥っ、う‥‥」
反抗する前に塞がれた口唇。深くて巧みなキス。もうお互いに身体の弱点なんか知り尽くしてて、そうでなくてもご無沙汰だった身体は一瞬で燃え上がる。
「いーよな。シャワー浴びてサッパリしたんだろ。もう嫌がる理由ねぇよな」
「じょ‥‥っだんじゃねぇ‥っ! ‥っんなモン挿れられてたまるかッ」
「オレがそうしたいのに? ‥‥アンタ抵抗出来んの」
「‥‥‥!!」
カアッと頭に血が昇ったのが分った。
「どーしても。お願い啓介さん。オレのお願い聞いて?」
最悪だ。コイツは分っててやってる。快楽に溺れてるからじゃなくて、藤原相手だからオレが感じるんだって事も。そんな相手には決して逆らえないんだって事も。
―――いいさ、と。頭の中で声がする。
今オレを組み敷く男は―――この腕も首筋も大きな瞳も口唇も髪も―――数週間後には永遠にオレのモノでは無くなるんだから。
「‥‥コレね。中に強い酒が入ってるんだって。チョコ薄いから、力入れると壊れちゃうよ?」
力を抜いたオレに、低く優しい声で藤原が言う。
そしてすぐに、まずは藤原の指がゆっくりと差し込まれた。
「‥‥っ、く‥‥」
何度身体を重ねても、こんなもの慣れるものではない。中で蠢く指の数が増えるに従って、オレはたまらず藤原の首にしがみ付いた。
「もっと力抜かなきゃダメだよ、啓介さん」
知るか知るか。そんな事、まだ服着たままで笑ってるヤツに言われたくねぇ。
余りにも情けなくて目頭が熱くなって来ても、それを止める自制すら効かない。
こんなに好きで好きで、どうしようもないのに。藤原に「走り」を強いて来たオレが、どこへも行くななんて言えないし、ずっとオレのモノで居て欲しいとも言えない。だから自然消滅なんて姑息な手段を借りようとしてる。
そうだ。その虚しさに比べたら、今日のこの醜態なんて大した事じゃない。
「‥‥っ、う‥‥」
指が引き抜かれてすぐに、ぬるりとした異物が内部に押し込まれた。散々指で慣らされた後だったせいか、やけにすんなりと中に収まる。
「体温で表面溶けてるから‥‥アッサリ入っちゃったね」
とか、残念そうに言ってんじゃねぇよ、この外道が。
なんて、心の中で悪態を吐いてる場合じゃなかった。煽るだけ煽られたのに、最終的なあれは与えられぬままで。このままじゃ頭が可笑しくなっちまう。
「どーすんだ、これで? 楽しーんかよ‥‥んなの‥」
「啓介さんは楽しかったかもだけど‥オレは楽しくないッスよ」
「バッ‥!! 誰が‥」
「ほらほら、力入れちゃダメだって。チョコ壊れて中身出ちゃうよ?」
「‥‥うっ」
しかし。実際チョコは「溶けて」来ているワケで。何とも言い難い異物感と共に、オレは得体の知れない恐怖に怯えた。どっちにしてもコレは・・。
「こっ‥壊れたからって何だよ‥‥っ。酒が出て来るだけだろ」
「そーなんスけどね‥。ただ袋んトコに『粘膜からはアルコールを吸収しやすい』って書いてあったから。啓介さん、酔ってトロトロになっちゃうかも?」
嬉しそうにそう言って、おもむろに口唇を這わせて来た藤原に、オレは少々焦った。その軌跡はやはり確実にポイントを突いていて、こういう状態の時はさすがにヤバい。
「ふじわ‥っ、ちょ、‥‥止めろって。力入っちゃうだろ‥‥あ‥ッ」
「いーじゃないですか壊れたって。アンタ酒強いし」
そういう問題ではない。
「気持ち悪ぃだろーが。ンなの中で出ちまったら‥‥」
「‥‥。結局アンタ、オレに抱かれんの嫌がってるだけなんじゃねーの」
「はァ‥‥?」
こんな所業を許すほど惚れてて、その指が肌を滑る度、耳元で囁かれる度に感じまくってんのに―――しかも多分、それを一番知ってるのは藤原だろうに。
「ムカつく‥‥!」
押し殺されたセリフは耳元で。すぐさま耳朶に歯が立てられる。
すっかり勃ち上がっていた根元を強く握り込まれて、悲鳴をあげる前に乱暴に口唇が塞がれた。何が始まったのか全然分らない。
「勝手に何か諦めて、全部投げ出して、そのくせ嫌がったりしてさ。オレ、そーいうアンタすっげー嫌いだよ」
藤原の声を何処か遠くで聞きながら、筋肉の付いた腕がオレの足を抱えてその体勢に入るのを呆然と見ていた。
入り口に、藤原の猛ったものが押し当てられる。
「でも‥‥すげー好きなんだ」
囁きごと口唇が合わさって。同時に最奥まで一気に貫かれた。
「――――――ッ!!」
下半身から背筋を這い上がって来る、いつもの激しい快楽。それとは別にゆっくりと競り上がる浮遊感。藤原が動くリズムと一緒に、すれ合う内部からじわじわと脳を腐蝕して行く。
ああもう。気が狂いそうなほど、欲しくて欲しくて。でも一体自分は何を欲しがっているのか分らなくて―――いつもいつも。
世界が真っ白になる、あの瞬間が来ても。
ふと目を覚ますと、まず耳が水音を拾い上げた。
ああ藤原がシャワー行ってんのか、と思い出すまでに約一分。頭も身体も相当死んでるらしい。
とりあえず、数時間前にしでかした事を頭で反芻してみて、こんなんが「感動の最後の夜!」ってヤツかよと、人並みに落ち込んでみた。ヤツにとっては「最後の晩餐」で、オレは美味しく頂かれちまったワケだ、なんてボケてみても虚しさは埋まらない。
「‥‥啓介さん? 目ェ覚めたんだ」
相変わらず絶妙なタイミングで出て来るヤツだなと思っていると、藤原はぐったり寝転がるオレに被さるようにして顔を覗き込んで来た。そして眉根が寄る。オレは藤原の表情から何かを読めた事なんて殆どないのに、藤原はすぐにオレの感情を読みやがる。
「また、つまんねーコト考えてたでしょ」
心底呆れたらしいそのセリフに、こっちこそカチンと来た。
「あーそうだよっ! また下らねぇ遊びに付き合っちまったなって思ってたんだよ! いきなりあんなモン突っ込みやがって。よりによってこんな日に――」
「こんな日?」
ハッと口を噤んだオレに、オウム返ししておいて藤原が言う。
「オレとしては今日だからなんだけど――まぁそれは置いておいて。こんな日ってどういう意味なんだよ啓介さん? ‥‥大体見当付くけどね」
「‥‥‥‥」
「どうせ、これで最後だからとか思ってんでしょ。四月からはオレ、チームと合流するし、啓介さんも―――でもそれって最後ってコトになんの?」
そんなのオレが聞きたかった。でも聞ける訳がなかった。
これから広い世界を知って飛んで行くお前を縛るような、未来の約束を取り付けたがってるような、そんな質問を投げ掛けたくなかった。
「言っとくけどね。啓介さんがオレを愛しちゃってる以上に、オレも啓介さんのコト愛しちゃってんだぜ」
「あーあー、そうだろうな。あんなモン無理矢理突っ込むし、そのせいで何だか頭ぐらぐらするし。よく考えてみりゃーオマエ、服もロクに脱がずに最後までやりやがって。すごい愛を感じるよ」
「そこで茶化すなよ‥‥」
「おめーは最低だ」
オレがどんな状態でいるか承知の上で、散々好き勝手出来るなんて。
「でも、そんなオレが好きなんだろ」
「‥‥‥っ」
「この先バラバラになって、会えなくなって―――そんなの分ってた事だろ。ここで最後だなんて諦めて、別れるつもりで? アンタそれで平気なんかよ? その程度かよ? 笑っちゃうぜ」
平気な訳なんかない。
きっといつか、泣いて縋ってでも引き止めなかった自分を悔やむ時が来るだろう。
それでも。今のオレは、取り繕ってでも、どこまでもお前と対等でありたくて。このチャチなプライドに、しがみ付いてでもなきゃ、同じ舞台にすら立てないんだ。
「大体、起こるか起こんないか分んないコトを、今から覚悟決めてたって、意味ないと思わねぇ? ・・・オレ、そーいうの嫌いだよ」
「――――でも、それがオレだよ」
藤原が言うところの「無駄な覚悟」を、それでも張らずにいられない。
自分よりも年下の、しかもライバルと目する男に、身体を明け渡して来た期間で培ってしまったマイナスの思考は、すでにオレの一部で。今更放り出す事も出来やしない。
「そうだね‥‥」
でも、あの意識が飛ぶ寸前、そんなオレでも好きだと言った。
その時と同じ顔をして藤原が微笑む。寝転がったままのオレの髪を梳く指が、とても心地良い。
「とりあえず、行けるとこまで行ってみるか‥?」
これがオレの、精一杯の譲歩。
「‥‥了解。愛してるよ啓介さん」
当然、降って来たキスに、今度は違う意味で泣きたくなった。
「そーいやお前‥‥変なコト言ってなかったか?」
さらに数時間後。身支度を整え、あとは部屋を後にするだけとなった時、ふとオレは思い出す。
「今日だから‥‥とか何とか。あのチョコ何か意味あったんかよ」
丁度上着を持った所だった藤原は、オレの言葉を聞いてパッと赤面する。
なんだコイツは?
「お前なァ‥‥あんなコトまでしといて、今更なに赤くなってんだよ‥」
「だってさ、これ‥‥」
「あァ?」
手にした上着のポケットから何やら取り出して、恐る恐るオレに差し出す藤原。
貸せっ、とばかりに引ったくってみれば、ゴミ・・というかビニール製の小袋。中身ナシ。
「‥‥これ‥‥‥‥あのチョコの包み紙か?」
「はい‥」
ビニールの表面。白い地にピンクのハートが舞っていて、それだけで十分寒いのに、更に太字で『恋人達のホワイトデー』。これはシャレか何かか。
「間違いだらけだバカヤロウ!! ホワイトデーってのはなー、普通クッキーとかマシュマロとかよ。‥‥大体オレはお前にチョコ贈った記憶はねぇ!!」
「すみませんてば‥‥」
「うがーーー!!!!」
そう。今日はまぎれもなく三月十四日。
・・・・・こんなオチは要らない。
happiness white day.....
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