十二月の群馬は雪の色に包まれている。
夜の十二時を回った時刻、辺りは静寂に支配され、冬の凍気だけが無機質なガレージに降り積もってゆく。
ささやかな温もりを供給するのは、薄暗いガレージの片隅に置かれた石油ストーブだけだが、それすらこの凍て付いた冬の夜に充分とは言えない。
-----啓介さんが、悪いんだよ。
二十分前、自分を責めた年下の男の言葉は、責任転嫁としか思えない。
自分達ダブルエースは、今夜中に愛車のメンテナンスを自力で行わなければならなかった。兄が何を思って今夜を指定したのかは定かではないが、それがリーダーの命令ならば、反論を唱える余地はない。
だからこそ、啓介は決めていた。早くこの任務を終わらせて、そして……。
そんな啓介の気持ちに気付くでもなく、普段より素っ気無い態度を取った、たかがそれだけの理由で、拓海はいとも簡単に啓介に乱暴を働いた。
可愛らしい顔に似合わず、拓海は時に容赦なく暴力を奮う。自分が彼より余程身長があるから、丈夫にできてるとでも思っているのだろうか。啓介にしてみれば、まったくもって「冗談じゃない」。
力の差はさしてないのだろうが、優しげな顔立ちの拓海を前にすると、どうしても躊躇してしまう。その一瞬の戸惑いが勝敗を分ける要となる。
自分の甘さを後悔するのはいつでも、抵抗できない形に持っていかれた後だ。
ちょうど、今と同じように。
「……っ、おま、え……、っ」
冷たかったはずの床に爪を立てて、啓介は息も絶え絶えに声を紡いだ。
理不尽さを訴える暇もないまま、後から好き勝手に犯されて、
啓介にはすでに怒鳴る体力すらない。
思うがままに啓介を貪った拓海が、ゆっくりと腰を離して己を引き抜いた。軽い衝撃に啓介は低く声を零し、折れそうになる膝を支えるのに必死だった。
「よかった?
って、いいわけねーか……」
まるで他人事のように言う拓海の声が、どこか遠くから聞こえてくる。
弛緩しきった体に渇を入れて置きあがろうとしたが、それもままらなかった。
後手に縛られた腕が痛い。冬の温度に冷え切った床に預ける背中はますます体温を下げていた。
セーターを首元までたくし上げられ、ますます外気との接触が増した。
肌の上をゆっくりと辿る拓海の指先もまた、同じように冷たい。
脇腹を撫で上げ、やがて胸の飾りを探り当てた拓海は、低く吐息で笑った。
「ここ、もう勃ってるよ」
「てめ、ェッ、寒い、からに、決まって……」
「ふーん」
「……、っ」
きつく摘み上げられ、啓介は思わず息を飲んだ。その反応を眺め下ろしている拓海の唇が、浅く弧を描く。
拓海の指先は何度も二つの朱を弄び、冷え切っていた啓介の躰が少しずつ温度を取り戻し始めた。体内に浸透してゆく疼きから逃れようと体を捩る啓介を、だが拓海は許さない。
体重をかけて啓介の体を押さえ込み、焦らしながらその胸を愛撫した。
「-------ッ」
「こんな所で感じるなんて女みてー」
「てめ、誰が、女みてえだと……!?」
「ほら、そうやってすぐ噛み付いてくる所とか」
腕の自由を奪われた啓介に対する拓海はあくまで余裕だ。
睨み上げる啓介など意にも介さず、体の重心をずらすと啓介の下腹部に頭部を埋めた。
「-------っ、クッ」
すっかり剥き出しになってしまった下肢の中央を咥え込まれ、今後こそ啓介は唇から漏れる声を制止できなかった。
先程無理矢理突き入れられた時には一度も触ってもらえなかったその場所は、溜まり切った熱を解放したがってふるえている。
冷え切った体に訪れたその刺激は強烈で、拓海の暖かな口内に招かれ入れるたびに確かな微熱が細胞に浸透していく。
舌先で先端を突付かれ、啓介はぎゅっと瞳を閉じた。
……このまま成す術もなく拓海によって達かされることだけは、プライドが許さない。しかも、こんな半強姦みたいな形で自分を襲った拓海に、いいように嬲られて陥落してしまうなんて。
「まだ暴れるんすか?
往生際悪いなあ」
呆れた口調になって、拓海は諭すように優しく、啓介の唇にキスを落とした。
苦しげに胸を上下させる啓介の頑なな唇を舌先で解し、何度も吸い上げる。-----と、拓海の眉が大きく跳ね上がった。
「……何すんだよ、痛えだろ」
「っ、調子に、乗ってんじゃ、ねーよ」
噛み切られた唇に滲む少量の血を手の甲で拭った拓海は、感情を映さない瞳で啓介を見た。
「その態度。可愛くねー、可愛くねーよなあ。使う気なかったけど、そういう態度取るならしょうがないね」
拓海の言動から不穏な空気を察しつつ、啓介にはどうすることもできなかった。
脱がした啓介のジーンズを拾い上げ、煙草に付随するライターを指に挟んで、彼は振り返った。
「今日は、クリスマスイブですね。啓介さん、知ってた?」
「……だったら、何だって言うんだてめえ」
「こーゆーの、誰が買ってくるんだろーね。ま、クリスマスと来たらキャンドルっての?おあつらえ向きだね」
赤いキャンドルライトの先端に火を灯した拓海を、啓介は呆然と眺めていた。
まさかそんな。藤原がどんなに強引であろうとも、そんなことをするはずはないと思いたかった。
「何、考えてんだ、冗談じゃねえぞ……」
「怪我したくなかったら、動かないでよ」
「---------っ!」
肌の表面に齎されたあまりの激痛に、啓介は全身を引き攣らせた。
拓海は容赦なくキャンドルの角度を傾けた。融け落ちた蝋は重力の理に導かれ、次々に啓介の肌の上に落下する。
表皮を焦がす灼熱、その苦痛は想像以上のものだった。
あくまで拓海を信頼し、それまで本気で抵抗していなかった啓介は、その瞬間、初めて恐怖を感じた。
「や、めろ、熱ッ、お前、正気じゃ、ね」
「だから。動くなって言ってるのに」
「------っう、っぁ、っぁあ!」
冷静な声が返ってきたと同時に、溶解した雫がポタポタと啓介の胸に滴り落ちた。たまらずに喉奥から悲鳴が迸る。
「やめろ、何で……んなこと、すんだよ……、っ」
「何でって、クリスマスだから?」
「全然わけわかんね、……っ、ッアっ!」
苦痛に顔を歪ませる啓介に同情の欠片も見せず、むしろそれを愉しむかのような様子で、拓海は次々と蝋を滴らせた。
赤い蝋が斑点のように啓介の体を汚し、肌の上で液体から固体へと変化を遂げる。
体の上に高熱の蝋を落とされるたびに、啓介の全身は衝撃に跳ね上がった。それでも、こんな理不尽な真似に屈するつもりはなく、必死に声を殺して耐えていたのだが、
「ぅ、あっ、っあ……!」
拓海によって高められた雄に焼けるような痛みが走ったその瞬間、啓介は見栄も体裁も忘れて絶叫した。
跳ねる啓介の体を足の先で抑えつけ、拓海は再度、昂ぶりの先端に蝋を落とした。
「------っ、やめ、ふじわら、や、っぁあ、っあ……!」
啓介が味わう激痛は筆舌にし難く、焼け尽くような痛みが神経を侵すたびに、その引き締まった腹筋が溜まらずにびくびくと波を打つ。
床をのた打ち回ることさえ、拓海は許さない。
この残虐な行為を強いる男が、今どんな顔で自分を視ているのか、それを確認するだけの余裕も残されてはいなかった。
「とか言って、全然元気みてーだよ。実は結構、気持ちイイ?」
「いやだ、やめろ、藤、原、……っ!」
「暴れんなって言ってんじゃん。ほら、手元狂うよ」
「--------っぁっ、あ!」
拓海が意図的に、キャンドルを握る手元を下げた。より低い位置から滴る蝋は、空気に晒される時間が短い分、いっそう高温を保ったまま啓介を苦しめる。
拓海にその痛みが想像できないわけはないのに、彼は容赦なく同じ行為を繰り返す。
「これ以上下から垂らすと、完璧火傷するよ。あー、でもさあ、もう使いモンにならなくなっても別にいーじゃん?」
ぐい、と拓海が啓介の肩を抱いて、腕の中に引き寄せた。
延々と続く地獄のような責め苦にすでに意識を手放しかけている啓介の瞳を覗き込んで、ゆっくりと、蝋に塗り固められたその上に赤い灼熱を滴らせる。
「おれのモンになんなら、こんなの、もういらないでしょ?」
「……っ、く」
落下の瞬間、最初のような痛みはないものの、それでも通常では考えられないこの仕打ち。啓介の、
男としての尊厳を尽く踏み躙る残虐なやり方だった。
このまま意識を手放せば楽になれる。だが、啓介はきつく寄せていた眉根を和らげようとはしなかった。
上がる呼吸の間隙を縫って、鋭く拒絶の声を押し出した。
「誰が……いつ、てめえのモンになった……勘違いも、大概にしろ……殺すぞ」
「啓介さんって、ホント媚びねーよな。この状況下でおれにそんなこと言ったら、どんな目にあうか分かんねーの?」
言葉とは裏腹に、拓海はさも愉快そうに微笑む。
腕の中の啓介を突き放し、再び床の上に仰向けにさせると、もう抵抗らしい抵抗もできない彼の脚を大きく開かせた。
「ふじわ、ら-----ッァ、……いや、だ、もう、やめろよ……、っ」
拓海が吐き出した残骸に濡れるその秘部に、だらだらと蝋を落とされ、今後こそ啓介は泣いた。
熱さと痛み、そして何故信用を寄せていた彼にこんな目に遭わされるのか
理解できない混乱と失望が入り混じり、プライドを捨てて許しを請う以外、できることはなかった。
「やめて欲しかったら、挿れてって言いなよ」
「……誰が、んな、こ、と……ッ」
「可愛くないなあ。そういうこと言うんだったら、犯してくださいってちゃんとあんたが言えるまで、続けるよ」
「------っう!」
あんなに冷え切っていたのが嘘のように、体は熱を持っていた。
堪えることのできない涙が瞳から幾筋も零れ落ち、このから苦痛から解放されるには、目の前のこの男に縋る他はないと、気付く。
自分の気持ちを裏切った張本人に、媚びるしかない、と。
「早く言っちゃなよ、啓介さん」
「……っ、したきゃ、さっさと、すりゃいいだろ」
「何その言い方。全然駄目だよ」
更なる熱い雫が肌の上を焦がし、啓介の感情はオーバーヒートした。
ガキなんだよ、お前は。
いつも好き放題やりやがって、人の気持ちなんかこれっぽっちも考えやしない。
今日がイブだなんて、とっくに知ってんに決まってんだろ。無人島で暮らしてるわけじゃねーんだ、うるせえくらい街中で
クリスマスクリスマス騒ぎ立ててるんだから、知らないわけねえだろうが。
だからこそ、オレは。
お前と。
「……っ、も……犯し、て、藤原……」
屈辱の中、口にした自分の言葉を受けて、体の上に乗り上げた拓海の口元が勝利を確信してふっと綻んだのが、涙で滲んだ視界の片隅に見えた。
キャンドルの炎が吹き消される。そして拓海は、さんざん痛めつけた啓介の体内に深く深く、身を沈めた。
「今夜中に、メンテ終わるかなあ」
さんざん嬲ったあと、あっさりと体を起こした拓海の姿を、啓介は朦朧とする意識の中で見ていた。
「いいよ、啓介さんの分もおれがFDやっとくよ。少し休んでなよ」
「触るな!
人のマシンに指一本でも触ったら、殺すぞ!」
気付けば、怒鳴っていた。どこにそんな余力が残っていたのか、啓介本人にすら分からなかった。
拓海は背後の啓介を振り向いて、読めない表情で少しだけ笑った。
「むかつくー。だったらなおさら触っちゃおう」
「! おまえ……っ」
FDの車体に近付いた拓海は、そのリアでふと視線を止めた。
「これ何?」
「いいから、触んなって言って……!」
啓介は慌てて体を起こしたが、まだ脚に力が入らない。制止させるより、拓海がドアを開いてしまう方が早かった。
「……これって、クリスマスの?
プレゼント? 誰に?」
「……オレを待ってる女は多いからな」
「彼女なんていねーだろ。あけるよ」
「なんでお前が勝手に……!」
満身創痍の啓介を軽く遠ざけて、人一倍嫉妬深い年下のダウンヒルエースは美しく飾られた包装紙を遠慮なく破り始めた。
「……セーター?
男モノだよね。まさか、おれに?」
「……勘違いしてんじゃねーよ。アニキにあげんだ」
こんな言い訳しか浮かばない自分が虚しくもあったが、啓介以上に気まずい表情になったのは、拓海の方だった。
「……何で、もっと早く言ってくれなかったの?」
「だから!
てめェにやるだなんて一言も言ってねーだろが!」
「……だってあんた、今日も冷たいしさ……おれのことなんか全然意識してないのかと思って……」
「気安く触るな」
おろおろと手を伸ばしてきた拓海を、啓介は瞳で威嚇した。
ただひたすら悔しさだけが募り、彼も自分も含め、全てが情けなく思えて仕方ない。
「……お前は、何も分かってねー。オレがメンテに集中してた意味を、何ひとつ分かってねーよ」
走りに関することに、妥協は許されない。だからこそ、一分でも早く愛車のメンテナンスを終えて
、その後に控える時間を拓海と共有しようと。
思っていたからこそ。
「もういい。お前の顔見てるとムカついてくる。消えろ」
「……啓介さん」
自嘲気味に俯いて背中を向けた啓介を、拓海は戸惑いながら見詰めた。
直情的な彼が憤りを顕にしないということは、それだけ落胆が深いと証明しているようなものだ。
これ以上拓海と同じ空間に居ることすら拒んだ啓介はさっさと服を身に着けると、ガレージの重いシャッターを持ち上げた。と同時に、冷たい冬の息吹が真正面から吹き付けてくる。
舞い上がる雪煙に瞳を細めながら、歩み出そうとする啓介の肩に、後から温かい腕が絡んだ。拓海だった。
「……ごめんね」
------ごめんですむと思ってんのか、この馬鹿。
「外、寒いよ。なんかコーヒーでも奢るよ、おれ」
------ふざけるな。コーヒーひとつで懐柔されると思ってんのか。
……やがて、啓介は拓海を振り解こうとしていた腕を、ゆっくりと下ろした。
白い粉雪がふたりを包んで、
静かな夜の帳の中、一度だけ鼓動が重なった。
<BACK>
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SMというより、甘酸っぱい青春というカンジ……
今年もこんな中途半端なまま終わるのでしょうか、私は…(項垂れ…)
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