上手くいきましたな、同士北辰、、これで草壁氏も、、ツッ」
そこまで言った瞬間、
北辰と呼ばれた男が手にした扇子の壱旋で頬を切られた男が蹲る、
言葉を封じられたのだ。
「愚か者、その名前を出すな、ワレラとカレラは一切無縁なモノなのだから」
北辰、まるで蛇のような顔をした男はどこか不機嫌そうだった。
それは、今の会話、傍受されることに無頓着な部下の台詞にでは、ない。
北辰が不機嫌なのは別にある、、この仕事の進みぐあい、
上手くいかなかったのではない、恐ろしく、いや馬鹿莫迦しいくらいにコトが上手く
いきすぎたのだ、、こういう時に無邪気に喜ぶような素人では北辰はなかった。
なにか、ある。
まるで、あたかも、「敵」から誘われたように、
「解せぬ」
解せない、そんなことをしても彼奴らには益などないのだ。
わからない、、
しかし、作戦は成功してしまった。
やむを得んか、、、
「では」そう言い、部下達を残して、北辰の乗る機動兵器、どことなくかつての
『撃我印』を思わせるフォルムのヒトガタ『夜天光』は揺らめきながら消えていった
『いつか遭う貴方の為に』 機動戦艦ナデシコ、より。
ITA(NewMuseumMachine)
ごぼり、、
泡が、2つ、そして3つと、上に昇っていく、、
1メートル程の径の水槽の中、少しばかり黄ばんだ色をした人工羊水、半透明の血の
匂いをした液体のなかに何かヒトのカタチをしたモノが浮かんでいる、
カラダのそこかしこを管やコードで繋げられているヒトガタ、
銀色の髪の毛をした、少女。
体つきは10歳かそこそこであるのに、何故か年齢不相応に成熟しつつある胸元と
腰付きが、何か作為的なモノ、作られた生命が醸し出す、独特な毒毒しさを放って
いる、、、多くの人間は畏怖し、そしてある種の人間は曵かれ恋い焦がれてやまない
独特のオーラを。
彼女の薄く開いた目蓋からのぞく瞳の色は金色
科学者の1人が誰とも無く、問う。
「余尾検査官? このこ、どんな夢を見てるでしょうね、」
「キミが聞きたいのは『赤ちゃんも夢を見るのかしら』ってコト?
まさか、そういった「意識」は彼女には無い筈だよ?」
「ただ只管に人間と演算機の仲ぞえをするために栽培される生命体、ですか?」
「そんなことよりさ、どうかね、木鶴羽美クン、これからちょっと
生命の神秘の考察の続きをどうかなあ、、とか」
「ヒッ、イイデス、、、プライベートと仕事は分けることにしてますからッ、アタシ」
彼等は知らなかったに違い無い。
「彼女」は薄く笑みを浮かべていたのを、もちろん目の前の2人の爛れた男女関係
に苦笑していたわけではない、、そんなものとはまるで無縁だった。
彼女の思いは遥か未来、そして過去に飛んでいた。
ガラスの子宮の中で眠る少女。
彼女は待っていた、「彼」がやってくるのを、、、ただひたすらに。
まだ、会ったことも無いが、彼女は知っていた、、彼のこと、すべてを。
彼女は夢をみていた。
きらめく淡い金髪を無造作に結った白衣の女性、歳は20代後半か30歳前半
だろうか、着衣と、その切れ長の知性の高さを想像させる切れ長の瞳から察する
に彼女は医者か女性科学者だろうか、
彼女は今日も「底」に来ていた。
彼女、、イネス・フレサンジュ。
其処、その場所周辺を奇妙な紋様で穿かれた場所。
彼女は今日も「其処」に来ていた。
イネス・フレサンジュは火星ユートピアコロニー跡、極冠遺跡最深部、
紡錘体を逆さまに掘ったような、ちょうどそこの天辺の底にいた。
彼女を金色の光が照らしている。縄文の模様を穿かれた巨大な四角い箱。
後に、「自律型因果律配列機構」(じりつがたいんがりつはいれつきこう)
と名付けられることになる『古代のコンピュータ』が
演算のときに発する光の照り返しだ。
そして、
イネス、、彼女ともうひとり、、7歳か8歳くらいの女の子
にんじん色の髪の毛を2つに結った女の子
「!!? おばちゃん!!、怖いっ、怖いよう!」
見れば、その子の体には遺跡も紋様と同じパターンが浮かび、そして発光し、
足のほうは、半透明になって行く
そう、消えかかっていたのだ。
「やだ! あたし、、お兄ちゃんにまだ会ってないよ!」
イネスは彼女の目線にしゃがみこみ、彼女の両手を包みこむように握りしめる
その子同様にイネスもその切れ長の目蓋から滂沱の涙を流している
見つめあう、イネスと少女。
向かい合っている様(さま)はまるで「母娘」のようでもあった。
2人はそれほど似てはいないのだが、不思議とそう見えた。
イネスは、「無くなっていく自分」に怯え、そして「彼」と離ればなれになることを
悲しんでいる少女に語りかけていた。
イネスはこの先に起きる全てのことが判っている、その少女の運命が変えようも
ないことも、
全部知っていた、全部思い出した、から。
だからこそ、
唇から発する少女への言葉は、まるで、
まるで、
自分自身に言い聞かせるように。
「遇えるわ、絶対に会える! あなたは強い子でしょう? だから信じて。
そして忘れないで! あの人の顔、あの人の声、たとえ、どんなことがあっても」
忘れないで!
その言葉に安心したのか、その子は「笑顔」を残して消えていった。
消えた、、いやジャンプしたのだ、20年前に、
その子こそ20年前のイネス・フレサンジュである。
イネスの、「i」 アイちゃんと呼ばれていた少女。
2年前、「木連」からの「帰還戦争」の布告の第1目標
として焦土と化したユートピアコロニー、その避難壕で彼女は彼と会った。
彼と。
アイちゃんの初恋のひと、イネス・フレサンジュの忘れえぬひと。
そして彼が其処にあらわれる、、
彼が4メートル程の大きさの人型機動兵器から飛び下り、自分の方へ向かってくる
ああ、、お兄ちゃん、、お兄ちゃん、、だ。
「タッチの差、だから急いでって言ったんだけど、ま、これでいいかも」
それでも、いつもの「自分」を装ってみる、しかし駄目なのだ、自分でも語尾が震えて
いるのが判る。彼の前で今日も普段通り「自分」を演じられるのだろうか?
いつもの自分、「気さくでちょっと変な女性科学者」「学校で言えば生徒に人気の高い
保険医」 装っていたわけではないが、いつのまにか自分でもそう思っていた、
そう言うポジションだと決めていたのに。
彼が自分の前で、何か喋っている、「すまない、すまない」とくり返し、許しをこうて
いる、、なんであやまるの? あなたのせいなんかじゃない、、あなたがいたから、
少しでもあなたの思い出が残っていたから、あたしはそれを思い出そうとしてここま
できた、、だからあなたにも会えて、あたしにも会えたのに、、
「ごめん、アイちゃん、助けられなくて」
彼が泣きそうな顔で続けている、そう彼にとっても、それは「気がかり」なことだった。
避難壕への「敵」の侵入、無謀な彼の勇敢な抵抗、敵に向かっていく彼を追い掛けて、
その爆発に巻き込まれたアイ、
彼が気が付き、辺りを見渡しても、そこに「アイちゃん」は、、
居なかった。
あの爆発で、過去に飛ばされてしまったなんて、、
おれが、、あんな余計なことさえしなきゃ、
オレがアイちゃんの、、イネスさんの人生を滅茶苦茶にしてしまったんだ。。
どうしよう、、どうしよう、、どうしよう、、、
心臓の動悸が高まっていくばかりで何もできない自分、、
そんなテンカワアキトを見つめているイネス。
彼の「自分に済まない」と言う気持ちがわかるから、そのためにどんなに苦しんだかが
わかるから、、彼女は微笑んでみせた、、済まながることなんて無いのよ、と。
御願い、そんな顔、もうしないで。
おねがい、、そんな、、男の子が女の前で泣かないでよ、、
あなたは、あたしの、、アイちゃんの大切な「お兄ちゃん」なんだよ?
だから、、あのときみたいに、、
あたしを励ましてよ。
自分に言い聞かせる、、これはアタシじゃないの、アイちゃんが泣いてるの
アイちゃん、漸く、あなたを、お兄ちゃんに会わせてあげられたよ?。
「ようやく、会えたね、お兄ちゃん、、、」
次の瞬間、
イネス・フレサンジュはテンカワアキト胸のなかに飛び込んでいた
柔らかく受け止めるテンカワ、柔らかく抱き合うふたり
それぞれの腰にまわした腕に力がこもる。
しだいに固く抱き締めあっていく2人。
ここまでは、あのときと同じ。
そして暫くして、ゆっくりと離れていき、、
見つめあう、ふたり、
イネス・フレサンジュのほうから目を反らす、
「あたし、すっかりオバちゃんになっちゃったでしょ、、説明おばさん、だったっけ?」
「え・・・そんなことないです・・・イネスさんは・・・アイちゃんは・・今も
とても綺麗で・・・とても可愛くって」
「イチイチ、そのコトバの間が、、無理してるって感じよ?『お兄ちゃん』?」
首を傾げて戯けてみせるイネス、
「可笑しいわよね、年下のコに『お兄ちゃん』、だなんて」
テンカワに笑いかけてみせる、、笑いかけている筈だった、
「も、もう、泣かないで、、泣かないでよっ、イネスさん」
テンカワの手の平がイネス・フレサンジュの頬を包むかのように添えられる、
彼の視線、心持ち、少しばかり彼女を見上げる目線なのがイネスには少し哀しい、
じっと、、彼女の瞳を見つめている、彼。
彼の顔が近ずいてくる。
「アキトく?・・ねえ・・・ちょっとこれって・・ん」
!!!!
気が付けば、そこは彼女の個室、、彼女の部屋だった。
科学者という職種から何処か雑然とし資料の類いが床に散らばり、、といった、
職種から連想する部屋、とは程遠い、彼女の実年齢からいくと、少しばかり少女趣味
に過ぎる、、まるで、「こどもべや」である。
部屋の天上には、なにやら可愛くディフォルメされたイルカだの鯨の風船まで浮かんで
いるのだ、、そしてこのところ、その数が増えぎみであった。
部屋に同僚の科学者を招くこともあるのだが、そのときは彼等は暫くの間、扉の外で
待たされることになる、、その待機時間もまた次第に長くなりがちである。
その間、ドタバタと何やら喧しい音を聞かされることになる。
ブブブブブ、、幽かに電気音が部屋の空気を震わせている、、机の上でスクリーンが
浮かび、明滅をくり返している。
コンピュータ端末の画像インタフェース。
20世記後半のようなレトロなブラウン管に情報を映すのではなく、
情報を空間に直接映している。空間を彎曲させて、そこに映像を映すのだ。
映像が電源が入ったままの卓上には何その枚もの画像が浮かんだままになっていた。
その片隅に設えられたベッド。
縫いぐるみの熊の騎士に護られた、お姫さま、と言う感じだろうか。
彼等が彼女を見守っていた。
「ん・・・んん」
イネス・フレサンジュが上半身だけ身を起こし、シーツで胸元を隠すようにして
虚空を見つめている、いや視点は合っていなかった。
シーツの下の脚を曲げて、そのまま体育座りの格好に、、こてん、と横に倒れる
その格好はまるで、胎児が母親のお腹のなかにいる時の格好の様、
ベッドにはらりと金色の髪の房が流れ、渦を作る。
また・・また、この夢、、だ。
このところくり返し見る夢、
あたし、、アキト君と、、キス、、してた。
唇に指をそえてみる、、、
今日はアキト君のほうからだったけど。
「・・・・・!・・・やだ、、あたし、この服のまま、寝ちゃったの?・」
ここで漸く、机を灯きっぱなしにしていたことに気がつく、電灯を消して寝る習慣の
無い彼女だったが、さすがにマズいと思ったのかベッドから立ち上がって机のほうに
向かう、、足下がおぼつかない、、あたし、いつの間に寝ちゃったんだろう?
三メートル程離れた机の方へと向かっていく、すると。
フッ、、
部屋の照明、、そして映像の類いが一斉に消えた。。
1分、、
三分、、
そして、10分
彼女は其処にしゃがみ込んだまま動かない、、いや動けない、
部屋の入り口のパネルに触れるなり、いや、音声命令なり、彼女には組み込まれてい
る視角野投影システムのスイッチを入れてもいいのに、、
ただ「灯け」と念じれば良いのに、それをしていない、
いや、出来ない、、
ガタガタ震え、、そこに蹲っているだけ、、、、
そして小声でブツブツとくり返している。。
「お兄ちゃん、、お兄ちゃん、、助けて、、、怖い、、ひとりにしないで、、
どこにもいかないで、、、あたしを、、アイのこと、、どこに行っちゃうの?、
お兄ちゃん、、お兄ちゃん、、お兄ちゃん、、、お兄ちゃん、、」
彼女が部屋の電気を消せない理由。
自分の頬を包みこんで見る、、暖かい、、まだあたしは「在る」、ここに居る、、
髪の毛を撫でてみる、、ここに在る、胸元を辿り、、腰元へ、、在る、、大丈夫。
脚を、、脚を、、、脚を?
脚が、、無い。
「いやっ、、お兄ちゃんっ、おにいちゃあああああん」
キンッ、、
突然、部屋の電気が消えたのと同じように再び突然電気が灯いた、、、
いや、そうではない、机のあった場所からの明滅がひと際強く輝いているのだ。
その光のカタマリは、次第に集まっていき、何かのカタチを成していく、、
そのカタチ、、
「・・・・・・ア・・・イ・・・ちゃん?」
「久しぶりだね・・・おばちゃん・」
そう、それは、手元にオレンジを、、あの避難壕で「彼」から貰ったオレンジを大事
そうに抱えた女の子、アイちゃんと言うあだなの女の子。
イネス・フレサンジュ、だった。
「そんな・‥、そんなことって無いわ‥‥‥‥だって貴方は‥‥
あの後、20年前のユートピアコロニーに‥‥‥‥」
20年前、まだコロニー敷設の調査中であったころの極冠に広がる砂漠に、
アイちゃんが、
イネス・フレサンジュは飛ばされたのである、そして時同じくしてコロニーの為の調査
をしていた研究チームが彼女を発見。
その地下10キロに「何か」があるのを発見した彼等が、膨大なエネルギー反応の調査
に向かった先に倒れていたのがアイちゃんだったのだ。
「名前、、、言えるかな?」
発掘調査のリーダーが幼い彼女に聞く。
「・・・・・・」
少しばかり考え込んだあと、、彼女は再び気を失った。
余談であるが研究チームのリーダーであったのがテンカワアキトの父であった。
その助手が後の彼の母親であった。2人はほどなく結婚し、そして「彼」が生まれた。
「彼」が生まれた頃にはイネスは入植事業も手掛けていた「ネルガル」の養護施設に引き
とられていたから、「彼」とイネスが再び出会うのは、その20年後になる。
「そうなの?‥‥‥あたし、おばちゃんとお兄ちゃんに会いたかっただけなのに」
なるほど、だからこそ、彼女は「過去の同じ場所」に転位したわけだ。
そして彼女の転位先は常に彼と彼女自身の居る場所であったのだ。
しかし今のイネスにそんなことを考える心の余裕はなかった。
「あたしね・・もう何度もおばちゃん達に会ってるよ、だからおばちゃん達のこと
みんな知ってるんだ」
「みんな‥‥‥知ってる」
そんな筈ない、あたしは全て忘れていたはず、、
「そうだよ‥‥おばちゃんが未だお兄ちゃんの事を好きなことも」
イネスにかまわずアイちゃんはおしゃべりを続けている。
「へへ、あたしと同じだね」 にぱあ、と彼女は笑った。
あたしと同じ、
アイちゃんはお兄ちゃんが、、アキト君のことが大好き、、
「そ!‥‥‥そんなこと‥‥ないわ」
「そんなことないよ! あたし知ってるよ、「あの人」よりずっと好きなんでしょ!?」
「違いますっ!」
あのひと、、ミスマル・ユリカ、、「彼」の大切なひと。
あたしより、大切なひと、、ううん、、だってそれは初めからそうだったじゃない。
諦めたわけでも、受け入れたわけでもない、、だって、あたしと彼はなんでもなかった。
ただ、無くしてしまったパズルのピースだっただけ、
「じゃあさ、なんで、お兄ちゃんって叫んだの?」
「そ‥‥‥それは‥‥」
「そうだよね‥‥だって‥‥おばちゃん‥‥あ、おばちゃんなんて言ったら
怒るよね、でも何がいいかなあ、、」
「なにがって、、、」
「そうだ、、、イネスママは?、ねえ、、これがいいよっ
だって、おばちゃん、ママみたいなんだもん」
固まったまま動けないイネスを他所に少女は部屋を興味深く見回して、部屋の調度品を
手にとってみたりしている、、「カッワイイイ、可愛いねえ、これ」
その縫いぐるみを手にしたまま、少女は続ける、
「いいなあ、おばちゃんの部屋、、あたしもこういうの欲しいっ、だってねえ、
ママったらひどいんだよ、、あたしテスト頑張ったのに、頑張ったら買ってくれる
って言ったのに、約束やぶるんだもん、また今度って、ひどいよね、、
でも、羨ましいなあ、、あたしもおばちゃんちの子だったら良かったのに、そうだ!」
突然、イネスのほうに向きなおる
「おばちゃんが、あたしのママになればいいんだよ、、それで、、それでねえ、
パパは、、パパは誰がいいかなあ、、ふふ、、やっぱり、やっぱり、お兄ちゃん
だよね?」
イネスの腿にかじりつくようにしがみついてくる少女。
「おにいちゃん、、、アキト君、、のこと?、、だからそれは違うって、、」
「うそだよ、だってだってさっきだって、さっきだって、あんなに何度も何度もキス
してたじゃない?、それって『好き、好き。好き』だからでしょ?」
「それは‥‥‥‥それは‥‥だから‥‥違うのよ‥‥」
心臓の鼓動が早くなっていく。
「わたし、わかったよ、オバちゃんが、、ううんママがドキドキしてたの」
少女、、アイは舌を少しだけ出して人さし指の先をペロリと舐める
「なんだか、おくちがムズムズして、頭がぼんやりしていくの」
「ア・・アイちゃん」
イネスのなかに蘇る、あの時の感触、
実際体験しなければ体現しえない感触が艶かしくイネスの唇に蘇ってくる、、
ファーストキス、、施設を独立して、彼女はコロニーのなかでも有数なネルガル系の
教育期間に入学し、そのハイスクールの中での淡い恋、「イネス」の初恋のひと、
「あのときのお兄ちゃんもお兄ちゃんに似てたよね、、だからあたし本当はヤだった
んだけど、ママの思い通りにすることにしたんだ」
アイが、彼女の着ている質素なトレーナーの服ごしに胸元に触れる
「あっ!」
イネスが軽い叫び声をあげた、「や、、やめ、、、アイ、、ちゃん、、駄目っ」
そう言いながら、イネスは自ら絹地のブラウスのボタンを自ら開けて行く
いや、勝手に指が動いて、ボタンを弾くように外していく、、
あのときのように、、彼の前で自分から脱いでいったように、、、
違う、、あのときは自分みずから、、陶然とし、目の前の好きな人に捧げたのだから、
しかし、
今は違う、、自分の意志ではなく、勝手に指が動いている
自分で、、自分を、、
「いや、いやあ!、、アイちゃん、、やめて、こんなこともうやめてえ!」
「ねえ、知ってるママ? あのひと、ママの最初のひと、どうしてママが好きに
なったか知ってる? ふふっ、それはねえ!」
バンザイをするようなポーズでアイもトレーナーを脱いでいく、
その動きにあわせ、ブラウスを肌けていくイネス・フレサンジュ。
「!!!!いやッ言わないでッ、、あっ、もう、、もう止めてっ、」
上半身裸で、そして下半身は肌にピッタリとフィットしたスパッツのアイが
イネスにちかよりながら、耳もとに唇を寄せながら言う、、
「どうして?、おかしくないよ?、だって、それは、、お兄ちゃんの」
あたし、テンカワアキト君の面影をそこに見ていたの?
イネスの頬に口つけしながら首に手をまわすアイ、イネスの頭を抱き締めるように
やがてイネスの頬に自分の頬をすりよせ、横目でイネスの頬をのぞきながら、
「だからね、わかったでしょ?ママ?、ママったらお兄ちゃんのこと大好き
なんだから」
「違う、、、違うの、、、」
擦り寄せていた頬を放し、イネスに向きなおるアイ、、
「ねえ、キスしたいんでしょう? イネスママあ? お兄ちゃんとっ」
ちゅっ、
アイの小さな唇がイネスの唇に押し付けられる、そして2、3度、小鳥がつつく様に
唇を触れあわせると、アイはこんどは強く唇を押し付ける
ちゅっ、ちゅううッ、、唇が離れるたびに、2人の唇の間を煌めく細い糸が、そして
それは重力にしたがって垂れ、2人の顎を濡らしていく、
「ほらッ、イネスママあ、もっと、おくち開いてえ」
「あっ、、だめッ、、アイちゃん、、やめなさいッ、、、あっ、、んんっ」
アイの唇が触れ、そして離れる、アイは唇から舌をちょっとだけ出し、イネスの唇を
子犬のようにピチャピチャと舐めている、、やがてイネスも、それに応えるかのよう
に、おずおずと舌をのばしていく、絡み合う舌と舌、
2人のだ液の立てる音が部屋の中に響いた。
「ママ、、気持ちいい?、、気持ちいいよね?、あのね、お兄ちゃんのこと考えるのよ。
考えるとね、もっと気持ちよくなるんだよ?」
「おにい、、ちゃんん?、アキト、、アキトく、、」
「そうだよ、、そうやってお兄ちゃんのこと呼ぶの、好き、、好きって」
「アキトく、、、あたしが、、アキトくんを?、」
既に、ベッドの上に倒れふすようになっているイネスの目の前にアイが居る。
アイは自分の胸の前で手を広げると、、
「ママ、、もっと気持ちよくしてあげるね?」
ゆっくり、ゆっくりと、拳を握り、、そして広げる、、ゆっくり、ゆっくりと
くり返す、、すると、
「ああっ」 イネスフレサンジュが乳房を抱き締め、蹲る、
「だめだよ、我慢したら」 アイが人さし指と親指で何かを摘むように抓るように
動かす、、パチン、と音がして、イネス・フレサンジュのフロントホックのブラ
ジャーが肩から落ち、胸元を隠すようにして組まれた腕のほうまでずれ落ちた。
組んでいた腕の力が抜け、自分の意志と関係なく広げられていく、
「あ! あああ?」
その腕、、手、、指は、自分の乳房へと、
腋から包みこむようにして、5つの指で被い、指先に力を込める。
目の前のアイが両手を広げ、グー、とパーを、指を結び、また、ひらいていく、
そのくり返し、
「あっ、、だめ、、、ムネに、、ムネに触らないでッ」
「やわらかーい、やわらかいね、イネスママのおっぱい」
イネスの真っ白で撓わなふくらみが、イネス自身の白い指先で水風船に力を込めたときの
様に、ぐにゃ、ぐにゃと揉みしだかられいる。力を込めているのはアイ、そしてイネス。
「おっきいね、、、ねえ?、、イネスママあ?、、イネスママのおっぱいも
ママみたく、ミルク出るの?」
「ミルク?、、出ないわ、、そんなの、、あッ、やめなさいッ」
アイが、上唇をなめるような仕草をみせる、すると
「あっ、、、やあっ、いああああ〜」 イネスが鳩尾のところで両手を組むように、
自分の体を抱き締めるようにして仰け反る、その組まれた両腕に豊満な2つの白い膨らみが
持ち上げられ、ふるん、ふるんと揺れた。体の動きにあわせ、乳房が、そして美しい髪の毛
は揺れる、前髪は汗ばんだ額に貼り付き、頬に貼り付いている。
「もっと、吸わせて、、ママ」
アイの唇が今度は直接、イネスの乳首に触れる、
乳房の、、、乳首に電気が走ったような感覚、、おそるおそる、その感覚の先を見る
見れば、すこし楠んだ肌色をした乳暈、イネスのすこしばかり大きめの乳暈が腫れあが
ったように隆起しそのまん中にある乳首もまた、充血し勃起していく、、
「うーん、やっぱり出ないのかなあ」 アイが首をひねる、イネスの乳房に顔を埋め
ながら、「そうだね、やっぱり、、赤ちゃん出来ないと、おっぱい出ないよね?」
「赤ちゃん、、、赤ちゃんって、、、」イネスが絞り出すようにして声を発した、
しかし、さきほどまでと違うのは、その表情は苦しげではなく、頬を赤く染め、目を
潤め、だらしなく開いた口元からは涎を垂らし、「気持ち良がって」いるのだった。。
「うん、赤ちゃん、、イネスママの赤ちゃんだよ?」
今度は直接イネスの乳首を吸うアイ、なんどか吸う行為をくり返す、その間イネスは
苦しくも、込み上がってくる快感に眉に皺をよせ、喘ぐ、
「ねえ、、イネスママも欲しいよね、、お兄ちゃんの赤ちゃん?」
「あ、、、あ、、アキト、、君、、の、、、あたし、、と?」
アイの小さな唇は胸の谷間からイネスの鳩尾、臍、、少しばかり出ている下腹部へ
イネスの指がアイの髪の毛を撫でるように、頭に添えられる、アイの愛撫に抵抗する
ようでもあり、また自ら誘うようでもある、
「ね、、こんなの脱いじゃおうね」
上半身だけ起こし、残っていたスパッツをパンツごと脱いでいくアイ
「ホラっ、ママも脱ぐんだよ?、、うん、こんな邪魔なのポイしちゃおうね」
「あっ、あああ〜?、だめ、、こんなのだめっ、アイちゃん、やめてっ」
イネスの両脚が開き、その動きに合わせストッキングが破けていく、次にブラジャー
がそうであったように、イネスのショーツが、アイの誘導によって腰からずれ、する
すると膝まで下がっていった。開かれた両脚の間にアイが割り込み、しげしげとイネ
スの陰部を見つめる、「じゃあ、じゃあいくよ?ママ?」
アイは口を広げる、その舌と唇にだ液の糸が広がり、それは輝く、少女であるはずの
アイの瞳はギラギラと輝いていた。
肉食獣が草食動物の内臓を目にしたときのように。
唇をイネスの陰唇に近寄せていく、アイ、「じゃあ、してあげるね、、もっと気持ち
良くしてあげるね、、」
「アイちゃん駄目っ!」
ぴちゃっ、、
ぴちゃっ、ぴちゃっ、ぴちゅっ、、、
アイの唇、舌が、イネスの陰部を抉り込むようにして舐めていく、その動きに合わせ
てイネスの体もまた揺れる、乳房が、ゆっくり、たぷん、たぷんと揺れ、髪の毛もまた
シーツと擦れるたびに微かな音をたてた、
「ああっ、、アイちゃん、、駄目っ、、もう、、もうゆるして、、勘弁してえ、、」
「ここから、、赤ちゃんが出てくるんだよね」
「あ、、あかちゃん、、?」
「ウン、、イネスママとお兄ちゃんの」
「アキト君と、、、あっやめなさいっ!」
4つの指で無造作にヴァギナを撫で回すアイ、痛みと快感がイネスの背骨を電撃の様に
駆け上がる、「ひっ、ひいいいっ」
「気持ちいい? 気持ちいいんだ?」 その動作を速めていくアイ
びちゅっ、ぶちゅっ、、肉と液体が醸す音かイネスの陰部からこぼれる、愛液が陰唇か
ら溢れだし、アイが指を引き抜くと、大量にお尻のほうへ、シーツに染みを作った。
「やだあ、ママったらお漏らしして、、」
股間から上目使いでイネスを見上げるアイ、
「ゆるして欲しいの?」 こくりと、弱々しく頷くイネス・フレサンジュ。
「じゃあ、言って、、お兄ちゃんのこと好きって、、ほんとはお兄ちゃんに
こうして欲しいって」
陰唇に口をよせ、そのまま吸い込むようにして貪りつくアイ、
「あ、、そんな、、そんなこと!!、、言えない、、そんなこと無いものっ」
「じゃ、許してあげない、絶対にゆるさない」
「え?」
「ママ、お兄ちゃんのこと、アイちゃんからとっちゃったんだよ」
「そんな、、そんなことしてないわ!」「ウソ、お兄ちゃんのこと、ママったら忘れ
ようとしてた」「それは、、それは違うのっ」「ウソ!」
「ほんとはお兄ちゃんのこと好きなのに! 大好きなのに!!」
「アイちゃん、、、あッ、、もう、、もうやめなさいっ、、」
くるりと横向きにされるイネス、豊かな乳房がベッドで潰れる、なんとか身を起こし
四つん這いになる、いや四つん這いにされたのだろうか?
「ねえっ、、御願いだよ、おばちゃん、、お兄ちゃんと、お兄ちゃんと
結婚して、、ねえっ!」
「結婚、、結婚って?、、アイちゃん、、、アイちゃん?」
お尻を割るようにアイは拳を、桃のような白いイネスの臀部の肉をわり、そこから
割れ目に沿って、指を這わせていく、
「イネスママ、、こうされるのが好きだったよね、、あのひと、、ううん次のひと?
次の人はこれっぽっちも、お兄ちゃんに似てなかったのに」
次の人、火星遺跡のネルガルの研究施設に勤務するようになってから出会った男
その男は、初恋の人とはまるで似ていなかった。
「オレ、、あんたの誰かのかわりじゃないんだよ!」
大学でのカレの捨て台詞。
「ねえ、、ねえ、、どうしたら許してくれるの、、ねえ」
荒い息を吐きながらイネスはアイに懇願する、アイは、、
「わからないの?おばちゃん、自分のことだよ?」
え?
自分のお尻のほうに立っているアイを振り向きざまに見る、すると、
アイが両手を目にあてて泣きじゃくっていた。
「好きなんでしょ?、ねえ、おばちゃん、、、好きって言ってよっ!」
背中に、何か押し付けられる力が加わる、抵抗することも出来ず、イネスは再びベッド
にうつ伏せにされた。。
それでも、なんとかイネスはアイのほうに顔を向け訴える、
「好きよ、、大好きよ、、あのひとのこと、、でも、もうそれは出来ないの、
わかって、、ねえ、、わかってよ?」
イネスもまた泣いていた。
「おばちゃん、、、」
イネスの首に抱き着くアイ、一瞬なにか言いたげな、泣き出しそうな顔を見せたあと
「やだよ、、こんなの、、あたし、、好きなのに、、お兄ちゃんのこと、大好きなのに」
「あたしっ、、あたしも、、好きっ、、アキト君のこと、、好きっ、大好き」
腰元に脱力感、、股間から何かしたたっているのが判る、、
はあっ、、はあ、、はあ、、はあっ、、「好きっ、、アキト君、、、すきい、、」
イネスは片手で体を支え、乳房を揉み、次ぎは頬で上体を支え、指で陰唇を割るように
して、なかに押し込み、かき混ぜた、、イネスの腕に愛液が滴っていく、、
アイも自分のまだ未発育の秘所を自分で割り、一心に撫でまわしていた。
「あっ、、、アキト君、、好きっ、、好きっ、、好きイイ〜〜」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、、おにいちゃあああん」
イネスとアイは同じに叫び声を上げ、イネスはベッドのなかに倒れ込み
アイは床にへたりこむようにしてしゃがみこんだ、
アイのしゃがんでいる床に染みが広がっていく、
はあっ、、はあっ、、はあっ、、
「ア、、アイちゃん、、?」イネスは体を起こし、よろめきながらも這うように
してアイのところに向かう、そしてほとんど、しなだれかかるようにしてアイを抱きし
める、「アイちゃん、、ごめんね、、アイちゃんにこんなことさせて、、あたし」
アイちゃんを望んだのはあたし、イネス・フレサンジュだったのかも知れない。
「ううん、あ、あたし、嬉しかったよ、、おばちゃん、まだ、お兄ちゃんのこと
好きだったこと」
「『好き』って言って欲しかったの? だからあんなことをしたの?」
したのは自分自身だ、とうに気がついている。
イネスの首に抱き着くアイ、一瞬なにか言いたげな、泣き出しそうな顔を見せたあと
「ゴメンね、おばちゃんに酷いことして」
「いいのよ、、さあ、、いらっしゃい」 アイを胸元に招き抱き締めてあげる。
うっとりとした顔をして、胸元に顔をうずめるアイ、
「ねえ、、ねえ、おばちゃん、、さいごにもう1回だけ、、」
「なあに?」
額をコツンとあててくるアイ、イネスもアイの瞳を覗き込む
「アイの最後の御願い、聞いてくれる?」
頬に頬を当てて抱き締めているイネスには、そのアイの表情は見えない。
アイは、すっかり息が整った様子で何かを見つめていた
そして笑っている。勝ち誇るように、
卓上の「窓」の中に、ひとりの少女が映っている、少女は窓の中で
ガラスを叩くようなポーズを見せている。
イネスに抱き着いているアイちゃんと呼ばれていた少女が、
その窓を一瞥すると、窓は瞬時にしてかき消えた。
その消えていく窓の中で少女は泣叫んでいた
ずっとイネス・フレサンジュの名を、、「ママ!!、ママあ!」と叫んでいた。
イネスはそれを知ることもなく愛おしげに少女を抱き締めている。
「ねえ、、アイちゃん、、御願いってなあに?」
「ウン、、それわね、、」
あのあと、彼女はバスルームのなか、打ち付けるシャワーの雨のなか目を
さました。目をやると栓が抜けているのが見える、
バスタブの中で、膝をかかえ眠っていたのだ、、あたり一面には、部屋同様に
年がいも無い、お風呂の玩具。。
「・・・・・」
イネス・フレサンジュは、なにごとか考えたあと、少し深呼吸をし、
風呂の栓を填めると湯の蛇口をひねった。
玩具を一斉にバスタブの中に入れると、バスタブのお湯が溢れるほどに溜まった時点
で今度はバスタブの栓を抜く、、
くるくると回っている、アヒルたち、、
それらを無表情に見つめているイネス・フレサンジュ。
イネスは翌朝、まだ日が上がり切らない内に、それら玩具を、部屋の玩具達もまとめて
全て、、捨てた。
その翌晩から、夢の中にアイちゃんが出てくることはもう無かった
あんな「あさましい」夢を見ることも、、
それは、自分のなかでも整理がついたと言うことなのだろうか、
後日、
ハネダ、、スペースポート。
『ふふ、それにしても、可愛かったわ、アキトくん』
かつてのナデシコのクルーと一緒に、離発着のリニアレールから1キロほど離れた、
いわゆる「見送り台」で、発射される、新郎テンカワアキトと新婦ユリカの乗った
シャトルの発射を待つ、イネスフレサンジュ、
『式の最中もアタシと目があうたび、あわてふためいちゃうんだもん』
それは結婚式を控えた、そう、前日、それでも屋台を引くのを欠かさない、彼、
アキトの仕事の帰りを待ち、長家からほどなく離れた空き地から彼を呼び出した。
「なんスか?」動揺を隠せないアキト、ここのところイネスのほうから彼を避ける様
にしていたからだ、、それでなくても彼には彼女に思うところがあった。
いまだに癒えない、いやずっと続くトラウマのようなものなのだろう。
「ううん、、ゴメンネ、、明日、いよいよなのに」
「いいッスけど、、どうしたんですか? あれ酔ってます?顔、赤いですよ?」
「ウン、ちょっと飲んできたから、、とと」
足下をふらつかせる、もちろん、演技だ。
無理矢理、テンカワアキトの胸元に抱かれることに成功した。
「ねえ、アキト君」
「はい?」
可愛いったらなかった。、
そして思う、、、可愛いなんて思うってことは、もう彼は「お兄ちゃん」では無いの
だろうな、と言うことを。
「お兄ちゃんか、、」
「おい?、、なんか言ったか?」
傍らに立つスバルリョーコがイネス・フレサンジュに 聞いてくる、
やだ、この子、涙でお化粧がドロドロよ、、ふふ。
「しっかし、テンカワくんもいけないねえ、、誓いのキスであんなに真っ赤になっちゃ」
そう言うのはアカツキナガレ、ネルガルの若き会長だ、
イネスが破顔する、きっとそれアタシのせいだわ。
あのあと、、目が点になった彼の唇を、、アタシは
「なあに、そんなに嬉しそうな顔して?」と、聞いてくるのは操舵手だったハルカミナ
ト、傍らにはホシノルリ、白鳥ユキナがいる。
「ううん、、あたしもイイ人みつけようかなあっってね」
「それはいいわね、うふふ、、」ハルカの言葉は、発射レールを滑走するシャトルの号音
にかき消される、双胴の大形串型機に載せられたシャトルが宇宙へと舞い上がっていく。
新婚旅行先、はアキトとユリカが出会い、少年少女のとき、一緒に暮らした火星、だ。
そして其処は、あたしとカレが出会ったところでもある。
『少しはアタシのことも思い出してね、お兄ちゃん』
テンカワアキトとミスマルユリカを載せたシャトルを見上げるイネス・フレサンジュ
澄み切った青空、、そこには澄み切った未来もまた広がっている筈だった。
、、、2年の月日が流れた。
ズムッ、、
黒い胴着の男の拳が、長髪で白いガクランの男の鳩尾に刺しこまれる。
何度も何度も、白衣に、叩きのめされ蹴倒され、投げ飛ばされたあとの、回心の一撃。
そのときの動きは殆どの物にとって見ることが出来なかっただろう、
「よくも、ここまで、、」なんとか立っている白いガクランの男、
ツクオミゲンイチロウ。黒い胴着の男テンカワアキトの「木連式柔術」の師範である。
そのテンカワアキト、
三年程前のなよなよした気の優しい青年の雰囲気は既に無くなっていた、
しばらく剃毛していたのだろうか? 短い黒髪、そして印象的な灰色の瞳
その瞳には何も「像」を写し出しては居ない、いや見えないのだ。
「わかったよ、「速いと知れ」ってコト」
「そうだ、神経節をナノマシンに変えられたオマエに必要なのは「想像」することだ」
ぐしゃり、と崩れ落ちるテンカワ、
そのテンカワアキトの傍らに、殆ど噛み付くようにして飛び込んでくる女がいた
「アキト君っ、アキトくん!」
それでも立ち上がろうとするテンカワを精一杯のちからで押しとどめている
「もういいの、勝ったのよ、あなたは勝ったんだから、、もういいのよっ」
エリナ・キンジョウ、今はテンカワアキトの身の回りの世話をしている女である。
衣食住と、そして『女』として、
肩書きは一応、「特務部」の部長職にある、
アキトとエリナ、、そしてもうひとり、、3人きりの部署。
その三人きりの部署に次期ヒトガタ兵器の予算の10パーセントが注がれていた。
彼が後に乗ることになる『黒百合』(ブラックサレナ)のために。
「大丈夫っ!? ねえ、、御願い、、返事してよおお」
かつての「キレる女」を演出するかのような頬でキッチリ切りそろえた髪型では
なく、背中まで伸ばした、髪、、やだ、、あの服のセンス、、まるであの子みたいね、
かつて、あの子がまとっていた白い制服、、彼、目が見えないのに?
ううん、自分のためね、エリナさん、
そこまでして、彼に尽くしたいんだ。 いつだかすれ違ったとき香った香りも、かつ
ては使っていなかった筈の香水の匂いだったわよね、、、
「必死なのね、、、彼を守ろうとして」 ドクターがモニターに語りかける。
守るのは、今のネルガルの敵、アキトが挑もうとしている敵では、もちろん、無い。
かいがいしくアキトの血を拭い手当てをしているエリナ、やがてこみあげてくるもの
に耐えられず、アキトの胸元に抱き着き、、そして、、
「あ〜ア、見てらんないねえ、(苦笑)、あのエリナ君がねえ、、
ドクターもそう思わないかい?」
「優しく同意、ってトコかしらね」
別室でモニターを眺めているのは、アカツキナガレ、ネルガルの若き当主である、
と、言っても今は業務は別に任せ、隠居を決め込んでいる身であったのだが。
「いくら、彼がかつて憧れだった科学者のコドモだったからってねえ、、」
「子供のときの思い出って、大切よ?」
「それはドクターのことかい」
「御想像にまかせるわ、ねえ、ひょっとして、彼女、子供のとき
子犬とか子猫とか良く拾ってきてたんじゃないかしらね、みて?あの構いよう、」
ハハハ、と腹をかかえて笑うアカツキ、
「こりゃ、、こりゃ傑作だよッ(笑)ペットかい? いいねそれ。でも、
今のテンカワ君じゃ、あんまり可愛げはないよね、、ハハハハハ(苦笑)」
「別にいいわ、そんなこと、でも凄い回復力ね、で、そのペット、」
「まいごの子猫ちゃん、ミスマルユリカに早く会いたいんだろうさ」
吐き出すように、、やれやれ、、このひと、まだ好きだったんだわ。
「犬のおまわりさん? ううん、おまわりさんのイヌ?かしら」
それは今のテンカワアキトとアカツキの関係を適格に皮肉ったコトバだ。
「ウチはそんなに偉くないよ、もはやね、ホント、ドクターは口が悪いよ(藁」
エリナのほうを一旦見て、そして、アカツキナガレが何か探るような目つきで
ドクターと呼んだ女の仕草を見る、
しかし、女は一向に揺らいではいない、、乗ってこない、、
「さすがだ、ドクター、大人だねえ、、」ニタリと笑ってやる。
「それはどうも、しかしあんな状態で、勝てるものなの? だって、彼、、
見えないんでしょう?」
「それがね」 アカツキナガレは漸く、経営者らしい難しい表情になった。
「知ってるだろ? テンカワ君が連れて来た女の子さ」
「ラピス、、とか言う?」「そう、、そのラピスさ、、どうやら見てるらしいんだ」
彼女の視界を頼って彼はモノを見ている、と言うこと。
そして意志の決定を全て、彼に預けているラピス・ラズリ。
共生関係。
「ラピス、ね、、あたしは直轄じゃないけど、聞いてるわ、いろいろとね」
「それ以上のこともドクターの見聞きと対して変らないよ?」
登録抹消済み。
アカツキの顔に先程の余裕が無い、ドクターは畳み込むように、
「だって、あなた直々の命令だったんでしょう?」
「馬鹿言っちゃいけない、今のボクは隠居の御身分だよ、テンカワ君に営業させて
るのは、あくまでエリナ君、さ」
「別にアキト君のことなんて聞いてないけど?
そうなの?、、そうね、、そういうことにしておきましょう」
「ホント、ドクターは人が悪いよ、、」
自分はなぜテンカワに「彼女」の奪回を命じたのか?
それは、確かにあのホシノルリ以上の性能を誇る素体であった、しかしそれだけの
モノだ、、データさえあれば幾らでも栽培できる、、それなのに。
何故か全てのゴーサインは全てアカツキの名で出されていた。
恐るべきコトに、凍結受精卵の中、核の中の情報体のコーディングの時点からだ、
オイオイ、それじゃボクが学生のときからってことにならないかい?
しかし、
そうなった以上、会長でもある自分が命令を覆すことは最早できなかったのだ。
憎々しげな表情をしそうになる自分を抑えながらアカツキは次の台詞を口にした。
笑顔、笑顔で。
「ねえ、、それよりもさ、、、」
「時間、ないんだけどな、、」
しばらく、仕事の話しをい交わしあったあと、ドクターはアカツキとの会話を切り、
残ったモニターのテンカワアキトの映像をみやった。
サングラスからドクターの表情は見えない。
そのサングラスに、エリナが映りこんでいる
あなたは幸せそうね、、今、、とっても。。
たとえ、その映像が、思い人が痛めつけられ、なおかつ自ら身を傷付けていく様を
涙を溜めて見ていることしか出来ないエリナであっても、
ドクターにはそうみえた。
それは聞きたくなくても入ってきてしまう「うわさばなし」の
大抵、あのあと必ずと言っていいほどエリナが「可愛がられている」から
だけではない。
エリナさん、あなたは確かに今、幸せだわ、
せいぜい、彼が失敗し続けることを、お祈りするわ。
「それにしても、、ふふ、、あなた、、そんなに彼のこと好きだったのかしら?」
一緒に仕事をしていたころは、そんな気配なかったのに、
ひょっとして飼いだしてからホントに情が移ったのかしらね。
「・・・・・・。」
ドクターは ふたりを見下ろしている。
そして次の台詞、、ドクターさえ聞こえないような小さな声で。
「お兄ちゃんはあたしのもの、、なのに」
と、呟いていた。
そのとき
エリナと一緒に、殆ど無関心のようにしてアキトのそばに突っ立っている少女が
ドクターの視線に気がついたように、こちらを見た
銀髪の少女、ホシノルリのような、、いや、、ルリのような「人間くささ」は微塵も
ない、ヒトガタをした演算装置がそこに立っていた。
「窓」の中のラピス・ラズリが、こちらに目を向けた、
あたかも、ふたり、目と目をあわせたかのように、
しかし、ラピスは興味なさげにまた、アキトのほうに向き直る、、
ドクターもまた興味無さそうに「窓」のひとつであったそれを落として、別のプロジェ
クトの「窓」を上げた。そして不意に、さきほどから付けっぱなしにして放っておいた
「窓」に気が付く、スクリーンセイブしているそれに、
ドクターの見知った女の子が、自転車を漕いで走っている、
風に揺れるにんじん色の髪の毛
オレンジ畑のなかを走る少女の「窓」を横に押し退けながら、仕事の「窓」を手前に
インポーズする。
さて、と。
イネス・フレサンジュは溜まる一方の仕事にとりかかることにした。
さきほどから去来するモヤモヤした思いを煩わしく思いながら。
エンド。 VER.2
01/9/02
いただきものSS第3段ということでiTAさんに金髪ボインキャラで書いていただきました〜。うんうん、イネスさん大人だからね(´¬`)
iTAさんのサイト「ニュウミュウジアムマシン」にはSSが色々置いてあります。