御 供

「宮司様がおっしゃっていたのは、ここかしら」

巫女の扮装をした少女が、旧い小さな祠の前に立った。

新年の参拝客たちも訪れない、境内のはずれ。

だが、手入れは行き届いていると見えて薄汚れたようすはない。

年末年始、この神社の巫女のアルバイトは薄給にもかかわらず、

地元少女たちに人気が高い。

立ち振る舞いや着付けなどのめんどくさい講習に加え、

神事に関わる仕事ゆえ生娘に限る、などという時代遅れな募集要項まである。

さらに眉唾もののさまざまな「怪しげなウワサ」があるにもかかわらず、

このアルバイトには毎年多くの美しい娘たちが集まる。

やはり賽銭の高に関わるのであろうか、このバイトに採用されるのは

容姿に恵まれた美しい少女ばかりである。

ここで認められたという折り紙が、なにより得難いものだからであろう。

そしてどう確かめているのであろう、不思議なことに選抜された少女たちは、

皆まちがいなく処女なのであった。

この古びた祠の前に立つ少女も、そうして採用されたひとりだった。

(祠の奥にある、祝詞の巻物を持ってきてほしい。大切なものだから、信頼できそうなきみだけに頼みたい)

気難しそうな老宮司が、わざわざ自分だけを隅に呼んで頭を下げた。

それに破魔矢を配る忙しさから、つかの間離れられるのも彼女はうれしかった。

キィィ・・・・

宮司の言っていたとおり、祠には錠はかかっていなかった。

少女が軽く引くだけで、格子つきの戸は苦もなく開く。

外観と同じように板張りの床にも塵ひとつなく、磨き抜かれて黒光りしている。

真冬のものとはまた別の、ひんやりとした空気。

「・・・あれかしら・・・?」

陽光の行き届かない奥に、締縄に囲まれた一角がある。

宮司の言いつけ通り“締縄の一本を外して”少女は歩み寄った。

なにもない。

闇に目を凝らしても神棚はおろか、巻物一本置いていない。

ほかの祠なのかしら?

少女が踵を返したそのとき、

(今年も千年の約定は守られた)

恐ろしい、しわがれた声が後ろから響いた。

思わず振り返った少女の目に飛び込んだのは、

先刻までのなにもなかったはずの空間の闇に蠢く、無数の触手であった。

「き・・・きゃあああああああ!!!!」

悲鳴をあげて逃げだそうとする少女。

しかし、その顔面で、格子戸がバタンと閉ざされた。

格子の向こうに居るのは宮司である。

「ぐ、宮司様・・・どうして? あ、開けてください!奥にへんな生き物がっ!」

泣き顔の少女は必死に戸を叩く。

だが宮司は苦悶の表情のまま、静かに首を振り背を向けた。

「すまない・・・」

「宮司様っ!宮司様!!お願い、たすけて!!だれか!!」

宮司が鍵か閂でもかけたのであろう、扉はびくともしない。

しゅるしゅると伸びてきた触手が少女を絡め取り、奥の闇へ引きずり込む。

今朝配られたばかりの真紅の袴が、音を立てて引き裂かれる。

清めの水ごりを受けた白い肌を、醜悪な触手が

得体の知れない液体を滴らせながら這い回る。

「いやっいやっいやっ、気持ち悪いよお、いやだよ、だれか、だれか助けて!!!!!」

参拝客でにぎわう境内。

御神酒やお守りを配る巫女姿の少女たちを興味深げに見ていた娘が傍らの老人に話しかけた。

「おじいちゃん、あたしも大きくなったらあんな服着てみたい」

瞬間、老人の顔色が変わった。

そして、幼い子供に言うのにはいささかきつい口調でこういった。

「それは余所でな。ここでは絶対にいかん。町のためにおまえが犠牲になることはないんだよ」

そう、千年も昔の神との和平の約束なんて。

そのために捧げる娘なんて。

そんなものは、なにも知らないよそ者に押しつければいい。

いまごろ、宮司がうまくやってくれていることだろう。

いままでと同じように、今年も。

「ん、ん、あっあっあっあっ、い、いや、そんな、そんなのは入らないよ・・・いたい、いたいっっ!!!!」

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