● I wish... ●

きみはサンタクロースを信じるかね?

ただの子供騙し、お父さんの変装、お伽噺、夢物語。なるほど。

まあ、そんなところだろうね。

でもね、私はむかしむかしまだ幼いころ、本物のサンタに会ったことがあるんだよ・・・

ほんの一瞬、頬に冷たい風を感じた幼い私は、目を覚ました。クリスマスイブの晩だった。

まだ貧しいころだ、窓の隙間風なんて日常だったのに、なぜ目を覚ましたのかわからない。

なにか、感じたんだろうね。

月明かりに照らされた子供部屋の中に、だれかがいるのがわかった。

あの、おなじみの赤い服を着ているのはすぐわかったから、

父親がサンタの扮装でプレゼントを置きにきたのだと思った。

そう、そのころの私は、すでにサンタなんて信じちゃいなかったんだよ。

だけど、それは父親じゃなかった。

私が目を覚ました気配を察したのか、その人物がこちらを振り返った。

サンタの格好は間違いなかったが、髭面の爺などではなかった。

長い髪が月の光に輝く、小柄でほっそりとした少女だった。

もっとも、そのころの私にとっては「お姉さん」だったろうけどね。

だれ?と私は聞いたような覚えがある。

少女はにっこりと微笑みながら、ベッドの側にそっと歩み寄った。

「あたしはサンタクロース、の代理。起こしちゃったかあ、まだまだだね。へへへ」

サンタクロースひとりでは世界中を回りきれないから、

こうしておじいさまの手伝いをしているものが何人もいる、と少女はいう。

この地区は伝統的に自分のような少女が担当している、ともいう。

しかしそのときの私は、その話をまったく信じてはいなかった。

どうせ忙しい両親が雇ったシッターの類なのだろう。

適当に相槌を打ちながら、プレゼントの中身を考えていた。

「あっ、いっけない!もう行かなくちゃ」

あわてたように少女が、顔を寄せて私の頬にそっとキスをした。

かきあげた髪の一房がさらりと落ちて、耳元をくすぐった。

話はともかく、少女の美しさには、幼心にも惹かれるものがあり、

さよならは残念だった。

しかし不思議なことに少女はドアには向かわずに窓を開けたのだ。

片足を窓枠にかけてこちらを振り返った。「おやすみ」。窓から飛び降りた。

声をあげる間もなかった。私は窓に駆け寄った。ここは3階なのだ。

しかし、そう、少女はほんもののサンタクロースの使者だったのだよ。

トナカイに曳かれたソリが私の家の窓の下から浮かび上がっていった。

そして月明かりに照らされた街の空を、ぐんぐん遠ざかっていった。

サンタの少女とは、それ以来会うことはなかった。

だが、あのときめきはいまもまったく色褪せることはない。

しかし純であった思いは、私が汚れた世の中にまみれていくにしたがい、

ゆがんだ愛情へと少しずつその形を変えていった。

あの晩のサンタの少女。あの、汚れなく美しい聖なる使者を我がものとしたい。

いや、あの少女がそのままの姿でいるはずはない。

だが、こういっていなかったか。伝統的に自分のような少女がこの地区を回る、と。

いまの代の少女を手に入れよう。そして、少女のすべてを手にしよう。

若くして事業に成功し、なにもかも手にした私は、積年の願いを叶えるための行動をはじめた。

そしてさまざまな調査によって、サンタは恵まれない子供の波動を感じ取り

プレゼントを届けに現れるということを知った。

いまの私が持ち合わせないその条件を、いかにしてクリアすべきだろうか。

「いいかい、3時間だ。一粒で3時間だけ、自分の望むものになれる」

汚い爺がシミだらけの掌に、黒い丸薬をふたつ載せて突き出した。

妖しげなアジア人街の奥にある、さらに妖しげな東洋薬剤の店だった。

望む答えをようやく見つけだした。

変身薬学。実際目にするまではとても信じられなかった。

だが、半信半疑で訪れたこの店で、檻に閉じこめられたネズミが

見る見るうちに鳩へと変身する様子を見たら、認めないわけにはいかなかった。

店主は法外な値段を口にした。そうすれば退散すると思ったのか。

しかし顔色も変えずに小切手を切る私を見て、男は一瞬驚き、そして意味ありげな笑いを唇の端に浮かべた。

約束の日に訪れると、2粒の丸薬を手渡した。ひとつはサービスだ、と。

「3時間のうちは完璧だ。だが、効き目が切れそうになったときに2粒目を飲んではいかん」

強力な薬なのだ、しばらく間を開けないと、なにが起こるか自分にもわからない、という。

3時間あれば問題ないだろう。私は頷くと、店を後にした。

店主の、キシシシシ、という笑い声がかすかに耳に届いた。

準備はこれで整った。

あとは12月のイブの晩を待つだけだった。

いったい、あの晩となにが違っているのだろう。

まるでデジャヴだ。

幼い姿の私は、ベットで横になり、まんじりともしない夜を迎えていた。

かつての私の家があったアパートが残っていたのは幸運だった。

その3階に、記憶にある限りの通りに貧しいころの私の部屋を再現したのは

過ぎた感傷趣味だろうか。

あのときは午前2時頃だったと思う。

ゆとりを見て午前0時に変身薬を飲み下すと、またたくうちに、

私は思い描いていたとおりの「貧しく、恵まれない少年」の姿になった。

あとは少女が来るのを待つだけだ。

だが午前1時を過ぎ、2時を回っても、訪問者は現れなかった。

失敗か・・・。

やはりあれは一晩だけの夢物語だったのかもしれない。

とても美しく、しかし儚い夢。

やわらかく張りのあった頬がごつごつした感触になりつつある。薬の効き目が薄れてきた。

もう終わりにしよう。そう思い、身を起こそうとしたそのとき、

私の頬に冷たい風がさっと吹きつけた。

はっと窓の方に首を向けると、あの晩と同じような髪の長い少女が

サンタの衣装でプレゼントを手に、窓枠のうえに立っていた。

「あっ、起こしちゃった?だめだなあ、あたし」

その台詞まで、あの晩と同じようなものだった。

やっぱり来た。それも期待通りの少女が。

だが、薬のリミットが。いま元に戻ったら、少女に逃げられてしまう。

枕元には2粒目を用心のため置いてあるが。

間を開けず飲むな、責任は持てない。

店主の言葉が蘇る。

かまうものか、このチャンスを何年も待ったんだ。

私は枕の下に手を伸ばし丸薬を取ると、

少女に見えないようシーツで口元を覆い、ごくりと飲み下した。

「驚かしてごめんね。あたしはサンタの代理なの。プレゼント置いたらすぐ帰るからね」

少女ははにかみながら大きな包みを床に置いた。

だいじょうぶだよ、ねえ窓を閉めて、ここに来てお話ししてくれない?

私は無垢な少年の声で少女に話しかけた。

よし、問題ないじゃないか。

少女は、あのときの、あの娘と同じように話をした。

おじいさまの手伝い、もう何代目になるかわからないけどこの地区の慣例で

少女が担当していること。それから、それから・・・

気がついていないだろうが、しかし、もう少女は籠の中の鳥だった。

この部屋の窓は内側からは開かないように仕掛けがしてある。

ドアからは簡単に逃げられてしまうから、それさえ気をつければ

あとは薬が切れるのを待って、ゆっくりと男の身体を、少女に教えていけばいい。

しかし・・・この体の熱さはどういうことか? 薬の副作用?

ばかな、ここまできて。しかし、悪寒が肌を伝い、幾筋もの脂汗が額を流れる。

ふと少女が私の姿を見て、訝しげに眉をひそめた。

「あなた・・・顔が・・・」

まずい、薬が切れたのか?反射的にシーツの下から腕を出して、

顔の感触を確かめた、はずだった。

べちゃっ

私の頬には掌ではなく、べとべとした粘液に覆われた、触手があたった。

「き、きゃああああああ」

少女の悲鳴が響きわたる。無駄なのに。

このアパートは私だけのもので、いまはだれもいないのに。

それにしても、これが薬を二粒飲んだ副作用か。

下腹部に力強い疼きが沸き起こる。

わかる。私の身体が、私の欲望に忠実な身体に変態したことが。

いまや不快な熱はまるで感じず、暗い欲望がいっぱいに漲っている。

少女は目を見開き、窓に向かって後ずさりしていく。

だから、それは無駄なのだよ。

私は少女を抱き寄せようと、「数本の触手」を伸ばした。

抵抗する少女の四肢を絡め取ると、あとは私の思いのままだった。

狭いスリットをこじ開け、私は積年の想いを込めて、少女を貫いた。

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