31 流れ
電車の中で、どこまでが許されるのだろう、と思った。携帯電話でおしゃべりしても、周りからは特に何も言われない。何をすると怒られるのだろう、と思った。
ウォークマンのボリュームを上げ、音漏れさせてみる。これは特に何も言われない。ていうか、言われても気付かない。次に、座席に荷物を置いて、二人分の席を占領してみる。どうしても座りたいおばさんが来るまで言われなかった。次に、座席に横になって眠ってみた。結構混んできても言われなかった。
思うに、注意するかどうかはリスクの大きさによるのではないだろうか。人に恐怖を感じさせる容姿を持つ人であれば、きっと何をしても言われない。
そこで電車の中でぶつぶつと、独り言を言ってみた。きっと何にも言われない。不気味がって言われない。だけど、独り言を聞こうとする人がいた。適当な話に、笑いを漏らす人がいた。どうしようもない声に、耳を傾ける人がいた。だから僕は、今日も独り言を呟こうと思う。
32 明日がある
学校からの帰り、電車に乗り込むとかばんを開け、文庫本を取り出します。パラパラとページをめくり、挟んだしおりを目印に読む、ここ何年かで習慣になりました。
今読んでいる本は全部で第九章まであります。一日一章ずつ読んで、第七章まで読み終わっています。残り二章です。もうすぐ読み終わります。今日は第八章を読んだので、いよいよ残りは第九章のみとなりました。でもこれは明日にとっておくことにして、本を閉じて電車を降りました。
駅からは自転車です。路上に駐輪してある大量の自転車を蹴り飛ばしたい衝動を我慢しながら、駐輪場にあるわが自転車にまたがります。ウォークマンをセットして走るのは好きです。快調に飛ばしながら滅多に車の通らない交差点を、信号も無視して渡ります。だけどその瞬間、現れたのはトラックで、そんな時僕は、ああ、今日のうちに小説の結末を、読んでおけばよかったなと、思うのです。
33 手続き
僕は死んで、気付けばそこに立っていました。気付くと左手に番号札を持っていて、気付くと右手に死亡届を持っていました。目の前にはたくさんの窓口が並んでいて、僕はすぐに、番号が呼ばれたら窓口に行って、死亡届を出すのだと分かりました。
30分ほど待って、僕は窓口の前に座りました。死亡届を出すと、そこには僕の名前や性別、住所、生年月日、死因、死亡動機などが書かれていて、窓口の人がそれを確認していました。それから転生を希望するかどうかを聞かれ、またしばらく待つように言われました。僕には保険が効くので、生まれ変わることができるそうです。
今度は1時間くらいで呼ばれ、ここで生活するための料金プランが説明されました。地獄巡りコースや輪廻転生コース、くもの糸コースや呪怨コースなどがあって、そのほとんどを僕は保険でまかなえるらしいのです。では、と僕は扉の前へと案内されました。
扉をあけるともう一枚扉があって、その前には長い行列がありました。これはなんですか、と聞くと、行列のできる閻魔大王様の部屋だよ、というので僕は最後尾に並びました。
34 彼女のつくり方
ついに僕も、彼女をつくることが出来たことをここに報告いたします。彼女の名前は渡辺恵子といいます。ツインテールがとてもかわいくて、一目で恋に落ちたんです。ドラマとか小説とかの趣味もあって、まさにうってつけの、理想の彼女と言えますよ。スタイルもいいですしね。僕は本当にうれしいです。
なんてお惚気もほどほどにして、本日の更新に行きましょうか。ちょっと科学的な話になりますが、視覚や聴覚と言ったいわゆる五感というものは、突き詰めればそれは脳による電気信号によって感じるものなのです。つまり、上手く脳を刺激することができれば、そこに無いものでもあるように感じさせることができるのです。
だから僕にも彼女を作ることが出来ますし、皆さんも試してみればいいのではないでしょうか。
35 別れ道
神谷くんと一緒に、劇団四季の「ライオンキング」を見に行ったことがあります。あの時はお互いにすごく盛り上がってしまって、あの場面が泣けるだの、あの台詞に燃えるだの、あのダンスが楽しいだの、二人で散々語り合ったりしました。
最後に神谷くんが「役者になりたい」って言ったんです。それだけ「ライオンキング」に感動したのでしょう。僕だって、初めてみた舞台ではあったけれど、これまでにないくらい感動したんです。だけど、だからと言って役者になるなんて、単純と言うか無理と言うか。
その後、ほとんどすぐに神谷くんは大学を辞めました。小さな劇団に入り、アルバイトをしながら生計を立てています。これから芽が出るのかは分かりませんが、神谷くんは今では立派に劇団を引っ張る存在のようです。
もうすぐ僕は、大学を卒業します。就職も決まりました。大学で学んだ分野など、ほとんど関係ないような職種での、営業の仕事です。
36 急停車
おばさん乗り、というかは分からないが、片足をペダルに引っ掛けて走りながら自転車に乗る乗り方があるじゃないですか。あれ、お母さんがやるんです。
乗りやすいというのは確かなんですけど、弊害として止まるたびに降りなければいけないんです。乗るときには自転車を降りた状態で始まりますから。
だから癖として、ブレーキをかけると体が無意識に自転車を降りてしまうんですね。そしてその瞬間は、迫ってきている自動車に対して、非常に無防備なんです。