SLEEPING BEAUTY


クローディアがふと目を覚ますと、室内はまだ薄闇に包まれていた。

ぼんやりと窓に目をやる。

空は白み始めていたが、時間はずいぶんと早いようだ。

なぜか目が覚めてしまったらしい。

寝直そうかな…と、少し身じろぎをし、己が身を預けていた逞しい裸身に目をやる。

その、彫像のように美しい寝顔に、思わず見惚れる。

グレイ…と、口の中で小さく、いとおしいその名をつぶやく。

毎日一緒にいるのに、毎晩抱き合っているのに、未だにクローディアはグレイに見つめられるだけでどきどきする。

その精悍な貌に、心を奪われずにはいられない。

彫りの深い目元、すうっと通った鼻筋、少し神経質そうな薄い唇、精悍に尖った顎…。

女性的といえるほど端整な顔立ちに、日に透けると銀色に輝く灰色の髪…。

髪と同じ色の、灰色の瞳…。

この人は、なんて綺麗なのだろう…と、思わずにはいられない。

見る者に畏怖を抱かせる、冷酷なほど冴々とした光を放つ瞳は、クローディアを見るときだけ、優しく和らぐ。

それがたまらなく嬉しい。

そして、とびきりの甘く掠れた声で、クローディアの名を呼んでくれる。

耳元で名を囁かれるだけで、クローディアの全身に甘い電流が走り、それだけで立っていられなくなるほどの幸福感に包まれる。

甘く響いて、クローディアを酔わせる声…。

ゆうべも、何度、耳元で愛の言葉を囁かれたろう。

クローディア…、と名を呼ばれ、愛してるよ…、と囁かれ、幸福感にめまいすら覚えた…。

クローディアは、そっと、グレイの胸元を指先で撫ぜた。

鋼のような筋肉で覆われた体。

肩も、胸も、みっしりとしなやかで重い筋肉が詰まっている。

その筋肉の繊維一本一本全てが鍛えぬかれ、無駄な肉など微塵もない。

ミルザ神殿で見たミルザの彫像もかなわないのではないかと思えるほど、完璧な造詣…。

グレイの腕を、自分のそれと見比べてみる。

自分の腕など比べ物にならないほど、その腕は太い。

腕も、拳も、指も、女であるクローディアとは、組成から違っているような気すらする。

この腕で抱きすくめられ、この指がクローディアを毎晩翻弄するのだ。

無骨なほど荒々しくこの指に触れられ、じれったいほど繊細に口付けされると、もう、何も考えられなくなってしまう…。

そして…。

分厚い胸板と、引き締まった腹筋の下に、髪と同じ色の茂みがあり、そこに、今はひっそりと息づいているものが、圧倒的な強さで、クローディアから理性も羞恥も何もかもを奪い去って、粉々にしてしまうのだ。

幸福だけれど、ほんの少し、怖い瞬間。

自分が自分でなくなってしまうような、そんな恐怖。

それを凌駕して余りある、快感。

グレイは、それまで知らなかったありとあらゆる感情を、自分に教えてくれた。

愛も、苦痛も、悦びも、恐怖も。

こんなにも人を恐ろしいと思った事も、こんなにも人を愛していると思った事も、初めてだった。

この人に会わなければ、知りえなかった感情こころ

もし…この人に出会っていなかったら…どんな人生を送っていたろう…。

あのまま、迷いの森から出ることもなく、森の番人として動物達に囲まれて生きていたろうか…。

会う人間といったら、時折森を訪れるシリルの神官達だけで…。

それはそれで、穏やかで暖かな日々だったろう…。

森を出るまでの22年間、そうして生きていたのだから。

だけど、ただ漫然とした日々だったに違いない。

「森を守る」という事の本当の意味も解らず、知ろうともせず、ただ生を繋ぐだけの日々…。

森を守るという事は…「命を守る」という事なのだと、森を出た今だからこそ、そう思う。

このマルディアス全てが、「命」そのものなのだと。

風も水も木々も草も花も動物たちも人間も、全て等しく美しい命なのだ。

この、ただそこにあるだけでかけがえのなく美しいものを守るための番人なのだ、自分は…。

全て、グレイと出会ってからわかったこと。

グレイと出会わなければ、グレイを愛さなければ、解らなかったこと。

 

だけど…。

 

クローディアは、グレイの美しい裸身に視線を戻した。

その逞しいなめらかな肉体には、これまでの戦いで刻まれた、無数の傷があった。

もう消えかけた古い傷から、まだ癒えきっていない生々しい傷まで、数え切れないほどの傷が。

そっと、その傷痕を指でなぞる。

クローディアと出会う前からついていた傷もある。

クローディアと出会ってからついた傷もある。

クローディアと出会ってからついた傷は、そのほとんどがクローディアを守るためについた傷だ。

グレイ一人であれば、こんな傷などつかなかっただろうに…。

これからも、こんな傷は増えていくのだろう。

 

────あたしの…ために…

 

クローディアと旅をすることで、クローディアを守ることで、グレイは盾となり、傷ついていく。

 

────そしてこの人は…、あたしを守るためなら、自分が傷つく事を厭わない…。

 

傷つけたくないのに、傷ついてほしくないのに、クローディアの旅はグレイを傷つけていく。

己の未熟さが恨めしい。

強くなりたいと思う。

せめて愛する人を傷つけないだけの力が欲しいと思う。

万が一愛する人が傷ついても、瞬時に癒せるほどに術法を極めたいと思う。

グレイの方がクローディアよりはるかに強い。

だけど、だからこそ、己の傷を省みないことが多い。

それだけに、自分の方こそがグレイを守りたいと思う。

…守ってみせる。

クローディアは、傷痕にそうっと口付けをして、その逞しい胸に頬を寄せ、目を閉じた。

 

命を育む森の神シリルよ…。

どうか愛しいこの人に、いつも暖かい風が吹きますように…。

END.


◆◆ あとがき ◆◆

杉本朗さんから頂いたイラストにつけたSSに、ちょっと加筆したものです。
エッチシーンなしというのは初めてですね。
グレイ賛美小説でございます。
しかし、エロシーンなしで読んでくれる人いるのかなあ(^^;




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