本シリーズでは、展開上、ルフィは早産児である設定となっております。
当作では早産児についての描写が一部出てきます。
ご了承の上、このページをご覧ください。


■ 凍てついた炎 ■

 

よぉ、ゾロじゃないか。

久しぶりだな。

元気だったか?

どうしたんだ? わざわざ俺の会社になんて。

 

あァ、いやいや、立ち話もなんだからこっちへどうぞ。

今、お茶持ってきてもらうから。

 

いーからいーから座れよ。

久しぶりに会ったんじゃないか。

何年ぶりだ、五年くらいか?

いやぁ、悪いな、ちっとも本家に顔を出さなくて。

何しろ仕事やらなんやらで忙しくてな。

嫁さんとガキ食わせていかなくちゃなんないんで。

 

で?

今日はわざわざ俺の会社に来てまで、何の用だ?

 

 

 

……………………………………………あ?

 

なんて言った? 今。

 

“サンジを返して欲しい”つったか?

 

……ふぅん。

返して欲しい、ね。

 

そらまた唐突すぎやしねェか、ゾロ。

 

人間っつうのは貰ったり返したりするもんじゃないと思うがねェ。

それにありゃ、俺の嫁さんだ。

 

…あァ、そうだな。

確かにサンジは俺の籍に入っちゃいねェな。

子供もサンジの私生児だ。

 

サンジは俺達みてェな人間が弄んでいいような人間じゃないって?

あほか。なに言ってんだ、てめェ。

そんなことお前に言われなくたってわかってんだよ。

あの子は俺がこの世で唯一傅くのに値する人間だよ。

 

ああ。

結婚してないのは俺の意志じゃない。

サンジの意志だ。

 

サンジが婚姻届に判を押してくれなかったんだ。

 

それがどうした?

今更お前に何の関係がある?

 

俺とサンジが結婚していないなら、サンジがお前の元に戻るとでも思ってるのか?

今さらお前の元に戻るような奴なら、五年前、お前の元から去らなかっただろうさ。

 

子供だって俺になついてる。

 

それをお前は今さら壊そうというのか?

 

 

…ルフィに? 会ったのか?

…あァ…、「頑張り屋さんの偉い子」の話か。

あいつはあの話を誰にでもするからなあ…。

 

それで?

あの子の父親が自分かもしれないと思って泡食って俺のとこに来たわけか。

 

そうだな、確かにあの子の父親は俺じゃねぇよ。

 

でもお前の子だとも限らないんじゃないか?

お前の子だったんなら、何でサンジはお前の元を逃げ出した?

それともあれか、お前はガキが出来たら堕ろせとでもサンジに言ってたのか?

 

おっと。

殴る相手が違うんじゃねぇのか?

てめェの面じゃねぇのか?殴られるべきは。

 

いいぜ話してやる。

 

 

 

サンジがどうしてロロノアの家を出たのか、実際のとこ俺も知らない。

サンジは何一つ話しちゃくれないからな。

まぁ。でも見当はついてる。

俺がサンジに会ったのは、偶然っちゃ偶然だな。

拘置所から出たあと、俺はすぐにてめェんちに行ったんだ。

あ? もちろんサンジ口説くためだよ。

お前がマリージョア行ってていないって知ってたからな。

でも、お前の家にサンジはいなかった。

お前んちの執事はサンジが辞めたとかいう。

ふつーやめたって引継ぎとかすんだろ、そんな様子もなくて、ほんとにいきなりいなくなってたって感じだった。

だってなあ、俺に茶淹れてくれたの、お前んちの庭師だぞ、庭師。

何で俺が、むさくるしい男が淹れた茶ァ飲まなきゃいけないんだよ。

家ん中は薄汚れてるし、茶はまずいし、執事もなんだかやたらとばたばたしててな。

なんかあったな、ってのはすぐわかった。

 

まあ、サンジのいないお前んちなんかいても仕方ねえから、とっとと失礼させていただいたけどよ。

 

あ?

ああ、そんでどうやって、サンジに会ったかって言うと、だから偶然だよ。

てめぇが帰国する日、俺ァ空港に行ったんだよ。

麗しの本家のお坊ちゃまをお出迎えに馳せ参じたわけだ。

そしたら、ロビーで飛行機をせつなそうに見つめてる美人がいるじゃん。

ああ、サンジだよ。

あの子はお前が帰ってくるあの日、朝からずっと空港に着く飛行機を眺めてた。

そりゃあもう、憂いを含んだ寂しそうなせつなそうな、なんとも色っぽい目でなあ。

触れなば落ちん、っつー風情でな。

すぐさま口説いたわけだ。

 

そしたらさあ、からかっても口説いても、あのサンちゃんがだぜ? 蹴りの一つも出さないし、元気ないしさあ、おまけに気分悪そうでさ。

おー、さすがに鈍いお前にもわかったか。

そうだよ。

 

 

妊娠してたよ。サンジ。

 

 

…顔色が変わったなァ? ゾロ。

心当たりがあるって事か?

 

住み込みで働いてるメイドが、逃げるようにいなくなって、しかも妊娠してる。

俺だって、すぐお前の子だろうと思ったよ。

 

だけど、サンジは何も言わなかった。

お前の帰国の日に空港まで来ておいて、お前に会う気はないと言っていた。

ロロノアの家に連絡を取るのも過剰なほど嫌がってなあ。

 

俺と話すのも警戒してて。

まあ、ロロノアの関係者だからなあ。

 

ロロノアの家には絶対何も言わないって約束して。

あの子、面白いな、「約束」っていうと、無条件に信じるのな。

お前の影響か?

 

一緒に暮らし始めたのはー…まあ、俺が弱みに付け込んだんだな。

なにしろサンジは腹に子供抱えて、働きたくても働けなかったから、自分の貯金で生活してた。

それに何でだか知らねぇけどやたら焦ってて、すぐにこの町出る、なるべく遠くに行く、とか言ってて。

 

うん。なんか逃げてるみたいだったな。

誰からかは知らんが。

 

とにかく、ようやく見つけたサンジを、他の男の子供孕んでるからって手放す気は全然なかったから、強引に、一緒に町を出た。

俺が放蕩なのは、ポートガスの家ではもう諦めてたから、特に揉めもしなかったぜ? 

そりゃ、シャンクスにはちょっと口利いてもらったけどな。

 

だってなあ、お前、妊娠したときの病院の金っていくらかかっか知ってるか?

病気じゃねェから保険きかねぇんだぜ?

初診で9千円も取られたんだ。9千円。

いやあ、俺はびっくりしたね。

 

でもまあ、おかげで付け込み易いっちゃ付け込み易かった。

腹にガキ抱えて、一人でどうやって暮らしていくつもりだ、って言ったんだ。

サンジは働くつもりだったけどな。

一番大事にしなきゃいけない時期に何考えてんだ、流産してもしらねぇぞ、って言ったら、最終的には俺と暮らすことを承知してくれた。

 

つわり、ひどかったんだぜぇ? サンジ。

妊娠が体質に合わないやつっているんだよな。

何にも食えなくなっちまって、5ヶ月目過ぎてもまだつわり続いてて。

それでも、そりゃもう、けなげにがんばってたんだぜ。

 

でも体も限界だったんだろうな。

妊娠6ヶ月で切迫早産になった。

入院して、絶対安静で、でも子供は出てきちまった。

 

妊娠27週で出てきちまった子供って、てめェ見たことあるか?

皮膚なんか真っ赤で赤剥けたみたいになってて、片手に乗るくらいの大きさしかないんだ。

呼吸するたびに腹の辺りがべこっとへこむんだけど、それもなんでか知らないけどよく止まるんだな。

こりゃ死ぬだろうなと思ったよ、俺も。

そういう子供が生きていられるんだから、今の医学ってすげェよなあ。

 

ただ、ものすごく金がかかった。

治療費だけじゃねェ。

生まれてすぐ、別の町のでかい病院に搬送されたんだ。

早産児の専門の。

サンジは赤ん坊よりも早く退院したからな、毎日毎日、子供のために病院に通ってた。

その交通費もバカにならなかった。

サンジの貯金なんて、あっという間に無くなった。

だから、その後は俺が全額出した。

 

ああ、そうだよ。

サンジに借りを作っておいて、傍に引き止めたんだ。

 

ポートガスの家から金を借りるのを、サンジはすごく嫌がった。

だから俺は、シャンクスの口利きでこの会社に勤め始めた。

俺が働いて、その金をサンジに渡した。

サンジもいろいろ思うところあったろうが、俺が無理やり納得させた。

 

子供の命がかかってたからな。

サンジも最後には折れたよ。

 

妊娠27週ってのはな、やっと胎児の鼻の穴が開通する頃なんだと。

目がやっと出来上がったくらいだ。

耳も肺も心臓も肝臓も、まだろくに出来てねェ。

母親の免疫も貰ってねェ。

 

医者には最初っから「覚悟してください」、と言われた。

死なずに生き延びたとしても、障害が出る確率が高い、とも言われた。

 

そんでもサンジは諦めなかった。

 

ああ、お前にゃ感謝してもらいたいくらいだぜ? ゾロ。

お前も知ってるだろう? サンジがどれだけ情が深い奴か。

それが自分の産んだ子のこととなったら、それこそ死に物狂いだったぜ。

俺が傍にいなかったら、自分の体を売ってでも金作っただろうよ。

 

何しろ、あのヘビースモーカーが、ルフィのためにピタリとタバコやめちまったんだからな。

おかげで我が家は今や、全面禁煙だよ。

灰皿すら置いてねェ。

来客にも吸わせねェ。

全部、ルフィのためだ。

 

本当ならあと4ヶ月、サンジの腹ン中にいなきゃならなかった子だからな。

今でも定期的に医者に見せなきゃなんねェ。

他の同い年の子供達と比べて、ルフィは一回りチビだし、ちょっと視力も弱い。

季節の変わり目には喘息の発作を起こす。

 

だが、ゾロ。お前、ルフィを見て、そういう負のイメージを持ったか?

発育の遅い、体の弱い子に見えたか?

見えなかったろう?

どこからみても100%健康体の、悩みなんか何一つない、はつらつとした子に見えたはずだ。

 

サンジがそういう風にルフィを育てたからな。

 

わかるか? ゾロ。

 

ルフィは、あの子の全部は、サンジの愛情だけで、できてる。

あの子を構成する何もかもが、サンジの愛情が作り上げたものだ。

サンジが持てる愛情のありったけで作り上げたのが、ルフィだ。

 

 

ルフィが俺の子か、お前の子か、なんて、その事実の前ではどうでもいいことなんだよ。

 

ルフィは、サンジの子だ。

 

サンジが産んで、サンジが愛して、サンジが慈しんでる、この世で一番大切な宝だ。

 

俺はそれを守る手伝いをさせてもらっている。

それでいいと思ってる。

…今はな。

 

お前にそれができるのか? ゾロ。

五年前、サンジを逃がしちまったお前に、サンジもルフィも幸せにできるのか?

 

今のお前に。

 

ああ。

知ってるさ、それくらい。当たり前だろう?

俺はポートガス家と絶縁してるわけじゃないし、シャンクスのところにも出入りしてる。

ロロノア本家で起こった事くらい耳に入ってる。

 

…あ?

サンジは知らねぇよ。

俺はサンジには何も言ってないし、何よりサンジがロロノアの話をされるのを嫌がるからな。

だからポートガスの家にも連れ帰ってないし、こっち側の話は何一つサンジの耳には入れてない。

ロロノア本家の醜聞だって、世間的には秘匿されてんだろ。

 

お前、呑気に俺と会ってる暇なんかあるの。

サンジに関わってる暇あんのかよ。

他にやらなきゃいけないことあるんじゃねェの?

 

だーから。

そっちの話くらい耳に入ってるって言ってんだろう。

くいな嬢との結婚話もな。

ミホーク叔父辺りだろ、がんばってんのは。

そりゃそうだよな。

お前とくいな嬢が結婚すんのが、一番道理にかなってるだろ。この場合は。

 

ふーん。

だったら、そうミホ叔父に言ったらいいじゃねェか。

ここで吼えててもジュラキュール家には聞こえんぞ。

くいな嬢に言わせようったってそりゃ無理だろ。

あの子にしてみたら、どこぞのぼんぼんに嫁がされるくらいなら、本家に嫁いじまった方がいいからな。

なにより貞操を守れる。

お前、どうせ、くいな嬢は抱けねェだろ。

くいな嬢だって、それ知ってるからな。

どのみちお前に嫁ごうって言う選択肢になんじゃねェの。

くいな嬢の恋は一生成就しねェからな。

 

ああ、お前も知ってんの。

バレバレだなァ。

ミホ叔父も案外知っててくいな嬢を嫁がせようとしてんのかもしれないぜ。

くいな嬢が実の父親に惚れてるってな。

 

そら無理だろ。

くいな嬢はコウシロウ叔父しか見てねェよ。

彼女は自分の恋に殉じるつもりなんだ。けなげじゃねェか。だから結婚してやればぁ?

偽装結婚。

問題ねェよなァ。

くいな嬢は貞操を守ったまま、体裁を手に入れる。

お前はくいな嬢の持参金で没落した本家を建て直すことができる。

ギブアンドテイクだ。

実に理想的だねェ。

おまけに一族は、いつ近親相姦の垣根を踏み越えるかわからねェ娘と、本家を没落させた上に身寄りのない低い身分のメイドにいつまでも執着してるバカ息子を一掃できるわけだ。

そんで俺は美しい妻と可愛いわが息子と幸せに暮らすわけ。

こーりゃいいや。四方八方丸く収まったわァ。

 

何。

怒ってんの?

なんに対して?

 

俺は何か間違った事を言いましたかね。ロロノアのお坊ちゃん。

 

それともお前さんは、それを全部捨てられるのか?

家のしがらみも。一族の誇りも?

捨てられなかったからこんなことになってるんじゃねェの?

 

なァ、ゾロ。

 

お前が本当にサンジを愛してたと言うなら、なんであの子は一人でロロノアの家を逃げ出さなきゃならなかった?

なんで一人で子供を産まなきゃならなかった。

お前は本当に、サンジがお前を裏切ったと思ってるか?

 

…教えてやろうか。

 

俺はこの五年間、サンジの体に指一本触れちゃいない。

 

……こんなこと嘘ついてどうするよ。

一緒に暮らし始めた時、サンジは妊娠中だった。

その時も部屋は別々だったし、ルフィが生まれてからは、サンジの隣はルフィのスペースだ。

俺は奥の部屋で一人寝。

 

だけど理由はそれだけじゃねェ。

ルフィが大きくなってからは機会もあったからな。

 

けどできなかった。

サンジがなんて言って俺を断ったと思う。

 

「この体はゾロのものって“約束”したから。」だとさ。

泣いて謝られた。

何年たってもお前が忘れられんとさ。

惚れてんのはお前だけなんだと。

 

じゃあ、なんでサンジは五年前、お前の元から逃げ出したんだろうなぁ?

 

てめェの今の状態と、無関係じゃねェんじゃねぇのか?

 

…心当たりありそうなツラしてんな。

遅ェんだよ。気づくのが。

五年前も。今も。

 

お前なんぞにサンジを返せるか。

サンジは俺が幸せにする。

サンジも、ルフィもだ。

 

お前にだけは渡せねェ。

お前にサンジを幸せにすることなんか、出来ねェからな。

 

 

話が済んだら帰ってくれ。

俺はこれからお得意さん廻りなんでな。

 

じゃあな、ゾロ。

くいな嬢とお幸せに〜〜♪

 

2006/02/21

 

作中の早産児の記述につきましては、実際の事例を元に取材した結果、執筆しておりますが、あくまでもこの物語はフィクションです。
作中の事例が、全ての早産児にあてはまるわけではありませんし、当サイトは早産児、未熟児についてのサイトでもありません。
実在の団体、個人、出来事等とは一切関係ありません。
当サイトは女性向けホモサイトです。

庭師はガイモンさんです。

 


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