■ その瞳でささやいて ■
たぶん、出会った時から惹かれていたんだろうと思う。
ずっとずっと愛していた。
そのまっすぐな心を。
迷いのない瞳を。
惹かれずには、いられなかった。
だから、その瞳が自分だけを映していると知った時、心の奥底まで、立っていられないほどの甘い震えが走った。
普段、寄り付きもしない台所に、ゾロがふらりと入ってきたのは、もうサンジが夕飯の支度をはじめようとしているところだった。
「お、どした? 珍しい。」
サンジはちらっと振り向いて、入って来たのがゾロだとわかると、にかっと笑って見せて、それからすぐにまな板に向き戻る。
ちょうど、玉ネギを切っていたところだった。
「今日はオムライスだぜ〜。てめェ、ふんわり卵ときっちり薄焼き、どっちが好きだ?」
「…ふんわり。」
「ケチャップとホワイトソースは?」
「ケチャップ。」
「了解。」
ととととととととん、とサンジは目にもとまらぬ速さで玉ネギをスライスしていく。
これは美味しいオニオンスープになる。
それから、温野菜のサラダ。
ブロッコリーとカリフラワーとニンジンはもう茹で上がっているから、粗熱が取れたら自家製のマヨネーズをかける。
珍しく台所なんぞに顔を出したゾロに、サンジは、腹でも減ったかと、まだ熱いブロッコリーを口に突っ込んでやる。
それをもぐもぐごくん、してから、ゾロは、
「…サンジ、ちょっと、話、いいか?」
と言った。
「ん、ちょっと待て。」
サンジは、玉ネギを飴色になるまで丁寧に炒めて、小麦粉を入れて更に炒め、白ワインとスープストックを加えて、火を弱め、振り返った。
「20分くらいならいいぜ。なんだ?」
ゾロが、わざわざ台所に来て、珍しく歯切れの悪い言い方をするなんて、何か込み入った話だろうな、とサンジは見当をつけた。
するとゾロは、一瞬ためらってから、サンジの視線を正面から捕らえ、言った。
「………好きだ。」
しばしの沈黙のあと、サンジが、「は?」と言った。
何を言われたのか、まったく理解できない。
ただ、ゾロのまっすぐな瞳が、まっすぐに自分を見つめてきたので、それだけでサンジの心臓が跳ね上がった。
ほんとにこいつは目はすげェ綺麗だよなあ…。
甘い蜜のような、輝く琥珀の瞳。
その艶のある黄金のグラデーションで見つめられると、心ごと吸い込まれていきそうな気がする。
サンジが、半ばぼうっとゾロを見つめ返していると、ゾロが再び、
「だから…、お前が好きだ、っつったんだ。」
と、言ってきた。
今度は主語と述語が非常に分かりやすかったため、すぐに理解できた。
理解した瞬間、息が、止まった。
「は。…な、何、バカなこと…。」
笑い飛ばそうとした。
けれど顔はちっとも笑ってくれなくて、それどころか泣きそうになった。
「バカな事じゃねぇ。本気だ。」
ゾロが視線を少しも外さずに言ってくるので、サンジは慌てて後ろを向き、鍋を覗き込んだ。
鍋の中のスープはことことと美味しそうに音を立てている。
「お前が好きだ。サンジ。」
うわ。と、サンジはぎゅっと目を瞑った。
やめろ頼むから。
心臓が、止まっちまう。
ゾロがサンジの名を呼ぶことは滅多にない。
いつも「クソコック」か「クソメイド」、それか、「おい」とか「お前」とか、そんな呼び方しかしない。
そのゾロが、サンジ、と名を呼びながら、好きだ、と。
サンジが好きだ、と。
心臓がどくどく動き出して、すごく痛い。
ゾロの方を向けない。
でも、顔はぶわっと熱くて、全身もとにかく熱くて、足元から浚われそうに………嬉しかった。
それなのにゾロときたら、
「お前は、男より女の方が好きかもしれねぇが…。」
等と言葉を続けたので、サンジは驚愕して振り返った。
なに言ってんだ、こいつ。
「俺は、お前を誰かにはやっちまいたくねぇ。傍から離すこともできねぇ。」
ストレートな告白に、サンジの心はまた沸き立った。
が、ゾロの声はどんどん沈んでいく。
「だから…、どうしたらお前が手に入るのか、教えろ。」
辛そうな辛そうな声でそう言うのを聞いて、サンジはあんぐりと口を開けた。
教えろ、ときたもんだ。
えらそーに。
なのに、宿題忘れて怒られてます、みたいな顔をしてサンジを見ている。
ほんとにしょーがねぇな、こいつは。
サンジは鍋の火を止め、ゾロに近づいた。
「んじゃまず、もっぺん俺の名前呼べ。」
「…サンジ。」
「手はここ。」
ゾロの両手を掴んで、自分の腰に回させた。
瞬く間にゾロの全身が緊張するのがわかる。
「サン…」
いちいちビクつくんじゃねぇ。
俺だって緊張しまくってんだ。
「んで俺の目を見ろ。」
蜂蜜色の瞳が、サンジの瞳を覗き込んでくる。
ほんとに綺麗な目だ。
とろりと甘いシロップのようなハニーゴールド。
「そんでもっぺん、さっきの、言え。」
サンジがそう言うと、ゾロの喉が、こくり、と鳴った。
サンジの腰に当てた手の平が、熱を増す。
「好きだ。サンジ。」
それを聞いて、サンジはにやりと笑って、ゾロの首に手を回した。
「俺もだよ、クソ野郎。」
ケンカでも売ってるように答えると、ゾロの目が、これでもかというほど見開いた。
その顔がおかしくて、サンジは声を上げて笑った。
2004/10/23