■ 裏切りの代償 ■
§ 裏切りの代償 §
サンジは、重い疲労の残る体を、のろのろと引き起こした。
体の芯に鈍い疼痛が残っている。
その痛みに気がついた途端、全身に電流が走った。
ぞくん、と、はっきりと覚えたのは、快感。
サンジは慌てて自分で自分の体をかき抱く。
ゾロに、抱かれた。
あの頃と同じように。
ゾロの言葉はどこまでも冷酷でサンジを貶めつづけたけれど、ゾロの抱き方は、優しかった。
優しく高められ、サンジの意識は快楽の海をたゆたった。
「ゾロ・・・」
小さく、呟いた。
本気で、愛していた。
愛したのは、ゾロたった一人だけだった。
今までも。………………これからも。
愛しているのは。
ゾロだけだ。
サンジは、もう一度、口の中で声に出さずに、ゾロ、と呟くと、ゾロに抱かれた余韻の残る体を、ベッドから引きずるようにして、立ち上がった。
帰りの幼稚園バスの到着の時間が、迫っていた。
息子を、迎えに行かなければならない。
自分の命よりも大切な、最愛の最愛の、息子を。
身支度を整え、玄関に向かうと、そこにはリンゴ売りが置いていった、リンゴ箱があった。
ああ、あとでクロコダイルの奥さんと半分ずつに分けないと、と思いながら、サンジは部屋を後にした。
「サンジぃぃぃーただいまー腹減ったあああー」
背中にしょった黄色いかばんをかたかた言わせながら、息子が転がるようにバスから降りてくる。
最近じゃすっかり、息子は、「ママ」でも「おかあさん」でもなく、「サンジ」と呼ぶようになった。
いっぱしの男気取りで、夫とサンジを取り合う姿に、サンジはいつも微笑ましく思ってしまう。
サンジの、至上の宝物。
この子の為なら、我が身がどうなろうと構わないと思えるほどに、愛している。
この子を見るたび、己の罪を太陽の下に露にされるようで、それは身を切られるように辛いけれど。
それでも、そんなことは取るに足らぬ事だと思えるほどに、サンジはこの子を愛していた。
息子が笑顔でサンジに飛びついてくる。
それを優しく抱きとめながら、サンジは笑う。
太陽の匂いのする黒髪を、いいこいいこ、と撫でる。
この子がもし、黒髪に生まれさえしなければ、自分は今でも、あの逞しい腕の中にいられただろうか、と束の間思い、すぐに、過ぎた事だ、とそれを打ち消した。
全て、捨てたのだから。自分は。
この子を守るために。
このかけがえのない愛しい命と生きるために、全てを、捨てたのだから。
「美味しいりんごがあるよ、ルフィ。」
サンジは笑顔でそう言って、我が子の手をひいて歩きだした。
幸せな、あの部屋へと。
2004/10/14