■ ドライマティーニ ■
「だからどうして、てめェは一気に飲み干しちまうんだ。」
サンジがあきれ返ったように言った。
「あァ?」
ゾロが納得行かない、と言った顔で見返す。
「てめェが一気に飲めっつったんじゃねェか。」
「一気に飲めなんて言ってねェ。マティーニってのはちんたら飲むもんじゃねェ、つったんだ。」
「同じ事だろう。」
「全然違ェよ、クソ剣豪。」
いいか? と言いながら、サンジはゾロの傍の椅子に腰掛けた。
「ドライマティーニは男のカクテルだ。男のこだわりカクテルだ。レシピなんざ単純だ。ジン5にベルモット1、これだけだ。だが、たかがこれだけ、と思ってもらっちゃ困る。ジンとベルモット、その他に男のロマンだとか、男の心意気だとかがカクテルされてるんだ。」
あー始まった。と、ゾロは思った。
こうなるとサンジは長い。
上機嫌でニコニコと話をするサンジを見てるのは結構楽しかったが、話が長いのには閉口だ。
早く終わらせて酒のおかわりが欲しい。
「だから飲み方にもこだわりがあるんだ。まず、一口目で出来立ての鮮度の高い味を楽しむ。二口目で口の中に広がる芳香を。味が割れるぎりぎりの三口目ですべて飲み干す。だからマティーニは三口で! 三口で飲み干すんだ、わかったか?」
わざわざサンジが顔を覗き込んできたので、ゾロは慌てて神妙な顔を作って頷いて見せた。
ここで、全然わからん、などとうっかり本心を口走ってしまったら、サンジのウンチクはいよいよエンドレスになる。
真剣に聞いてますよ、君の言うことはいちいちもっともだ! サンジ君すごい!サンジ君えらい! という顔をしておく。
それに気をよくしたのか、サンジは、にんまりと笑った。
あまつさえ、よしよし、とゾロの頭をぽんぽんと叩いたものだから、ゾロはびっくりしてしまった。
それで気がついた。
どうやらサンジはいい加減酔っ払っているらしい。
さもあろう。
深夜のラウンジ。
慣習になったゾロの晩酌に、サンジは付き合っていたのだ。
水のように酒を流し込むゾロに、「待て待て、腹巻。待て待て。俺様がとびきりご機嫌なカクテルを作ってやる。」等とサンジが言い出し(このあたりでもう酔いは回っていたのかもしれないが)、テーブルにずらりとジンだラムだウォッカだと並べだし、「これを飲め」「こいつはどうだ」「これもうまいぞ」とシェークしたりステアしたり、次から次にカクテルを作っては、ゾロに勧める一方で、サンジ自身も結構な量を飲んでいた。
何を出してもけろりとした顔で飲み干してしまうゾロに、「ちくしょう、こいつならどうだ。」と、サンジが最後に出したのが、ドライマティーニだった。
「カクテルはマティーニに始まり、マティーニで終わる、つってな、」
と、サンジはゾロに二杯目を作ってやりながら言う。
「まさにキング・オブ・カクテルといっていい。単純なレシピだからこそ、こだわる奴も多いんだ。」
すっと、できあがりがゾロの前に差し出される。
やっと酒がきた、とばかりに、やっぱり一息に飲み干してしまうゾロ。
当然サンジはその頭をグーでいわす。
ごんっと鈍い音がした。
「“マティーニは三口で”って今言ったばかりじゃねぇか。何でまた一気飲みなんだよ。なに聞いてんだ、このマリモ頭は。こん中詰まってんのはおがくずか? それとも中まで全部マリモか? オールマリモか? あァ?」
「一杯目と味が違う。」
全然気にせず、ゾロがボソッと呟く。
それを聞いて、サンジがにやりとした。
「へぇ…。味もわからず流し込んでるわけじゃなかったか。」
偉ェぞ、よしよし。と、瞬時に機嫌を直して、またゾロの頭を撫ぜる。
「一杯目はレモンピールで香りをつけた。二杯目はオレンジビターを一滴。どっちが好きだ?」
「最初の奴…かな。」
そっか、と言いながら、サンジはにこにこと三杯目の作成に取り掛かる。
「とにかくこだわりの強いカクテルだからな。ドライなほど粋、っつわれててな。本来はジン5に対してベルモット1だが、これを…」
材料を入れたミキシンググラスをステアする。
「ジン6にベルモット1にする。」
ミキシンググラスからマティーニグラスへ注ぎながら、「こっちとこっち、どっがいい?」と、グラスの前に並べられた切子の器を指し示す。
オリーブとパールオニオン。
一杯目と二杯目は、マティーニの中にオリーブが入っていた。
ゾロがパールオニオンを指差すと、サンジは、それを一つ、カクテルピンに刺して、注意深くマティーニに落とし込んだ。
できたマティーニをゾロの前へ。
またもや、ゾロは一息で呷ったが、もうサンジはそれを見もせずに四杯目の作成。
「もっとドライがいい人は、ジン7、ベルモット1。」
それもゾロは一息で飲み干す。
「…この調子でジンが増えていくのか?」
ゾロが聞くと、
「まぁ、待て。」
と、サンジが笑う。実に楽しそうだ。
「そんでもまだやり足りねェってんで、まずグラスにベルモットを一滴入れて、」
ぽたり。
「入れたらそのベルモットを捨てる。」
「おい…。」
「で、そこにジンを注いで、できあがり。」
なるほどな、とゾロが飲み干す。
「で? もちろん更にやり足りねぇって奴がいるんだな?」
ここは当然突っ込みどころだろう、とゾロが水を向けると、サンジは笑いだした。
「そうなんだ!」
グラスに今度はいきなりジンを注ぐ。
そして、ベルモットのビンのコルク栓で、グラスの縁をなぞった。
そのグラスをゾロの前に出す。
「これがオチか?」
それも一息で飲み干しながらゾロが尋ねると、サンジは、「まだまだ」と答えた。
今度もまた、グラスにいきなりジンだけを注ぐ。
さあ飲め、とばかりにゾロの前にそれを出す。
「…ベルモットは?」
聞くゾロの目の前に、サンジはしたり顔でベルモットのビンを置いた。
「このビンを見ながら飲め。」
ついにゾロも盛大に吹き出した。
「なんだ、そりゃ!」
もう二人とも大爆笑である。
「そりゃお前、要するにジンだけ飲んでんじゃねぇか!」
「違うんだ違うんだ、あくまでマティーニなんだ。マティーニ!」
「どこがだ!」
わっはっは、わっはっはと、もう二人とも涙を流さんばかりに笑い合う。
ひとしきり笑った後、サンジが言った。
「実はな、ゾロ。」
悪戯っ子の目をしている。
「まだオチじゃねぇんだ。」
さすがにゾロは呆れた。
「まだあるのか?」
ここまできたら、もうジンをそのまま飲めばいいではないか。
何故そんなにも先人は“マティーニ”に拘るのか。
なるほど、男の心意気って奴か。
妙に感心してしまった。
「で? 今度こそオチか?」
「今度こそオチだ。」
サンジはグラスにジンを注ぐ。
それをゾロの前に出した。
「飲め。」
ベルモットはどうした、と言いたい言葉を飲み込んで、ゾロがグラスに口をつけた瞬間、サンジがゾロの耳元で囁いた。
「ベルモット。」
とびっきりの甘い声で。
ゾロが目を見張る。
サンジは目の前でにやにやしている。
「こういうオチ。」
くいっと“ドライマティーニ”を飲み干して、ゾロはテーブルにグラスを置いた。
「…なるほど。」
笑うサンジを見ながら、ゾロは内心、ちくしょう、と思った。
いきなり耳元で囁くんじゃねェ。ちょっとビビっちまったじゃねぇか。
不覚にも、ゾロの股間が反応しかけていた。
どうしてくれよう、このバカは。
「…だいたいその、ベルモットってな何なんだ? 酒か?」
「
飲んでみるか? と言われて、ゾロは頷く。
すぐにサンジはワイングラスを取ってきて、ベルモットを注ぐ。
淡い黄色。
飲んでみると、なるほど、白ワインに何かハーブのような苦味がつけられてる、といった感じだった。
すっきりとしていて飲みやすいが、ゾロには少々軽すぎて物足りない。
飲み干して、そのグラスをサンジに渡し、サンジにもベルモットをついでやる。
サンジがグラスに口をつけるのを横目で見ながら、ゾロはベルモットの横に置かれたジンのビンに手をのばし、自分のマティーニグラスに注いだ。
そしてそれを勢いよく呷ると、嚥下せずに、いきなりサンジの頭を引っつかんで引き寄せた。
サンジの目が驚きに見開く。
構わずに、ベルモットを飲んだばかりのその唇に口付け、口の中のジンをサンジの口腔に注ぎ込んだ。
サンジの目がもっと見開く。
もう殆どまん丸だ。
注ぎ込んだ酒を追いかけるように舌を捻じ込んで、サンジの口から酒を飲んだ。
ついでにたっぷりとサンジの口の中も蹂躙する。
サンジの方もだいぶ酒を飲んだろう。
お互いの口の中から酒がなくなっても、二人はしばらく唇を貪りあっていた。
さっきまで見開いていたサンジの目は、とろけるように混濁してきている。
やっと、ゾロが唇を離した。
「ドライマティーニ。」
にやっとゾロが笑う。
「どこが、だよ。」
息を乱しながら、サンジが答えた。
「今までで一番甘いマティーニだったじゃねぇか…。」
END.
2003/11/07
サナゾ書いてるときに思いついた話。
ベルモットのビンを見ながら飲む、とか、美女に耳元でベルモットと囁かせながら飲む、というドライマティーニの逸話は
ちょっとカクテル好きな人なら誰でも知ってるエピソードなので、オチが読めた人も多かったんじゃないかな(笑)
このSSのイメージイラストを、BUGGY
BEENのまめ蔵さんにいただきました♪