■ ロビ誕SS ■
ナミがその古本屋を見つけたのは、ほんの偶然だった。
埃臭く薄暗いその本屋は、細い路地を入ったところにひっそりとあって、置物だか人間だかわからないような年寄りが店番をしている。
時代に何百年も取り残されたようなこんな本屋には、時折とんでもないお宝が眠っていることがある。
ナミはウィンドウショッピングに出ていて、うっかりこの路地に入り込み、そしてこの本屋を見つけた。
店に入った途端にナミを包む、古い本屋独特のかび臭さ。
ナミはこの匂いが嫌いではない。
アラバスタの図書館もこんな匂いがしていた。
此処よりもずっと匂いは薄かったけれど。
たくさんの書物が放つ、独特の紙のにおいだ。
どれだけ良く換気をしても、虫干しをしても、紙というものは匂いを吸い込む。
濃密な書物の匂い。
膨大な知識の匂いだ。
ナミが睨んだとおり、その本屋は実に面白かった。
既に絶版になってしまった古い古い本達。
海流も島も変わってしまって、とうの昔に役に立たなくなってしまった海図に、ほとんど無料というような値段がつけられている。
けれど、昔の海図をバカにする事は出来ない、と、あの空に浮かぶ島を見てきたナミはもう知っている。
それから、古ぼけた絵本。
絵空事を描いたはずのものなのに、やけに具体的な地名や人名が出てくるときは要注意。
それはもしかしたら本当にあった出来事なのかもしれない。
そう、あの、モンブラン・ノーランドのように。
絵本という奴は、子供向けの御伽話のふりをして政治的意図を秘めている事もある。
ナミが今手に取った絵本もそうだ。
可憐なお姫様の悲恋の物語のようでいて、よくよく読み込めば、痛烈な王制への批判。
これもきっと、この島で本当にあったことなのかもしれない。
この作者は、何を思ってこれを書いたのか。
革命か、反乱か、或いは机上で憂うだけのペシミストか、はたまたこのお姫様へ想いを寄せていたか、もしかしたら、この話の当事者か。
もちろん古本屋には、絵本などという様相を借りない本物の歴史書もある。
分厚い表紙に、金糸で刺繍の施されたそれは、色あせる前は恐らく美しい真紅だったのだろう。
さすがにそこそこそれなりの値段がついている。
─────ああ、ロビンもつれてきてあげればよかったな。
ナミよりも10も年上の考古学者が頭に浮かんだ。
きっと彼女もこんな本屋は興味深いだろう。
幼い頃から考古学者として知識の中に身を浸してきたロビンは、まるで彼女自身が分厚い装丁の歴史書のようだ。
あの知識量には舌を巻く。
女部屋で二人きりで過ごす時など、ロビンは時折、自分が見聞きした歴史の一部をナミに話してくれたりする。
巨万の栄華を誇る大帝国が、たった一人の美女の為に一夜にして滅んだ話や、男装して大軍を指揮して戦いに赴き、祖国を勝利に導いた少女の話や、手に入れた人間を次々に死に追いやる類稀な美しい宝石の話など、彼女の口から紡がれる話は、どれもぞくぞくするほどおもしろかった。
ロマンチックね、と、ナミがなにかの話を聞いたときに何の気なしに言うと、ロビンは一瞬不思議そうな顔をしてみせた。
そして少しはにかむように小さく笑って、ロビンはこう言ったのだ。
「そう…そうね。こういうのをロマンっていうのね。この船に乗るまで、そんなこと思ってみたこともなかったけど…。」
どこか遠い目をしてそんな事を言ったロビンを見た瞬間、ナミは強く思ったのだ。
ロビンにもっとロマンを見せてあげたい、と。
ルフィとこの船なら、きっとそれが叶う、と。
10も年上の彼女が突然、いとけない幼女のように見えたのだ。
この歴史書、買って帰ってあげようかしら。
そんな風に思いながら、しかし決して安くはないその値段に、ナミは本の前でしばらく唸った。
─────ごめん、ロビン。こっちのお姫様の絵本で許して…。
そうがっくりとうなだれたナミは、ふと、目の先に、手帳くらいの大きさの黒い表紙の一冊の本があるのに気がついた。
それを見た瞬間、ナミは驚いた。
書かれている文字が、ロビンが探しているという、ポーネグリフの文字によく似ているような気がしたのだ。
ポーネグリフ、というものの実物を、ナミは見た事はなかったが、ロビンは見たポーネグリフを全てノートにまとめていて、その「文字」も、ナミは読めこそしなかったが、何度か目にしていた。
その文字に、よく似ているような、気がする。
同じものかどうかは、さすがに読めないナミにはわからない。
なんというか文字のシルエットが何となく似ているような気がする。
たぶん、いわゆる普通の書体ではなく、装飾されているのだろう。
やけに字の先端がくるんくるんしている。
どこかのコックさんの眉みたいに。
決めた。これを買って帰って、ロビンに何が書いてあるのか教えてもらおう。
もしかして隠された財宝のありかとかが書いてあったりしたら倍お得♪などと思いながら、ナミは店主のお爺さんにその本を差し出した。
「プレゼント用にリボンかけてね。」
そう言うのを忘れず。
長い事ラッピングなどという事をしたことがなかった店主は、四苦八苦しながら、綺麗なピンク色のリボンをかけてくれた。
2007/02/06
Happy Birthday ROBIN-chan!