§ 夢中遊泳 §

 

【 2 】

 

ゾロはしばらくの間、呆然とその旗印を眺めていた。

何でこんな身知らぬ船が自分達の旗を掲げているのか、わけがわからなかった。

ついでこみ上げてきたのは、猛烈な、怒り。

 

─────俺達の船に成りすまして、こいつら何考えてやがる。

 

全身に殺気をみなぎらせて辺りを見渡した。

だが、甲板をうろついている海賊どもは、誰一人、そんなゾロに頓着しない。

 

─────こいつら…、自分たちが偽装してる船の一味の顔も知らねぇのかよ。

 

ましてや、ゾロは賞金首なのに。

 

とにかくこいつらの親玉締め上げて何を企んでやがるのか白状させてやる。

 

ゾロはそう思いながら、腰の刀に手をやった。

 

その時だった。

 

「よぉーっし、それじゃあ、新人君にィ! このキャプテーン・ウソップがァ! ウソップ海賊団のォ! 掟をォ! 申し渡ぁぁぁす!」

 

聞き慣れたその声に、ゾロがぎょっとして振り向く。

 

─────ウソップ…!?

 

そこにまさしく親しいクルーの顔を見て、ゾロは愕然とした。

「いいぞーエセキャプテーン!」

「海賊団の名前が違うぞ、キャプテーーーン!」

船員たちがやんやとはやし立てる。

 

だがゾロは、目の前のウソップから違和感を感じ取っていた。

 

何か変だ。

このウソップは自分の知っているウソップと違う。

 

刹那、思い浮かんだのは、バロック・ワークスのMr.2ボン・クレーの事だった。

マネマネの実の能力で、自分達そっくりに化けて見せたあのオカマ。

アレ、もしくは、アレに類する敵が、また自分達に化けているのかと。

クルーに化けているということは、麦わらのクルーを知っているということだ。

だとしたら何故、ゾロがここにいる事に気が付かない。

それともまさか、この船にはゾロに化けた奴もいるのか? そいつと勘違いされてるんだろうか。

それにしても、仮にも海賊に偽装しようって奴らが、ゾロのこの、全身から噴き出す殺気に気がつきもせず鷹揚としているなんて。

 

状況を図りかねて、ゾロは、大演説を始めたウソップもどきをじっと凝視する。

うかつに動かないほうがいいのかもしれないと判断して。

 

ウソップもどきは大砲の上で大声を張り上げて見得を切っている。

海賊どもが一斉にはやし声をあげて煽っている。

それをまじまじと見つめて、ゾロは、自分が感じた違和感の正体に気が付いた。

目の前のウソップは、どう見ても17歳には見えないのだ。

20代後半くらい、つまり、10歳ばかり歳を取ったように見える。

大砲の上でポーズを決めて、「海賊心得」とやらを淀みなくまくし立てるウソップの姿は、ゾロにとっては一番ウソップらしい姿といえたが、このウソップには、ゾロのよく知っているウソップにはなかった、風格、のようなものが感じられる。

 

頭にはトレードマークのゴーグル。

だが、その体つきは、ゾロが知ってるそれよりも、ずっとがっちりしている。

髪は色とりどりのリボンを編みこんだドレッドが肩まで伸びている。

 

17歳のウソップが、年齢と経験を重ねたらこんな姿になるだろうな、と思わせるような。

「このウソップ海賊団の船に乗ったからにはァ! あの長っ鼻の旗の下に忠誠を誓えぇぃ!」

ウソップもどきは、自らをキャプテンと名乗り、麦わらの海賊旗を指差して、長っ鼻の海賊旗だと言い張っている。

その姿は、ゾロの目には、ゾロがよく知っているウソップの、いつもの姿に見えた。

「よっ!キャプテン・ウソップ!」

「おいおい、旗印が違うぞ、偽キャプテン!」

船員達は大笑いしながら手を叩いている。

不意にゾロの耳元で、声がした。

「かっこいーぞ!キャプテン・ウソップー!」

 

振り返ると、そこに、見慣れた麦藁帽子を被った青年がいた。

 

「ル…………!!!!」

目を見張るゾロ。

 

船員たちもその青年に気づき、

「いや、船長はあんただろうが!」

「おわっ船長いたっ!」

等と突っ込んだりはしゃいだりしている。

 

─────いや、ルフィ…か…? これ…。

 

麦わらの青年に、ルフィの面影は確かにあった。

あったのだが。

 

纏う雰囲気も、ゾロのよく知っているルフィとあまり変わりない。

屈託のない笑顔、飄々としてつかみどころがなく、どこまでも陽性な。

けれど。

 

─────なん、だ、この…威圧感は。

 

声がするまでその気配に気が付かなかったことが信じられないぐらい、ゾロは、目の前の“ルフィ”の発する威圧感に、完全に圧倒されていた。

 

目の前にいる“ルフィ”は、ゾロがよく知っている彼よりも、恐らく遥かに強い。

そしてその発する“気”は、紛れもなく、ゾロのよく知っている“麦わらのルフィ”のものだった。

 

しかし面差しが全然違う。

いや、ルフィの顔だ。ルフィの顔だが、ウソップと同じように、10ほど歳を取って見える。

あの丸かった顔がすっきりと大人の面差しになり、兄のエースに似ているというよりは、むしろ、赤髪のシャンクスに似ているように思えた。

 

まさしく、ひとつの海賊団を率いる船長としての、自覚と責任の現れた、顔。

 

─────どういう…事だ…。

 

これはルフィだ。

誰かが化けてるんじゃない。

これは確かにルフィだ。

だがゾロの知っているルフィじゃない。

 

完全に混乱して、ゾロは呆然と目の前の“ルフィ”を見つめる。

 

その時、不意にルフィが振り向いた。

 

今までこの船の誰も、まるでゾロが見えていないかのようだったのに、振り向いたルフィは、はっきりとゾロを見ている。

ゾロと目が合うと、ルフィが、にしし、と笑った。

 

「お前…、俺がわかるのか?」

呆然としたままゾロが問うと、ルフィは、

「何言ってんだ、お前はゾロじゃねェか。ま、“俺らのゾロ”よっかちっと若ェけどな。なんか懐かしいな。」

と、笑顔でそう言った。

 

俺らのゾロ…と。

 

「お前は…ルフィなのか?」

 

にかっと笑った笑顔が、ゾロの問いを肯定していた。

 

「ゾロ、“ここ”は10年後だ。」

 

10年後。

ゾロは目を見張る。

俄かには信じがたいその言葉は、けれど確かな真実としてゾロの心にしみこんできた。

 

これが他の人間が言ったことならゾロは信じなかっただろう。

だけどルフィがそう言うのだから、ここは、ゾロの知ってる世界の10年後なのだ。

 

ゾロはぐるりと辺りを見回した。

 

メリー号よりもずっと大型のブリガンティン形式のスループ船。

増えた船員達。

精悍な顔つきになったウソップ。

船長としてのオーラを纏ったルフィ。

 

これが、麦わら海賊団の、10年後。

 

見れば、後方甲板では、見慣れたピンクの帽子がちょこまかと走り回っている。

チョッパーだ。

さすがにチョッパーはゾロの知ってる姿と大差なかったが、きちんと白衣を着ていて、傍らには人間か動物かよくわからない可愛らしい看護婦さんがついている。

 

うおお、なんだ、あのもこもこは。

まさかあれ、チョッパーの女房とかいうんじゃねぇだろうな。

 

「海賊心得ひとーーーっつ! トイレに新聞を持ち込んではならないーっ!」

ウソップはやんやの歓声の中、意味があるのかないのかわからない“海賊心得”を披露している。

 

「ひとぉつ、航海士に逆らってはならない。」

 

不意に頭の上から声がして、ゾロははっと頭を上げた。

 

背中辺りまで伸びた長いオレンジの髪をなびかせて、美しくなったナミが、キッチンと思しきドアから出てきていた。

笑いながら、ギャラリーを見下ろしている。

「姐さんに逆らったりなんかしませんんんんーーー!!!」

船員たちがはやし立てる。

 

女って奴ぁ、こんなに変わるもんか、とゾロは呆然とした。

 

バストサイズがゾロの知ってるナミよりもはるかにボリュームアップしている。

狡猾そうな笑みは相変わらずだ。

すっかり大人っぽくなって、青臭い小娘っぽい感じは完全に抜けている。

確かにずっと女らしく色っぽくなってはいるが、印象としてはむしろ、男前になったと言うか。

裏船長の貫禄抜群の成熟した大人の女だ。

今のゾロは、なんだか勝てそうな気がしない。

 

不意に、ナミの背後のドアがかちゃりと開いた。

 

「コックにも逆らうな。餓死すんぞ、てめぇら。」

 

現れた金髪を見た瞬間、ゾロの心臓が止まった。

 

─────誰、だ、こりゃあ…?

 

いや、もちろんコックだ。

誰も何も、ゾロのよく知っているコックだ。

その金髪も咥えタバコも痩躯も、何も変わってはいない。

 

けれど。

 

纏う空気がまるで違う。

 

─────なんだ、こいつ…、この…

 

エロさは。

 

もうゾロは唖然とするしかない。

 

「ウソップ、てめぇ、何も知らん奴らにいい加減なこと教えてんじゃねぇぞー。」

コックは口元に笑みを浮かべながら海賊達を見下ろしている。

金の髪は背中まで長く伸びていて、それを肩の辺りで無造作に束ねている。

着ているのは白い開襟の柔らかな素材のシャツだ。

何の飾りっけもない格好なのに、目の前のコックには妙な色気がある。

ゾロが知ってるサンジからは感じたことのない色気だ。

それが柔らかい物腰のせいなのか、険のない眼差しのせいなのか、そのどれものせいなのか、とにかく目の前のコックはエロい。

たかが開襟シャツから覗いた鎖骨すら、正視することが出来ないほどに。

 

とくり、と周囲の熱が上がったような気がして、ゾロは辺りを見回した。

海賊達の中に何人か、明らかに、見惚れています、という視線でコックを見上げている者がいるのに気づいて、ゾロは愕然とした。

 

─────てめェら、そんな目で、コック見るんじゃねぇ!

 

見惚れているだけならともかく、視姦でもされているのじゃないかと思うと、気が気ではない。

ラウンジの手すりに体をもたれさせているコックは、そんな視線には気が付かないのか、はたまた慣れっこになっているのか、傍らのナミと何やら談笑なぞしている。

 

─────メロリンしねぇのかよ…。

 

ナミが傍にいると言うのに、サンジは、目をハート型にしてくねったりしない。

そのくせ、ナミ至上主義は全く変わっていないらしく、まるで慈しむようにナミの腰に手を回す。

恋人にするような仕草に、まさかナミとデキてやがんのかとゾロが気色ばんだ瞬間、ナミが腰に回った手をつねった。

「痛いよ、ナミさん。」

笑って痛がりながら、コックはナミの腰から手を離す。

その仕草も妙にエロティックだ。

 

「サンジ、腹減ったああああああー!」

ゾロの隣にいたルフィが素っ頓狂な声を上げてラウンジのサンジに向かって、みょーんと手を伸ばした。

あっという間にルフィの体はラウンジに飛んでいく。

抱きつきそうな勢いで迫ってきたルフィを、サンジは「へいへい」と言いながら、足先で軽くいなしてラウンジに蹴り込んだ。

それから、恭しくナミをラウンジの中にエスコートする。

「コックさん、俺もー。」

言いながらラウンジの階段を駆け上がってきた男を見て、ゾロは驚いた。

 

─────エース…!

 

この場にエースがいる事に、誰一人不自然を感じてる者はいないらしい。

すると10年後、エースは麦わらのクルーになると言うことなのか?

 

エースが、サンジの背中を抱くように手を回す。

やたらとなれなれしいその仕草に、ゾロは目を剥いた。

 

サンジはそれすらも気にする様子もなく、平然とラウンジに入っていく。

その後姿が、ふと、振り向いた。

「てめぇらにもクソうめぇおやつ用意してあっからちっと待っとけ。」

にやん、と笑う。

 

わあっと海賊達が歓声を上げた。

全く当然の事ながら、このクルーたちは全員しっかりサンジに餌付けされてるらしい事を、ゾロは悟った。

 

 

 

2005/05/11


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