§ 天上の華 §
「愛される資格」番外編

 

その商人がその島にきたのは、その島が商人の商いの場の一つだったからだ。

とはいっても、ほんの少しの下心があったりしたのは否定できなかった。

この島は、商人の故郷の島からログを辿ると、ちょうど3つ先に到着する島だ。

その島へ、商人は、エターナルポースを使って先回りしていた。

またあの別嬪さんに会う事が出来ないかなあと思いながら。

 

 

数日前、商人は夢のような一夜を過ごした。

名も知らぬ、天上の華を手折ったのだ。

 

 

 

 

 

“彼”が店に入ってきた瞬間、明らかに店内の雰囲気が変わった。

薄暗い店内が明るさを増したような気がしたのだ。

それほどに見事な金髪だった。

この島の人間でないのは顔を見ればすぐにわかった。

旅行者か、船乗りか。

金髪はふらりとカウンターのスツールに腰をかけると、「何でもいいから強い奴」と言った。

商人はそれを小耳に挟んで、へえ?と思った。

そんな酒の頼み方をする奴は、よほどの酒豪か、手っ取り早く酔っ払いたいか、どちらかだ。

そして、後者の場合なら、往々にして酔いたい理由はネガティブなものだ。

 

はたして金髪は後者だった。

 

ろくにつまみを口にもせず、浴びるように酒を呑む。

思いつめたような暗い瞳で。

こりゃあ訳ありだな、と踏んだ商人は、金髪の肩に手を置いた。

そんな飲みかたしちゃあ体に悪いとか何とか、おためごかしを口にしながら。

酔いの回った瞳がこちらを向く。

商人はあやうく口笛を吹くところだった。

美しい蒼い蒼い瞳。

サファイヤというにはやや色が薄いか。アクアマリンかブルートパーズ。ブルーダイアなら稀少ものだ。

純金の髪がまがい物だとしても、この瞳で充分にお釣りがくる。

うっかり商人の職業病で、そんな算段なぞしながら、もっと明るい光の下でこの瞳を見たいもんだ、と思った。

失恋でもしたのか? と聞くと、金髪は自嘲めいた笑みを漏らした。

すぐに商人は甘めのカクテルを注文して、そんな女、飲んで忘れちまうのが一番さ。と言った。

すると、レディに振られたんならやけ酒なんかしねぇよ。と、金髪が苦笑する。

なるほど、男に振られたというわけか。

それはせつない。

ノーマルな性嗜好を持つ男相手なら、金髪がどれだけ整った顔をしていようとも、どれほどその金の髪が光り輝いていようとも、瞳が魅惑のブルーでも、それは何の役にもたたないだろう。

 

そう、ノーマルな性嗜好を持つ男なら、だ。

 

ではそうじゃない男相手なら?

 

…決まってる。極上のディナーと化すのだ。

 

あんたをふるなんてもったいない奴だな、と言うと、きょとんとした顔で見つめ返してくる。

自分の価値を、ろくに知りもしないらしい。

もしかすると男に惚れたのすら初めてなのかもしれないな、と商人はほくそ笑んだ。

けれどそれは次の瞬間に幻滅に変わった。

 

だったら、ここにいるみんなで俺を犯してくれよ。

 

金髪は事もなげにそう言ったのだ。

口元に淫らな笑みを浮かべて。

 

高嶺の華かと思ったら、さかりのついたメス犬だったか、と商人は内心がっかりした。

けれど、ちょうどいい、口説く手間が省けた、とそこは気を取り直すことにした。

ところが、狭い部屋に10人ばかりでぎゅうぎゅうに入った後、金髪はとんでもない事を言い出した。

曰く、“男とやった事がない。”。

おいおい、ちょっと待てよ、と商人は思った。

慣れたあばずれだと思ったから、言われるままに全員で輪姦(まわ)そうとしたのに、処女では全然話が変わってくる。

案の定その場の全員がその一言に煽られた。

こんなに綺麗な金髪碧眼が、初物。

どうしたって盛り上がるに決まっていた。

しかし商人は舌打ちをしていた。

初めてだと知っていたら、輪姦などする前に、じっくり自分だけで堪能したのに。

よくよく聞けば男どころか女とも経験がないらしく、金髪は、ベッドの上でまず自分が何をすべきなのかすら分かってない様子だった。

えっと、脱いでいいのか?いいんだよな? 等ときょとんとした目を向けている。

その初々しい様がもうどうしようもなくその場の男達の股間を直撃してる事など、本人は分かっていない。

 

あんた、本当にいいのか? 初めてでこんだけの人数に姦られちまって。

 

商人がそう聞くと、金髪は力なく笑った。

 

忘れられれば何だっていいんだ。

 

そういえば振られたと言っていた。

こんな真似までして忘れたいと思うほど惚れた相手というのはどんな奴なんだろう。

商人は、見も知らぬ金髪の相手に、憧憬と嫉妬と羨望を禁じえなかった。

こんな別嬪にこんなにまで惚れられてるのに、あっさりと振ったらしい男に。

俺に惚れてくれたんだったら、そりゃもう大切にするのに。

 

金髪の体は素晴らしかった。

明るい灯の下で見るその体は、絶品以外の何ものでもなかった。

透き通るような白い肌。

こんな手触りの肌には出会った事がなかった。

その場の皆、金髪の肌に夢中になった。

まがい物かもしれない、と思った金の髪も、全裸になれば本物だと知れた。

陰毛もすね毛も、柔らかな産毛に至るまで、全て純金だったからだ。

純金の髪に、アクアマリンの瞳、真珠の肌。

とんでもなく無垢な上物が、男達の欲望の前に無造作にその体を投げ出している。

煽られないはずはなかった。

その肌のあちこちに残る傷痕だけが、惜しいと思えた。

擦り傷やら切り傷やら、打撲の痕やら、新しいものから古いものまで無数に。

背中には何か大きな手術痕まである。

綺麗な顔をして、意外と荒くれの生活をしているのかもしれない、と商人は思った。

改めて見れば、金髪の体は、労働など知らない華奢なそれではなく、柔らかな筋肉の乗った敏捷そうな体だ。

すらりとしたしなやかな筋肉。

少年から青年になろうとしている、そのほんの一瞬の美しい瞬間を切り出したような、危うく儚く美しい肢体。

 

金髪の価値を認めて、商人はまた舌打ちする。

この体を独り占めにしたかった。

誰にも触れさせたことのない体をじっくり堪能して、誰にも聞かせたことのない甘い声を思うさま喘がせて、時間をかけて充分にこの体に己を馴染ませて。

こんなゴミ箱に屑を放るように汚していい体ではなかったのに。

なんてもったいない事を。

 

それでも、これが金髪の選択なのだ。

 

そう思うと、腹立たしさに拍車がかかる。

金髪の失恋相手にも腹が立った。

振られてもなお、金髪はその男が好きなのだ。

諦めるために、輪姦されても構わないほどに。

こんなけなげな、しかも極上の初物をふるなんて、その男は大馬鹿だ。

物の価値もわからない馬鹿者だ。

 

みすみすこんな乱交を呼び込んでしまった自分にも腹が立つ。

金髪の言葉にうっかり乗って、部屋に男達を引き入れてしまった自分が悔やまれる。

今からでも、男達を追い出したい衝動に駆られた。

 

けれど、見渡せば、男達の欲望はもう治まりがつかなくなっている。

当たり前だ。

安い金でどんな事でもやらせる娼婦ばかりを相手にしてきた奴らなら、目の前のこの男が、本来なら自分たちの手になど到底入らない存在だと、すぐわかるだろう。

そんな存在が、自分に何をしてもいいと言って、ベッドの上でしどけない姿を晒している。

煽られないはずなどない。

 

金髪が初物だと知った男達は、まず金髪の体を執拗に撫で回すところから始めた。

それでも、人に触れられる事が初めてらしい金髪は、緊張してか、がちがちに固くなっていた。

誰かが酒を持ち込んできた。

金髪は、自分からそれを立て続けに呑んだ。

あげく、誰かが面白半分に差し出した、いわゆる媚薬の類も躊躇わず口に入れた。

そうして金髪の体がゆっくりと弛緩して、ほどけてくると、その場の誰もが、その艶に息を呑んだ。

どちらかというと、それまでの金髪は、青く初々しさが強く感じられた。

だが、瞳が潤んでそのブルーが色を濃くし、白い肌が薄く色づくようになると、突然、それは淫らな存在へと劇的な変化を遂げた。

体中のどこに触れてもせつない声を上げる。

乳首も性器も固くなってつんと尖っている。

そこを弄られると、白い喉が惜しげもなくのけぞって、ベッドの上でのたうつ。

そのくせ妙に、清楚な感じがする。

性器は立ち上がって、先端からだらだらととめどもなく雫を溢れさせているし、処女のくせにケツに指を突っ込めば嬉しそうに咥え込んで、強く締め付けてくるのに、どこか汚れを知らない、幼さのようなものを感じさせる。

或いは、どこか作りものめいた人形のような。

 

この華は、愛でるように注意深く切り、茎を揃えてやって、綺麗な水を入れた高価な花器に飾って、その花弁の美しさを褒め称えるのに値する、華だ。

きまぐれで手折って、遊んで飽きたらそこらへんに捨てるような、そんな事をしていい華ではない。

その美しく無垢なものを、汚し、犯す。

背徳的な快楽に、その場の誰もが完全にはまった。

わけのわからない欲望に煽られて、男達は金髪を犯しまくった。

狭い処女孔を、こじあけるように太いペニスを挿入されると、金髪はひときわ高く悲鳴をあげた。

孔はわななくようにペニスに絡み付き、男達を快楽に叩き込んだ。

こいつ、すげぇいい。と、誰かが言った。

商人も、なんて体してやがる…と思っていた。

 

無垢で頑なな処女の体に、淫蕩な高級娼婦が同居しているような。

 

淫靡で清楚。

純白で妖艶。

 

皆一様に、金髪の体に酔っていた。

 

 

狂宴は明け方まで続き、一夜明けて金髪は疲弊した体をベッドに沈ませていた。

その後孔から、こぽ…と音を立てて精液が零れても、金髪の体はぴくりともしない。

男達は皆部屋を去ったが、商人だけは去りがたく、金髪の傍に寄り添っていた。

部屋を包んでいたうねるような熱気は既になくなっていた。

あまり金髪が動かないので、死んだかとひやりとした商人が、何度か金髪の呼吸を確かめては、安堵の息をつく。

商人は、お湯で濡らして軽く絞ったタオルを持ってきて、金髪の体を綺麗に拭いた。

後孔も、精液を掻き出して、後始末をしてやる。

それから何人もの精液でどろどろになったシーツも、金髪の体の下から引っ張り出した。

綺麗にしたベッドの上に改めて金髪を寝せてやり、そして商人は考えていた。

順序が逆になってしまったが、金髪が目を覚ましたら、自分のところに来ないか、というつもりだった。

失恋につけこんでいると思われてもいい。

このまま一夜限りの事にしてしまうのは、できそうもなかった。

金髪の事をもっと知りたい。

もっと違うふうに抱いてやりたい。

この華をもっともっと美しく咲かせる事が、商人にはできる。

まだ間に合うはずだ。

祈るような気持ちで、商人は金髪が目覚めるのを待った。

 

 

 

金髪は、昼頃になってやっと目を覚ました。

ぱちっと、いきなり蒼い目が開いたかと思うと、「やべっ」と一声発して、金髪は、がばっと起き上がろうとした。

「痛…ゥ…ッ!!!!」

しかしその体はすぐにまたベッドに沈み込む。

「おい、大丈夫か?」

商人が声をかけると、金髪はギョッとしたようにこちらを向いた。

「立つの、無理だと思うぜ?」

初めての体に、過ぎる荒淫は、金髪の体にかなりの負担をかけているはずだ。

訝しげに商人を見た金髪は、すぐに、「あ、そっか。陸だっけ…。」と小さく呟いた。

どうやら記憶が飛んでいたらしい。

商人は、立ち上がって冷たい水を持ってくると、金髪に差し出した。

「あァ…悪ィ。」

答える蒼い瞳は、まだ混濁していて、酒も薬も抜けきっていないのが容易に見て取れる。

半身を起こし、冷たい水を一息に飲み干して、金髪はだるそうにまた横になった。

「初めてで、乱交なんて無茶するから…。」

商人がそう口を開くと、金髪はくすりと笑った。

「いいんだ、って…言ったろ?」

 

忘れられさえすれば。

 

「そんなに好きな相手だったのか?」

思わず聞いてしまった。

金髪の瞳が動揺したように視線を彷徨わせる。

すぐにそれは諦めたように緩く伏せられた。

「そうだ…な。好きだった。すげェ。」

微かに声が震えていた。

「今までたくさんの人を好きになったけど…、今も好きな人がいっぱいいるけど…。」

金髪が両腕で顔を隠す。

「こんなに、どうしようもないほど好きだと思ったのは、初めてだったんだ。」

震える息をつく。

「好きな事が、こんなに苦しいと思ったことも。」

金髪の言葉に、商人の心に、なんともいえないせつなさがこみあげる。

苦しいほど誰かを好きになるなんて、商人にはもうずいぶんと昔に忘れ去った感情だ。

目の前で恋に苦しんでいる金髪を見ていると、忘れ去ったと思っていた若い頃を思い出す。

そんな風に人を好きになったことが、商人にも確かにあった。

その、ほろ苦くて甘酸っぱいせつなさを、商人は強烈に思い出していた。

 

「そんで…、あんなことをして、その男のことは忘れられたか?」

商人が聞いた。

金髪の口元が、笑うように、歪む。

何か口にしようとして、できずにいる。

だが商人には、金髪の答えが分かっているような気がした。

 

忘れられるはずなどないのだ。

 

苦しい恋は、どれだけ他の辛い思いで塗りつぶしてしまおうとしても、塗りつぶせるものではない。

どんなに体を汚しても、恋心だけは汚れたりしない。

本当に恋を忘れたかったら、体ではなく、心ごと殺すしかないのだ。

そして、そんな方法など、ありはしない。

 

恋とは、そういうものだ。

 

あれほど男達に陵辱されながら、金髪がどこか無垢だったわけもわかった。

金髪が投げ出したのは、躰だけだ。

心はまだ、その片恋の相手の元にある。

 

「なんでこんなに…好きなのかな…。」

途方に暮れたように金髪が呟いた。

「緑だし、腹巻だし、むさいし、風呂入らねぇし、呑んだくれだし、…俺のこと、嫌い、なのに…。」

金髪は目を閉じている。

閉じた瞼の裏には、たぶん、金髪の片恋の相手が見えているのだろう。

「俺の想いはあの男を汚す………。」

独り言のようなそれに、商人は驚いた。

想いが相手を汚す、なんて、そんな馬鹿な話があるか。

いったい、この金髪はどんな相手に想いをかけたというのか。

坊さんか? 血の繋がった親か兄弟か?

その相手は、金髪がこんな真似までして思いを殺そうとしていると知ってもまだ、金髪を無碍にできるというのか。

 

俺だったなら。

こんな綺麗な人間に、こんなにも深く愛されたなら。

これほど純粋に一途に想われたなら。

何よりも誰よりも大切にしてやるのに。

自分の持てる力全てで幸福にしてやるのに。

そしてそれは、自分にとっても、どれだけ幸福だろう。

 

俺のところにこい。

そんな男など、忘れさせてみせるから。

 

そう商人は口にしようとして、それは金髪の言葉に先んじられた。

「…あんたにも、…悪い。こんなことにつきあわせちまって…すまない。」

商人は絶句した。

すまないも何も、商人は他の男達と一緒になって寄ってたかって金髪を犯しただけだ。

金髪の自暴自棄なのをいい事に、おいしい思いをたっぷりさせてもらっただけだ。

なのに、金髪は、すまない、等と言う。

 

商人は、ひりつく喉に唾を飲み込んで、口を開いた。

「なぁに、なんてことねぇよ。…まだ酒抜けてないだろう? 少し、眠った方がいい…。」

 

金髪は、うっすらと口元をゆるませると、すぐにまた眠りに引き込まれていった。

 

その寝顔を眺めながら、商人はため息をついた。

自分のところに来いというつもりだった。

そんな男など忘れてしまえと。

 

だができなかった。

 

なんとなく、金髪がもし商人と共に来たとしても、金髪が想いをかけている男を忘れることはないような気がした。

そして、そんな金髪にはまって、身動きが取れなくなる自分自身が、容易に想像できた。

「ヤキがまわったかな…。俺も…。」

 

そう一人ごちて、商人は部屋を後にした。

 

所詮一夜の事と、割り切ることにして。

 

 

 

 

けれど商人は、こうして、ログを先回りして来てしまった。

早い話が忘れられなかったのだ。あの金髪が。

まるで一級の絹地に触れるような、あの肌の手触りも忘れがたかったが、それよりも何度も思い出されたのは、あの、今にも泣き出しそうな顔だった。

 

すげぇ好きだ

どうしようもないほど好きだ

好きな事が苦しい

俺の想いはあの男を汚す

 

震える声でそう言いながら、せつなげに目を伏せた、金髪の顔ばかりが思い出されてならない。

 

彼はまだ忘れられぬ想いに苦しんでいるだろうか。

その相手の男は、今もなお、彼を傷つけているだろうか。

 

気がつくと、あの金色の髪をした男の事を考えている。

そんな自分に気がついて、商人はおかしくなった。

 

おいおい、どうした俺は。

まさか情が移ったか?

ミイラ取りがミイラになっちまったか?

 

そう、何度も自分を叱咤したのに、商人はついに衝動的に、エターナルポースでログを先回りしていた。

もしかしたらまたあの金髪に会えるかもしれない。

ただそう思いながら。

 

 

 

そうは言いつつも、先回りした島は、商人の故郷の島よりもずっと大きく、栄えていて、この中でたった一人を見つけ出すのは困難に思われた。

そもそも商人は、金髪が船乗りかどうかも知らないのだ。

金髪が目覚めた時、「陸だっけ…。」と呟いたセリフから、恐らく船乗りだろうと見当をつけただけだ。

どんな船に乗っているのかも知らない。

それでも商人は、金髪の姿を探した。

3日だけだ、3日だけ。

3日探して見つけられなかったら、いつもの通りこの町で商いをして、そして帰ろう。

そう自分に言い聞かせながら。

 

 

そして、商人は“彼”を見つけた。

 

 

 

最初、商人は、それが“彼”だと気がつかなかった。

それほどに印象が違っていた。

 

思わず目が吸い寄せられたほど、人目を引く二人組だった。

その片方が、美しい金の髪をしていて、ああ、“彼”の頭もあんな髪だったな、と商人は思い、次の瞬間、それがまさしく“彼”だという事に気づいたのだ。

 

けれどそこには、商人が思っていたような、苦しそうな顔も暝い瞳もなかった。

 

道ゆく誰もが思わず振り返るような、このうえもなく幸せそうな笑顔。

商人は一瞬、我が目を疑い、そしてたっぷりその笑顔に見惚れてから、金髪の横にいる男に目を移し、ああ…そうか…、と、得心した。

緑の髪で緑の腹巻の、精悍な顔をした剣士。

 

─────緑だし、腹巻だし、むさいし、風呂入らねぇし、呑んだくれだし。

 

金髪は確かにそう、自分の想い人の事を語っていた。

なるほど、確かに緑で腹巻だ。

剣士は、金髪が何事か話し掛けても、無表情でぼそっと返答している。

一見、不機嫌なようにも見える態度だったが、しかし、剣士の腕はしっかりと金髪の腰に回っている。

それはまさしく恋人にする仕草で、金髪の想いが成就した事を雄弁に語っていた。

金髪はにこにこととろけるような笑顔を剣士に向けながら、大きな身振りで話している。

やたらと手をばたつかせたり、いちいち剣士の顔を覗き込んだり、剣士に向かい合って後ろ向きで歩いたりしながら話すので、そのたびに、剣士の手は金髪の腰から離れる。

すると、それが不満だとばかりに剣士が力強く金髪の腰を抱き寄せる。

そのたびに金髪はつんのめって転びそうになりながら、顔を真っ赤にして剣士を怒鳴りつける。

けれどその口元にはまたすぐに幸せそうな笑みが浮かぶ。

この世の全ての幸せを手に入れたかのような、うっとりとした笑顔が。

 

二人は市場への道を連れ立って歩いていく。

商人のすぐ傍を通っても、金髪は商人に気がつきもしなかった。

恋人同士は、お互いしか目に入っていないようだった。

 

一抹の寂しさを感じながら、それでも商人が、よかったなあ、と思っていると、不意に剣士が、苛立ったように金髪の腕を取って、別の方向に歩き始めた。

金髪が戸惑って抗っている。

あれよあれよという間に金髪は路地裏に連れ込まれた。

何事かと気色ばんだ商人が、後を追いかける。

 

人通りのない路地裏を覗き込んだ商人は、次の瞬間、慌てて身を引いた。

 

恋人達が、熱い抱擁を交わしていた。

 

「なに、やってんだ、よ…ッ!」

とぎれとぎれの金髪の声がした。

「…てめェ、あんま煽ってんじゃねぇ…。」

低い声が答える。

その合間にも、ぴちゃ、という濡れた音や、忙しない衣擦れの音がして、淫らなことこのうえない。

「煽ってなんか、ね、─────あッ!」

「船降りてから、ずっとへらへら笑いやがって…。収まり、つかなくなんだろうがっ…!」

剣士の声も相当に余裕がない。

「な、んだよ、それ…!」

「てめェは少し、自覚しろ…。」

「じかく…?」

「てめェがそんな無防備だと勃つ。」

「よせ、ばか、こんなとこでッ…! よせったら! ─────んんッ! あ…、やめ…ああっ…!」

「こんなとこがやなら宿とるか?」

「バッ…! 昼間っから何考えてやがる!」

「…なら、今ここで犯る。」

「うあッ! やめろやめろ、クソバカ! んああッ…! やめ…、それ、やめ…ッ!」

「やめてほしきゃ選べ。宿とるか、ここで犯られるか。」

「……………………………宿………。」

「…いい子だ。」

 

商人がもう一度路地裏を覗くと、恋人達は連れ立って路地裏の通りの奥へと歩いていくところだった。

金髪の方は腰が砕けているのか、心なしかふらふらしていて、それを剣士が逞しい腕で支えている。

 

それを心の中で見送って、商人は、くるりと踵を返した。

「よかったな…。」

小さく呟いて、足早にその場を後にした。

 

そういやあ、名前も聞かなかったなあ。

そんな事を思いながら。

END.

2005/03/05


九萬打SS発表時に、「サンジのお初を奪った奴が憎い」と言われたんで、その彼をフォロー(笑)
第三者視点のゾロサン、って結構好きかもしんない。


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