【2】
ゴーイングメリー号を迎えたのは、典型的な夏島だった。
全島を挙げての祭の真っ最中で、島中が煌びやかな飾りと灯りで埋め尽くされ、島民が総出で祭を祝っていた。
海賊なのだから当然忌避されるはずの麦わらのクルーは、びっくりするほどの歓迎を受けた。
聞けば、“
麦わらのクルーも、どこへ行ってもご馳走と酒でもてなされた。
船長のはしゃぎっぷりは言うに及ばず、普段警戒心の塊のような剣士ですら、浴びるような酒を振舞われ、相好を崩していた。
そして、大通りを練り歩く、神輿行列。
ひらひらとした帯をつけた、可愛らしい子供踊りの後に、甲冑姿の戦士達の勇壮な剣舞が続き、その後、純白の衣装をつけた乙女達の舞いに沿道が沸く。
白装束の乙女達が、皆、同じような美しい乳白色の宝玉の額飾りをつけているのを見て、お宝に煩いナミが反応した。
「真珠…?」
「真珠とは輝きが違うようだけれど。」
同じものを見ていたらしいロビンが、横で呟く。
なるほど、それらの額飾りは、半透明の乳白色なのに角度によって淡いブルーやイエローの光彩を放っている。
「ムーンストーンですよ。」
と、近くにいた島民が教えてくれた。
「島のご神体を守護する石が、ムーンストーンなんです。」
その言葉に、“臥月祭”という祭の名称を、ロビンは思い出した。
「ああ、ご神体が月神なのね。」
「いいえ、ご神体は戦神です。三日で世界を滅ぼした荒ぶる神です。それを鎮めたのが月神なんです。だから、月神の力を宿すムーンストーンを、巫女様は身に纏うんですよ。」
「巫女様?」
「ええ、ほら、今、お神輿がきますよ。」
行列の一番最後に、厳かに現れた豪奢な神輿に、麦わらのクルーは目を奪われた。
全て純白で誂えられた、美しい神輿。
その両端に女官姿の娘が乗り、一段高いところに、“巫女様”が鎮座している。
全裸に華やかな装飾品を飾り、ベールを纏った美しい姿。
「女神だ……!」
巫女様のまばゆさにサンジの瞳はたちまちハートになる。
装飾品で飾られているとはいえ、ほとんど全裸という艶かしい姿なのに、その娘から下卑たいやらしさはほとんど感じられなかった。
巫女様の名にふさわしい、可憐な清らかさ。
沿道の人々ににっこりと微笑みかける、花のように愛らしい笑み。
巫女様としての誇りに毅然として顔をあげる姿は、どこか、アラバスタの王女を思い出させる高貴を醸し出していた。
その頭には、ひときわ大きく輝く、ムーンストーンの天冠。
石の大きさもさることながら、名の通りの月光を思わせる神秘的で美しい光彩といい、台座の繊細で緻密な銀細工といい、素人でも容易に逸品である事がわかる。
「
ナミが感嘆したように呟いた。
「うひゃー、綺麗だなあ。」
ルフィもウソップも、見惚れたように純白の神輿を見上げる。
ロビンは、祭の元となった神話に興味があるらしく、その島民と何やら話しこんでいる。
ゾロは、神輿になど目もやらず、島民相手に飲み比べなどしている。
ログが溜まるまで、楽しい滞在になりそうだと、誰もが思っていた。
─────なのに、なんでこんなことになってやがんのかなァー……。
サンジは、重い重い溜息をついて、空を振り仰いだ。
きれーな青空だ。
サンジのどんよりした心とは裏腹な、抜けるような青空。
祭日和だ。
本当なら今日も、みんなでお祭を楽しんでいるはずなのに。
島に上陸し、華やかな祭行列に感激したのは、つい昨日の事だ。
そして、今日。
昨日と同じように沿道を練り歩く純白の神輿の上に乗せられているのは、───────サンジだった。
“巫女様”として。
銀無垢の神輿は、ゆっくりゆっくり、祭で賑わう大通りを練り歩いていく。
沿道の見物客が、うっとりとした目でサンジを見上げている。
老若男女問わず、皆、その瞳には何の邪気もない。
ありがたそうにサンジを拝んでいる者すらいる。
いたたまれない。
いたたまれないというより……こっ恥ずかしい。
こみ上げる羞恥に、たまらず空を仰ぐと、傍らの女官からすぐさま、
「巫女様。お顔は沿道の皆にお向けください。どうか笑顔を。」
と、小さくたしなめられる。
もうその“巫女様”という呼称が恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない。
自分が申し出た事はいえ、男の俺がなんで巫女だよ、と、やさぐれた気持ちにもなる。
それをぐっと堪えて、サンジは引き攣った笑顔を作る。
人々の視線に顔から火が出そうだ。
何故なら、ゆらゆらと揺れる銀白の神輿の上、サンジは、ほとんど全裸という格好で乗せられているから。
全裸、というのは正確ではない。
一応、純白の薄い絹を頭から被せられている。
被せられてはいるが、この薄衣は、本当に薄くて、サンジの肌は全て透けて見えている。
なんの目隠しにもなっていない。
薄衣の下はすっぽんぽんだ。
衣類は何一つ身につけていない。
衣類の代わりに、夥しい数の装飾品がサンジの肌を飾り立てている。
銀の耳飾りに始まって、首にじゃらじゃらと何連もの銀鎖のネックレス、肩口から二の腕にかけても同じ銀鎖が巻かれ、指にも銀の指輪、その指輪から、銀鎖が手の甲を覆うように、銀のブレスレットに繋がっている。
装飾品は恥ずかしいことにサンジの乳首にもつけられていて、花のような形の銀細工でやんわりと乳首を挟まれ、左右の乳首飾りは銀鎖で繋がれている。
臍から腰にかけても、ベルトを巻くようにじゃらじゃらと何連もの銀鎖が巻かれ、一応、申し訳程度に性器を隠すように股間に飾り布が施されてはいる。
太股も銀鎖で飾られ、足首にも同じ物が巻かれ、巫女というより、なんというか…これはあれだ。─────酒場の踊り子。
昨日、この同じ装飾を施されたこの島の巫女を見た時は、その清らかさと美しさに目を奪われこそすれ、下卑たいやらしさなど微塵も感じられなかったというのに。
男の自分がこんな格好をするのは、いたたまれないばかりか、滑稽この上ない。
我ながら相当にみっともない格好だろうと思うのに、島民は、よほど厚い信仰心があるのか、こんな男の巫女なんて気色の悪いものを見ても、「なんて、お綺麗な巫女様。」等とサンジを見上げている。
それがもう、恥ずかしいなんてもんじゃない。
ナミさんならもしかしたら大喜びでこの格好したかもしれねェな、と、ふと思う。
何しろ全身を飾る装飾品は、全て純度の高い品質のいい銀だ。
頭からすっぽり被せられた薄衣だって、美しい光沢のある絹が贅沢なドレープを作りながら、サンジが立ち上がっても引きずるほどに長く垂れている。
まるで花嫁のベールだ。
頭の上には、更に高価そうな、美しく大きな乳白色の月長石のついた、華やかな銀細工の天冠が被せられている。
自分なんかより、ナミの方がきっと、ずっと似合いもしたろう。
そこまで考えて、サンジは、すぐに、この神輿行列の意図を思い出して、はっとした。
いや、こんなこと絶対にナミさんにはさせられねェ。
させられねェと思ったからこそ、自分が代役を買って出たのだから。
不意に強い視線を感じて、サンジは、ぎくりと顔をあげた。
すぐに全身が硬直する。
─────ゾロ…………!
沿道の中、ゾロが目を見開いて、こちらを見ていた。
その、心底驚いたような顔に、サンジの全身が羞恥で熱くなる。
─────見んな、あっち行ってろ、くそバカ…!
昨夜、別行動だった剣士は、ルフィとサンジ達がいったい何をやらかしたのか、いまだ知らずにいたはずだ。
鳩が豆鉄砲を食らった顔で、ただ愕然とサンジを見ている。
─────ちくしょう…、みっともねぇとか思ってやがるんだろうな…。
サンジはいたたまれなくなって目を伏せた。
「巫女様。お顔を上げてくださいまし。どうぞ皆にお手を。」
すぐまた女官にそう耳打ちされた。
慌てて顔を上げ、サンジは、やけくそで飛びっきりの笑顔をふりまいてやった。
サンジが優雅に手を振ると、途端に沿道が沸く。
サンジを凝視していたゾロの顔が、ゆっくりとどす黒くなるのがサンジから見えた。
─────やべぇ…怒ってやがんのかな…。どうせまた調子こいてるとか思ってんだろうな…。
サンジの笑みが引き攣る。
すると、傍らの女官の娘が、
「大丈夫ですわ、巫女様。とても美しいです。」
と、励ますようにそう言った。
その言葉に我に返って、サンジはその娘を見た。
そして、恥ずかしいと思った自分を恥じた。
そうだ。この子の為にも巫女役を務め上げなければ。
だって本来ならば、ここで巫女役として晴れやかな神輿に乗せられていたのは、この娘だったはずなのだ。
昨日までの巫女は、確かにこの娘だった。
麦わらのクルーに、巫女としての身を穢されなければ。
知らなかったとはいえ、麦わらのクルーのしでかした事はこの島にとって最大の禁忌だった。
身を穢されたこの娘は、その瞬間、地に伏して号泣したのだ。
あの涙を思い出せば、恥ずかしい等とは言えない。
サンジの身を飾った装飾品の数々を見れば、これらがどれだけの値打ちのあるものか、目利きのナミでなくてもすぐにわかる。
華奢な銀鎖の一本一本すら、とても凝った編み方をされているのだ。
これらを全て身につけて、巫女としてこの神輿に乗せられるのは、この娘にとってどれだけの栄誉だったろう。
それを奪ったのは、麦わらのクルーだ。
女官姿の娘は、恐らく昨晩は一晩中泣き明かしたのだろう。目も赤く瞼も腫れぼったく、一晩ですっかりやつれて痛々しい。
なのに、必死で笑顔を作って、今は新しく巫女となったサンジのフォロー役を務めている。
そのけなげな姿を見るたび、サンジは申し訳なくてたまらなくなる。
この子の為にも、儀式を完遂しなければならない。
例え、ほぼ全裸に等しいという格好で、神輿に乗せられていたとしても。
これから、サンジは見知らぬ島民の誰かに犯されなければならないとしても。