【4】

 

「あなたのお歳は。」

「19だ。」

「失礼ですが、巫女となれる者は、男であれ女であれ、他者の体液を身の内に注がれたことのない者、つまり…、」

「野郎にケツ犯された事もねェし、残念ながらレディに挿れさせていただいた事もねェよ。」

「…あなた方がご覧いただいたとおり、巫女は儀式として戦士と交わらねばなりません。それでもよろしいか。」

「構わねェよ。」

事も無げに答え、サンジは島民達の方に足を踏み出そうとした。

 

「てめぇが勝手に決めるなァ!! サンジィッ!!」

 

ルフィの怒号が響き渡った。

その目は本気の怒りが宿っている。

「…なら、俺に“やれ”と言ってくれ。ルフィ。」

「いやだ!!!!!」

「…ルフィ。俺達がしでかした事の責任はとらなくちゃなんねェ。」

「それなら…ッ、それなら俺が巫女をやる!!」

ルフィの形相は必死だ。

だが、それを聞いた太守は、静かに首を振った。

「申し訳ないが、麦わらのまろうどよ。先ほどのあなたの異形、悪魔の実の能力者と拝察申し上げます。悪魔の実でその身を汚されている者は、神の巫女にはなれません。」

申し訳なさそうに言う太守の横で、サンジも言葉を継ぐ。

「俺だって、まっぱで神輿に乗るてめぇなんか見たかねえよ。」

「いやだ! いやだ! いやだ!!!」

それはもはや癇癪を起こす子供だ。

 

その時だった。

 

「いいかげんになさい、ルフィ。」

 

凛とした声が、辺りに響き渡った。

「ロビン…。」

「ロビンちゃん…。」

 

「そんなふうにこの島に代々受け継がれてきた意志を傷つけるのはやめて。」

 

振り向いた先に、ロビンが立っていた。

 

「受け継がれてきた…意志…。」

 

「祭と言うのは、そもそも疫病や災厄を祓ったり、五穀豊穣を願ったりするために行われるものなの。人々の、祈りと願いが込められているものなのよ。この島にどれだけの辛く苦しい歴史があったか。それを背負う覚悟なしに、みだりに歴史を傷つけるなら、ルフィ、私はあなたでも許さない。」

その声に、確かな怒りの響きを聞きとって、仲間達は絶句する。

「この島の人々は、この儀式がよそ者の目にどれだけ奇異に映るか知っていた。だからこそ、こんな島の奥深くで、ひっそりと知られぬように儀式を執り行ってきた。例えあなたといえども、それを土足で踏み荒らしていいわけはない。」

何よりも歴史とそこに篭められた想いを愛する考古学者は、ルフィ達の所業に、本気で怒っていた。

その貫くような厳しい声に、ルフィがぐっと押し黙る。

「それに、あなた達がそうやって無神経に儀式を否定する事で、島の人々をどれだけ傷つけているかわからないの?」

言われて、クルー達は、ハッと島民達を見た。

 

そうだ。

さっきから島民達の誰も、一人として激昂していない。

ただ静かに、ルフィ達に儀式の遂行を望んでいるだけだ。

彼らの誰もが、深い悲しみを湛えた瞳で、ルフィ達を見ている。

すすり泣く声が聞こえた。

さっき、麦わらのクルーが“助けたつもりでいた”巫女が、戦神役の若者の胸に縋って静かに嗚咽している。

巫女の少女が、涙で濡れた顔をあげた。

 

「あなた方からは、野蛮で破廉恥な儀式にしか見えない事はわかっています…、けれど…私達にとっては…、とても…大切な儀式なんです…。島の全ての娘達が、月神の巫女に選ばれる事を夢見ています。私も…ずっと巫女に選ばれるために、努力して………っ………。」

その後の言葉は、もう嗚咽に溶けて聞こえなかった。

戦士の若者が、娘の肩を優しく強く抱き締めて、言葉を継ぐ。

「僕達戦士もそうです。島で一番勇敢な最強の戦士だけが巫女と交わる事を許されます。…無事に祭を終える事ができたら…僕達は…戦神と月神の加護と祝福を受けて結婚するつもりでした…。」

 

やっと叶うところだった夢は、無残に穢されて、永遠に失われた。

 

それを知った麦わらのクルー達にはもう、継げる言葉がない。

 

「太守さん…。」

ロビンが太守を振り向いた。

「あなた方の歴史も、儀式も、私は理解している。…その上であえて言うのだけれど…、巫女は、私にさせてもらえないかしら…。」

その言葉に、麦わらのクルーは弾かれたように目をむいた。

「ロビンちゃん!!!」

 

「この子達にはこれはまだあまりにも荷が重過ぎる。私なら…。」

「黒髪のまろうどよ。」

言いかけたロビンを、太守が遮った。

「我らが儀式に、深いご理解ありがとうございます。我らが儀式、とてもまろうどにご理解いただけるとは思っておりません。まろうどにあなたのような方がいて、そうまでご理解くださった事をとても嬉しく思います。ですが、我らの歴史に御精通のご様子のあなたはご存知でしょうが…、巫女となるに足る者の条件は、“身を汚されていない者”、“悪魔の実の能力者でない者”、“満20歳を迎えていない者”のみに限られます。…失礼ながらあなたは既に成人を迎えられているとお見受けする。」

ロビンが辛そうに目を伏せた。

 

「なら、やっぱり俺しかいねェな。」

 

サンジが、タバコをふかしながら言った。

表情は髪に隠れて見えないが、その口元は笑っていた。

穏やかに。

 

だが、ルフィの全身は硬直し、目を見開いたまま、地面を睨みつけている。

ぎり…、と唇を噛む。

 

「俺じゃ不足か?」

口元に笑みを湛えたまま太守に問うと、

「いいえ…。」

太守が、感じ入ったように即答した。

「不足どころか、この方に巫女になっていただけるのなら…。」

巫女だった娘が、涙を拭い、ほうっと溜息をついた。

太守も大きく頷く。

「月神は闇に光る美しい月光の髪を持っています。あなたのような美しい金の髪の方に巫女になっていただければ、島にとってこれ以上の吉瑞はありません。」

見れば、島民達は皆、見惚れているような目をサンジに向けている。

 

サンジが深く深く紫煙を吸い込む。

 

「ルフィ。」

 

穏やかな笑みを浮かべたまま促す。

 

ぎゅっとルフィが両手を握り締める。

 

 

 

 

「………………サンジ、……………頼む……ッ…。」

 

 

 

 

「Yes.sir。…キャプテン。」

 

 

 

その瞬間、島民達が一斉に膝をつき、頭を下げた。

「射干玉の夜に君臨せし、尊き月神の巫女様。我らはあなたを誉れ高き戦神の伴侶として奉ります。」

 

 

サンジが、優雅な動作でタバコを投げ捨てた。

オレンジ色の小さな光が、弧を描いて地面に落ちる。

革の靴がそれをきゅっと踏み潰す。

 

島民の一人が、サンジの前に進み出た。

「巫女様、どうぞこちらへ。」

促され、サンジは神殿の奥へと歩いていった。

 

ルフィは顔をあげず、地面を凝視しつづけている。

強く強く握り締めた手が、微かに震えていた。

 

 

サンジと島民達が神殿の奥に去り、その場に、麦わらのクルーだけが残されると、途端にチョッパーとウソップがルフィに食って掛かった。

「なんで? 何でだよ、ルフィ!! サンジ連れて行かれちゃったじゃないか!」

「おい、お前本気で、サンジにあんな事させようってのかよ!!」

ナミが、ふらりと地面に膝をついた。

「サンジ君…サンジ君が…あたしのせいで…。」

呆然と呟く。

「サンジを助けに行こうよ!!」

「そうだ、こんな神殿、ぶっ潰しちま…」

 

「黙れ!!!!!!」

 

出し抜けにルフィが叫んだ。

ウソップもチョッパーもびくっと硬直する。

 

「船長として俺が決めた事だ。誰にも口出しはさせねェ!!」

 

「だけど……!!!!」

尚もチョッパーが言葉を継ごうとした時、

「あの…」

小さな声がした。

振り返ると、島民が一人立っている。

「皆様をお宿にご案内させていただきたいのですが…。」

その言葉に、ルフィはクルー達に背を向け、島民の方に歩いていく。

「ルフィ…………!!」

尚も追いすがろうとしたチョッパーを、

「チョッパー。」

ウソップが止めた。

 

「ルフィ。お前が船長として決めたってのなら、俺はもう何も言わねェ。」

「ウソップ!?」

 

ウソップの言葉に、ルフィが足を止める。

 

「けど、俺達はメリー号に戻る。」

「ウソップ!???」

「何でよ! サンジ君はあたしの身代わりに…!」

 

「だからだろうが!!!!」

 

常にないウソップの大声に、激昂しかけたナミが言葉を呑んだ。

 

「これから起こる事の全て! サンジは俺達にだけは見られたくないはずだ!! 特にナミ!!! 誰よりも一番!! お前に見てもらいたくねェはずだろ!!!!!」

 

しん、とその場が静まり返った。

 

チョッパーが、えぐ、としゃくりあげ始める。

「……行こうぜ。」

ウソップが、ルフィに背を向けて歩き始めた。

ルフィも、振り返らないまま、島民と共に歩き始める。

徐々に遠ざかっていく二人を、涙目のチョッパーがきょろきょろと交互に見て、意を決したように、ウソップの後を小走りに追いかけていった。

 

まだ地面に座り込んでいるナミに、ロビンがそっと手を貸す。

「…どうしてサンジ君を止めてくれなかったの、ロビン…。」

八つ当たりだとわかっていながら、問わずにはいられなかった。

「ごめんなさい…。だけど…もし巫女を拒んだら、次に彼らは私達の首を神殿に並べる事を選択したでしょう…。」

「この島の人達にやられるような私達じゃないわ!!」

「だからこそ、よ。航海士さん。」

激昂しかけたナミを、ロビンが優しく言い聞かせる。

「私達の方が強い。彼らが向かってきても一撃で倒せるでしょう。けれど、例えば航海士さん、だからといって島の人達を一人残らず殺せる?」

「え…………。」

ナミが目を見開く。

「それほどに大切な儀式なの。彼らは命あるかぎり、女子供に至るまで、私達に向かってくるでしょう。あなたは、女性や子供まで、一人残らず殺す事ができる…?」

「そんな…。」

「たぶん、ルフィにもあの人達の真剣さは伝わったのだと思うわ。だから…。」

「…だって……だからって…………確かに儀式を…邪魔したのは私達だけど…、受け入れられないとわかっているのなら、私達じゃなく、自分達で儀式を続ければいいじゃない…。巫女になりたい人達はいっぱいいるんでしょう?」

ロビンに取り縋るナミの目には、もううっすらと涙が浮かんでいる。

いつもは強気な航海士が、自分の身代わりにサンジがなった、という事実に、動揺していた。

「儀式の巫女は…本当なら島の人間ではなく外からきた人間の方がいいの。その方がより神話に則しているから。だから、外の人間に儀式が穢されたという事は、まさしくその人間が月神の憑代としてふさわしいと…そういう事になってしまうの…。」

「わからないわよ!」

ナミがロビンの腕を強く掴む。

「わからない…わかりたくない…! だってそのせいで…そのせいで、サンジ君が…あたしの代わりに…!」

そのまま、ナミはロビンに縋ったまま、泣き出した。

ロビンがその肩を強く抱き締める。

「ロビン…、あたしは…あたしはどうしたらいい?」

 

「笑っていなさい。」

 

言われた言葉の意外さに、ナミが目を見開く。

 

「笑っていなさい。女王のように毅然としていなさい。いつもと同じように。それがあなたがコックさんにできることよ。」

 

静かな静かな、ロビンの言葉。

 

「コックさんが巫女になると申し出たのは、あなたにそんな顔をさせたいからじゃないわ。」

 

大きなアーモンド色の瞳から大粒の涙を流しながら、ナミが頷いた。

その拍子に、ぼたぼたと涙が地面に落ちる。

けれどもう、ナミは嗚咽しようとはしなかった。

しゃくりあげそうになる喉を、必死で押さえつけている。

 

「それにね。」

ロビンが優しく言葉を続けた。

「あなたがこの事でいつまでも泣いていると、ルフィも追い詰められてしまう。」

「…え…?」

 

「聡明なあなたならわかるでしょう? 何故、ルフィがコックさんに“やれ”と言ったのか。」

 

そうだ。

ルフィは結局、船長として、サンジに巫女をやれ、と言った。

そもそもサンジはナミの代わり。

つまり…、

 

 

─────ルフィは船長として、ナミとサンジを秤にかけて、ナミではなく、サンジが犯される方を選んだ。

 

 

 

「あ……………………!」

 

ナミが愕然とする。

 

ルフィは仲間としてのナミとサンジを天秤にかけたわけではないだろう。

仲間の優劣など、ルフィには及びもつかないに違いない。

けれど、ある種の計算が働いた事は否めない。

それは恐らく、ナミが女で、サンジが男だったから。

女であるナミには、性交には“万が一”が伴ってしまうから。

万が一、ナミが妊娠してしまったら、航海はもう、続けられなくなる。

サンジなら妊娠する事はない。

 

「今、一番、自分を責めてるのは、…たぶんルフィだわ。」

 

ロビンの言葉に、ナミは今度こそきっぱりと涙を拭った。

ロビンに寄りかかっていた手を離し、自分の足で地面に立つ。

そして、くるりとルフィが去った方に背を向けた。

 

「…あたしも、船に戻るわ。」

「そうね。」

ロビンが続こうとする。

が、ナミがふと立ち止まった。

「ロビン。」

強い意思を秘めた目が、ロビンに向く。

「ロビンは、ここに残って、ルフィをお願い。儀式の正しい知識を持ったあなたには、ここに残って欲しいの。

そして…、ゾロを探して。ゾロにこの事を全部伝えて。

ゾロなら…ゾロならもしかしたら…サンジ君の事も…ルフィの事も…救えるかもしれないから。」

 

ロビンは静かにナミを見つめ返した。

 

「わかったわ。」

 

 


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