【24】
夜。
あの島での月のない一週間が嘘のように、夜空には美しい満月が登っていた。
月の満ち欠けすら自然の理を裏切るグランドラインの不思議。
夜の見張り台の上から海を見下ろすサンジの目には、鮮やかに海面に映る月が見えている。
正気を吸い込まれそうな、黄金色の光。
その鮮やかで強い黄金の光は、他の全ての星を霞ませて、海にくっきりと道をつける。
潔く、静謐で強い。
この月をどうしようもないせつなさで見つめていた日々は、遠くない過去だというのに、今のサンジにはもうそれはただ懐かしく甘く痛いだけだ。
だってあんなにも渇望した海に映る月は、…今、サンジの隣にある。
「…なに見てる?」
不意に耳元で囁かれた。
背後に立つ気配に、サンジは甘えるように頭を擦り付けて、
「月を見てた。」
と呟く。
「月? 下見てたろうが。」
「ん…。海に映る月…。てめェに…よく似てる…。」
答えるサンジの息が、次第に上がってくる。
ゾロの手が、悪戯するようにサンジの足の間に滑り込んでいた。
今サンジの格好は、全裸にシャツを纏っただけ、というしどけないものだ。
ついさっきまで、この狭い見張り台の中で、二人は濃密な時間を過ごしていたのだ。
シャツの裾から覗く尻からは、ゾロがさんざんに放ったものが白い足を伝っていて、淫らな事この上ない。
ゾロがそれを指で掬うと、サンジの体がふるりと震える。
「俺に? 海に映った月が?」
問いながら、ゾロの指は白濁を零す後孔に触れる。
ほんの少し前までゾロを受け入れていたそこは、まだ熱く、柔らかい。
「んっ…! てめェ、の、…目と、同じ色…。…ァ…、迷いのない…強い光…だ…。っ…、ずっと…憧れ、て…。」
ゾロが小さく息を呑む。
「憧れてた…? 俺に、か? …いつからだ?」
「…あ、あっ…、ぁ、鷹の目、に、…あの、時、から…。」
「鷹の目…、あのレストラン、でか? お前、それじゃ…。」
出会った時からじゃねェか、と、ゾロは愕然とする。
そんな頃から、サンジが自分を想っていたという、事実に。
嬉しいと思うのと同時に、もっと早く気がついていれば、という悔いもある。
この自分の心は押し殺してしまう料理人は、どんな気持ちで今までゾロへの想いを抱えていたのだろう。
いや、それよりも、あんな神輿行列一つであれだけの人間を魅了してしまうこの男が、ゾロがぼさっとしている間に、誰かのものになる可能性すらあったのだ。
自分が思っていた以上に、この男の魅力に気づく者が多いとわかった今、ゾロは平静ではいられない。
あんなにも見境なく人を惹きつける男が、よくも今まで身奇麗でいられたものだ。
恐らくこの男の貞操観念は、ナミのそれよりももしかしたらずっと強い。
それをナミの為にあっさり捨て去ろうとした。
いつでもそうだ。この男は。
誰かの為に自分の手の中のものを全てあっさり捨て去ろうとする。
きっとそれはこれからも変わらないだろう。
どんなにゾロがその体を抱いても。
どんなにゾロがその想いを教え込んでも。
サンジの肩越しに海面を覗き込めば、サンジがゾロのようだと言った月が揺らめいている。
あれのどこが俺だ。
漆黒の海に浮かんで、見る者の心を弄ぶように、惑わすように、ゆらゆらと揺らめいて、捉えどころがない月。
お前こそがあの海に映る月だろう、とゾロは思う。
すぐ近くに輝いて見えるのに、決して手で掬う事は出来ない。
手に入れる事のできない、海に映った月。
触れる事すらできぬのに、その輝きはあまりにも鮮烈で、誰をも魅了する。
ゾロの放ったもので濡れているサンジの後孔に、ゾロは指を挿れる。
くちゅりと誘うような音がする。
「う、んっ…!」
サンジの膝が崩れ、見張り台の淵に突っ伏すように体を預ける。
そのせいで、却って尻を突き出すような姿勢になったことに、気づかないのか。
「俺は、お前こそが海に映った月だと思っていた。」
「え…? …ぁ…っ…」
「すぐ近くで輝いているのに、掬う事の出来ない月だと。」
ゾロの指だけで快楽に震える腰を抱き寄せて、ゾロの猛ったものを、その痩身に沈めていく。
「あっ、ああっ…、んくっ…、うあ…!」
「ここはこんなに熱く蕩けて、俺を根元まで全部受け入れるのにな…。」
内壁を擦りあげるように、わざと角度をつけて、抜き差しをした。
「や! イヤだ、それ…、だぁ…あ、んんーッ!!」
サンジの全身が、生きのいい魚のように跳ねるのを、抱きすくめて、押さえつける。
「抱いても抱いても…、手に入れられた気がしねェ…。」
「あうアっっ!!」
ひくつくサンジの中が、突然、ぎゅうっと強くゾロを締め上げた。
「っ…!」
「よく、言うぜっ…、このハゲマリモっ…! ひ、人の、体っ…、ケツだけで、イけるようにっ…、つ、作り変え…ちまった、くせにっ…!」
瞠目して顔をあげると、肩越しに振り返る、強い光を放つ潤んだ瞳。
その瞳が迷いなく自分の姿を捉えていることに、ゾロは深く感じ入った。
「そりゃあ…、俺の体もてめェでなきゃ勃たなくなっちまったからな。」
笑うでもなく真顔でそう言うと、サンジは思いっきり鼻で笑った。
「…とーぜん。…ッ…この先、他の奴になんか…一生、突っ込めねェと、思え…っ!」
言われた言葉に、ゾロは思わず、破顔した。
一生、ときたか。
上等だ。
「お前こそ、この先一生、童貞だと思え。」
ゾロの言葉に、サンジの目が一瞬大きく見開き、やがて、その顔に、ふわりと笑みが浮かんだ。
穏やかで、柔らかで、幸せそうな笑みが。
ゾロがその体を穿ちながら、強く抱き締めた。
愛してる、と耳元に囁いた声は、甘やかに響く嬌声に溶けた。
もう二人とも、お互いを月になど準えたりしない。
己が心底欲するものは、お互いの中にこそあると、もう知っているから。
そうして飽くことなくお互いを求め合う二人の姿を、夜空で輝く満月が、いつまでも見ていた。
2006/04/11
END