【 陸 】

 

サンジを拉致した男達の本部だというビルは、一見普通のオフィスビルのように見えた。

入口にでかでかと裏社会の組織である事を示すエンブレムを掲げていなければ。

そのエンブレムは、確かにサンジを拉致した奴らの一人の額に掘られていたものと同じものだ。

よく見れば、受付にいるのもにこやかな受付嬢ではなく、無表情な黒服の男達だ。

黒服達は、ビルから微妙に距離をとって意味ありげに停車しているこちらの車を、ビルの中からあからさまに警戒して見ている。

ゾロ達の車は、車内が窺えないほど濃いスモークガラスの黒塗りの外車だから、彼らが警戒するのは正しい。

警戒しつつも、彼らがチンピラよろしく怒鳴り込んでこないのは、裏社会の組織の、とりわけ上の方の人間は、みんな似たような車に乗っているせいだ。

見覚えがないからとむやみに威嚇して、万が一上部組織の者だったりしたら、腹に風穴開けられても仕方ない事を、彼らはよく知っている。

おかげでゾロ達は、じっくりと車の中から受付にいる男達を観察する事ができた。

「あの中に赫足の息子を拉致した者はいるか?」

父の問いに、ゾロは、慎重に受付の男達を見て、

「いない。」

と答えた。

 

父はどうやってサンジを取り戻すのだろう、殴り込みをかけるのだろうか、それともこっそり忍び込むのか、等と考えていたゾロの予想に反して、ミホークがとった行動は、正面から堂々と訪問する、という方法だった。

助手席のドアが開き、コウシロウが姿を見せると、ビルの中の男達はあからさまにどよめいた。

ミホークの側近中の側近として、コウシロウの顔は、裏社会ではミホークと同等に広く知られている。

コウシロウがいるところにミホークがいるというのも、もはや当たり前の周知だ。

車の後部に回ったコウシロウが、後部座席のドアを開け、そこからミホークが姿を現す。

男達が警戒色を強める。

センゴクとジンベエは同盟関係にあるのだから、その直属であるミホークとアーロンもそれに追随するはずなのだが、ミホークの姿を見ても、彼らは誰一人として出迎えようとすらしない。

それは明らかに不審であるといえた。

だがその怪しい行動こそが、彼らがこの一件に噛んでいる証拠にこそ他ならない。

ミホークが、彼らのビルを見据えて一歩足を踏み出した途端、何人かが我に返ったように大慌てでビルの外に出てきた。

「おはようございます。ミホーク社長。」

慇懃に挨拶をしながら、彼らは裏社会の最敬礼を取らない。

その無礼な態度に、ミホークの頬が僅かにぴくりと動く。

傍にいるコウシロウとゾロにしかわからないほど、僅かに。

「本日はどういったご用件でしょう。」

黒服達がミホークの歩を遮るように正面に立ち塞がる。

それをミホークは体で押しのけるようにして強引に通り抜けた。

「アーロンに用だ。勝手に通るゆえ案内は無用。」

そのままどんどんビルの中に入っていくミホーク達を、黒服達が慌てて追って来る。

「待ってください。アポはお取りですか?」

「アポなど必要ない。」

横柄に言い切って、ミホークは、まっすぐ奥のエレベーターに向かう。

その後をコウシロウとゾロが小走りに続く。

黒服達が追いかけてくるが、コウシロウは彼らが同乗するのを許さず、エレベーターのドアを閉めた。

最上階のボタンを押す。

「私達の来訪は既に上に伝わっているはず。面倒なのは私達が引き受けますから、ゾロ君はまっすぐ奥の部屋を目指してください。いいですね?」

静かにそう言うコウシロウに、ゾロは黙って頷いて見せた。

 

絶対にサンジを取り返す。

 

ゾロは硬く決意していた。

 

 

 

□ □ □

 

 

 

「ちくしょおっ…! 来んなっ…!」

サンジは涙でぐしょぐしょの顔を歪めながら、部屋の中を必死で逃げ回っていた。

それをアーロンがニヤニヤと笑いながら追いかける。

「いつまで逃げ回る気だ? 小僧。」

既に、サンジの纏ったシャツは大きく裂かれ、白い肌があらわになっている。

毎日のように陽光に晒されても、サンジの肌は焼けにくく、眩しいほどの白さを放っている。

それをアーロンは、舌なめずりせんばかりに眺めていた。

その背後に、ドアがある。

部屋の外へのドアが。

あそこに辿りつければ、逃げられる。

サンジは意を決して、床を蹴った。

アーロンの脇を抜けて、ドアに向かってダッシュする。

その手がもう少しでノブに届く、と思われたその瞬間、がんっと背中に衝撃が走った。

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ!!!!」

その激痛に、サンジは声すら出せず床の上に倒れ、悶絶した。

背骨が折れたかと思うほどの、衝撃。

「ッは…ッ…、かはッ…!!」

呼吸すらもままならない。

ごん、ごろごろ・・・と、サンジの体のすぐ脇を、何かが転がるのが見えた。

サンジが目を見開く。

それは一抱えもあるかと思うような、大きな花瓶だった。

水と花束を床の上に撒き散らしながら、それは転がっていく。

こんなに大きくて重い物をぶつけられたのか、と、サンジはゾッとした。

背中の鈍痛はあまりに重く、サンジはなかなか立ち上がることが出来ない。

アーロンが冷笑を浮かべながら近づいてくる。

 

─────殺される…!

 

はっきりとそう思った。

「かーわいそうになあー?」

言葉とは裏腹な、むしろ楽しそうな声で、アーロンが言った。

「元はかたぎの子だってぇじゃねぇか。そのままでいりゃあこーんな怖い目にはあわなかったってのになあ? 赫足だってわかってたはずだぜ? お前みたいなのを手元に置きゃあどうなるか。恨むんなら赫足を恨むんだな。」

アーロンが、猫の仔でも摘み上げるように、サンジの襟首を掴んで持ち上げた。

首が締め付けられて、サンジの喉が、ぐうっと鳴る。

既に大きく裂けていた服が、サンジの重みに耐え切れず、一気に破けた。

アーロンがサンジの体を床に突き倒すようにして、乱暴に服を剥ぎ取った。

そのまま荒々しく床に押さえつける。

「や、だっ…、やめ…ッッ!」

怯えて、サンジは闇雲に腕を振り回した。

その腕を力任せにひねり上げられる。

「そろそろ俺を楽しませてもらおうか。」

うつぶせに押さえつけられたまま、短パンをずりさげられた。

「いやだあっ!! 放せッッ!!」

思い切り蹴ってやろうと振り上げた足も、足首を掴まれて封じられた。

ひっくり返されて、足を大きく広げられる。

股関節に痛みが走るほど、大きく。

体重をかけて押さえつけられ、先ほど花瓶をぶつけられて傷めた背骨がみしみしと軋んだ。

「おとなしくしろ。血まみれにされてぇのか。」

ドスの利いた声で言われて、サンジが恐怖に戦慄する。

縮こまった性器を、アーロンが鷲掴みにした。

ひっ、とサンジが引きつった悲鳴を上げる。

「いやだっ…! いやだあっ…!!」

「ふん…。精通はまだか…。」

嘲るように言ってアーロンは笑った。

笑いながら、執拗にサンジの性器を揉む。

「い、いた…痛い…ッッ!!! 痛い、から、やめ…ッッ!!」

アーロンの手は乱暴だった。

快楽など与えるつもりはないらしく、小さな陰嚢を手の中でごりごりと揉み、先端まで包まれた包皮を強引に剥こうとする。

「痛いーーーーーっっっ!!!」

サンジが泣き叫んでもアーロンはやめようとはしなかった。

先ほどまでの冷静な素振りなどもはやなく、はあはあと荒い息をつきながら、血走った目でサンジのそこを夢中になって弄っている。

サンジは何とか逃れようと必死で暴れた。

 

だってそこに触っていいのはゾロだけなのだ。

ゾロはもっと優しく触ってくれた。

ゾロに触られた時はほわほわして気持ちよくてあったかかった。

痛いといったら、一緒にお風呂で洗ってくれた。

サンジが好きだと言ってくれた。

コイビトになるって言ってくれた。

ちゅーもしてくれた。

 

こんなんじゃない。

こんなんじゃなかった。

 

お互いの体に触るのは、もっとずっと、大切な儀式だったはすだ。

 

「いやだあああああああああッッッッ!!!!」

 

絶叫したその時、バン!と乱暴にドアが開いた。

てっきり部下かと思ったアーロンが、

「入ってくんなって言っ…」

と言いかけたとき、

 

 

「サンジ!!!!!!」

 

 

アーロンの言葉を遮って聞こえたのは、ゾロの声だった。

 

 

 

□ □ □

 

 

 

部屋に飛び込んだゾロが見たものは、あまりに衝撃的な光景だった。

荒れた室内。

ずたずたに裂けて落ちている服は、まぎれもなく見知った柄だ。

室内を見渡すと、部屋の隅で体を丸めた男が、首だけ振り返って睨んでいる。

「あァ? なんだ、誰のガキだ? 誰がこの部屋に入っていいと言った。」

男がゾロを睨みつけながら言う。

その体の脇からはみ出た白いものがサンジの足だと分かった瞬間、ゾロは、あまりの怒りの激しさに、嘔吐しそうにすらなった。

 

「ゾロおッッッッ!!!!」

 

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔が、ゾロを見てまっすぐに手を伸ばしてくる。

その体は全裸だ。

「サンジを放せッッ!!!」

ゾロは迷わずアーロンの背中に飛び掛かった。

途端にアーロンは振り向きざま、腕一本でゾロをなぎ払った。

ゾロの体は簡単に吹っ飛ばされ、ゾロは後頭部を応接テーブルの足にしたたかに打ち付けた。

「赫足の舎弟か? ここは小学校じゃねぇぞ。出て行け。」

アーロンがサンジを押さえつけたまま、まるで犬でも追い払うように手を振った。

敵かと思いきやどう見ても小学生か中学生程度の子供が飛び込んできたのだから、拍子抜けした風でもあった。

それきりアーロンは、ゾロを無視してサンジに向き直る。

「や、いやだっ! ゾ、ロっ…!」

ゾロから、組み敷かれたサンジの足が、びくん、と跳ね上がるのが見えた。

男の手がサンジの足の間で怪しげに蠢いている。

かあっとゾロの頭に血が上る。

剣術では大人すらも負かすほどの力を持っているゾロは、己がこんなにも軽々しく扱われたことにも腹を立てた。

咄嗟に、なにか武器になるものはないかと室内を見回す。

その目が、一点で止まった。

壁に大降りの青龍刀がかけてある。

一般的なものと違い、刃がノコギリ状になっている。

確実に相手に傷を負わせるための、実戦的な物だ、とゾロは気がついた。

机に飛び乗り、壁にかけてある青龍刀に飛びつく。

柄を握り、二、三度振って重さと重心を確認した。

「サンジを放せ、“外道”!!」

車内でミホークが言った言葉を、ゾロはちゃっかり受け売りする。

もちろん、“外道”の意味はよくわかってはいない。

だが効果は絶大だった。

サンジの体をまさぐっていたアーロンが、ぴたりとその手を止め、ゆっくりと振り返った。

「…小僧。今俺になんと言った?」

「サンジを放せ、外道。」

ゾロが落ち着いた声でもう一度繰り返す。

アーロンの額に、びしりと血管が浮いた。

「…ガキだからといって容赦はしねぇぞ。小僧。」

「容赦なんか必要ねェよ。腐れ外道。」

大胆にも吐き捨てて、ゾロは自分の体ほどもある大きな青龍刀を構えた。

その流れるような綺麗な動作ときっちりと型通りの構えに、

「ガキのくせにいっぱしに剣士気取りか。」

と、アーロンがにやりとする。

酷薄な、残忍そうな笑みを。

「“気取り”じゃねぇ。」

短く言い返したゾロを、アーロンは鼻で笑った。

「てめェの構えてるそいつぁ、竹刀(おもちゃ)じゃねぇぞ? 去年さんざん血を吸ったシロモノだ。」

アーロンが、暗に去年の抗争のことを持ち出す。

ゾロを威嚇する意図だったが、ゾロは顔色一つ変えなかった。

「…なら、今更てめェ一人の血を吸ったところでどうという事もねェな。」

その不遜な物言いに顔色が変わったのはアーロンの方だった。

「……………貴様、死にたいらしいな。」

サンジから手を放し、アーロンが立ち上がった。

その期を逃さず、ゾロが叫んだ。

「サンジ!!!逃げろ!!!」

けれどサンジの体は床の上でのたうつばかりで、立ち上がろうとしない。

「サンジ!!」

「ゾ、ロっ…!!」

床の上でもがく体が、“立ち上がらない”のではなく、“立ち上がれない”のだと気づいた瞬間、ゾロの肝が冷えた。

「サンジに何をしたぁ!!」

アーロンが残忍な笑みを浮かべて、足元のサンジを見下ろす。

「なんだ、立てねェのか? 背骨がいかれたか?」

くっくっくっと楽しそうな笑い声すら立てる。

そして無造作にサンジの背中を踏みつけた。

「がッッッ─────!!」

奇妙な喉鳴りをさせたサンジの口から、鮮血が迸ったのを見た瞬間、ゾロの中で何かが切れた。

 

「やめろおおおおおおおおおーーーーッッッ!!!」

 

2007/03/27

 


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