(「地に伏して恋歌を聞け」番外編) 


 

- 2 -

 

「なに考えてるんですか、あんたは! 本部の思う壺にはまってやるつもりなんですか!? 長老どもの魂胆がわからないあんたじゃないでしょう!?」

ヤソップが帰った後、ベックマンは我を忘れてシャンクスに詰め寄った。

「あんたの考えに、俺は今まで全て従ってきました。だけどこれだけは従えません!! おれはあんたの傍を離れる気はない!!」

口角泡を飛ばしていきり立つベックマンを、けれど、シャンクスはどこか楽しそうに見ている。

「何を笑ってんですか!!」

「いやあ〜、楽しいなぁと思って。」

「…は?」

シャンクスの返答に、思わずベックマンはぽかんとする。

今の展開のどこに楽しくなるような素因があったと言うのだ。

「“頭脳明晰”、“冷静沈着”、“人間コンピューター”。」

シャンクスはにやにやと笑いながら、今までベックマンにつけられた渾名をずらずらと並べだした。

「その“ベン・ベックマン”をここまで動揺させるのは、世界中で俺だけだ。そうだろう?」

「……!」

ベックマンが瞠目する。

シャンクスはおかしくて仕方ない、という顔で笑っている。

「俺だけだ、ベックマン。何にも動じない、何にも焦らない、その男を、ここまで動揺させて周りを見失わせるのは。」

「…………その、通り、です…。あんただけだ。俺が全てを捨てても仕えたいと思うのも、あんたの為ならいっそ自分などなくなっても構わないと思うのも、この体も命も魂も全てを捧げてもまだ足りないと思えるのも、あんただけだ…!」

ベックマンは、シャンクスの前で膝を折り、シャンクスの左手を取って、祈りを捧げるように額につけた。

機能を失ったその左手は、指先まで冷たく、血の気が通っているとはとても思えない。

それを温めるように、両手で包んだ。

「……………すっげぇ告白。」

まるでなんでもないことのように、シャンクスがぼそっと呟いた。

けれどその顔は、先ほどとは違う笑みに変わっている。

静かな、小さな、けれど極上の幸せを噛み締めているかのような笑みに。

「ベックマン。」

「はい。」

「お前は俺のもんだ。」

「はい。」

「お前の心も体も命も魂も髪の毛の一本に至るまで俺のもんだ。」

「……はい…っ…。」

「俺がお前を手放すなんて事は、ありえねぇ。」

ベックマンが弾かれたように顔をあげる。

「でもっ…、」

「ベックマン。」

言いかけたベックマンを、シャンクスが制する。

「いいか? 俺は絶対にお前を手放したりしない。俺がお前を手放す事なんてありえねェ。お前を誰かにくれてやることなんか絶対にない。」

強い強い瞳が、きっぱりと告げる。

「わかるな?」

「……はい……、…はいっ…!」

ベックマンが、ぎゅうっとシャンクスの手を握り締めた。

 

「ベン・ベックマンが俺の事となるとこんなに冷静さを失うとはね。」

シャンクスが柔らかに言う。

そこには呆れも侮蔑も含んでいない。

「俺の事になると、てめェのご自慢の脳みそも中学生以下だ。」

くっくっとシャンクスが嬉しそうに喉を鳴らして笑う。

ばつが悪そうに、ベックマンは目を伏せた。

 

「なァ、ベックマン。」

 

「お前、そんなに身も心も俺に持って行かれちまって、この先どうなりてェの?」

 

その言葉に、ベックマンは顔をあげる。

「……片、…翼の……、」

「あん?」

「片翼の鷹が…、荒き海原を切り裂き、暝き空を恐れもせず、羽ばたき、天翔けるのを、見届けたいと…そう思っています。そして願わくば、その時あんたの隣にいるのは、俺でありたいと。」

「は…。大きく出たな、そりゃ。」

「…俺は…、あんたの、失った片翼になりたい…。」

「ん? お前が俺の右腕なのは誰もが認めるところだと思うが?」

シャンクスがそう言うと、ベックマンは緩く首を振った。

「あんたの利き腕は、その失った左腕だ…。俺はあんたの右腕ではなく、その、失った左腕になりたい。」

 

「いいぜ。なれよ。」

 

あっさりとそうシャンクスに言われて、ベックマンが目を見開く。

「俺にとっちゃ“今更”だがな。とうにお前は俺の一部なんだと思っていたからな。」

「シャン…、」

シャンクスが、右手でベックマンの頭を引き寄せて、その唇に軽く口づける。

「左腕に“なりたい”とは欲がねぇな。いっそ左腕を“寄越せ”とでもいやあいいのに。」

唇が触れ合うだけのキスをしてから、驚いて硬直しているベックマンの唇を、シャンクスの舌が舐める。

「お前にならこの体丸ごとくれてやったっていいのによ。ほんと気がきかねぇったら。」

「シャ…、」

「何で俺がここに女の一人も連れてこなかったかとか考えた事ねェだろ、お前。こーーーんな何っにもないド田舎なのにさ。」

ベックマンは呆然とシャンクスを見ている。

「お前がついてくるっつった時はちょっと期待したんだけどよ。結局、三年近くもなんもなしだもんなー。その気がねェんなら期待させんなっての。」

「あんた…、なに…、」

「告ってんだけどよ。これでも。」

「こ、こく…、」

シャンクスの瞳がベックマンを射抜く。

その瞳の強さに、ベックマンは魅せられた。

一瞬で魅了される、強い強い瞳。

王の名を冠するにふさわしい者だけが持ち得る瞳。

その瞳が、自分を請うている。

他の誰でもない、ベン・ベックマンただ一人を。

「………あんたに…、触れてもいいんですか…? 俺は……。」

震える声で聞くと、シャンクスは軽く眉を上げてから、ベックマンの手を取り、自分の頬に触れさせた。

頬に触れさせ、唇に触れさせ、首筋に触れさせ、鎖骨に触れさせ、胸元に触れさせる。

だらしなくはだけたシャツの合わせ目から、素肌に触れさせた時、自分で触れさせておきながら、シャンクスの体は、ぴくん、と小さく震えた。

たまらずベックマンは、そのまま畳の上にシャンクスの体を押し倒した。

今度は自分から口付けた。

深く、舌を絡めるキスを。

「あんたの…、奥に…ッ、俺は触れてもいいんですか……?」

どこか苦しげな、呻くような声でベックマンは尋ねる。

 

その耳元に、シャンクスが吐息のような声で囁いた。

 

─────…一番奥まで触れてくれよ……。

 

 

 

◇ ◇◇ ◇ ◇◇ ◇

 

 

 

翌週から、ベックマンは本部に通うようになった。

三年弱ぶりに顔を出した本部は、ベックマンが驚くほど荒廃していた。

当たり前だ。

長老達は、大ボスの死後、自らの地位の安泰と保身に走るあまりに、シャンクスを始めとした有能な若手を片っ端から更迭した。

その結果、この組織は、統率力も求心力も失って、旧態依然の慣習をただ漫然と繰り返しているだけの組織に成り果ててしまった。

他組織では若い力が脈々と育ちつつあると言うのに。

ベックマンは、何故自分が呼ばれたのか、すぐに悟っていた。

もはやこの組織の衰退は、長老達だけの力ではどうする事もできないのだ。

だからこそベックマンが呼ばれた。

組織一の頭脳とまで呼ばれたベックマンが。

ベックマンの頭脳を利用して組織を立て直し、あわよくばシャンクスから引き離し、シャンクス自身の弱体をも狙っていると言うところだろう。

長老達は、ベックマンを鷹揚な態度で迎え、組織のために粉骨砕身するように、と尊大に命じてきた。

ベックマンは、内心でそれを鼻先で笑い飛ばしながら、わざと恭しく頭を下げて見せた。

それから長老達は、ベックマンの為の住まいと新たな役職を提示してきた。

それをベックマンは、慇懃な態度を崩さないまま、きっぱりと固辞した。

「ご心配頂かなくとも自宅から通えますし、私の立場はあくまでも赤髪不在の間の補佐ですので。」

その上で、「障害者と小さな子供を抱えているので、10時から16時までの勤務でお願いします。土日も休ませてください。」等と、まるでパートの面接に来た主婦のようなことを平然と言い放って、長老達を唖然とさせた。

長老達は当然、烈火の如く憤慨した。

「シャンクスは障害者だから介護が必要」「ルフィは小学生だから養育が必要」とかたくなに言いはり、譲らないベックマンを前に、「かのベックマンも長の隠遁生活ですっかりボケたか」と揶揄し、「お前、頭おかしくなったか」と嘲り、そしてしまいにはとうとう諦めた。

それを説得できる者が誰一人いなかったせいでもあった。

それほどまでに、組織は崩壊し始めていた。

 

組織に詰めるようになったベックマンは、一日六時間という限られた時間の中で、表向きは組織のために邁進した。

そして、組織が隠しているつもりでいる内実まで、すっかり調べ上げた。

ベックマンの動きはもちろん、組織によって監視されていたが、ベックマンの才を持ってすれば、それを掻い潜って情報を集めることなど造作もないことだった。

その情報は、逐一シャンクスに報告された。

シャンクスは、更迭されながらにして、組織の情報を全て掌握する事になったのだ。

 

 

 

◇ ◇◇ ◇ ◇◇ ◇

 

 

 

そうやって、シャンクスがゆっくりとその爪を研ぎはじめ、季節が少しずつ冬になる頃、“うちの子”がまた増えることとなった。

 

その猫がいったいいつからそこにいて、どこから来たのか、シャンクスもベックマンも知らない。

ここ二、三日、どこからか仔猫の鳴き声が聞こえることには気づいていたのだが、そんな事はよくあることなので取り立てて気にも留めていなかったのだ。

そうしたら、いつの間にか、ちびちゃい猫が、ナミの餌を食ってゾロの小屋に寝るようになっていた。

ナミは同じ猫でメスだし、過去にも二度ほど迷い込んできた野良の仔猫に餌を与えていたことがあるから、猫嫌いの猫にもなけなしの母性があるのかと納得できたものの、驚いたのはゾロだ。

犬でオスであるゾロが、仔猫を自分の小屋に寝泊りさせている事に、シャンクスもベックマンも仰天した。

しかも、よく見ていれば、ゾロはなかなかに甲斐甲斐しい。

まるで母猫のように、仔猫の全身を丹念に舐めてやり、肛門を舐めて排泄の世話までしているのだ。

小春日和には昼寝しているゾロの腹の上に、ちんまい仔猫が乗ってぴいぷう寝息を立てている。

ナミがたびたび自分のケンカにゾロを利用したり、わざとゾロを小馬鹿にするような挑発的な行為をするせいで、ゾロは猫が嫌いだ。

猫が来れば露骨に威嚇もするし吠えもする。

今までゾロに近づけた猫など皆無だ。

だからこのちびちゃい仔猫だけがどうしてどうやってゾロの犬小屋に入り込んで、ゾロの世話を受けるに至ったのか、不思議でならなかった。

チビネコは、まだ生後数ヶ月といった様子で、人間の大人の手のひらほどの大きさしかない。

ゾロと比べてもゾロの鼻面ほどの大きさしかない。

全身ふわふわの産毛だらけで、にぃ、にぃ、と拙い声で鳴く。

そのくせ恐ろしくすばしっこく、人間に警戒心が強い。

人の気配がするとあっという間にどこかへ姿を消すのだ。

そのかわり、ゾロとナミには過剰なほどに懐いている。

眠る時はゾロにぴったりと寄り添って眠り、遊ぶ時もゾロの近くで遊んでいる。

ゾロに舐められてもそのままさせているし、自分から甘えるような仕草も見せる。

ナミに対してはもっと顕著で、ナミが近くにいるとお尻をぷりぷりと振りながら寄っていく。

餌を与えはしても、ナミは基本的に猫嫌いだから、チビネコが寄って行くと嫌そうな態度を隠しもしない。

それでもチビネコが怯みもせずにナミに抱きつこうとすると、痛烈な猫パンチをお見舞いしている。

だが、チビネコが怪我をする様子もないところを見ると、ナミはナミなりに手加減もしているのだろう。

ゾロは、すっかりチビネコの親のつもりなのか、チビネコがナミに近づくのをとても嫌がる。

チビネコ自身がナミを慕っているらしい事も気に入らないらしい。

 

「意外とヤキモチ焼きなんだな、お前。」

シャンクスはそんなゾロを見て、そう言って笑う。

「ヤキモチって…、相手は猫でしょう? それもこんなチビナス。」

「んーん。種族を越えた愛? 麗しいねえ。」

麗しいかどうかはともかく、ゾロが熱心にチビネコの世話をしているのは事実だ。

ゾロとチビネコがあまりに仲睦まじいのを見て、ルフィが「あいつ飼いてェ。」と言い出した。

ゾロからチビネコを離すのは可哀想だというのが理由だった。

「んならあのチビ捕まえねェとなァ。」

シャンクスの答えは呑気なものだった。

だが、確かに、これから冬本番だ。どんどん寒くなる。

いくらゾロの小屋で暖を取っているとはいえ、成犬のゾロと違ってチビネコはあまりに小さく頼りない。

保護しなければ、凍死してしまうかもしれない。

 

ところが案に相違して、チビネコはなかなか捕まらなかった。

チビネコの人間への警戒心は並大抵のものではなかったのだ。

ベックマンが“パート”で不在の間、シャンクスとルフィの二人はあの手この手でチビネコを捕まえようとしたらしいが、悉く失敗したのだという。

「そんな力づくでどうこうしなくても、ナミの餌を食いにきたときにドア閉めちまえばいいんじゃないんですか?」

ナミの餌は玄関に置いてある。

チビネコは、玄関のドアに取り付けられた猫専用のくぐり戸から自由に出入りしてそれを食べているのだ。

「いや、それがなあ、ナミがチビを家に入れなくなっちまったんだ。」

シャンクスが困ったように言った。

聞けば、ルフィがチビネコを飼うと宣言した辺りから、ナミのチビネコへの態度が急変したのだと言う。

近づけば以前よりも激しく毛を逆立てて威嚇するし、チビネコが家に入る事も許さない。

チビネコがナミに寄っていけば、ナミはあからさまな警戒音を出して敵意を露にする。

チビネコはそのたびに地面にころりと横になり、甘えた声でナミを呼ぶのだが、ナミはそれを一顧だにもしないらしい。

「ナミはルフィが好きだからなァ。チビを飼うっつったことでヤキモチ焼いてんじゃないかと思うんだが。」

「ナミに人間の言葉がわかるとでも?」

「言葉がわかんなくても、何となく察するって事もあんだろ、きっと。」

そこで、シャンクスとルフィは作戦を変える事にしたのだと言う。

まず、チビネコの餌はナミの餌皿とは分けて、玄関の外に置いた。

他の野良猫に食べられてしまう危険性もあるが致し方ない。

そしてチビネコに対しては、決まった時間に餌をやる事にして、長期戦で仲良くなる事にした。

更にナミに対しては、ルフィが「お前が一番好きだ。お前が一番可愛い。」を朝夕となく言い続け、不安を取り除いてやる事にした。

そうでないとナミは、食べたものを吐くのだ。

それもわざわざルフィのベッドの上、とかルフィの服の上、とかで。

ルフィが怒らず根気よくナミに言い聞かせ続け、毎晩ナミと寝るようになると、ナミは見違えるように優しくおっとりとした猫になった。

その一方で、シャンクスが、毎日毎日チビネコに餌を与え続け、チビネコの餌付けに成功した。

いったん懐くと、チビネコはあの警戒心が嘘のようにシャンクスにべったりになった。

そもそもが甘ったれの気質なのだろう。

ゾロと一緒にいるときだって、ゾロはこの猫をべたべたに甘やかしていた。

 

ベックマンは、“パート”から帰ったあとに、シャンクスからその日のチビネコの様子を聞くのが楽しみになった。

どうしたってベックマンからシャンクスに報告する内容は、“本部”でのどろどろとした人間関係や、薄汚い利権や、気の遠くなるような権謀術数ばかりで、自然と話の場は重く剣呑とした空気になる。

だが、シャンクスから合間合間に挟まれるチビネコの話は、そんな空気をふわりと払拭してくれた。

チビネコの産毛のようにふわりと柔らかく。

 

 

 

◇ ◇◇ ◇ ◇◇ ◇

 

 

 

「ついに白ひげから呼び出しを受けましたよ。」

「おお、あの親父、まだ生きてたか。」

「ええ、相変わらず恐ろしく覇気のある御仁でした。周りに派手なご婦人方をたくさん侍らせていらっしゃいましたよ。」

「ふん…。お盛んだねェ。」

「ですが、俺の見るところ、どこか体に悪いところがあるように思えますね。」

「…何だと?」

「覇気の凄まじさは微塵も変わりはありませんでしたが、いくつが違和感が。まず、あれだけ派手な女性に囲まれながら、室内は香水の匂いが全くしませんでした。女性達も格好は派手なのに誰一人として爪に色を塗ってる者がいなかった。それどころか、すれ違う時微かに消毒薬のにおいがしました。或いはあの女性達は全員、看護婦か何かじゃないかと。」

「……なるほど。あの親父が何でおとなしくジジイ共をのさばらせとくのかと思ったが…、そういうことか。」

「俺の憶測にしか過ぎませんが。」

「いや、俺はお前の直感を信じる。…白ひげには何を言われた?」

「特には何も。世間話程度です。俺の様子見じゃないですかね。」

「お前は何を話した?」

「チビの話を。」

「あァ?」

「ここぞとばかりにチビの話をまくしたててきました。可愛がりすぎて缶のエサばかりあげていたらカリカリに見向きもしなくなったのでどうしたらいいか悩んでるだとか、首輪が飼いたいがオスかメスかもわからないので何色にしたらいいかわからない、とか。」

「チビは女の子だぞ。俺ァ今日、ひっくり返して股ぐら見たからな。」

「女の子ですか! あれで!」

「あれでたァなんだ。俺の娘にケチつける気か。」

「ナミに比べるとかなりやんちゃというか…おてんばですよね。」

「いいじゃねぇか、おてんば。元気で何よりだ。」

「もう少し女らしく躾けた方がいいんじゃないですか?」

「ナミみてェにか?」

「見た目もナミと比べると…なんというか…おへちゃですし…。」

「それが可愛いんじゃねェか。愛嬌はあるし甘え上手だし、なによりナミと違って俺に抱かせてくれるからな。」

「ナミはルフィしかダメですからねェ。」

「一途な女だからな。ナミは。」

「それに美猫(びじん)ですしね。」

「…ベックマン。」

「はい。」

「白ひげの病状を探れるか?」

「既に手の者を放ってあります。」

「さすがだな。」

「恐れ入ります。」

「…ベックマン。」

「はい。」

「首輪は赤がいいな。」

「あのおてんばがおとなしくつけさせてくれますかね。」

「だよなァ。」

 

 

 

◇ ◇◇ ◇ ◇◇ ◇

 

 

 

「…赫足が、動きました。」

「赫足ぃ? 隠居したはずだろ?」

「そうなんですが、オールブルーにある皇族の別荘をご存知ですか。」

「あァ、ネフェルタリ皇家のだろ。クロコダイルが喉から手が出るほど欲しがってた地所だよな、確か。」

「そうです。その土地が屋敷ごと売却されたんですが、その売却先がクロコダイルではなく、赫足なんです。」

「は? ワニから赫足に売ったのか? …そんなはずねぇだろ、あのワニ野郎、相手がネフェルタリ家ってぇれっきとした皇族相手に、ずいぶんとえげつない地上げ工作してたはずじゃねェか。」

「そうなんですが、どうも、鷹の目が横槍を入れたようです。」

「鷹の目ぇ?」

「はい。クロコダイルが手に入れるはずだった地所を、鷹の目のフロント企業が手に入れて、更に赫足に転売されたようです。間に入った鷹の目のフロント企業は不動産屋なので、書類上は、その不動産屋の仲介でネフェルタリ家から赫足に土地が売却された事になっています。」

「鷹の目が横槍を入れた、というのは確かな情報か? 鷹の目がワニの地上げ工作に加担していたという可能性は?」

「その線は薄いと思います。クロコダイルの計画では、あそこは“レインベース”というレストラン併設の遊興施設になる予定だったはずですが、実際の建築計画は“バラティエ”という名の料亭になっています。施工主は赫足。建築業者も、赫足の息のかかった業者です。完全にクロコダイルの企業は締め出されていますので、今回の件は、鷹の目にクロコダイルが出し抜かれたのではないかと。」

「赫足は前から、隠退したら飯屋をやるっつってたからな。飯屋を建てておかしな事はねェし、赫足と鷹の目は、先代のセンゴクの頃から仲がいい。鷹の目の紹介で赫足が土地を買ってもおかしくはない…。」

「加えて言えば、鷹の目とクロコダイルは、表面上は同盟関係ですが、鷹の目はクロコダイルを嫌ってます。」

「だろうな。俺もワニはあんまり好かねぇな。」

「ええ。ですので、この件は、単純に鷹の目のクロコダイルへの嫌がらせじゃないでしょうか。」

「あァ…、そういう事しそうだな、確かに。あのおっさんは。」

「赫足に土地の紹介を依頼された鷹の目が、紹介ついでに、クロコダイルへの嫌がらせで横槍を入れて土地を掻っ攫って赫足に売却した、と見るのが自然かと。」

「クロコダイルも売却先が赫足じゃあ捻じ込むわけにもいかんか。」

「ネフェルタリ家よりもある意味厄介ですしね。」

「鷹の目は絶対面白半分にやりやがったんだ。そういう奴だ。あのおっさんは。」

「同感です。」

「クロコダイルなんて陰険だからいつまでも根に持つぞ、きっと。今頃湯気出して怒ってそうだ。」

「それも同感です。」

「しかし赫足もそんな曰くのある土地に、よく飯屋なんて建てる気になったな。」

「飯屋、という規模じゃないですよ。そもそもワニが遊興施設にしようとしてたくらいですからね。敷地面積も建坪も、一等地にあるまじき広さです。会員制の高級料亭、あたりじゃないですかね。赫足が建てようとしてるのは。」

「…高級料亭……? …どうしたって顧客は“こっち側”だよな…。現役復帰でもするつもりか、あのじいさん。」

「してもおかしくはない人脈と力はまだまだ健在ですからね。」

「念の為、赫足の動向にも目を配っとけ。」

「はい。」

「…赫足…か。野望があるとは思えねェが………。」

 

「それと、ジャンクス。ゾロがすごい目で睨んでるんですが。」

「おお、チビネコ抱いてるからな。俺がチビ抱いてるとすげー顔で睨むんだ。あのバカ犬。」

「バカ犬はかわいそうでしょう。ゾロは賢い犬ですよ。」

「猫にマジ惚れしてんだからバカ犬だろう。」

「父性とかじゃないんですかね。」

「いんや、あれは惚れてるね。」

「…異種族でロリですか。」

「異種族でロリだな。」

 

 

 

◇ ◇◇ ◇ ◇◇ ◇

 

 

 

「いい加減、チビの名前を決めてあげたらどうですか。」

「あー、そういやそうだよな。」

「そうですよ。」

「ゾロは鷹の目の息子の名前だろ、ナミはルフィの初恋の女だろ、チビはどうすっかなあ。」

「あ、やっぱりナミちゃんってのはルフィが惚れてるんですか。」

「つか嫁にするらしいぞ。断れ続けてるらしいが。」

「小学生の分際でもう嫁を決めてるんですか、あれは。」

「おう。しかも相手は二年生だから姉さん女房だ。」

「初恋が年上とは…、あんたによく似てますね。」

「おう。俺の初恋はマキノ先生だからな。」

「知ってます。」

「マキノってつけるか、このチビネコ。」

「そうしたければどうぞ。」

「あー、いや、…マキノって感じじゃねェよなあ。このチビは。お前の初恋の女は?」

「教えません。」

「んだよ、教えろよ。」

「じゃあ、アマゾンさんで。」

「そら、お前、角のタバコ屋のババァの名前じゃねェか。」

「いい人ですよ。ライターとかおまけしてくれるんです。」

「やだよ、あんなババァの名前、こんな可愛いのにつけんの。」

「ならココロさんで。」

「なんでルフィんとこの校長だよ。」

「くれはさんでは。くれは医院の。」

「ババァばっかかよ! そのチョイスの根拠はなんだよ!!」

「それくらいしか俺の周りに女性がいないんです。」

「……だよなあ、あとはむさくるしい野郎ばっかだもんなあ。」

「少しはすっきりしそうですけどね。…白ひげが消えそうですし。」

「そんなに悪いのか。」

「どうやら長くないようですね。本人も知ってるようです。あの女達はやはり医療関係者でした。」

「あの親父も人間だったかー。へー。」

「それで何年か前に愛人の一人に産ませた、認知されてない子がいるらしいんですが、それを屋敷に迎え入れたようです。」

「あァ? 子供だァ??」

「エースという男の子で、現在中学二年生。バスケット部の部長で生徒会役員もしているようです。」

「ほーお。白ひげのガキにしちゃ優等生じゃねェか。」

「…シャンクス。」

「あ?」

「エースの母親はマキノ先生です。」

「……なん、…だと…?」

「時期的に考えて、俺たちの前から姿を消す直前くらいには、もう腹ン中にいたかもしれませんね。」

「こ…ども…、産んでた、のか…。マキノ先生は…」

「今の今まで隠されてたようですけどね。認知もされてなかったくらいですし。」

「だろうな。」

「長老会は大騒ぎになっています。」

「だろうな。」

「白ひげは跡目に据えるつもりでしょう。」

「だろうな。」

「後見人争いが始まりつつあります。」

「だろうな。」

「…シャンクス。」

「…なんだ。」

「…マキノさんの、忘れ形見です。」

「…ああ…。」

「お会いになりますか。」

「…ああ…。」

「では、そのように手配します。」

「…ああ…。」

 


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