* Pure Blooded *


 

−1−

 

サンジはナミさんの犬だ。

生まれてからずっとナミさんに飼われている、綺麗な真っ白の大型犬だ。

 

 

 

 

朝。

柔らかな陽光が顔に当たるのを感じて、サンジは目を覚ました。

今日もいい天気だ。

朝起きてまずする事は身だしなみのチェック。

なにしろサンジはナミさんという極上のレディの飼い犬なのだ。

サンジ自身も極上でいなければいけない。

丁寧に丁寧にしっぽの先までさらっさらになるまで整える。

サンジの毛並みは、ホワイト、というにはちょっと不思議な色をしている。

ぱっと見は真っ白な毛色だが、念入りにブラッシングすると透明感のあるつやつやとした金色の光沢が出るのだ。

いろんな色の犬の血が混ざってるからかもしれない。

さらり、ふわり、のヘアスタイルが決まったら、びしぃっとダンディにスーツを着こなす。

…まぁ、人間の目には犬の毛並みにしか見えないんだけどね。

ああ、ナミさんにも見せてあげたいのに。

びしっと三つ揃えでキメているこの雄姿を。

もうすぐ愛しのナミさんがお目覚めになるから、その時には最高に王子様な自分を演出しないと。

とか何とか思っている間に、ナミさんの枕元に置いた携帯がABBAの「Money,Money, Money」を奏でだす。

ナミさんのお目覚めソングだ。

サンジはすかさずナミさんのベッドに行って、ベッドのふちに腰掛ける。

 

「お目覚めの時間だよ、僕のスリーピングビューティー♪ 君を百年の眠りから解き放つために、ドラゴンと戦いながらいばらの道を切り開き、やっと愛しい君が眠るこの褥へと辿り着いたこの僕の、熱いベーゼを受けておくれ。」

 

サンジの歯の浮くようなポエムも、人間には、きゅうきゅうという甘えた犬の声にしか聞こえない。

「んー、おはようサンジくん。」

ナミさんが伸びをしながら目を開ける。

それから、きゅうっとサンジを抱きしめてくれた。

ナミさんはサンジを抱きしめるのが好きだ。

もちろんサンジはナミさんに抱きしめられちゃったらそれだけでもう天にも昇る心地になる。

メーロリンメーロリンと千鳥足の犬ってちょっとあまりお目にかかれない。

 

正確に言うと、サンジは純粋には犬ではない。

狼犬というやつだ。

狼と犬のMIX。

といっても、狼なのはサンジの祖父なので、サンジには狼の血なんかほとんど入ってやしない。

それでもサンジの姿は北極狼の特徴が色濃く出ていて、しなやかですんなりしていて美しかった。

だが、サンジの瞳は綺麗なブルーアイで、サンジの中の狼の血の薄さを雄弁に物語っている。

狼の血の濃い狼犬に、ブルーアイは出ない。

その瞳の色を象徴するように、サンジの性格は、まんま犬だ。

攻撃的でケンカっぱやい。

気に入らない人間には歯を剥いて唸るし、無駄吠えも多い。

そのくせ割合誰にでもすぐ懐く。

もっともサンジの場合、懐く人間はレディに限られていたが。

レディでさえあればサンジはメス猫にだってしっぽをふっちゃうのだ。

サンジにとって、相手が人だとか犬だとか猫だとかは特に問題ではない。

レディか野郎か、これだけが重要だ。

たとえ初対面であろうが、レディに命ぜられれば、その場で三回まわってワンと鳴いたって構わない。

まあそもそも犬だし。

もちろんサンジの“一番”はナミさんだ。

だってサンジはナミさんのために生きている犬だから。

ナミさんを守るために生まれてきた犬だから。

ナミさんの為にだったら、三回どころか、何なら32回の高速ピルエットをご披露した後に宙返りしながら遠吠えしてみせたっていい。

 

 

お目覚め後のナミさんは、シャワーを浴びて着替えて朝ご飯を食べた後、サンジを連れて朝のお散歩に出る。

だから、サンジは今日もそのつもりで、ナミさんが玄関に出るタイミングで、壁にかけてある自分のリードを取って、縁側から飛び降りた。

庭をくるりと回って玄関先に行き、立っていたナミさんにリードを渡す。

「ん。いいこね、サンジ君。」

ナミさんが笑顔でサンジの頭を撫でてくれた。

ここでサンジは、あれ? と違和感に気づいた。

お散歩のはずなのに、ナミさんの車にエンジンがかかっている。

いつものお散歩はナミさんと二人で近くの森林公園に歩いていくので、車は必要ないはずなのに。

「お散歩じゃないの? ナミさん。」

小首をかしげながら、サンジはナミさんを見上げる。

犬の言葉は人間には通じないが、ニュアンスでわかったらしいナミさんが、

「今日はね、車でお出かけ。ルフィのとこに行くのよ。」

と微笑みながら車のドアを開けた。

 

ルフィ、と聞いて、サンジは思わず顔を顰める。

 

サンジはナミさんを守る犬だから、ナミさんに野郎が触れることを許さない。

当然、ナミさんの家に野郎が入ってくる事も一切許さない。

玄関先までしか入ってこない宅配便とか牛乳屋さんにだって、サンジは、応対に出たナミさんの後ろから睨みを利かせているのだ。

不埒な輩が玄関の上がり框に足でもかけようものなら、途端にサンジは歯をむき出しにして唸る。

「てめェ…それ以上入ってきたら命の保障はしねェぞ。」

ドスの利いた低い声でぐるぐると唸るだけで、大概の人間はびびる。

サンジみたいな大きな犬に警戒音を出されてびびらない人間はそうはいない。

今までずうっと、サンジはそうやってナミさんを守ってきた。

 

けれど、そんな難関をものともせずに家に入り込んでくる野郎がたった一人だけいる。

それがルフィだった。

サンジが唸ろうが威嚇しようが、時には「てめェ!勝手に入ってくんじゃねェ!!」と吠えようが、ルフィは一切気にしない。

それどころか、にこにこ笑いながら

「よーお、サンジ、今日も元気だなあー!」

とか言いながら、のしのし部屋の中に入ってくる。

更には無防備にサンジに手を伸ばす。

無防備、ではないのかもしれない。

なにしろルフィはいつもたくさんの動物のにおいをつけてくる。

一番強く感じるのはたぶん、ルフィの家の犬のにおいだ。

そして、それ以上にルフィは自分自身の強い強いオスのにおいを撒き散らしてくる。

ルフィ自身のにおいそのものは、人間だから、他の動物達のように濃くはないのに、そこから感じられる“強さ”はもうケタ違いだ。

サンジがルフィに対して威嚇する理由の半分以上は、ルフィが怖いからだ。

こいつは“強い”。

肌でわかる。

戦ったらきっと勝てない。

たぶん、他の群れのリーダーなのだろうと思う。

道端で会ってしまったら、きっとサンジは腹を見せて寝転がってしまうだろう。

けれどこの家はサンジが守るべきテリトリーだ。

この家の中で、サンジが他のオスに対して腹を見せるわけにはいかない。

プライドにかけて。

だから怖いのを我慢して吠えてるのに、ルフィときたら、ほいほいサンジに近づいてくるのだ。

そのあまりの邪気のなさに、サンジはいつも毒気を抜かれてしまう。

思わずあっけにとられたとたんに、ルフィにぎゅうぎゅうに抱きつかれてしまったりする。

そいでもって、遊んでもらっちゃったりもしてしまう。

ルフィの遊びはなかなかパワフルで、ナミさんがやってくれないプロレスごっこをしてくれたりするので、サンジは思わずのせられて遊んでしまう。

くたくたになるほど遊び疲れて、そこでようやっと、「敵と何やってんだ、俺は」と、はっと思い出す。

でもそこで慌てて威嚇しなおしたってもう遅い。

もうすっかりルフィのペースだ。

正直なところ、こんなに楽しいんだから、もうルフィの事は仲間認定でいいんじゃないかと思うときすらある。

でも、サンジには、ここでうかうかとルフィに心を許してしまうわけにはいかない理由がある。

 

だってサンジは知っている。

 

ルフィがナミさんとつがいになりたいと思っている事を。

 

 

ルフィのとこに行く、と言われて、サンジはげんなりと後部座席に伏せた。

「サンジ君はルフィんち覚えてるかなぁ。サンジ君はルフィんちで生まれたのよ。」

ナミさんはエンジンをかけながら、楽しそうに言った。

ルフィに会うとき、ナミさんはいつも楽しそうだ。

それが尚の事サンジをげんなりさせる。

サンジだってこんなにこんなにナミさんを好きなのに。

ルフィに負けないくらいナミさんが好きなのに。

どうして俺、犬なんだろう。

サンジはちょっと黄昏ながらため息をついた。

 

 

ルフィの家は、郊外にあった。

それほど長く車に乗っていたようにも感じなかったのに、気がつけば辺りの景色は馴染みのものとは一変していた。

のどかに広がる田園風景。

それでも幹線道路なのだろう、幅の広い、立派な道路をナミさんはびゅんびゅん飛ばして行く。

よく見れば、道路沿いには郊外型のレストランや店舗も立ち並んでいる。

そこを脇道に抜けて、ナミさんの車は山奥に入っていく。

ナミさんちのある住宅地しか知らなかったサンジは、見知らぬ風景にすっかりびっくりしていた。

知らないところは知らないにおいがする。

サンジは怯えて、ルフィの家に到着しても、車からなかなか出てくることができなかった。

 

「おー! 来たかー! ナミー! サンジーっ!」

 

出し抜けに明るい声がした。

満面の笑みを浮かべたルフィが走ってくる。

「……よォ。」

なんとか口先だけで挨拶したけれど、サンジは、ナミさんの後ろに身を隠したまま動けない。

口先だけの挨拶も、人間にはただ低く唸っただけにしか聞こえないだろう。

だってここはナミさんの家じゃない。

知らない景色。知らないにおい。

サンジのテリトリーじゃない。

他の強いオスのテリトリーだ。

 

─────この、目の前のオスの。

 

そんなサンジを見て、ルフィがその顔にいつもの無邪気な笑みを浮かべる。

「なーんだサンジー、いつもの元気どしたァ?」

そうして、大きな手でがしがしとサンジの頭を撫ぜてくれた。

やめろよ、セットが乱れるから。

そう思いつつも、ルフィの態度があまりに変わりないので、サンジはホッとしてほんの少し警戒を解く。

だが、ルフィがナミさんの手を引っ張って

「こっちこいよー! みんなに紹介するからよー!」

と、走り出したのを見て、サンジはぎょっとした。

「お、おい、待て、ルフィ! ナミさんどこに連れていく気だ、くらぁ!!」

慌ててサンジはその後を追った。

ぱたぱたと駆けていくルフィの後を追い掛けながら、サンジは“ルフィのテリトリー”のだだっ広さに驚愕する。

ナミさんとお散歩で行く森林公園並みに広い。

そしてやたらといろんな動物がいる。

「あ、これ、猫のミーさん。」

綺麗なオレンジ色の猫の傍を駆け抜けながらルフィが言った。

続いて通り過ぎようとしたサンジは、猫がレディであることに気がついた瞬間、急ブレーキをかけた。

人間にはオレンジ色の猫にしか見えないミーさんは、実は素晴らしくナイスバディの美女で、悩殺ミニスカートをひらひらさせている。

「ああ! 僕は今、運命の神モイライが起こした奇跡の出会いに感謝している! クロトの紡ぎし運命の糸は、ラケシスが恋と名づけて、アトロポスが僕の心に絡めてしまった! ああ、モイライの三神よ! 運命の神々よ! 僕はただその大いなる運命に翻弄される小さな鳥!」

くるくるとその場を回りながら、いきなり大声でポエムを口ずさみはじめたサンジを、ミーさんはあっけに取られながら眺める。

華麗なステップでミーさんの傍まで来たサンジは、恭しくミーさんの手を取ると、跪き、丁寧に頭を下げた。

「……あんた、バカ?」

やがて冷たくそう言い放つと、ミーさんはくるりと身を翻して駆けていってしまった。

人間には長いしっぽをくるりんとさせて駆けていっただけだが、実はミニスカートの裾がチラリンヒラリンで鼻血が出そうだ。

「あああ、待ってー、運命の君ー!」

思わず猫を追いかけようとしたサンジは、すんでのところで、ハッと本来の目的を思い出した。

こんなことしてる場合じゃない。ナミさんだナミさん。

急いでルフィの後を追う。

追いつくと、ルフィは白い馬の前にいた。

「これ、馬のシェリー。」

「ああーっ♪ これはまた前人未到の山頂に降り積もる処女雪すらも欺くほどの美しい純白の女神よ! まるで僕の心も白く無垢に染め替えられてしまいそうだよ!」

白馬のシェリーも、サンジにはびっくりしていたが、それでも、ブフン、と鼻を鳴らして挨拶してくれた。

それから、「亀のラブーン」や「羊のメリー」や「狸のチョッパー」や「ハヤブサのペル」を次々に紹介されたが、この辺はオスだったので、サンジ的に華麗にスルー。

そのかわり、「ウサギのコニスちゃん」、「錦鯉の金魚姫ちゃん」、「うずらのロクサーヌ」、「めんどりのつるさん」、「シギのたしぎちゃん」、「姫水鶏のくいなちゃん」、「アナグマのアデル」、「牛のアルビダお姉様」といったレディ達には全員漏れなく、心から盛大な賛美をお送りした。

まあほとんど相手にもされなかったけれど。

 

一番最後に、サンジは一匹の大きな黒い犬のところに連れて行かれた。

 

「サンジ、こいつがゾロだ。」

 

ルフィの声に、寝そべっていたその犬が鷹揚な動作でほんの少しだけ頭を起こして、目を開けた。

 

金色の目。

 

─────あ。

 

その瞬間、サンジは立ち竦んだ。

 

─────こいつ、狼犬だ。

 

サンジよりももっとずっとずっと狼の血の濃い、ほぼ狼と言っていいほどの。

 

黒い狼犬の光を放つような鋭い金の瞳が、射抜くようにサンジを見た。

 

 

 

 

それが、ゾロとサンジの出会いだった。

 


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