* Pure Blooded *


 

−12−

 

某月某日 快晴。

空は雲ひとつなく青く澄み渡り、穏やかな薫風がそよそよと快い、麗らかで温かな良き日。

 

そんな気持ちのいい日だというのに、

「だびさぁぁぁん、うええー、だびさんがっ…おでのだびさんがっ…、うええー、」

サンジは、涙も鼻水もだだ漏れで盛大に泣いていた。

 

 

今日は、ルフィとナミさんの結婚式だった。

 

 

結婚式は、ルフィの動物王国で、友人達プロデュースで行われた。

牧場並みにだだっ広く、そのくせろくに整地もしていないルフィんちを、友人達は気合と体力と人海戦術と各自のコネに物を言わせて、驚くほど綺麗に整備してくれて、そこにガーデンパーティーの様相をこしらえた。

まあご祝儀代わりみたいなもんだ。

動物達も綺麗に綺麗におめかしさせられ、サンジもゾロも、ぴっかぴかの艶が出るほど念入りにブラッシングされて、ケージはクリスマスかっちゅーほどごてごてと飾りがつけられた。

人に馴れないゾロは、この騒ぎには当然とんでもなくナーバスになったが、ルフィに今日がどんな日か懇々と説明されて、仕方なく納得していた。

人馴れしているサンジは、目を白黒させつつも綺麗なレディ達がいっぱいいたので、とりあえずオールオッケーだった。

 

の、だが。

 

この騒ぎも綺麗なおめかしも、ルフィとナミさんの結婚式の為だ、と知った途端、サンジの涙腺は決壊した。

「だびさん嘘だぁ〜うそだばだ〜!」

今日のナミさんはとびっきり綺麗だった。

お姫様みたいな白いドレスを着て。

ふんわりとしたベールを纏って。

薄いピンク色の花束を持って。

ナミさんは、ほんとにほんとに綺麗だった。

そんな綺麗なナミさんと白いタキシードを着たルフィが、金色の飾りのついた鞍をのせたシェリーに跨って現れた時は、友人達は拍手喝采だった。

やんややんやの歓声の中、ルフィは実に堂々と男らしく、大声でナミさんへの愛を誓っていた。

あげく、神父役の友人の音頭で、誓いのちゅーとやらをしていた。

ナミさんは綺麗だった。

ほんとにほんとに綺麗だった。

光り輝くように綺麗だった。

ドレスのせいだけではなくて、幸せそうな笑みをずっと浮かべていて、それがいつもの何倍もナミさんを綺麗に見せていた。

おかげでサンジはさっきっから泣きっぱなしで、泣き止むことが出来ない。

「んだびっすゎ〜〜〜んっ!!」

「あーーーうるせェうるせェこのバカ犬。」

うんざりしたようにゾロが言った。

「めでてェ日なんだから泣くな。笑え。」

「笑えるか、あほーー!!」

途端にサンジはゾロに突っかかっていく。

今日のゾロは腹巻をしていないので、なんだか別の犬のようだ。

さすがのゾロも、今日は腹巻ではなくて黒の紋付の羽織袴で、実はサンジはちょっとかっこいいなぁなんて見惚れてしまっている。

サンジもとっておきの白いタキシードだったりするが、自分の服よりもゾロの方が気になって仕方がない。

ちなみにゾロにしろサンジにしろ、自分達の着ているのが、本来なら花婿用、ということにはなんら頓着していない。

どうせ人間達にはこの服は見えないのだからいいのだ。

「だいたいてめェは知ってたんだろ、知ってたんだな?」

「何が。」

「ナミさんがルフィと結婚してここに住むって事だよ!!!」

「あー。」

胸倉を掴んで怒鳴りつけてくるサンジを適当にいなしながら、ゾロは口元に微妙な半笑いを浮かべた。

確かに知っていた。

ルフィがナミを嫁に迎える準備をしていた事も、ナミの引越しのためにサンジだけ先にこっちに寄越された事も。

ナミと帰ると浮かれていたサンジが実は帰らないどころか、ナミもこれからここに住むのだという事も。

「てめェ、俺はナミさんと帰らなくちゃいけないとっ…! てめェと離れなくちゃいけないと思ったから、あんなっ…! あああああんなあああっっっ…!!!」

掴み上げてくるサンジの顔はもう耳まで真っ赤だ。

これでもし、知ってはいたが、「離れたくない」と泣きながら縋り付いてくるサンジがあまりにも可愛くて、ついつい黙っていたのだ、等とうっかり言ってしまったら、サンジはどれだけ怒るだろう。

まあ怒った顔も可愛いのだけれど。

 

ナミがルフィのつがいでよかった、と思う。

リーダーのパートナーだとわかっていればこそ、ゾロはサンジの過剰なナミ賛美も耐えられる。

そして、サンジと契っているからこそ、サンジがナミの結婚を嘆いているように見せて、その実、誰よりも祝福しているのがわかる。

ナミの結婚を誰よりも祝福しているから、サンジは綺麗なドレスを着たナミに飛び掛りもせず、客に吠え掛かりもしないで、ただひたすらに泣きじゃくっているのだ。

ゾロの傍で。

いとおしい、と思う。

 

「ゾロ…?」

 

ゾロがただ自分を見つめるばかりで、掴みあげたサンジの手を振り払うでもなく、何か言うわけでもないのを、サンジが怪訝そうに小首をかしげている。

その目に、かまってほしいのに、という微かな甘えの色があるのを見て、ゾロはもうたまらなくなった。

 

自分の胸倉を掴んでいたサンジの手を力任せに握って、強引に引き寄せる。

小さな頭に手を回す。

驚いて、あ、の形に開いたサンジの口に乱暴に口付けた。

「んッ!? んーんーんんッッ!!!」

目をまん丸に見開いたサンジがじたばたとやみくもに暴れだす。

その抵抗をものともせずに、ゾロはサンジの体にのしかかって押し倒した。

弾みで唇が離れると、サンジが、ぷはっと息を吐いた。

「何でお前はそう、いっつも、いきなり、なん、だよッ!!」

手足をばたつかせて、腕の中でぎゃーぎゃーわめきだすサンジを、ゾロは笑いながら見ている。

だってサンジは、暴れているのにこの腕からは逃げようとはしない。

「結婚式ってのはこうするもんなんだろ? さっきルフィとナミがしてた。」

しれっとして言うゾロに、サンジの顔がまた赤くなる。

「ちゅー、だけ、だろっ…! 押し倒したりするか、バカっ…!!」

サンジは耳まで赤く染まっている。

睨んでるつもりなのだろうが、さっきまで泣きまくっていたせいで、そのブルーアイは色濃く潤んでいて、もはや媚態にしか見えない。

 

─────俺のものだ。

 

唐突に、獰猛な凶悪な欲が、ゾロを突き上げる。

これはおれのものだ。

だれにもやらない。

だれにもさわらせない。

誰かに取られるくらいなら、この柔らかな喉笛を喰い千切って、骨の一片、血の一滴、毛の一筋たりとも残さずに全て食べてしまおう。

本気でそう思いながら、ゾロはサンジの唇を舐め上げた。

「んゥ…! ゾロ…、んっ…!!」

食べてしまいたい。

胸の中を荒れ狂う、自分でも御しがたいほどの独占欲。

どうしようもない飢渇に駆られて、ゾロはサンジの唇を貪った。

「ゾロ、待…!」

制止するような言葉を吐きながら、サンジの抵抗はほとんどない。

僅かに身じろぎしただけで、サンジはすぐに従順になった。

ゾロの中に凄まじい狂熱が渦巻いていることに、気が付かないはずはないのに。

だってゾロの瞳は、もう愛する者を見る慈愛の目なんかではない。

ゾロの金色の目は、補食者が獲物に喰らい付く時と見まごうばかりに、ぎらぎらと禍々しく輝いている。

そんな目で、ゾロは、己の命よりも大切なこの世で唯一の最愛の者を見ている。

あまつさえ舌なめずりすらしている。

なのにサンジは、狂気とほとんど変わらないゾロの愛を真っ向からぶちあてられても怯みすらしない。

それどころか、ゾロのそれを、陶然と夢見るような目で、むしろ誇らしげですらある態度で受けとめる。

たぶんサンジは、本当にその喉笛を裂かれても、うっとりとした目をゾロに向けたままだろう。

まるで幸福の絶頂にいるような顔のまま絶命するだろう。

こんな気違いじみた妄執じみた想いを力任せに叩きつけられているというのに、サンジは笑っている。

 

笑ってゾロの何もかもを優しく受け入れる。

それが、サンジが愛されて育ったせいだからなのか、サンジの元々の生地によるものなのか、ゾロにはわからない。

ゾロにわかるのは、サンジが、自分にとって他の何にも変えがたい得がたい宝物であるという事だけだ。

喰い殺してやりたいと狂おしく欲する一方で、サンジの全身を余すところなく舐め上げて蕩けるほどに甘やかしてやりたいとも思う。

いいにおいのするサンジの首筋に、ゾロは顔を埋める。

「ゾ、ロ…、くすぐってぇよ…。」

サンジのにおいは甘くて優しくて気持ちがいい。

包まれていると眠くなるような幸福感に包まれる。

ゾロはサンジの体を舐めまわすように嗅いで、においの強いところを探した。

そうするとどうしても、サンジの股座に顔を突っ込んでしまう。

「ま、待て、ゾロっ…! いくらなんでもこんな、みんないるとこでそんな…!」

サンジが俄かに焦ったように抗い始めた。

「うるせェな。嗅ぐだけだ。こんなとこで交尾したりしねェからおとなしくしろ。」

「こここここ交尾されてたまるか! ナミさんの結婚式だぞ、クソ腹巻!!」

「今日は腹巻じゃねェ。みんなルフィとナミ見てて、動物なんか見てねェよ。嗅がせろ。」

 

 

確かにご来賓の皆様の視線は皆、本日の主役に釘づけで、犬のケージを見ている者などいなかった。

 

当の本日の主役の二人を除いては。

 

 

「ルフィ…。ゾロとサンジ君…なにやってんの。」

バッチリ目撃してしまったナミさんが、ルフィに耳打ちした。

「あー、あの二匹なー、つがいになっちゃったみてェだ。」

「はァ?」

ナミさんの口がかっくんと開く。

が、今日の主役が自分だと言うことに気がついて、ナミさんは慌てて口を閉じた。

「つがいって…、サンジくん、おとこのこなんだけど…。」

「おう。ゾロもオスだな。」

ルフィは特に気にもしていないらしく、目の前の肉に噛り付いた。

友人達が何人も入れ替わり立ち代わりでナミさんとルフィをお祝いしてくれている。

普通はお酒をついでくれて乾杯するものなのに、友人達はみんな心得ていて、みんなルフィの傍に来ると骨付き肉を置いていく。

おかげでルフィは今幸せいっぱいだ。腹はまだいっぱいになっていない。

ナミさんは唖然としたまま、ゾロとサンジを凝視している。

確かに二匹の様子は、つがいとしか言いようのないものだ。

ルフィにしか心を許さず、ナミが幾度会っても頑なだったゾロが、サンジの事は大切そうに舐めているし、オスなど見向きもしないサンジが、メスに対するのとはまるで違う、甘ったれた態度でゾロに触れている。

「いいの? あれ…。」

ぽかんとした顔で、ナミさんはルフィに聞いた。

するとルフィは肉にかぶりついたまま、にかっと笑った。

「いいんじゃねぇか? ゾロもサンジも幸せそうだし。」

全く気にした様子のないルフィと、人目も憚らずいちゃつく二匹の犬を、ナミさんは何度も何度も見て、やがて、大きく息をついた。

その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

 

END.

2006/11/10

 


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