■ 裏通りの愛情未満 ■ just!/真昼さん


 

「バッカじゃないの、あんたたち」

 

 

テーブルにつくなりホステスのリリーに罵倒される。

この女の口の悪さには慣れっこだったが、くさくさしている身にはこたえる。

なにしろ、昼間はおとなしく普通のサラリーマンをしているが、かつては族のトップのすぐ下でいくつかのグループを仕切っていた自分たちだ。

ケンカならそんじょそこらのヤツには負けないつもりでいたのに、一度目はあの緑色の頭のガキに睨みつけられただけで思わず腰が引けた。

そして二度目に到ってはテンガロンハットの男の前に、何が起きたのか分からないまま三人して地面にはいつくばっていた。

 

そんな事は、いまだかつて有り得ない事だ。

サーキースと二人、最近ではいつの間にか後ろからついてくるようになったエディと三人でいれば好き放題だったし、少なくとも一人の男相手に気持ちで負けるなんて事はなかった。

なのに、二度続けての最悪の形での敗北は、ベラミーの気を荒立てていた。

 

しかもあれ以来、何かとベラミーには面白くない事が続いていた。

いつも三人つるんで遊んでいたのに、こうして一人だけでこんな所へ来ている所以でもある。

 

 

「何だと、てめェ!」

 

頭に血が上り、リリーの腕を掴んでねじ上げる。

 

「誰に向かって口をきいてんだ?一遍兄貴にてめェの名前流してやったっていいんだぜ?好きにしてくれってな」

 

「フン。ドフラミンゴ?やるならアンタがやれって言ってんのよ。つるまなきゃ何にもできないくせして粋がってんじゃないわよ」

 

リリーの挑発的な言葉に、ベラミーは腕を掴む手に力を入れた。

 

「上等じゃねェか!やるならやるぜ。どうだよ?痛ェだろ?いつまでその強気が続くかねェ」

 

ベラミーはリリーの腕をギリギリと締め上げながらせせら笑う。

リリーは顔をしかめながらも口をきっと結んでベラミーを睨み付けた。

 

「やるならさっさとやりなよ!女の腕一本折る勇気もない癖して、威勢だけはいいんだから。言っておくけどねえ、ここはあんたの店でも何でもないんだよ。客がホステスに傷をつけたらどうなるかは、アンタだって分かってるんでしょうね」

 

リリーに言われ、ベラミーの手がかすかに力を抜いた。

 

「意気地なし」

 

一瞬カッとなるが、しょっちゅう入り浸っているこの店を出入り禁止になるのは痛い。

素早く頭の中で計算すると、ベラミーはもっとリリーを痛めつける方法を思いついて手を離した。

 

「やる気もないなら最初から手を出すんじゃないわよ」

 

「うるせェ。女はべらべらと煩ェからかなわねェ」

 

「だから男に走ります、って?あんな金髪の子にも手出してさあ。だから馬鹿だって言ってんのよ」

 

「てめェが邪魔しなきゃうまくやれたんだろうが!フジコに余計な事言いやがって」

 

ベラミーたちが巷で噂の女装少年を狙っていると知ったリリーが同じ店のフジコにその情報を流したのは、フジコがゾロと付き合いがあると知っていたからだ。

 

「あんな危ないのに手を出す方が悪いんでしょ!あの二人の噂、知ってんでしょ?マジで手を出してたらあんたたち今頃こんなところに座ってられないわよ。あのゾロって男、普通じゃないもん」

 

「あんな小物がかよ!」

 

「何言ってんのよ、あんたたちだって睨まれただけで逃げ帰ってきたって言うじゃないの。聞いたわよ」

 

「うるせェ!あん時はサーキースのやつが腰抜かさなきゃやれてたんだよ!連れが情けねェとこっちまでとばっちり食っちまう」

 

「全くアンタって人は・・・」

 

リリーがため息をつく。

 

「それより、その連れはどうしたのよ。あの新入りの坊やもいないじゃないの」

 

「サーキースとエディか」

 

ベラミーはにやりと笑った。

この女を痛めつける格好のネタに、本人自ら食いついてきやがった。

 

「エディがなぁ、男と経験ないらしくてよ」

 

「そうなの。それで最初から金髪をレイプまがい?よくやるわ、ほんとに」

 

「それも無謀だろう?でもよ、俺とサーキースと二人で男のケツがどんなにいいか散々煽っちまったせいでよ、エディのヤツ、あの金髪とできなかったもんで責任とってどっかで経験させろって言うんだぜ。そんで、夜中の公園に連れてってやって穴場で待ち伏せしてたんだ。そしたら目の前で濃厚なのが始まっちまってよお。サーキースもエディもビンビンだ。適当なのを探そうにもみんなカップルできちまってて、どうするかと思ってたら、エディのヤツサーキースでもいいとか言い出しやがって二人でおっぱじめちまったんだよ。サーキースがケツ貸してやってよ、坊やの筆おろしだぜ。そこらの連中よりよっぽど熱いのやりやがって、周りの視線釘付けだよ。あんまりみっともねェんで二人をホテルに放り込んで俺は帰ってきたって訳だ」

 

ベラミーが得意そうにしゃべり出すとリリーの顔から表情が消えていく。

タバコを持つ手がかすかに震えて、顔色も幾分青ざめたようだ。

 

ベラミーはさっきの仕返しとばかりにリリーの反応をじっくり楽しみながらしゃべり続けた。

 

「それから二人とも味しめちまったみたいでよ、サーキースの家で延々とやってるんだぜ。仕事だけは行ってるけどなあ、顔を合わせりゃやりたくなるみたいでよ、昨日なんか昼休みに屋上の給水塔の陰でやってるんだぜ!傑作だろう。今日も飲みに行かねェかと思って家のほうに行ってみたらよ、鍵開けっ放しで二人で乳繰り合ってるんだぜ。すげェニオイがしてたが、二人とも馬鹿みたいに抱きあって、キスなんかしちゃってよ。サーキースがあんなに必死なのは見たことねェなあ。あの坊やに頭までいかれちまったらしい」

 

「・・・」

 

「どうだよ?昔の男が若い男に入れあげちまう気分は?」

 

ベラミーの意地の悪い質問に、リリーはタバコを灰皿にぎゅっと押し付けながら吐き捨てるように言った。

 

「フン、今更よ。あいつの男遊びは今に始まった事じゃないしね」

 

「今回は遊びじゃないかもしれないぜ。あの目はイっちまった目だ。早晩一緒に住むとか言い出しかねねェな」

 

「あいつが誰かと一緒に生活できるとは思わないけど」

 

リリーが二本目のタバコに火をつけた。

 

「いいわよ。あいつもやっと本気になる相手が見つかったんなら」

 

「・・・何だよ。やけに物分りがいいじゃねェか」

 

「あんたこそ何を誤解してるのか知らないけどねえ、あいつとアタシはとっくの昔に切れてんのよ。酷い男だったからね、そういう意味じゃ忘れられないけど、幸せになってくれるならそれでいいのよ」

 

「・・・ほう」

 

「それにしても全く、何であたしの周りってクズばっかりなのかしら。嫌になっちゃう」

 

「よく言うぜ。だったらあの緑頭もクズか?お前だってちょっとは付き合いがあんだろう」

 

「フジコがらみよ。そんなには知らないけど、そうね、ゾロもクズかもね。けどねえ、ゾロはクズの中でも一流のクズよ。少なくとも誰かとつるまなきゃ何もできないあんたたちとは大違い」

 

「クソッ。胸糞悪い女だぜ。てめェの周りに何でクズが集まるのかって言ったな。理由は簡単だ。てめェがクズだからだよ!」

 

「分かってるわよ、あたしはクズよ。でもねェ、あたしはこのままじゃいないわよ。そして、ゾロもクズのままじゃないわよ。アンタとね、ゾロの一番の違いを教えてあげる。あんたはね、クズの癖に自分はクズじゃないクズじゃないと自分に言い聞かせてる。自分が見えてないのよ。あたしもゾロも、自分はクズだって知ってる。クズだって知ってて、そこから這い上がろうとしてる。クズじゃない自分になろうと努力してる。そこが大きな違いよ」

 

「・・・・」

 

リリーの言っていることが半分も分からないのか、ベラミーは鳩に豆鉄砲を食らったような顔でリリーを見つめている。

 

「アンタも仕事がうまく行かなくて会社で大きい顔できないからって、昔のネタ持ち出してこんなところで幅利かせていい気になって、それで鬱憤晴らししてるつもりなんでしょうけどね、そんなのなんの意味もないわよ。一つも自分のためになってないじゃないの。ねえ、ベラミー」

 

不意に口調を変えたリリーに、ベラミーははっと顔を見直した。

 

「アンタの虚勢に付き合うのはもう真っ平。アンタがクズのままなら、もうあたしを指名するのはやめて。でもね、アンタが真剣に仕事でも何でも頑張って、それで疲れてここへ来るならあたしだっていくらでもアンタに優しくしてあげるわよ。だから、さよなら、ベラミー」

 

リリーが静かに席を立つ。

 

「お、おい、リリー・・・」

 

リリーが体を屈め、ベラミーの髪に唇をつける。

 

そして囁く様に言った。

 

「・・・新しいアンタに会えるまで、キスはお預けにしておくわ」

 

「ちょっ・・待て、リリー!」

 

背を向け、手をひらひらとさせながら行ってしまったリリーを、ベラミーは追いかける事もできずに眺めるだけだ。

 

「クソッ」

 

ドサッと席に深く腰掛け、グラスを干す。

それからもう一度リリーが行ってしまった後を見た。

切り替えの早いリリーは、声をかけてきた客の横に座って愛想を振りまいている。

客の干したグラスに氷を足し、酒を注いでカラカラと混ぜる。

すっと差し出して勧めてから、客の連れのタバコに火を差し出した。

 

その動作は流れるようで美しい。

客の冗談を軽くいなし、男心をくすぐるしぐさで一夜の夢を与える。

 

少なくとも、リリーはホステスとしては一流だ。

クズだなどと言ってはみたものの、それくらいの事は分かっていた。

リリーがベラミーたちの相手をしてくれていたのは、サーキースとの昔のよしみか、それはもう終わったことだというのなら後の理由はなんだろう。

暴言を吐いてはすぐに他の客とケンカを始めるベラミーたちに、他のホステスは寄り付かなかった。

金払いだけは良かったから出入り禁止にはならなかったが、リリーがいなければとっくにこの店に入るのを断られていたかもしれない。

 

けんか腰にはけんか腰を、ベラミーがいくら酷い事を言ってもリリーは負けずに言い返してきた。

それは客とホステスというより、時には親、時には姉、時には悪友のように。

思えば、ベラミーにとっては唯一、忌憚なく意見してくれる唯一の人間だったのだ。

 

なくしたと気づいて急に、貴重に思えてくるから不思議だ。

サーキースも行ってしまった。

思えば、最初からエディが懐いていたのはサーキースだった。

ベラミーは初めから邪魔者だったのだ。

 

二人がそうなってしまった事は、あれ以来一人での行動を強いられているベラミーには手痛いダメージだった。

 

そしてリリーが行ってしまえば、ベラミーには何も残らないと知っていて、わざと離れたのではないか。

ベラミーが立ち上がらなければ、後はないのだと思い知らせるために。

 

リリーは、キスはお預けだといった。

少なくとも、まだ希望はあるのだろうか。

髪にキスされた時、ベラミーの頬に添えられた柔らかい手から、温かい思いが伝わってきたのを感じたのは気のせいだろうか。

 

ベラミーはグラスを握り締める。

誰もみんな、何かを失って気づき、立ち上がる。

あの緑色の頭のガキも、リリーにはそう言わなかったが半端じゃないクズだと思っていたが、何か見つけたのだろうか、這い上がる手を。

 

なら、自分にできないはずはない。

歩き出すのだ、一人で。

 

ベラミーは立ち上がり、リリーに背中を向けて店の出口へと歩き始めた。

かつて覚えがないほど清々しい気分だ。

この店に次に来られるのはいつの事だろう。

けれど、次に来た時にはきっとリリーのキスで迎えさせてやる。

 

 

勘定をし、二言三言マネージャーに声をかけ、そのまま店の出口から出て行くベラミーの背中を、微笑を浮かべたリリーの瞳が見つめていた。

 

2006/05/09

END.

 

■ 最終回祭り ■


卯月さん作第10話とポコさん作第14話に出てきた三人のサラリーマン風の男達を真昼さんが味付け。



 

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