Inosent Sistyblation
‘記憶’とは、常に断続しているものではない。
それは、欠落しているところもあればそうでない所もある。
真実など誰にも判らないのだろうが、事実‘記憶’は欠落している。
これは、そんなことを思わせる‘日記’である―――。
4 月6日
昼前に目がさめた。
今日という日は、昨日の続きだった…‘記憶’は続いていた。
――にしても、体が軋む。 ひどい倦怠感をもよおしていた。
しばらく仰向けになって天井の木目を見ていた……が、ドアの向こうから何か音がする。
〜ああ、鍵をあけているのか〜
“ギシッ” そんな音がするような体を起こすと、ドアの隙間から昨日の少女がこちらを見ている。継続する痛みにこらえながら、私は笑顔を取り繕い『おはよう』と言った。
それを見てか聞いてかわからなかったが、少女は慌ててドアを開け盥(たらい)とタオルを持ってきた。
『おはよう』少女は、どこかぎこちない表情で挨拶を返し『これで体を拭いて。着替えは…その鞄の中にあるの?』と尋ねた。 私は『ああ。ザックの中に入ってる』と答えると、『その鞄……ザックっていうんだ』とザックを一瞥し、盥とタオルを床に置いて『もうすぐ、昼ご飯だから』と言い、ドアを閉めた。 どうやら、鍵は掛けなかったようだ。
娘の作ってくれた簡素な食事を食べながら、私は娘の質問に答えた。
少女は問うた。
なぜ、一人で倒れていたのか。 何をしようとしていたのか…と。
私は戸惑った。 【‘本当のこと’それを言ってしまっていいのか…。少女を恐怖に染めあげるだけではないのか】 そんな思いが何度も脳裏を行き来した…。
だが、そう思っていても私はこの少女に真実を話さなければいけなかった。私は重い口を開く。
『……私は盗賊団の一員だった。』 その後も今は少女にかまわず話し出した。
『だが、私は盗賊が大嫌いだった。これまで幾度となく脱走を繰り返した。…だが、その度に失敗に終わってしまった。…そして、戒めのための“私刑”【リンチ】を何度も何度も受けた。だが、それでも私は盗賊が本当に嫌いだった。…その後も脱走を繰り返し、今回やっと追手をまくことに成功した。…その後の私が考えていたのはひとつ。【早く、 1秒でも早く“ヒゲ”の力の及ばないところへ逃げよう】ということだけだった。 ついでに言っておくけれど“ヒゲ”と言うのは盗賊団のボスのコードネームなんだ。……そんな考えを持っていた私は、とにかく走った。どこでもよかった。ただ、早く奴らから逃げたかった。……走り始めて、どのくらい経ったんだろうか……湖をひとつ見つけた。 そして私の疲労は最大に、体力は限界へと達し……そこに、倒れた。……後は、君の知っているとおりだ。』
案の定。 少女は疑惑の眼差しを、私に向けていた。
なぜかはわからなかった。 ただ、本能なのか……あるいは、感情なのか。
嫌だった。 少女に疑惑を持たれるのも、軽蔑されるのも……いうなれば、すべてが。
そんな思い……とも呼べるのか、自分でも自信のない感覚から、私は困惑しながら続けた。
『い、いや。…私は“盗賊”というもの自体が嫌だったわけじゃないんだ。何かを“盗む”こと、誰かを“傷つける”こと…そんなことが嫌だった。 それを証拠に、私はもう何も盗まない、誰も傷つけたりなんかしない。……よくは覚えていないけれど、ヒゲのアジトはここからだいぶ離れた位置にある…一人の男を疲労と空腹とで寝込ませるぐらいに。だから、奴らが来ることはまずありえない。奴らは、目先の利益しか気にしないからね。』
この話を、ゆっくり誠実に伝えると、少女は安心したようか…視線がふっ と消えた。
と、すぐに立ち上がり食器を流し台に運びに行きながら、彼女は言った。
『…あなた、一晩眠っただけで大丈夫? 見たところ元気そうだけど……』
私は長椅子に座りながら‘のび’をしながら言った。
『私はしぶとさだけが取り柄なんだ』と。 彼女は納得したようだった。
昼食のあと、彼女はひとつ質問をした……ただ不思議な点は、なぜか無表情だったこと。
『これからどこかに行くあてはあるの?』と。 私は、ヒゲから…盗賊団から逃げることに精一杯だったのだ。よもや、そんなあてなどあるわけもない。 私は割と普通に正直に言った。
『いや……どこにもあてはない』と答えた。 すれば、彼女はいきなり身の上話をし始めた。
『私は、ここでおばあちゃんと一緒に暮らしていた……ピアノの好きなおばあちゃんと』
『……訊いて、いいかい? その、おばあちゃんは……?』
『おばあちゃんは、つい一ヶ月ほど前に……死んでしまった。』
『………ごめん………』
『ううん。…おばあちゃんは、腰も曲がっていたし、耳も遠かった……だからなのかもしれないけれど、おばあちゃんは買い物のために森を出て…すぐに町から「お払い箱になった」酔っぱらいがやってきたの。 酔っぱらいは、おばあちゃんを“金づる”だと思った。そう、酔っぱらいはお金が欲しかった。お酒を飲むお金が。 私は、おばあちゃんについていくため、後ろについていた…そして、広がりでおばあちゃんの背中を見つけた瞬間――。
おばあちゃんの体が……飛んだの。 まるで、紙切れの様に。 そして、その時頭を打って………………死んだの。』 私は、返す言葉が見当たらなかった。
なぜこの少女が、祖母の死に直面してしまったのか……そのことだけがやけに頭に残っていた。
―――沈静―――
ただ、窓から昼下がりの陽気が差し込んでいる。 二人は、動くことはないが。
どのくらい経っただろうか…。 私は振り絞るように口を開いた。
『………家族は…? ……おばあちゃんと二人?』 少女は、首を横に振り言う。
『……おじいちゃんが…いる』 ぽつり、と。
『……けれど、おじいちゃんには言ってない。……おばあちゃんが…死んだ、こと。』
『…なぜ?』 私は訊いた。 彼女は答えるように話し出す。
『おじいちゃんとおばあちゃんはとても仲が悪いの。会えば、いつもけんかばかり。でも、私は知ってる。本当は、二人は心の奥底では通じ合ってるってこと。
そんなおじいちゃんに…おばあちゃんを心の支えにしているおじいちゃんにそんなこと言ったら……きっと、おじいちゃん壊れちゃう。弱くて儚い‘こころ’が。愛した人を亡くした‘悲しみ’で潰されちゃう。………いやなの…。 そんなのない。……私は、おじいちゃんもおばあちゃんも大好き。……だからせめて、おじいちゃんには生きて欲しいの。…だから、言えない。これからも、ずっと………』 彼女はいつのまにか、泣きながら話していた。
私は考えていた。 目の前で、心細く泣く彼女のことを。
【この娘はかなり弱ってる。心と体が。 それもそうかもしれない。 祖母が死んだのを目の当たりにした…それだけでも、泣き出したくなるのに……そのことを誰にも言うことが出来なかった。 たった一人の肉親である、祖父にさえ。 彼女は吐き出したかったんだ。 胸の奥にあるもやもやを。 だから私に話した。 肉親でなく、元盗賊の私に。 彼女は恐れているのだろう。 祖父にこの事実を告げることで、すべてが悪い方向に向かっていくことを。 彼女の気持ちは、悲しみはよくわかる。 私も、肉親を失う悲しみを知っているから。 そして、夜。 彼女は一人で墓穴を掘ったのだろう。 そして祖母を生めるときに気づいただろう。 彼女が年月を幾度となく重ねてきたことに。 その歳月が、冷たく軽い体から感じられたことを。 そして彼女は、埋めたのだろう。 最後の別れを口にしながら…】 そして、私の脳裏に一人の少女が、悲しみに彩られた少女が佇む森の風景がふとよぎった。
娘が囁くように言った。
『……もう、誰も失いたくない。 …だって……ひとりは…嫌、だから』
途切れながらも、言葉が聞こえてくる。 悲しみに溢れた声が。 そして、もう一度言った。
『……ひとりは………い…や………』
次の瞬間。
私はいつの間にか、少女を抱いていた。 強く、優しく。悲しみを癒せるように。
そして、その時私は思っていた。 その思いを込めるように、強く抱きしめていた。
その思いが通じたのか。
少女は、私の袖に涙をこぼした。
‘悲しみ’の涙ではない……‘喜び’の涙を。
そして、彼女は聞き取れるかそうでないかぐらいの声で、ぽつりと一言。
『ありがとう』
私は眠りに就いた。
「今日」と言う日が終わる。
私は思う。 「明日」は、 4月7日なのか。 私の「明日」は、続いているだろうか。
……出来れば、続いていてくれ。 そう思いながら「今日」は終わりを告げた。
感想。
いや〜〜(汗)
何やら、路線がわからなくなってきてしまいました。 反省です。
にしても、こんなの考えてくるT・Mって…。 あ、よろしければ掲示板にでも感想などお書きいただ
けると嬉しいです。 では、次(?)もがんばりますので。