at twice Story
前のお話。
ねんころの社で、少女(如月泉穂)をもののけから助けた主人公・式ヶ崎 郁未。
しかし、周りでは不可解な事件が起こり始めていた……。
式ヶ崎神社。 境内。
ねんころの社で、男が殺されていた。
壁に残された「神無 咲夜」という血文字。
―妙な事件が起こる前兆。 そんな感じである。
だが、この作品の主人公……郁未は、なんの緊迫感もなかった。
(作者:郁未…厄介事は、必ず主人公に降りかかるもんだぞ…こう言う場合)
彼女は、境内の周りを掃かされていた……が、なぜか楽しそうな面持ちである。
それもそのはず、今掃いているのは郁未一人ではなく、少女と一緒だったからだ。
少女とは、社で助けた…如月泉穂のことである。
あの時から郁未は、彼女をまるで妹のようにかわいがった。
もともと面倒見が良いのだが、彼女は一人っ子であり、前々から妹を欲しがって
いたからであろう。
そんな郁未を彼女が嫌うわけもなく、本当の姉のように彼女は郁未になついていた。
郁未『…泉穂〜〜? 疲れてない? ……そろそろ、休もっか?』
かなり広い境内を掃いていた手を止め、郁未。
泉穂『ううん。 わたし、まだ大丈夫だよ。 郁未お姉ちゃん。』
同じく、境内を掃いていた手を止め、泉穂。
郁未『…本当〜〜? 実は、「おねーちゃんなんかに負けられるか」とか思ってたりするんでしょ〜〜??』苦笑混じりで言う、郁未。
泉穂『……そんなこといって〜〜〜。 ほんとは、お姉ちゃんが休みたいんでしょ??』
それを、笑顔で返す泉穂。
郁未『あ……やっぱ、ばれたか。』
ばつが悪そうに、舌を出す郁未。 それを見て泉穂が笑い、やがて二人で笑っていた。
ほうきを壁にかけ、階段に腰をかけ、泉穂が口を開く。
泉穂『……まったくお姉ちゃんったら…でも、なんか……不思議だなぁ…』
郁未『…え? 何が?』
泉穂『…私がここでこうしてること。 笑ったり、泣いたり、怒ったり、嬉しかったり、悲しかったり、悔しかったり……。 はじめは泣くことさえ、お姉ちゃんに「ありがとう」すら言えなかったのに、今こうしてお姉ちゃんと笑って話が出来る、一緒に眠ったりも出来る、一緒に……いつでも、一緒にいられる。 そして、そんな生活がとても…大切なものになってきてるってこと…。』
郁未『泉穂……』
泉穂『……でも、なぜか恐い。……すごく楽しくて、すごく幸せなはずなのに、なぜかとても恐いの…。……いつか、こんな時間が壊されちゃうんじゃないかって、とても不安なの…。』
すこし震えながら泉穂は言う。
郁未『……泉穂…………まさか、記憶が………』
言い終わる前に首を横に振る泉穂。 そして、続ける。
泉穂『……お姉ちゃん。…わたし……最近、夢を見るの……………きいて…くれる?』
消え入りそうな声で言う泉穂、郁未は黙って首を縦に振る。
―わたしは、今ここにいる。
―優しいおじいちゃんと、大〜好きなお姉ちゃんと一緒にいる。
―笑って、泣いて、挫折して……いろいろなことをしながら、一緒にいる。
―わたしは、こんな日がいつまでも続くと思う。
―続けばいいのに、と願ってる。
―わたしの心の中で、みえるもの。
―それは、くさり。
―そのくさりの中に、人がいる。
―わたしは、目を凝らしてその人を見る。
―わたしは、驚く。
―くさりにつながれているのは、自分だったから。
―見間違えることのない、自分だったから。
―そこは暗くて、寂しくて、恐くて……。
―おじいちゃんを、お姉ちゃんを探している自分がいる。
―でも、微笑みかけてくれる人は誰もいない。
―わたしの心の中で、みえるもの。
―それは、悪しきもの。
―それは、わたしを暗くて、狭い場所に押し込んだもの。
―わたしは、逃げる。
―とても、驚いて。 ―とても恐くて。
―でも、わたしは逃げられない。
―もののけを、振りきることはできない。
―いつでも、わたしについてくる。
―わたしを、見てる。
―わたしが、もののけから逃げる方法はひとつ。
―わたしが、目をさますことだけ。
―こうして、わたしの世界は終わる。
―不安と、恐怖に満ちてから。
―わたしは、目覚める。
―わたしは、隣にいるお姉ちゃんを見る。
―やさしい、ねがお。
―わたしは、あんしんする。
―わたしは、またここに戻ってこれたんだって。
―わたしは、息をはく。
―こえ。
―わたしの、奥から。
―わたしを、呼ぶこえ。
―そのこえは、近づいてくる。
―わたしは、こえを聴こうとする。
―でも、かすれるこえ。
―でも、きこえるこえ。
―聞こえるもの、それは………
― わたしは、泣いていた。
―それは、なつかしさ。
―それは、うれしさ。
―それは、かなしさ。
―わたしは、今ここにいる。
―いっしょに、笑ってくれるひとがいる。
―でも、わたしは聞いた。
―もののけのこえを、……そして、なつかしいこえを。
―それは、涙がひとりでに流れるほどに………。
話し始めた泉穂は、いつのまにか泣きじゃくっていた。
そんな彼女を「どう慰めたらいいのか」と思い、郁未は意を決して言う。
郁未『…泉穂……大丈夫だよ!!泉穂は、ここにずっといられるよ!』
泉穂は、涙を流しながら郁未を見る。
郁未『…もし泉穂が夢で見たように、鎖につながれたなら私が助けてあげる!…もし泉穂が夢で見たように、もののけに追われていたなら私が助けてあげる!!……いつでも、どんな時でも、私が泉穂を守ってあげる!……だって、私は……お姉ちゃん……なんだから…。』
すべてを言い終わる前に、郁未は泣いていた。
そして、泉穂もまた涙を流していた。 ――喜びの、涙を。
いつのまにか、二人は抱き合ってお互いを慰めあうかのごとくして泣いていた。
―この誓いから、3日後。
郁未の「こころ」は、ばらばらになることとなる。
――大切な人を、守れなかった…悲しみと屈辱で……。
それは、ある晴れた日。
いつものように。
郁未は境内を掃き、その横で泉穂が笑っている。
いつもと変わらない、いつもと同じ時間。
いつものように笑う、いつものようにはしゃぐ、いつものように…………。
―――――と。
違和感。
それはここにあらざるもの。
それは、泉穂の笑顔を奪うもの。
それは、運命を一転させるもの。
――ぐらり――
“空間”自体が歪んだような感覚。
――――――――の瞬間。
泉穂と郁未の前に現れた、もの。
それは、伝承の中にいるべき存在。が、事実目の前にいる“もの”に郁未は何とか声をあげて言った。
郁未『…………まさか…!?………お、鬼……………!?』
彼女も‘それ’を見たことはなかった。 伝承の中…元陵に見せてもらった古文書でその姿を見ただけ。 それを無視し、鬼…は言う。
《…我が名は………‘濾死(りょじ)’…。人間よ…“あやつ”を……“神無咲夜”を渡せ……》 まがまがしき声で鬼は言う。 その問いに、郁未は(なんとか)答える。
郁未『か…神無…咲夜…? だ、誰よ……ここには、そんな人は……い、いないわ…。』
途切れ途切れの言葉、だが濾死はそれを聞き笑った。
濾死《…は……そうか……“あやつ”は記憶を失っておるのか、その‘力’と共に…。》
それに、郁未の背にいた泉穂がおそるおそる問う。
泉穂『…“記憶”……? ……………!?』 急に、驚愕の色を浮かべる泉穂。
ちらりと見、濾死。
濾死《…ほう…“記憶“を失ってはいても、直感で感じ取ったか……‘如月 泉穂’…いや、‘神無 咲夜’よ!!……貴様に‘祓われて’からの500年間…いつの日も悔しさを忘れたことはなかったぞ!!……だが、貴様を‘刻の鎖’につないでおいてよかった……そのおかげで貴様は“記憶”と“力”を失ったのだからな……今の貴様など物の数ではない………死ね。》
突如、濾死から語られた‘神無 咲夜’の名に驚いている間もなく、濾死は殺気をめぐらせた。
頭を整理する間もなく郁未は身構える。 郁未の手にある‘それ’に気づく濾死。
濾死《……“祓いの心棒”か…。……その棒は厄介なのでな、おまえを殺していただくとしよう…。》 笑う濾死。
郁未『……ふ、ふざけないで!! …“祓いの心棒”を、なめないで!!!』
濾死に向かい走りこむ郁未、そして心棒が濾死の頭に来たとき…
頭を直撃する2、3ミリ手前で心棒は止まった。
郁未『!?……そ、そんな!?』
驚愕の色を見せる郁未に対し、濾死は狂気に満ちた表情で言う。
濾死《…何を調子に乗っているんだ?…‘ただの’人間風情が…‘心棒’をなめていたんじゃなく、“人間”……お前自身をなめていたんだよ。》
濾死は言い終わるとすぐ、右手を振り上げた。 そこには鋭い刃物のような爪があった。
泉穂『………!!??………いやあ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!!!』
泣き叫ぶ泉穂。
そのとき郁未の頭に、ふとよぎったもの。
彼女の薄れゆく意識の中に、よぎったもの。
濾死《………死ね》
振り上げた右手を郁未の心臓に向かって振り下ろし、それを貫く手前。
‘何か’が宙を切り、飛んできた。
濾死《!!………ぐっ》
ぐらり。
大きく傾き、膝を打つ濾死。
泉穂は‘何か’が飛んできた方向をむいた。
泉穂『……お、おじいちゃん…』
そう、その方向にいたのは郁未の祖父、式ヶ崎 元陵であった。
元陵『…帰りが遅いと思っておった矢先、いきなり叫び声…来てみれば、よもや鬼とは…』
怪訝な顔をし、元陵は呟くように言う。
濾死《………貴様…一体、何を……》
少々気おされた感じで、異形の者が言う。
元陵『…ああ、これか?……日本に昔より伝わる祓いの神事の際に使われる物があるじゃろうが。…わしら人間には何の害もないが、ぬしら悪しき者にとっては祓いの力となるものが……』
泉穂はそれを聞いた後、少し考え気づく。
泉穂『…そうだ………塩……お塩だよね、おじいちゃん。』 うなずく元陵。
濾死ははっとし、言う。
濾死《そうか……“祓い粉”か。………しかし、その程度で私は祓えんぞ……目障りだ…貴様から殺すか…………》
ゆらり…歩き出す濾死。
元陵『……所詮、鬼よのう……‘鬼’がいるかもしれんのに、たかだか塩だけで出てくるとでも思ったのか……?』 策あり……のような顔つきをし、彼は言う。
濾死《ほざくわ…人間風情が……あの女の祖父なら、どうせお前もクズだろう……式ヶ崎
元陵!!》 叫び、走り出す濾死。
元陵『……ぬしと、まともに戦えるわけがなかろうて……“祓いの心棒”も無いのに……』
言いながら、装束の中から札を取り出した。
元陵『…式ヶ崎の鳥居よ!! 汝を清め、汝を作りた一族が命ずる!!!……悪しき者を、異形なる者を退けたまえ!!!』 その言葉と共に、輝き出す札。
濾死『!!??…ぐっ!!??…なんだ、この力は…………人間風情が…覚えていろ!!………来い、神無咲夜!!!』
―――ぐらり――― 空間が歪み、次に濾死と泉穂がそこから消えた。
式ヶ崎神社 境内。
なんとか濾死を追い払った元陵は、気を失った郁未を連れ、境内の下まで来ていた。
5分後、彼女は目を開く……そして、言う。
郁未『…!?………わたし…? ………泉穂…は!?』
少々パニックになっているようである。 それを落ち着けるように彼は言う。
元陵『……あやつに連れて行かれてしまった…』
郁未『!!??……わたしが……わたしが、まもるって、言ったのに!!……わたしのせいで、あいつに……ころ……!!??』
元陵『…泣くではない、郁未。……お前は悪くはない…あやつが強すぎたのじゃて…それに、まだ殺されると決まったわけではあるまい。……ただ殺すだけで、わざわざここまで乗り込んでくるか…?………泉穂はまだ無事じゃて………』
その元陵の慰めの言葉も、郁未は聞き取れていなかった。
ただ、泣き崩れるばかりだった。
そんな孫を見、彼はゆっくりと口を開いた。
元陵『………誓いを立てたのであろう……?』
郁未は顔を上げる。 涙がまだ瞳に残っている。
元陵『…聞いておった。……泉穂を“守る”のであろう…どんなときも、どんなものからも…』
郁未『……でも、私は、“守れ”なかった…。泉穂は………連れて、いかれちゃった!』
元陵『郁未よ…“守る”というのは「連れていかれたら終わり」ではない…連れていかれたなら、取り返せばいいのじゃよ…“守る”のは命。“守る”のは心じゃて。』
郁未『………もし、おじいちゃんの言う通りだとしても、私じゃあ濾死には勝てないよ…だって“祓いの心棒”でもあいつに、当てることすらできなかったんだよ…』
元陵『…何を言っておるか。奴も言っていたであろう「“祓いの心棒”をなめたのではなく“人間”をなめたのだ」と。…奴の言うとおりじゃ、“祓いの心棒”をもって祓えぬものなど何も無い!!』 活を入れるように郁未に言い放つ元陵。
郁未『………でも、私は祓えなかった……触れることさえできなかったのに??』
元陵『…それはお前がまだ、ただの一般人と変わらんからじゃ。』
郁未『????????????』
元陵『お前は「家が神社」で「その手伝いをしていた」だけであろう??……従って、まだ本当の“巫女”ではない……“清めの儀式”もうけておらんじゃろう??』
郁未『……清めの……儀式…………?』
元陵『うむ。式ヶ崎神社に伝わる巫女の中でも、祓いを専門とする巫女………“祓い巫女”の聖職につくための儀礼。……“祓い巫女”が使う“祓いの心棒”に、祓えぬものなど何も無い。…郁未よ、今泉穂を助ける方法があるとすればひとつ。………“祓い巫女”となることだけじゃが、どうする?“祓い巫女”は負けてはいかん。 常に勝たねばならん。…たとえ相手が鬼であろうとも……な。』
郁未『……約束を…守りたい…………おじいちゃん…その儀式、うけさせて!!』
涙を振り切り、郁未は言う。 強い瞳。
元陵『……よかろう……ついて来い…我が孫、式ヶ崎郁未よ!!』
元陵と郁未は、目の前の境内に入った。
それは、“普通の女性”を“祓い巫女”に転ずる儀式。
その方法はけして、難しいものではない。
まず白衣をまとい、打ち水をし、神気の漂う場所……たとうところの「境内」の中央にて‘祓い粉’(塩)で清めし者を囲うように円を描き、その中にて願うのである。
「祓い巫女の御名を与えたまえ」と。
記した通り、決して儀式が大変なのではない……その「条件」が大変なのだ。
“何者に対しても、負けることは…死”という条件が…………。
式ヶ崎神社 境内。
笑顔の無い境内。
掃かれることのなかった境内。
そこに二つの人影。
白装束に赤い袴をまとった少女と、白装束に灰色の袴をまとった男が。
彼女らは、来るべき敵を待っていた。
悪しき者…大切な人を奪ったにくきもの………人では、ないものを。
立ち尽くすこと、20分。
歪む空間。
そこから現れたのは、異形の者と少女。
だが少女の目には、かつての輝きはなかったが。
異形の者……濾死が口を開く。
濾死《…ほう……懲りずにまた我を祓いに来たか………こしゃくな……》
にやり……とした感じで、濾死は言う。
それに、赤袴の少女………郁未は答える。
郁未『…そうなのよ。 ついでに、大切な人も守り通そうと思ってね…』
と、余裕の声で答える。
だが、濾死はその言葉を聞き嘲笑した。
濾死《…くっくっく……残念だったな、人間よ。…神無咲夜の“すべて”は我が奪った。…視覚から聴覚、あげくには名前とこれまでのちっぽけな記憶を奪ってやったわ!!》
それを聞き、郁未は困惑した。
郁未『!?……泉穂!!泉穂!!……返事をして、泉穂〜〜〜っ!!!』
何度彼女が叫ぼうとも、泉穂は顔色ひとつ変えはしない。
いや、彼女の叫び声すら耳に入っていない…入っていたとしても、聴覚を奪われているのだから聞こえるわけもないのだが。
泉穂『……………………………………………………………………………………』
焦点のない眼。……虚ろな表情…。
郁未はそんな泉穂を見、どうしようもない憤りを濾死に覚えた。
そんな気持ちを、彼女は表したように濾死に向き、駆け出した。
そんな彼女に灰色の袴をはいた…元陵が言う。
元陵『…郁未よ、“祓い巫女”として…“姉”として……あやつを、祓って来い!!』
怒り混じりの声。 こくり。 彼女は一瞬うなずいた。
郁未『…いくわよ!! 今度は………祓ってみせる!!!!』
彼女の右手………“祓いの心棒”に精神(ちから)がこもる。
濾死《……人間風情が我を祓う…だと??……小賢しい!!!!》
濾死は、右腕を振り上げる。…その手の先に、鋭く光る爪。
鋭い金属と金属とがかち合うような音。
濾死《な!?……この娘、先刻とはまったく“精神”(ちから)が違う!?》
驚嘆の声をあげる濾死、それに元陵が答えるように呟く。
元陵『…そのはずじゃ。……“祓い巫女”の使う“祓いの心棒”をなめてもらっては困る……………』 それに対し、濾死は納得した様子で。
濾死《……そうか、この娘“清めの儀式”を行ったのか…どうりで…………》
その時、空中で均衡を保っていた両者に動きがあった。
郁未が濾死の爪をはじいた。……とっさに血塊(けっかい)を張り巡らせる濾死。
だが、その血塊は無駄に終わった。 郁未の“祓いの心棒”により何もなかったように断ち切られ、濾死は右腕を吹き飛ばされるに至ってしまった。
――その直後、うめき声。――それは、女の声。
泉穂『ぁぁ!!!………ぅぅうっ!!!!!!!!……!!!???』
感情のない‘叫び声’。だが、明らかに彼女は‘痛がって’いる。…右腕を押さえ。
郁未『!?……なんで、泉穂が!?』
その叫びを聞き、笑う濾死。
濾死《くっ…はっはっは!! “祓い巫女”よ、残念だが貴様がいかに強くなろうとも我に勝つことはできん!!なぜなら…我を傷つけ、殺す事は、神無咲夜をも傷つけ、殺す事となるからだ!!》
郁未『!!??』
元陵『…うぬぅ……!?きゃつめ“血の契判”(ちのけいばん)を使っていようとは……!』
郁未『血の…契判…?』
元陵『うむ。…異形なる者が自らの血を、服従…いや、隷従させたい人間に飲ませる……いわば“魂”の契約じゃ。 飲まされた人間は感情から、血肉、記憶……と、ありとあらゆるものを“契約者”の指揮下に置かれてしまうんじゃ。…すなわち“契約者”が死ねば、その人間も死に絶える………ということじゃ……しかも、破る方法は……ない…。』 絶句。
郁未『!!??……そんな…こ、と!?』 動揺。
濾死《ほう…“血の契判”を知っているとは、な……人間にしてはなかなか…》
言い終わるより前に、濾死本人が‘何か’に気づき、‘何か’を隠す。
それを見、元陵ははっとし郁未に言う。
元陵『…喜べ、郁未!……破る方法は…ある!!』 希望。
郁未『ほんと……!』 感嘆。
濾死《…!!……何を言うかと思えば、愚かな……先ほど主が言った通り“血の契判”は、けっして破ることの出来ん物だ………》 平然…。
元陵『確かに…“血の契判”ならな。 だが先刻の慌て振り、あれは“重要な隠し事をしている”ように見えたのは、気のせいかの…? あの慌てようから考えると、‘何か’を隠したのは事実。単刀直入に言おう、あれは“刻の鎖”。 ぬしは、それを使い「泉穂の魂」と「己の魂」をつなぎ止めた。……これで、“血の契判”の完成じゃが…どうかの?』
的を得た元陵の指摘に、顔を歪ませる濾死。それを確信と取り、元陵。
元陵『…そうとわかれば、こちらにも手はある!郁未よ!!』
郁未『…は、はい!?』
元陵『“刻の鎖”を断ち切るんじゃ!おそらく鎖のある場所は…濾死と泉穂の‘間’じゃ!!』
元陵は濾死と泉穂の間を指さす。 それを見るよりも早く、郁未は走っていたが。
郁未『……“刻の鎖”よ!! その悲しき運命を終え、無に帰せよ!!』
空間で心棒を振り下ろす郁未。 本来ならば地につくはずだった……が。
けたたましい金属音が鳴り響いた。
鎖は断ち切られ、すべてが終わる。 ………と、思われた。 が。
鎖は…………切れなかった。
郁未『なんで!?…なんで切れないの!?』 叫ぶ郁未に。
濾死《残念なことに…その鎖は、【江戸の時代に並ぶものは無い】とまで言われた、神無咲夜の「特別製」でね……我を捕らえるために使った、神無の全身全霊が込められた、鎖なんだよ…》 あざ笑うかのように言う濾死。
元陵『神無…咲夜のこん身の力が込められた鎖とは…な、これは…無理かもしれんぞ…』
明らかに絶望の色を混じえた声で、呟く。
だが郁未はなおも鎖を切ろうとしていた。 だが鎖は切れるそぶりすら見せない。
濾死《無駄だと言っているだろう、“祓い巫女”よ……この鎖は“神無咲夜”しか…》
残された左腕を振り上げる濾死、はらい飛ばされ近くの木に背からぶつかる郁未。
郁未『ぐ……ぁ………!!!!!』 ―どさり。
濾死《………切ることは………できん。》 吐き捨てるようにいう。
その時、異変。
先刻まで苦しんでいた泉穂が、濾死を通し伝わって来た‘感覚’に気づいた。
泉穂『…………ここは………?』
泉穂は知らないところにたっていた。
泉穂『……さっきの感覚…………お姉ちゃんを………私の……せい、で……』
悲しみに暮れて、泣き出しそうなとき。
ふと、自分の前にたっていた少女。
それはひどく懐かしい、それはひどく長い間忘れていたもの。
「ああ、そうか。」 泉穂は気づく、ここは自分の‘こころ’の中だ、ということに。
少女『あなたは………だれ?』
泉穂『私は“如月泉穂”。……あなたは?』
少女『わたしは“神無咲夜”。』
泉穂『……わたし……?』 泉穂は言った。 記憶を取り戻したかのごとく。
咲夜『そう……わたしは‘あなた’。…でも、あなたも‘わたし’…。』
泉穂『………………』
咲夜『いま…“祓い巫女”……式ヶ崎郁未さんは、くるしんでいる。』
泉穂『!! お姉ちゃん!!』 ‘目覚め’ようとする泉穂。
咲夜『まって…今目覚めたら、もうチャンスはないの……‘咲夜’か‘泉穂’。どちらかが目覚めることが出来る……‘咲夜’か‘泉穂’、どちらが目覚め……』
制するように泉穂。
泉穂『……‘どちらか’じゃないといけないの?……‘両方’目覚めちゃいけないの?……‘咲夜’としてでも、‘泉穂’としてでもない…‘咲夜’と‘泉穂’として目覚めちゃいけないの?』
咲夜『………………‘わたし’は、そんな考え方は……知らないはず………それなのに、なぜ‘あなた’は知っているの…?』
泉穂『…実は……お姉ちゃんの考え方なんだ♪……お姉ちゃんに前、聞いたことがあるんだ。「もし、泉穂かおじいちゃんのどちらかを殺さなきゃいけないとしたらどうする?」って。そしたらお姉ちゃん、こう言ってくれた「泉穂もおじいちゃんも殺せないよ、‘両方’助ける」って…………』 はにかみながら言う泉穂。 そんな彼女を見、咲夜は言う。
咲夜『…あなたを、変えた女性………彼女なら、信じられるかもしれない…………もう一度、わたしもあなたみたいに笑えるかも、しれない……‘泉穂’、“ひとつ”になりましょう…‘わたし’と‘あなた’で半分ずつ、“二人で一人”として………』
泉穂『うん……‘お帰りなさい’もうひとりの私。』
目がくらむほどの光。 その光の主は、何の表情も無く、五感をすべて失っていたはずの泉穂だった。 その光は、彼女と濾死をつなぐ“刻の鎖”をいとも簡単に断ち切っていった。
泉穂『…………!?お姉ちゃん!!!』 泣きそうな顔で駆け寄る泉穂。
濾死《な、なんだと…!? なぜ感情も、五感も……さらには“神無咲夜”の記憶までもが戻っているのだ……!!》 狼狽の色を隠せない濾死。
泉穂『……お姉ちゃん!!…しっかりして? 郁未…お姉ちゃん!?』
未だ昏倒している郁未に対し、呼びつづける泉穂。
郁未『…………………ん………み……ず……ほ……?』
おぼろながらも、意識を取り戻し始めた彼女に泉穂は抱きついた。
泉穂『!!!……お…ねえちゃ……ん……?? 恐かった、こわかっ……た…!!』
そう言い、抱きついたままの態勢で泣き始める泉穂。
郁未『……ごめんね…守ってあげるって言ったのにね……でも、戻ってきてくれたんだ…泉穂。』
抱きしめ返しながら、郁未は言う。
そのとき、濾死が叫ぶ。 切り札を無くし、暴走したかのごとく。
濾死《……こうなったら貴様ら全員、道連れにしてくれるわ!!!!!》
言い終わってすぐ、濾死は左手に悪気(あっき)を集中させた。
濾死《……………きさまら…ごと……すべてを……こわして…やる……!!》
たどたどしく言い放つ濾死。 ふと、泣いていた泉穂が立ち上がり郁未に言う。
『…私が、行く』と。『今度こそ、あいつを祓ってくる』と。
だが、そんな彼女を郁未は制するように立ち上がった。
郁未『何言ってるの、泉穂はここにいて。 私が、あいつを祓ってくるから。』
泉穂『でも、その体じゃぁ………』
郁未『泉穂……私をなめてない?自分の体がどんなに壊れそうでも、私は行かなきゃいけないの。…だって、かわいい妹を守るのはお姉さんの役目でしょ?
……違う?』
笑いながら郁未は言う。 そんな彼女を‘咲夜’が止める。
咲夜『郁未さん……危険です。 ここは、私が………』
だが、言い終わらぬうちに‘泉穂’が制す。
泉穂【大丈夫だよ、咲夜。 お姉ちゃんならきっと……今までだってずっと何とかしてきてくれた……だから、今回も……】「泉穂は、本当にこの女性を信頼している」と悟った咲夜は、何も言わずに…いや、言えずに心の中へと入っていった。
郁未『……それじゃ、いっちょ行きますか!!』
“祓いの心棒”を握り、精神を一点集中させる郁未。
郁未『もう疲れたから、ちゃちゃっと片付けてあげるね!!』
その言葉と同時に、濾死は溜めていた“悪気”を解き放った。
濾死《……も…い……し………ね…………!!!!!》
もうまともに話すことも出来なくなっているらしく、何を言おうとしているのか
わからなくなっていた。 「そんな濾死に何も言わない」ことが彼女の優しい所なのかもしれない、何も言わずに精神を集約させた心棒を突き出し、叫ぶ。
郁未『我が精神は“祓いの心棒”を通し、すべてを包む結界となる!!!』と。
直後、‘悪気の固まり’を彼女の放った‘結界’が包み込んだ。
そして、空中で少し経った後……それらは消滅した。
泉穂『す、すごい……お姉ちゃん!』
元陵『うむ。 さすが“祓い巫女”……我が孫よ!!』
二人の声が合図だったのか、それらの後に郁未は駆け出した。
郁未『さよなら……濾死……せめて、安らかに……』
祓いの心棒を振りかぶりながら、飛ぶ。
郁未『……眠って!!!!!』
―― 一閃。
濾死《!? が……ぐぅぁああああっ!!!!!!!!!!!!!!》
郁未によって祓われ、その痛みに苦しむ濾死。
……だが、そんな彼もすぐに宙に消えていった。
郁未『……さよなら………ね。』 ぽつり、と。
かくして、「写真家の男が殺された事件」も「泉穂が鎖にがんじがらめにされていたうわさ」もすべてが終わった。 すべては、‘濾死’と呼ばれた「鬼」の行いだった。
しかしその一方で、謎も残った。
なぜ、濾死は‘神無咲夜’を憎んでいたのなら、‘如月泉穂’…つまり‘神無咲夜’を殺さず、自らの指揮下に置いたのであろうか……という謎が。
――この謎は、誰にもわからない。 濾死本人以外には……。
後日。
時はめぐって、元日。
‘そこ’は、大勢の人でいっぱいだった。
そこには‘巫女’がいた。
気が強いけど、世話好きな。
気立てがよく、穏やかな。
気の強い巫女は、いつも袴の後ろに棒をさしている。
気立てのよい巫女は、いつでも気の強い巫女と一緒にいる。
その二人は、いつでも笑顔。
その二人は、いつでも一緒。
そして、そんな巫女たちのいる場所は………。
式ヶ崎神社というところだそうな。
あとがき。
遂に、終わりました。
(やっぱり)意味不明な作品と化してしまいました。(汗)
でも、出来うる限りの力を入れて書いておりますので、「トライアルのやつ、がんばってるな」とか思っていただけましたら、非常に光栄です。