実は触れられるのは嫌じゃない、もっと触れて欲しい…と、思うけれど、それを口にすることが恥ずかしくて、紡ぎだす言葉は拒絶ばかり。だからといって、触れてくる指先はその動きを止めてはくれず、そうした矛盾を見透かすように這い回る。ゆるやかに、身を委ね、重なる肌の心地良さに浸る。しっかりと、求められている事を確かな行為として全身で受け止める時、鮮やかに愉悦の声、自分の中に眠っていた女性性が開放される歓びを、千尋は既に知ってしまっていた。
汲めども尽きぬ泉のように、貪る、刻印のようにつけていく、赤い印。拒絶の声に一瞬身を放しても、すがるような瞳はむしろその逆で、既にぬけられなくなった深みに、どんどん堕ちていくようで、重なる鼓動。共鳴するリズム。いつしか大きなうねりとなって、あやうく自身すらも見失いそうになる、ひとときさいなまれた。求めても、永遠に満たされないのではという不安は既にない。思いを、返し、そして、果てていく…。
ハクの腕の中で、千尋は確かに、自分の中に、あたたかいものが宿った事を、感じたような気が…していた。
「…すまない」
唐突にあやまるハクに千尋が面食らった。
「その、私は、千尋の体に無理を強いているだろうか…」
歯止めのきかない思いが暴走し、千尋の体を貪り尽くさんとする、自制を失った自分を、ハクはよく知っていた。
「…そうね、そうかも」
露骨にしょんぼりするハクが見たくて、千尋は少し大げさに言ってみる。求められる歓びと、自分の言葉に一喜一憂。そんなハクがたまらなくいとおしくて…。
「ああ、もう、帰らなくちゃ」
さらに意地悪をする。
立ち上がろうとした千尋を見上げる、打ち捨てられた子犬のような目に、千尋はとても弱かった。
「もう?」
「だって夜が明けてしまうから」
闇色から濃紺へ、空は明るくなってゆく。
「千尋、だから私の部屋で、共に…と」
千尋の腕を掴んだハクの腕に力がこもった。
「…おばあちゃんに言われたでしょう?」
まるで母親が幼子をあやすように、千尋が耳元で囁く。再びハクのわずかな自制心がとんだ。
押し倒され組み敷かれた、千尋はまっすぐハクを見つめる。実際、千尋とて帰りたくはなかったのだ。
千尋が瞳を閉じると、さらさらしたハクの髪が、雨のように降ってきて、千尋の頬をくすぐった。
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