DEAR MINE

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 最低の女運・最強の女運



   自分を自制すればするほど、
   おもいは強くなっていく……   
   それが『恋』なら、なおさらだ……




 赤々と燃える小さな火から、立ち上る白い煙をただ”ボーッ”と見ていた。
 真っ白な煙が上に行くほど透明になって行く。
 特に考え事をしているわけじゃなかった。本当にただ”ボーッ”としていた。

「……なに考えてるのー?」
 そんな俺を、隣りで寝ていた女が見つめていた。
 うつぶせでほお杖を突いている。

「考え事してるように見える?」
 俺はタバコの火を消し女の方に向いた。

「あなたってー、面白いしー、一緒に居て楽しいけどー、つかみ所の無い感じー」
「そう?」
「そばに居るのにー、遠い所に居るみたいな感じー」
「ハハハ。すごいたとえだなぁ」
「……本当に人を好きになったこと、無いような感じがするのー」
 俺は意外なことを言われ、拍子抜けした。

「そんなこと無いぜー。今すごく好きな娘(こ)がいるんだ」
「へー、そうなんだー」
「知りたくない?」
「?」
「それは……目の前に居る君。まりちゃんさ」
「えーっ? 信じられなーい!」
「証拠を見せようか?」
「証拠ー?」
 俺は彼女の唇にキスをした。そして、そのままシーツの海に彼女を引きずり込んだ。


   心から好きになった人がいた……。
   側に居るのが辛くて、その人から離れた。
   何も出来なかった。
   笑わすことも、喜ばせることも……
   幸せな思い出の一つも作ってあげられなかった。

   君と同じきれいな黒い髪で、名前も同じだった人を
   本当に好きだったんだ……。





「なーにさっきから、ジロジロ人のことを見てるんだよ! テツ!!」
 そう言われて気が付いた。
 つい見とれていた。あの人の忘れ形見、風茉を。

 風茉の屋敷には、色々な用事でチョクチョク訪れる。
 副社長のメッセンジャーもやれば、一美姫のお供で来る事も。
 本日は両方。
 一姫は咲十子ちゃんに、お菓子の作り方を習いに来ている。(花嫁修業の開始かね?)
 俺は副社長の用件を伝えに風茉の部屋に来ていた。
 一姫を待つ間、風茉をからかってやろうとしたのだが、
 向かいに座る風茉の何気ない動作に見入ってしまったようだ。


「いや、万里さんに似てきたなと思ってサ」
「母さんに?」
「仕草とか、ちょっとした表情とかさ」
「ふーん」
「もし……」
「もし?」
「もしお前が女だったら、思いっきりっ! 抱きしめて頬ずりするのにと、思っていた」
「だー!!! 気色悪いこと言うなー!!」
 風茉は鳥肌が立っていたようだ。
 両の手で体をさすっている。

「いや、ほんと。やっぱり親子だなと。お前は先代よりも万里さんの方に似たんだな」
「母親の方の遺伝子が強く出たんだろう」
「ロマンが無いねぇ。遺伝子ときたかい」
「覚えて無いんだよ。どんな表情でいたとか、どんな仕草をしてたかなんて。
 大体なんでテツが、そんなことを覚えてるんだよ?」
「俺かぁ。それは……お前の母親のファンだったんだよ」
 一瞬躊躇した。

「ファン〜?」
「会った時からサ。お前の母親のファンだったんだ。
 しかしついてないことに、もう男がいた……」
「それが俺の父親なわけね」
「ピンポーン! 正解。初めて会った時、もう『奥方』だったんだよな。残念だったな〜」
「ったく」
「先代が口説いて無くて、違う形で出会っていたら……」
   
   何度ソウ考エタダロウ? クチニハシナカッタガ思ッテハイタハズダ……

「テツ?」
「……お前は生まれてはいない! 俺が押し倒していただろうから!!」
 ついコブシを握り締め、力説してしまった。
「何言ってんだー!!!」
 その後風茉に思いきり殴られたのは言うまでもない。





 もう、十年以上も前の話だ。俺が15か16の時、初めて万里さんと会った。
 多分一目ぼれだったと思う。
 先代(風茉の父親)が仕事の関係上必要で、ADMICALから紹介されスカウトした学芸員だったが、
 万里さんを見初め猛烈にアッタクし、口説き落として和久寺に連れてきた時はもう人妻だった。 

   * アドミカル(ADMICAL)【Association pour le Developpement du Mecenat Industriel et Commercial】
     フランスの企業メセナ協議会(商工業メセナ推進協会)
     1979年フランスに設立された、企業の芸術文化支援を推進する民間の連合組織。
     機関紙の発行、情報提供、顕彰事業(オスカー賞:Les Oscars du Mecenet)、調査研究などを行う。
     91年から活動対象分野を拡げ、文化のみならず環境や教育など社会連帯をも取り扱うようになった。
     約130の企業・関連団体が加盟。                  
                                            〜メセナ用語集より〜


 細身の体。きれいな長い髪。誰もが振り返る美貌。中でも印象的な黒い瞳……。
 思春期真っ只中の俺を魅了するには充分な要素。
 そればかりか、頭脳明晰で仕事も出来る人だった。
 仕事の出来る女性に共通することなのか、海外で育った環境のせいなのか、物事をはっきり言う性格も俺を惹きつけた。
 (和久寺の中では高慢なとか生意気なとか言われて、評判が悪かったらしいいが……)
 そんな性格の万里さんが、バラを愛していて自分で世話をしていたんだゼ。かわいいと思わないか?

 俺が万里さんのことを覚えているのは、彼女に思いを寄せていたばかりでは無く、
 近くで見ていたと言う要素があったからかもしれない。
 彼女は結婚するまでフランスで育ち、日本語が苦手だったため、彼女のために先代は自宅内をフランス語圏にした。
 俺がそこに出入りを許されたのは、教育的一環からだった。

 藤田家は日本有数の企業グループ和久寺家に仕えるため、『それなり』の知識と教養を身につけねばならない家系だ。
 風茉ほどではないものの、『それなり』の教育を俺と鋼十郎は子供の時から受けてきた。
 一般教養・礼儀作法・ダンス・護身術・外国語の取得……。
 万里さんが来て和久寺内にフランス語圏が出来たため、はじめたばかりのフランス語を取得するという意味で
 俺の(正確に言うと俺と鋼十郎は)出入りが許されたんだ。

 美人で頭脳明晰ではっきりした性格。彼女はそれだけじゃなかった。
 自分の夫に対し、「太陽王」というあだ名をつけるほどのユーモアのセンスもある。
 フランス語も聞けば丁寧に教えてくれる人だった。
 そして、将来生まれてくるであろう我が子のため、自分に仕える人々のためにも、
 コミュニケーションが取れるようにと日本語まで勉強していた。 
 それは一生懸命に。人に知られないように努力していた。
 でなければ風茉に対し、あんなにきれいな日本語で話すことが出来たか?
 そんな人を思いやる気持ちの持ち主でもあった万里さんに、
 側で見ていた俺はドンドン惹かれていった……。

 その時の俺は世間で言う高校生ぐらいだったが、大学で学ぶような事を自宅で学習していたと思う。
 しきたりと言うか慣わしというか、大体20歳前後で和久寺のために働きはじめるのが藤田家のやり方だったから、
 普通に学校に行っていては間に合わなかったからだ。
 漠然とは思っていた。俺も20歳になったら和久寺のために働くのだろうと……。  

 そんな俺に、その時の俺に、一体何が出来たと言う?

まだまだ勉強中の発展途上体。男としても、人間としても半人前。力も何もあったもんじゃない。
 大の男と渡り合って生きてきたあの人が、俺を男としてみるわけなく、
 俺が思いを寄せていたなんて思ってもみなかっただろう。

 人妻であり、主の奥方であるあの人に一体何が、
 ただ一般庶民の出と言うだけで、才能も努力も認められず、和久寺の一族から蔑まれていたあの人に、
 第三者の俺が! 一体何が出来たと言うんだ!?




 ただ見ているしかなかった。側で見ているしか……。
 はじめはそれでもよかったんだ。
 風茉や一姫が生まれて、その子守りも楽しかったし、色々やる事もあったから。
 
 しかし彼らが3歳になった時(ちょうど俺らが20歳の時)、正式に側に仕える事が決まった。
 それぞれが風茉か一姫かに、一対一で付かなければいけないと。
 それはその親達にも、一対一で会う機会が増えると言う事を意味していた。

「……九鉄聞いた? 風茉様か一美様に、正式に仕えることになったって?」
「ああ……」
「どちらがどちらについてもかまわないって。僕達で決めていいって」
「……鋼十郎、頼みがある」
「何?」
「……俺が……一姫に付く。万里さんの近くに居るのは辛いから、風茉は嫌だ……」
「……いいよ。僕が風茉様に付くよ」


 鋼十郎はそれ以上何も言わなかった。
 あいつは知ってたんだ。俺がどれだけ万里さんを好きだったか。
 押さえ切れなくなってる若い欲望を持っていたことも……。
 
 万里さんは主の奥方だ。そんなことはわかっていた。
 こんな思いを持つこと事態、ゆるされないことだった!
 違う形で出会いたかった、こんな思いをするならもっと違う形で!  


 やってはいけないと言われれば言われるほど、
 自分を自制すればするほど、
 思いは強くなっていく。   
 
 それが『恋』なら、
 なおさらじゃないのか?
  
 いつか万里さんを傷つけてしまいそうで……
 何も出来ない自分がはがゆくて……
 側にいるのが辛くて、苦しくて……
 離れる事を決心した。

 俺のこの思いは、時間が埋めて行くだろうと思っていた。
 あの時までは。




 ある日万里さんが主張先で事故に遭い亡くなったと知らせが入った。

 人は大事なものが無くなってから、その存在の大きさに気付かされることがある……。

 もう二度と会う事は出来ない? 
 あの人の声を聞くことも、顔を見ることも、思いを伝える事も?
 出来ない?

 こんな思いをまだ持っているたのに、俺は俺は……
 なぜ側から離れたんだ!?
 
 何も出来ないから? 歯がゆいから? 
 いいや! 違う!
 俺が苦しかったのは、
 本当に辛かったのは……

 俺が見返りを求めていたから!

 俺が思う以上に万里さんに思って欲しくて
 俺が見つめる以上に俺を見て欲しくて
 俺が愛する以上に万里さんに愛して欲しくて……
  
 そんな見返りを求めていたから、 
 そんな願いはかなわないと知っていたから、辛かったんじゃないのか!?


 若さゆえの自分勝手さ。度量の無さ……。
 今の俺ならこう言える。

 側にいるだけでよかったんだ。

 たいそうなことなんてしなくていいんだ。
 側にいて話を聞くだけで、笑いかけるだけで……
 くだらない冗談を言ったり、あの人の為にお茶を用意したり……
 そんなことでよかったんだ。

 何かちょっとでもあのひとを喜ばせたり、笑わせたり出来たかもしれない、
 幸せの思い出の一つも作ってあげられたかもしれない。 
 
 見返りを求め辛くなるより、
 俺にも何か出来たかもしれないって後悔の気持ちの方が、
 今は大きい。

 もう、後悔したくない。
 大切に思う人が出来たら側にいてあげようと思う。
 あなたにしてあげられなかった分、側にいてあげようと思う。万里さん……。





 今、大切に思ってる女性(ひと)がいる。
 黒いきれいな髪。大きな瞳。ちょっと気が強い性格……。
 俺はどうやら、この手の女性に弱いみたいでね。

 でもその女性には、長い間思いを寄せてる野郎がいる。
 その野郎が、俺と同じ顔をした男ときた。
 俺にも分があると思うが、彼女はそう見ない。
 俺を身代わりにしようともしない……。

 かわいい外見とはうらはらに、
 10歳と言う年齢を感じさせない心意気。
 かわいいなんて言葉は失礼だな。……なんていい女なんだ。

 彼女はその男に、自分の思いを打ち明ける決心をする。
 その男に会う前に俺にきいた。

「……あたし可愛い?」
 自分がどんな顔をしているのか知らないのか?
 一人前の女性の顔……。恋をしている女性の顔……。
 俺は本当のことを言った。

「綺麗だよ」
 
 俺は彼女を応援する。
 だが、俺は知っている。
 彼女の思いがその男には届かない事を……。
 
 そんな彼女に俺は、
 今の俺は、側で何をしてやれるのだろう……。


 コツ――― 
 
「おかえり」
「……何……九鉄その格好……」
「生まれて初めての告白が成功したって顔じゃないね。鋼十郎にふられた?」

 俺はいつもはしないネクタイをし、弟、鋼十郎が着るようなスーツを着て
 彼女の部屋に行った。弟と同じヘアースタイルにして。
 自分で言うのもなんだがさすが双子、そっくりだぜ。

 ベッドでうつぶせになっていた体を起こすと、彼女の黒い大きな瞳から
 大粒の涙がこぼれていた。

「わき目もふらず追っかけたっ!……あたしのことは好きじゃないから恋人には出来ないって!
 子供だからって言わなかった! あたしが鋼十郎様を好きみたいにあたしを好きじゃないからって!
 だから……いいんだもん!」

 俺は泣き叫ぶ彼女を抱きしめた。
 こんな一途な思いをほおってはおけない。

 彼女の、一姫の悲しい思いを受け止めることは俺には出来る…… 

「鋼十郎って呼んでもいいよ。何年も同じ顔が側にいて、一度も俺を身代わりにしようとしなかったろ。
 俺ならやってるよ。一度くらいいいよ」
「鋼十郎さま……」

   今度は守れるといいね……
 
 そう言ったのは咲十子ちゃんだったな。

 そうだな、大切に思っている人を守っていけるといいよな……。





「……テツ!……テーツ!!」
 風茉に呼ばれ、俺は ”はっ”とした。
「……あっ?」
「さっきから何度も呼んだんだぜ? おまえそろそろ時間じゃないの?」
 
 昔のことに思いをめぐらせていたらしい。
 俺とした事がついついセンチメンタルしちゃったぜ。
 腕時計を見る。確かに一姫のお迎えの時間だ。

「あれ? ホントだ。では、そろそろ行ってみますかー」
「なに”ボーっ”としてたんだよ」
「知りたーい?……でも、もったいなから教えねっ」
「なんだよそれ? ……ああ、ハガネに伝言があるなら聞いておくぜ」

 そう言えばあいつ居なかったな? 寿千代のとこにいるんだっけ?

「よろしく言っておいてよ」
 俺はソファを立ち、ドアに向った。

 大切に思ってる人を守っていきたい。確かにそう思う。
 しかしねー、
 俺が大切にしたいと思う女性(ひと)は、みな男の影があるんだな、これが。
 俺の想いは多難だね。
 女運が悪いのか? ある意味、最低の女運かもな。

 ガチャ!
 
 ドアを開けた時だった、
「なあ、九鉄。一つ聞いてもいいか?」
 風茉が声を掛けてきた。
「何? 坊ちゃん?」
「お前、母さんのこと好きだったの?」

 核心をついた質問だった。こいつはやっぱりあなどれないな。
 
「……お前が咲十子ちゃんを思う程度にはね」
 今度は躊躇しなかった。

「上等じゃん」
 7つと言う年齢を跳ね除け、恋を成就した男の顔だった。
 俺も負けていられない。

「フッ。じゃあ、また。坊ちゃん」

 パタン!

 ドアを閉めて歩き出す。
「大切な女性(ひと)を迎えにいきますか〜」
 一美姫の居る台所に向かう。


 俺の大切に想う女達は、みな男の影があった。
 確かに俺の想いは多難かもしれない。
 しかーし、
 恋は、障害があればあるほど燃えるものだぜ。
 

 俺の女運は最低か?
 いいや。違うね。

 俺の大切にしたいと想った女達は、みんなとびきりのいい女ばかりだ。
 ちょっとやそっとじゃお目にかかれないとびきりのいい女ばかりだ。
 俺の女運は……

 最強だね!!!


 


                        END




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と…とても素敵な九鉄のSSをTOMさんに頂いてしまいました!
勿論九鉄さんは大好きですよ〜vvv

九鉄の万里さんへの想いが強くて切ないです。

そして最後は一美&九鉄ですね。
このカップルは大好きです〜vv
ハッ!!そういえば和美ちゃんも万里さんも黒髪ロングストレートですね!
なるほど!深いです!

双子の会話も本編ではあまりなかったので、なんだかとても萌え萌えしてしまいました(笑)

 

トムさん、どうもありがとうございました〜vv
私、ほんとに得しまくってますvvv

 

++ back ++


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