翠玉の檻
〜Emerald Prison〜
[6]
−夢魔−
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疲れた身体を、ベッドの上に崩し落とす。
手足を投げ出すと、疲れが決して安くないスプリングに向かって沈み込んでいくようだった。
逃げるように舞い戻った地上。
正体も経歴も何もかも、全て知った上で自分を受け入れた者が、
自分に与えた特別研究員という身分は、シュウの思惑通りに彼を酷使し疲労させる。
働く必要などなかった。
権利というものは、実に馬鹿馬鹿しいほどに正直で融通が利かないらしい。
朝のコーヒーを飲みながら確立したような理論達に冠せられた『特許』の2文字は、
請求されれば天文学的な金額に及ぶであろう弁償金など一切差し引かれることなく、
毎月「シュウ=シラカワ」の口座に、それに与えられた価値と同じだけの対価をもたらしてくれる。
雇用者などという、到底似合わない肩書きを敢えて求めたのは、ただ、『研究』というものの力を借りて、
己の感情をはぐらかすためだった。
脳裏を奔る新緑色のイメージ。
それは、ほんのわずかな時間の隙間にさえ滑り込んで来る。
だが、少なくとも『研究』に頭脳を支配されているその瞬間だけは、その緑から逃れられた。
あとは、その上に抱え込んだ、無謀な納期という重りで、
意識を強制的に疲労の海に沈めてしまえばいい。
一瞬の緑。
その後に続く眠りという黒い淵。
『マサキ=アンドー』という名を求めようとする心を殺した。
頑なに殺し続けた。
あの日、湖の傍らの自邸で、彼に対して犯しかけた過ちを、永劫に犯さないために。
狂おしいほどに奪うことを望む自身と。
その清廉さを穢すことを激しく憎悪する自身と。
恐らく決して終わることのない葛藤の狭間で、ギリギリのバランスを保つ為の逃避。
しかし、いかに奇跡と呼ぶにふさわしい叡智を持って生まれたとしても、
『欲望』という名の枷は、凡夫と同じように、彼の身にも課せられている。
”・・・・・・は・・・ぁ・・・っ、ん・・・ッ!”
しなやかに乱れる身体を腕の中に絡め取り、なめらかな肌を楽しむ。
定められた場所を撫でれば、腕の中の無垢の人は、恥じらいも忘れて鳴き声を上げる。
”あぁっ! あ・・・・・・、あぁ・・・・・・、
シュウ・・・、シュウッ!”
縋り付く身体を抱き留め、健康的な両脚の隙間に下肢を割り込ませる。
泣き濡れた顔を静かに見下ろすと、潤んだ瞳は熱い涙をこぼし、切ない声で『シュウ』を求める。
”シュウ・・・・・・、もう・・・・・・、
お願い・・・・・・早く・・・・・・ッ!”
懇願に応えて、抱え上げ押し広げた場所へゆっくりと身を進める。
こすりつけるように押し当てると、腕の中の小さな身体は途端に強ばった。
だが、シュウを迎え入れる場所だけは柔らかく、その先端を何の抵抗もなく受け入れ暖かく包み込む。
眉間で光が弾け、シュウの全身に激しい劣情が走った。
「───────────────っ!!!」
唐突に夢から弾き出された意識は、現実に追い付かない。
拍動が、心房を突き破りそうな勢いで胸を叩く。
不快な冷や汗が、じっとりと身体を湿らせていた。
だがその身の内側は、たぎるような熱に煽られている。
「・・・・・・・・・マサ・・・キ・・・?」
寸前に見た光景が夢であることを。
自らの手で暴いた身体が不在であることを。
確かめるように、名を呼んだ。
「ぅ・・・・・・、あ・・・・・・ぁ・・・・・・・・・っ」
自らが呼んだのにもかかわらず、その愛おしい言霊に、内なる熱が更に火照らされる。
全身を走る愉悦の痺れは、耐え難いほどに甘い。
「・・・は・・・ッ! ぁ・・・あ・・・!」
一人で生活するには無駄が多すぎるほどの、広さを備えたマンション。
衣擦れさえ響き渡るほどの、静寂に満ちた一室。
誰一人、知り得る者のいないその空間で。
「・・・・・・・・・マ・・・サキ・・・・・・ッ」
シュウは、密かに、理性を捨てた。
客分としての扱いを受けるシュウには、研究所での勤務時間などというものは定められていなかった。
好きな時間に研究所へ行き、好きな時間に帰ればいい。
そんな身分であるにもかかわらず、シュウが他の研究員と同じ時間に出勤し、
同じ時間に帰宅するようになったのは、決して周囲に気を遣ってのことではない。
繰り返し見る、禁忌の夢。
夢の中のしなやかな身体への、病的な執着。
定められた時間、という拘束を自らにあてがうことをしなければ、その甘い夢に溺れ、
支配されてしまいそうだった。
「・・・・・・私としたことが、どうやら夢魔に取り憑かれたようですね・・・」
「え? 何ですか?」
不意に明るい声が掛かり、我に返る。
顔を上げると、若いバーテンの顔が目に入ってきた。
ごく稀に訪れる物静かな雰囲気の小さなバー。
そのカウンターで思惑に呑まれていたらしい。
カクテルを差し出してくる、控えめだが朗らかな笑顔に、曖昧な仕草を返して返答を誤魔化した。
「シュウ、最近、よく来ますよね。
あ、よくって言っても、他のお客さんよりはずっと少ないけど」
店内の静かな雰囲気を壊さない穏やかな声で、明るく笑う。
シュウが、名を呼ぶことを許した、地上で唯一の人間であることを、彼は知らない。
自分が、ほんのわずかだが、「安藤正樹」という名の日本人の面影を宿していることも。
「ちょっと疲れてるみたいですけど、大丈夫ですか?」
よくある気遣いの言葉だが、その口調は、不思議と差し出がましさを感じない。
干渉を厭うシュウが受け入れることの出来た、もう一つの理由だった。
控えめな笑顔に、思わず心の緊張が緩む。
・・・・・・いっそ、身代わりに・・・。
いつの間にか、値踏みするように、その首筋に視線を流している己に気付いた。
「・・・そうですね。少し疲れているようです・・・。
今日はもうこれで失礼しますよ」
自らの不埒な思考を振り切るように、シュウは席を立った。
帰路の夜風はひんやりとしていたが、酔いはいつまでも覚めない。
火照る身体の、その熱の理由を探しながら、ゆるゆると気怠い歩みを続ける。
・・・・・・彼の指摘は、正しかったのかも知れない。
シュウがそう思いながら、マンションのエレベータの前に立ったときだった。
「────────────────────っ!?」
限界は突然来た。
膝から力が抜け、意識がまるで拡散していくかのように遠退く。
白くなっていく視界の中で、
「・・・・・・マ・・・サキ・・・・・・」
新緑の色を見たような気がした。
耳をつく、秒針の時を刻む音。
重い瞼をあげる。
薄暗い自室の天井をぼんやりと見つめた。
・・・何が、あったのだったか・・・。
今、自分がこうやってベッドに横たわっていることに、妙な違和感を覚える。
横たわっていることが、おかしなことであるように思える。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
起きあがろうとした肩を、誰かが押し戻す。
ゆっくりと、自分の肩を押す腕を辿り、肩を見て、そして顔を仰ぐ。
「まだ熱があるんだから、寝てろよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・?」
「なんて締まらねえ顔してんだよ?
研究熱心なのは良いけど、自己管理くらいちゃんとしろよな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ったく、重かったんだぜ?
カギに部屋番号のタグつけっぱなしになってなかったら、
そのまま床に放り出して帰るトコだったぜ」
どうやら、自分は随分と都合の良い夢を見ているらしい。
きっと現実の自分は、今頃マンションのエレベータの前で、冷たい床と仲良くしているのだろう。
何という・・・・。
忌々しい夢だろうか?
「・・・・・・貴方は・・・・・・」
「あ?」
「貴方はさぞ楽しいのでしょうね・・・・・・」
「はぁ?」
「こうやって毎晩毎晩、私の心を掻き乱して・・・。
一人で無様に苦悩する私を見ているのは、楽しいことでしょう」
「シュウ? 何、言ってんだよ? 大丈夫か?」
「大丈夫? そんな訳ないでしょう?!
大丈夫ではないから、こんな見苦しい有様なのではないですか!?」
「見苦しいって・・・、そんなみっともないなりには見えねえけど?」
「そうやって、私の想いを弄んで・・・・・・、
貴方のせいで無関係の人間にさえ、私は・・・!」
瞬間、脳裏をよぎった、穏やかで控えめな青年の姿を、強引に抹消する。
だが、先ほどの失態の反芻が招いた屈辱は、思いの外、激しくシュウの内を掻き乱した。
猛り狂う苛立ちに、耳の奥が熱くなる。
目の前の存在に暴力的な衝動を覚え、未だ自分の肩に添えられていた手首を掴んだ。
骨の軋む音が聞こえるほどに、容赦なく。
「い・・・つッ! シュ・・・シュウ!? 何怒ってんだよ!?」
「何? 貴方が一番ご存じでしょう?」
分かり切ったことを知らぬ顔で問い掛ける、その空々しさが憎い。
「何言って・・・ぅわっ!!?」
乱暴に引き寄せ、容赦なく引き倒す。
「ちょ・・・・・・?! シュウッ?!」
ねじ伏せるようにして身を入れ替え、スプリングで弾む身体を力尽くで押し伏せた。
今まで自分が寝ていた場所で、腹立たしい夢魔は、驚愕に瞳を揺らしている。
わずかに恐懼を孕むその眼差しを、さらりと晴れ渡った空を見るようなすがすがしさで見つめ返す。
長い間、煩わされてきた憎むべき事象へ、ようやく報復することが出来る。
凶暴な歓喜が胸を満たす。
「『本物でない貴方』になら・・・・・・、何をしても構わない。
そうでしょう?」
溢れる笑みを抑えることが出来ず、喉の奥で低く嗤う。
返ってきたのは、怒りに尖った刃の瞳。そして、普段よりもぐんと低い怒声。
「シュウ! てめえ、なにゴチャゴチャ言ってやがるッ!
意味が分かんね・・・・・・・・・んんんっ!」
しかし、重い声が含む威嚇に構うことなく、シュウは噛みつくようにその唇を塞いだ。
咄嗟に背けられる細い顎を掴む。
手加減のない力で無理矢理口を割らせ、その内を犯す。
「ふ・・・・・・ッ、んんーっ!」
自らを支配する男の身体を引き剥がそうと、少年の手首が暴れる。
シュウは、それらを苦もなく一纏めに掴み、新緑の髪を越えて押さえ込んだ。
抵抗する術を失った少年の、温かい舌に自らのそれを絡め、貪る。
絡められた舌が、嫌悪し逃れようとするたびに、顎を捉える指に力を込め、従順を強要する。
突然暴虐な行為にさらされ、未熟な少年の身体は細く震え、堅く強ばる。
そんな幼気な心に鞭を打つように、顎を離れた手が乱暴にその身体をまさぐった。
「・・・・・・・・・ッ!」
途端に、掴む腕を振りほどこうと激しく跳ねる手首を、更に堅固に押さえ込む。
必死で抵抗する未成熟な身体を、その長躯で易々と支配し、
シュウは思うままにその身体を強奪した。
「や・・・ッ! シュウ!
いきなり・・・・・・なにしやがる・・・っ!」
叩き付けられる怒声など無視して、剥き出しにした肌に口を付ける。
仰のく首筋を噛み、細い肩や鎖骨を啄み、堅くなっていた胸の尖りを含む。
「は・・・っ! あ・・・、あぁっ!!」
銜えた突起に、歯と舌で執拗な愛撫を加えれば、健全なはずの少年は色に濡れた嬌声をあげた。
「いや・・・だっ! シュウ・・・いや・・・、やめ・・・っ!」
悦びに乱れることにさえ羞恥を覚え、震えながら拒絶を訴える少年の身体は、
しかし、シュウの絶技のもたらす波に逆らうことが出来ない。
否定し、拒否しながらも、シュウの思惑に従順に、自身を昂ぶらせていく。
シュウは、突起への愛撫を怠ることなく、空いた手を、身を起こし始めた少年自身へとのばす。
「・・・・・・・・・ぁっ! ・・・や・・・ぁ・・・っ!」
既に濡れ始めている先端に指先をあてがい、ぐり、と擦るだけで、面白いように少年の身体が跳ねた。
更に仰角を上げたそれを、掌と指で丁寧に包み込む。
少年の身体はびくりと一度大きく震えたあと、ぴたりとその動きを止めた。
「・・・・・・シュ・・・・・・ウ・・・、・・・・・・や・・・・・・」
震える唇から漏れた拒絶に、シュウは口の端だけで笑ってみせる。
「・・・・・・・・・ぁ・・・・・・」
更に言葉を紡ごうとした唇を無視して、シュウは突如の勢いで手の中のものを、乱暴に擦り上げる。
「・・・・・・ひ・・・・・・ぁあっ! い・・・や・・・・・・ぁあっ!」
「嫌ではないでしょう? 毎晩貴方が私にさせていることですよ?」
「いや・・・・・・だっ! やめ・・・、や・・・ぁっ!」
シュウは、耳を傾ける気配など微塵も見せない。
上擦る悲鳴など意に介することなく、熱さを増す少年を荒々しく掻いた。
身に余りすぎるほどの執拗な愛撫は、一瞬も途絶えることなく続く。
愛と言うよりは暴行に近い行為に、少年は、震える胸を性急に上下させ、浅い呼吸を繰り返した。
必死で突き上げる衝動を逃がそうとする少年の姿に、シュウは暴虐な笑みを浮かべる。
刹那。
「や・・・、ダ・・・メ・・・・・・ッ、シュウ・・・っ!!」
濡れ、敏感な先端に爪を立てられ。
痛みすら悦びにすりかえられ。
逃れようもない熱に煽られ。
「も・・・・・・止め・・・ッ! い・・・・・・ッ、あ・・・ああぁっ!
あああぁぁぁッ!!」
悲鳴に誓い嬌声と共に、少年の中の熱が弾ける。
激しい波に呑まれ、抑制という言葉を忘却し、包まれた中に欲動の全てを吐き出した。
「・・・・・・ん・・・、は・・・ぁ・・・・・・っ」
渾身の解放に疲労した身体を、ぐったりと投げ出す。
もはや抵抗もままならないその姿を見留め、シュウは手首を戒める己の手を離した。
その目の前で、少年は、ようやく動くようになった腕を、藻掻くようにして引き寄せた。
露わになった肌を恥じるように、身を折り、自らの肩を抱く。
そんな、慎ましやかな少年を嘲笑うかのように、シュウは、
これ見よがしに、掌にまとわりつく少年の欲を舐め取って見せた。
「・・・・・・・・・・・・・・・っ」
正視に耐えぬ、といった表情で、堅く瞼を閉ざし、咄嗟に顔を背ける。
そんな無垢な少年の様子を見て、シュウは喉の奥で、低く満足げに嗤う。
おもむろに、その身体の上に覆い被さり、羞恥に染まった耳元に唇を寄せた。
「・・・・・・いやらしい身体、ですね」
「・・・・・・・・・・・・っ!」
吐息を送り込むように囁けば、未成熟な身体は、突然の刺激と、その至近距離に驚愕し、びくりと跳ねた。
「こんなにいやらしい身体をしているのですから、
この程度では、満足できないでしょう?」
少年の本能が、その声と言葉が孕む危険さを悟った。
小さな身体が、反射的に跳ね上がる。
だが。
「相変わらず、素直になれない人ですね」
あっさりと押さえ込まれ、組み敷かれる。
強引に割り入ってくる身体は、日に焼けた膝を容赦なく裂いた。
「・・・シュウっ! てめ・・・・・・何する気・・・っ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
押さえ込む手を必死で振りほどこうとしながら、少年は真っ直ぐにシュウを睨み付けてくる。
だが、その攻撃を装った瞳の裏に、ひた隠しに隠している恐怖の気配は、容易に看破できた。
弱みを見せまいとして無駄に強がる姿は、シュウの気分を浮き上がらせる。
今までは自分がさんざん振り回されてきたのだ。
それを、今は自分が逆に支配している。
強がることすらかなわないほどの恐怖に突き落としてやったとき、
この忌々しい夢魔はどんな醜態を自分の前に晒してくれるのか。
「貴方自身が蒔いた種ですよ。
その無思慮な行動が、どういう結果をもたらすのか・・・・・・、
その身でしっかりと味わってごらんなさい」
言うなり。
「・・・・・・・・・・・・っ!」
慣らすこともせず、少年を突く。
「どうです? 自らの過ちの味は?」
少年の大きな瞳は、限界まで見開かれていた。
呼吸すら失った少年の強ばった内側は、きつく硬い。
何の潤滑剤も介さない行為はシュウを拒み、容易にはその侵蝕を許さない。
だが、それに伴う痛みを無視して、シュウは、健康的な太腿を引き寄せ、更に奥へと少年の身体を貫いた。
「・・・・・・ぁ・・・・・・ぁ・・・っ!」
掠れた呻きが、薄く開かれた唇からこぼれ落ちる。
意志とは関係ない、生理的な涙が、青ざめた頬を滑り落ちた。
完全に自らの征服下におさめられた夢魔の姿に、シュウは満足の笑みを漏らす。
「本番は・・・これからですよ」
開かせた脚を肩の上に担ぎ上げ、細い腰を掴む。
「・・・ゃ・・・・・・シュ・・・・・・!」
声すらも失う衝撃の中で、唇を震わせ、消え入りそうなほどに弱々しい声で必死に訴える。
シュウは、微かに口元をほころばせた、清冽な笑みのまま、その声を黙殺した。
「────────────────ッッ!!!!」
少年のわずかな希望を踏みにじり、その華奢な身体を打ち壊すような勢いで。
「や・・・あ・・・ぁ・・・ッ! あぁ・・・うあぁっ! あ・・・ああぁぁっ!」
シュウは、少年を暴行した。
自らの感情を弄んだことへの憎悪と。
弄ばれ、煽られた劣情と。
今まで蓄積してきた全ての激情を、目の前の身体に叩き付ける。
「貴方は、私がこうすることを望んでいたのでしょう?
どうです? これで満足ですか?」
「あああっ!! や・・・やぁ・・・ッ! シュウ・・・っ!
ああああぁぁぁっ!」
シーツを掻き声を枯らして泣き叫ぶ身体と、決して安くないはずのスプリングを、激しく軋ませる。
強引な交合に裂け赤く染まった恥孔を、容赦なく突き上げ、剔る。
傷で濡れ、滑らかさを得た抽挿は、徐々にシュウの脳裏に心地良い痺れをもたらし始めた。
「貴方は・・・、本当に・・・都合の良い代替品です・・・ね・・・」
「・・・・・・ひ・・・ぃぁ・・・っ!!」
壊すほどに激しく突き上げる。
瞬間、激痛にすくんだ少年の内側に強く締め付けられ、シュウはその刺激のままに一度目の精を吐く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
身の内に何も残らないほどの欲を吐き出して、代わりに心地良い脱力感が、身を包んでいる。
シュウはわずかに乱れた呼吸を鎮めながら、組み敷いた身体から自身を退いた。
そっと視線を、少年の顔に向ける。
そこにあるのは、自らの心を占めて已まない、何よりも愛しい人と同じ顔。
敢えて見まいとしていた、愛しい人の顔。
その頬は青ざめ、瞳は涙に濡れていた。
呆然と虚空を見つめる、その姿を見ても、シュウの心は動かない。
如何に、同じ顔であろうとも、目の前の者は虚構でしかないのだ。
あの人自身であったならば、もっと大切に、労り、慈しみ、優しく抱いた。
こぼれる涙は、一粒残らず拭い取ってあげた。
自分の抱く、全ての想いを伝えるほどに、愛して、愛して、愛して・・・。
確かに、胸の内側に凝り、自らを苦しめていたもの全てを、吐き出した。
だが、それ故に、また新たな凝固が胸に重くのし掛かる。
虚構を抱いてしまった虚しさ。
本当に抱き締めたい人は、ここにはいないという虚無感。
「一体・・・貴方はどこまで私を苛立たせるのです・・・?」
せめてもう一度、この身体を痛めつけてやらなければ、気が済まない。
否・・・。
果たして、それで何かが変わるのだろうか?
ただ、虚しさを味わい続けるだけではないのだろうか?
こんな、無意味なことを、いつまでも繰り返すと・・・?
「・・・・・・ぜってぇに・・・許さねえっ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」
不意に聞こえた嗄れた声に、シュウは、少年に視線を走らせる。
シュウの視線を受け止めたのは、怒りに染まった激しい双眸。
その攻撃的な光は、未だ負けを認めていない者のそれだった。
シュウの胸に、一度は治まりかけた憎悪が、ちり、とくすぶる。
「・・・・・・・・・ほう・・・、それで?
私をどうするつもりです?」
「こう・・・してやる・・・っ!」
這いずるように身を起こした少年は、全身が軋むのも構わずシュウに殴りかかった。
だが。
「そのように緩慢な動きでは、蚊も討てませんよ」
明らかにその拳のキレは鈍い。
涼しげに身を翻したシュウは、逆にその身体を突き飛ばす。
「く・・・っ! ち・・・くしょ・・・ッ!」
少年は、なおも身を跳ね起こそうとする。
シュウは、あれほどに痛めつけても尚、屈しようとしない態度に、強い苛立ちを覚えた。
「・・・・・・随分と血の気が有り余っているようですね。
良いでしょう・・・。貴方が私の前に膝を折るまで、付き合って差し上げますよ」
「・・・んだと・・・っ! 誰が・・・てめぇなんかに・・・っ!」
シュウが押し伏せようとのばした手を、少年は荒々しく跳ね退ける。
瞬間、シュウの中で、激情が弾けた。
「私に従いなさい!!」
声を荒らげ、少年の頬を激しく張り飛ばす。
その野蛮な行為に瞠目する少年の後頭部に手を回し、引きちぎりそうな勢いで新緑色の髪を掴む。
髪を引き据えて、無理矢理に上げさせた顔を睨み付ける。
「さぁ、口に出して言ってごらんなさい。私に従うと!」
重い低音で、脅すように強要する。
だが、シュウの暴虐な行為に怯えながらも、少年は首を縦に振らなかった。
瞳に涙をいっぱいに溜め、青ざめて微かに震え、それでもなお、挑むようにシュウを睨み返す。
「・・・殺され・・・たって、言・・・わねぇっ!!!」
「そうですか。言っても無駄ならば・・・、
こうするしかありませんね!」
「・・・ひっ! い・・・ッ! うぁ・・・ああぁっ!!」
「痛いでしょう? 苦しいでしょう? さぁ、言いなさい、
この私に服従すると。そうすれば楽になれるんですよ?」
「あ・・・あぁ・・・っ! う・・・ぅっ! や・・・だっ!
いや・・・・・・ッ、言わね・・・っ!」
「その強情さ・・・・・・後悔させてあげますよ!」
「あああぁああぁぁっ! や・・・ああぁぁっ!
あ・・・うあ・・・ああああぁぁぁ!」
喉が裂けそうなほどの悲鳴さえ黙殺し、シュウは目の前の身体を蹂躙した。
幾度、その身体を犯したのか。
そんなことはもう、分からなかった。
どんなにシュウに責め苛まれても、少年は屈服することなく抗い続けた。
激しい行為に痛めつけられ、耐えきれず意識を失うその時まで。
ぐったりと投げ出された身体は、欲望と血に汚れている。
どれ程に情け容赦のない冒涜を受けたのか、一目で分かる姿だった。
指一本すら動かすことのなくなったその様子を見て、シュウは漸く、暴行を止める。
だが、自らを退くことはせず、繋がり合ったままで、微かな吐息を漏らす顔を見下ろす。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
泣き腫らした瞼。
涙に濡れた頬。
晒された暴力に怯え、青ざめた顔。
裂けるほどに叫び、吐息と共にすきま風のような音を立てる喉。
「私は・・・・・・一体、何をしているのでしょう・・・?」
汗と涙に濡れ、頬に貼り付く髪をそっと指で梳く。
心から愛おしいと想う人と、寸分違わない寝顔。
幼稚な苛立ちに駆られて、暴虐の限りを尽くして、一体その結果、自分は何を得たのか。
「・・・・・・貴方を・・・冒涜するつもりなどありません・・・。
マサキ・・・」
寝顔の向こうに見える、本当に愛おしい人の名を、そっと呼ぶ。
「ですが・・・・・・。ですが、マサキ・・・、私は・・・弱い人間なんです。
ですから・・・、この身体を・・・・・・貴方の代わりにして、良いですか・・・?」
問い掛けても、あるはずのない返事。
当然、シュウの声は、ただ寂しく周囲の空気を震わせるだけだった。
「う・・・・・・ぅ・・・っ!」
胸を締め付ける痛み。
「・・・マサキ・・・、愛して・・・います・・・」
力無く投げ出された四肢をそっと抱き締める。
今までの暴行の欠片など、どこにもない優しさで、シュウは『マサキ』を抱いた。
双肩に、降り落ちてくるような冷気を感じる。
ああ、そうか。マンションのロビーで倒れて・・・。
瞼を閉じたまま、半ば覚醒した脳裏で、シュウは冷気の理由を思い出した。
冷気を感じるほどの時間、ということは、恐らくまだ早朝。しかもかなり早い時間だろう。
他の住人に無様な姿を晒す前に、部屋に戻らなければ・・・。
全身が鈍い疲労感に包まれていて、正直なところ、身動きをするのですら億劫だったが、
ここで、このままにしている訳にはいかない。
シュウは、怠惰な身体を鼓舞して、重い腕を上げた。
あとは、冷たいフロアに手を突いて、身体を起こすだけ。
の、はずだった。
だが、掌に覚えるのは、柔らかいシーツの感触。
「・・・・・・・・・・・・・・・?」
面倒で仕方がなかった。
だが、不可解な状況を確かめるには、目を開けてものを見て、
網膜に得た情報から、ことの経緯を判断しなければならない。
何故、ロビーにいるはずの自分が、ロビーにいないのか。
目を開きさえすれば、全て分かるのだろう。
そして、シュウは瞼を上げる。
「・・・・・・・・・な・・・、・・・・・・あ・・・・・・っ」
そこにあったのは、シュウにとって『その人の、一番見てはいけない姿』だった。
歯が噛み合わない。
がたがたと、不規則な音を立てる。
この場から逃げ去りたくても、軟弱な膝は、使い物にならなかった。
目の前の光景から目を反らしたくても、まるで呪われてしまったかのように、視線を外せない。
死んだように眠る。
その・・・。
「・・・そんな・・・、そんな・・・! 嘘です・・・!
そんなはずが・・・!」
『シュウ』に穢された『マサキ』の姿から逃れる力すら失い、シュウはただ、震え続けるだけだった。
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