瞬刻の久遠
「・・・・・・ふ・・・・・・」
固く閉ざされていた口元から漏れた吐息に、シュウは、微かだが表情を緩める。
しかし、目の前の男は、そんな彼の様子に気付く余裕などない。
シュウの痩身の下で、硬い胸板を上下させる逞しい体躯。
確かに。
始まりは、シュウの魔手によるものだったかもしれない。
だが、いざなわれるままに淫猥な波の中へと身を投げ落としたのは、
他でもないホワン=ヤンロン自身の意志だった。
「流石に・・・抱き心地はよくありませんね」
「・・・・・・気に入らぬなら・・・、已めればいいだろう?」
「途中で已めて困るのは、貴男も一緒ではありませんか?」
「・・・僕は・・・困ることなど・・・ない・・・ッ」
甘さの欠片もない言葉を吐き捨てながら、しかしヤンロンは、シュウの望むままに身体を開く。
その気になれば肋骨の2〜3本など簡単に蹴折りそうな、隆とした脚は抵抗を忘れ、
大人しくシュウの肩の上に預けられていた。
「─────────っ!!」
自らでさえ触れた事のない場所に、シュウの冷たい指が忍び入ってくる。
違和感と、微かだが鋭い痛みに、ヤンロンは、知らず息を呑んだ。
「強気を装っているわりに、こちらは随分と緊張していますね。
・・・・・・怖いのですか?」
上気した顔を覗き込みながら、訊く。
返ってきたのは、刺すような眼差しと頑なな沈黙。
「面白い男性(ひと)ですね、貴男は。見飽きる事がない」
揶揄の言葉に眉を寄せると、ヤンロンは顔を背けた。
シュウは、彼が視線をそらすのを待っていたかのように、空いた手を彼自身へと伸ばす。
薄い手の平と長い指で丁寧に包むように握り込めば、組み敷いた身体が微かに跳ねた。
「・・・体格を裏切らない容姿ですね」
「・・・・・・・・・?」
言葉を向けられた対象を掴み損ねたヤンロンが、訝しむような視線をシュウに向ける。
シュウは喉の奥で低く笑い、ヤンロンに悟らせるように、ゆっくりと掻いた。
「ッ・・・!」
「華奢なマサキでは、壊れてしまいそ・・・」
「あいつと事に及んだことはない!」
最後まで言わせない言葉は、明確な怒気を孕んでいた。
見上げる眼差しにも、剣呑な色が濃い。
「例えば・・・の話ですよ」
「無駄な仮想はするな! あいつを穢すような妄想は許さん」
「マサキの事になると、途端に饒舌になるのですね。
・・・そんなに彼が大切ですか?」
「・・・・・・・・・」
是と言葉にはしなかったが、譲らない眼差しで、ヤンロンはシュウを睨む。
シュウは、自嘲の笑みを零した。
「無粋な話はもうやめましょう。
お互い、今は目の前の相手だけに溺れればいい」
「僕は、貴様になど溺れん」
「どうぞ、ご自由に」
ヤンロンの冷淡な態度への報復か、シュウは唐突にヤンロンの内に押し入る。
「・・・く・・・ぅ・・・ッ!」
歪む顔に唇を寄せ、啄むように口づける。
「力を抜いて下さい。これでは奥まで挿れられません」
「・・・・・・・・・」
口惜しげに睨む。
が、すぐに視線を落とすと、ヤンロンは緊張を緩めた。
シュウは、口元を満足げに形作ると、力強く突き上げる。
「─────────ッ!!」
「良い具合ですよ。随分と情熱的な身体なのですね」
「はッ・・・! ぅ・・・ッ! ・・・・・・ぁ・・・っ!」
雄々しい身体が、シュウの律動に翻弄され撓る。
呼吸すらままならない衝撃の中で、しかし、ヤンロンは、挑むようにシュウに応えた。
「・・・・・・く・・・ッ!
これは・・・油断出来ませんね・・・」
「気に・・・入ったのなら・・・っ、この身体など、
いくらでも好きに・・・させて・・・やるっ! その代わり、今ここで・・・一つだけ誓えッ」
「・・・えぇ。良いでしょう・・・。
貴男の・・・大切なあの人には・・・、指一本触れぬと誓いますよ。
そう・・・、貴男がこうして・・・私を満足させてくれる限りは・・・」
「・・・・・・んッ! ・・・ふ・・・ぁ・・・っ!」
「ですから・・・、貴男はもっと・・・私を籠絡してごらんなさい。
あの人に目を向ける隙すら・・・私に与えないほどに、私を悦ばせてごらんなさい」
「言われるまでも・・・ない・・・っ!」
途端に濃密さを増す腰に、シュウは目を細めた。
自らよりも逞しい身体の輪郭を、整った指先で辿る。
「声を・・・聴かせて下さい」
「・・・・・・・・・・・・・・・ッ」
「貴男の悦びを隠さないで・・・」
「は・・・ぁ・・・、う・・・あ・・・あぁ・・・っ!」
「もっと聴かせて下さい・・・」
思うように鳴らない楽器に焦れるように、シュウは、萎えかけたヤンロン自身を掻く。
「あ・・・あぁ・・・、やめ・・・ん・・・ッ! あぁ・・・っ!」
「ホワン・・・ヤンロン・・・、私の名を呼んで下さい」
「・・・んッ・・・う・・・あ・・・っ! く・・・ぅ・・・!」
「名を・・・」
強請るように、手の中の男性の根元を押さえ込み、解放を阻む。
ヤンロンは、身体の芯を疼かせる熱を持て余し、無意識に潤んだ瞳をシュウへ向けた。
「・・・・・・シュ・・・ウ・・・、んッ・・・あッ!」
「足りません。もっと・・・」
「シュ・・・ウ・・・! あ・・・くッ・・・! シュウ・・・っ!」
「ヤン・・・ロン・・・」
「あ・・・ぁ・・・っ! も・・・、シュウッ! シュウ、放し・・・!」
「どう・・・したい・・・ですか・・・?」
「シュウッ! ・・・あ・・・ぁッ! もう・・・、イ・・・かせろっ!」
「・・・・・・正直な・・・男性(ひと)・・・ですね・・・」
「あ・・・ッ! あ・・・あぁ・・・っ! ああぁぁっ!」
嬉しそうに笑ってみせると、シュウはヤンロンの縛めを解き、一気にその深奥を責め立てた。
何度、胸の内に凝る冷たさを、この男の身体にぶつけただろうか。
しかし。
それでも尚、ひやりとする物は消えない。
見つけられると思った。
「あの人」と同じものを望めば。
熱く、冷たい時間が流れていくだけで。
何も変わらない。
どうしたら、見つけられるのだろうか。
手に入れられるのだろうか。
「あの人」と同じに・・・。
どこかで「叶わないこと」と分かっている、決して手の届くことのない「何か」。
自らを誤魔化しているに過ぎないと分かっているけれど。
今だけは・・・。
刹那に溺れて・・・。
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