ラウラの詩 [3]
どこまでも続く薄暗い森の中を、ヤンロンと二人で歩いていく。
頭の上は、空を覆い隠すように生い茂る青葉のわだかまりばかりだった。
いつもなら圧迫感を感じるはずのその光景が、
ずっとシュウの研究室に閉じこもってた俺には、とても開放的に感じられる。
だけど、そんな開放感に包まれても、俺の気持ちはどこか塞いだままだった。
心と同じように重い足を引きずって、もたもたと歩く。
自分でも知らないうちに、随分体力が落ちていた。
木の根が絡み合う森の中は歩きにくくて、何度もつまずいて転びそうになった。
でも、その度にヤンロンの腕がしっかりと俺を支えてくれた。
俺がほんの少しバランスを崩しただけでも、決して見逃さすに必ず支えてくれた。
いつか、こうやって、迎えに来てくれたヤンロンと一緒にここを出られたらいいな、って。
そう思ってた。
ほとんど諦めてたけど、でも心のホントに僅かなところが、そんな日が来るのをじっと待ってた。
そして・・・。
今日、その願いが、叶った。
なのに、何でだろう?
あんまり心が浮き立たない。
「喜び」とか「嬉しさ」とかを感じるよりも前に、
まず、ヤンロンが横にいるってことに、実感が湧かない。
今、俺がはっきり感じてるのは、ずるずると長く重く引きずるような、シュウへの罪悪感だけ。
心臓の辺りで僅かにチリチリするくらいの、微かなものだったけど。
それでも、そこにそれがあるってことが、俺の気持ちを重くした。
そんな考え事をしていたせいだろう。
俺は、また目の前に剥き出しになっていた木の根に、脚を引っかける。
意識が散漫になってたこともあって、思い切りバランスを崩して前に転びそうになった。
「・・・・・・わ・・・っ」
「マサキ!」
あんまりハデに転びそうになったせいで、
ヤンロンも、今までみたいに横から支えるだけじゃ追い付かなかったらしい。
咄嗟に差し出された両腕の中に倒れ込む。
ヤンロンは、勢いよくぶつかるようにして飛び込んだ俺の身体を、しっかりと抱き留めてくれた。
「大丈夫か? マサキ」
「あ・・・あぁ・・・、ごめん」
「謝ることはない。お前が無事ならそれでいい」
優しく頭を撫でられた。
頭を撫でていた手を肩に移して、両肩を抱くようにしてヤンロンが、俯いている俺の顔を覗き込む。
途端に、何故か息を呑まれた。
その後まるで壊れ物にでも触れるように、そっと頬を包まれた。
ヤンロンの暖かい手が心地よかった。
「顔が真っ青だぞ。何故こんな状態になるまで黙っていた?
僕の前でまで、無理をしなくていいだろう?」
「・・・え? そんなつもりじゃ・・・、その、
全然・・・自分でも気付かなくて・・・。ごめんなさい・・・」
「・・・おかしなヤツだな。謝ることはない」
覗き込むようにして微笑まれる。
その笑顔があんまりにも優しくて、何故か胸の奥が痛くなる。
今までに感じたことのない痛みだった。
痛いけど、全然苦しくない。
そんな痛みを感じるようになって、何だかようやく、ここにヤンロンがいるって実感できてきた。
ここにいて、俺のこと構ってくれてて、俺を心配して優しくしてくれてる。
今目の前でそんなふうにしてくれてる人が、ヤンロンなんだ。
やっと嬉しさみたいなものが胸の奥の方から込み上げてきたとき、ふわっと身体が浮いた。
「・・・・・・・・・え?」
「少し顔色が良くなったようだが、やはり休んだ方がいい」
目の前に、心配そうなヤンロンの顔がある。
肩が当たってるところから、力強い心臓の鼓動が伝わってきた。
自分がヤンロンに抱え上げられたんだと気付いたときには、
ヤンロンはもう側にあった大きな木の根元に腰を下ろしていた。
勿論俺を両腕に抱えたまま・・・。
自然とヤンロンの膝の上に座るような姿勢になる。
「・・・・・・あの、・・・ヤンロン?」
恥ずかしくて、上目遣いにヤンロンの顔を見る。
「気休めかも知れんが、こうした方が、
少しは身体が休まるんじゃないかと思ってな」
ヤンロンはこんなコトしておきながら、当たり前みたいに優しく笑って返してきた。
でも、俺はそんなわけにはいかない。
当然だけど、ヤンロンだけじゃなく、誰かにこんなコトしてもらうのは初めてだった。
自分の体重を全部誰かに預けるなんて・・・。
何だか落ち着かない。早く降りなきゃいけない気持ちになる。
「で・・・でも、ヤンロンが重いだろ・・・?」
「若い娘のようなことを気にするな。お前らしくないぞ?」
ヤンロンはくすくす笑いながら、慌ててヤンロンの膝から降りようとする俺の身体を、
両腕でしっかり抱えて膝の上に戻す。
多分・・・。
ヤンロンは何気なく思った通りに言っただけだ。
でも、「若い娘」という言葉が、俺の胸に、妙に鋭く突き刺さった。
ヤンロンの言う通り、俺は「若い娘」なんかじゃない。
だけど、昨日までの俺は・・・どうだったんだろう?
確かにここ数日のシュウは、
俺に、元に戻ってくれと言ってくるばかりで、俺の身体に触れてくることはしなかった。
俺が口をきかなくなってからも、シュウは何度か俺を抱いた。
それは、俺を元に戻したいと願ってのこともあったし、応えない俺に苛立ってということもあった。
だから「抱く」という目的としては、普通とは違ったかも知れない。
でも、それ以前は・・・。
ヤンロンの目を治してもらう前のシュウは・・・。
明らかに、シュウは俺を、性欲の対象にしてた。
そして俺は、シュウの行為を受け入れてた。
少なくともその間は。
俺は、「若い娘」と同じ立場だったんだ・・・。
「・・・マサ・・・キ・・・?」
ヤンロンが、おそるおそるといった様子で呼びかけてくる。
急に押し黙った俺に驚いたんだろうと思った。
でも・・・違ったらしい。
大きな掌に頬を拭われて、初めて自分が泣いていたことを知った。
「心無い言葉だったな・・・。
すまない・・・、お前を傷付けるつもりはなかった・・・」
ショックだった。自分がヤンロンの言葉で、泣くなんて。
俺、今きっと、ヤンロンを傷付けちまったんだろうな・・・。
・・・いや、今だけじゃない。
シュウの研究室に迎えに来てくれてから、俺はきっとずっとこんな風に、
気付かない内にヤンロンを傷付けてたんだ・・・。
「泣くつもりなんか・・・・・・、その・・・ヤンロン、ごめ・・・」
言いかけた途端、ヤンロンが黙って自分の口に人差し指を当てた。
哀しそうに、寂しそうに笑う。
「・・・・・・なに・・・?」
「謝罪の言葉も、聞きたくない」
「え? ・・・で・・・でも・・・・・・」
「お前が謝罪する必要などない。
お前は何も悪いことなどしていないんだからな」
静かに諭すようにそう言って、ヤンロンはもう一度俺の頬に触れた。
何でヤンロンは、謝るな、なんて言うんだろう?
悪いのは、明らかに俺の方なのに・・・。
「マサキ? 何を考えている?」
「俺・・・ヤンロンに悪いこと、しちまった。だから・・・謝りたい」
「・・・さっきも言っただろう? お前は何も悪くない」
「俺は、何度も・・・さっきから何度もヤンロンを傷付けてるんだろ?
なのに・・・俺が悪くないはずねぇ・・・」
「僕の傷など、僕がお前に背負わせた傷に比べたら、些細なものだ。
それに僕はお前に傷付けられてなどいない。・・・お前に負わせた傷の深さを・・・、
思い知っているだけだ」
「・・・・・・ヤンロンは、俺を傷付けてなんていないぜ?」
「それは違う。僕は・・・・・・いや、この話は後にしよう。
今は休め。少し眠るといい」
「眠くなんてねぇよ。
それに・・・こんなんで寝たらヤンロンが困るだろ?」
「僕なら平気だ。本当に重くなどないから、お前は気を遣うな」
「でも・・・」
言いかけた俺の声は、ヤンロンに抱き寄せられたせいで、その胸の中でくぐもる。
「本当に・・・なんて軽くなってしまったんだ、マサキ・・・」
今にも泣きそうな声で低く囁かれたら、これ以上何も言えなくなってしまった。
大切に・・・本当に大切そうに抱き締めてくれているヤンロンの腕の中は暖かくて、
そんなはずはないんだけど、ヤンロンのプラーナが流れ込んできているような気がした。
まるで俺がここにいるのを確かめるように、丁寧に肩や背中を撫でていた手が、
そっと頭を胸の中に抱き寄せる。
「さっきは・・・・・・、シュウのもとに残るとでも、言い出すかと思ったぞ。
あまり気を揉ませるな」
静かな、穏やかな声が聞こえた。
きっとあの時も、俺はヤンロンを傷付けたんだろうな。
でも謝って、また哀しそうにされるのは嫌だったから、ただ一つ頷くだけにした。
ほんの少しの沈黙の後、聞こえるか聞こえないかの、さっきよりももっと小さな、
呟くような声が聞こえた。
「・・・・・・すまない・・・もう少し、
明るい顔をさせてやれると思ったんだが・・・」
自分自身を責めるようなその言葉にどんなふうに応えたらいいのか分からなくて、
俺は聞こえなかったふりをして黙って俯いていた。
短い会話が途切れたその後も、ヤンロンはずっと俺の肩や頭を撫でていてくれた。
その手の暖かさが心地よくて、何だか俺の全ての緊張が解けていくような感じがした。
あれからどれくらい経っただろう?
随分経ったような気がするんだけど、ヤンロンは動く様子がない。
もしかしてヤンロン、ここから離れたくないのかな?
って、そんな訳ないか。
でも、そんな馬鹿なことを考えてしまうくらい、ヤンロンはずっと俺を膝の上に抱いている。
頭の上をたくさんの枝と葉に覆われているせいもあってか、周りが少し薄暗くなってきていた。
多分日が暮れるにはまだ時間があるんだろうけど。
でも、それほどに長い時間を、俺はヤンロンの膝の上で過ごした。
本当に、ヤンロンはこれからどうするつもりなんだろう?
さすがに気になってきた。
ヤンロンの胸に埋もれるほど委ねきっていた身体を、少しだけ起こしてヤンロンの顔を仰いだ。
そこで、ようやく異変に気付く。
「・・・・・・え・・・? ヤンロン・・・?」
そこに、ヤンロンはいなかった。
いつの間にか、俺は一人きりで木の根元にうずくまっていた。
俺、いつの間にか眠っちまって、ヤンロンがどこかに行ったのに気付かなかったのかな?
それにしたって黙っていっちまうなんて、ひどいんじゃないか?
きっとヤンロンは、俺を起こさないように気を遣ってくれたんだろうけど。
でも・・・あれ?
何か・・・。
変・・・だよな?
いつの間にか、周りが真っ暗になってる?
・・・・・・ヤンロン?
どこまで行っちまったんだ?
早く戻ってきてくれよ。
・・・ヤンロン・・・。
もしかして、俺・・・ヤンロンとはぐれちまったのか?
何だろう?
よくは・・・分からないけど・・・。
きっとこのまま待ってたんじゃいけない。
ヤンロンを捜さなきゃ。
そう思って、踏み出したときだった。
いきなり後ろから腕を掴まれた。
「・・・行かないで下さい、マサキ」
て・・・、え? シュウ?
「私を一人にするんですか、マサキ!?」
強い口調で咎められて、骨が軋むほどすごい力で掴まれた。
言葉に出来ない危機感を感じて、俺はシュウの腕を振りほどこうとした。
「シュウ、放せよ・・・ッ!」
だけど、シュウの手は放してくれずに、余計にすごい力で掴み返してくる。
「マサキ・・・、どうして貴方は私を拒むのですか!?
貴方にとって、私はそんなに不都合な存在なんですか!?」
更にもう一方の腕が、縋り付くように俺に掴みかかってきた。
「や・・・やめろっ!」
何だか恐ろしくて、俺は咄嗟にその手を払った。
「・・・マサキ・・・ッ!!」
シュウが、悲鳴のような泣き声のような、なんて言ったらいいか分からない、悲痛な声を上げた。
次の瞬間、俺の目の前に、もう二度と見たくない赤の、本当に寒気のするほどに赤い色の靄が散る。
「シュウ!」
シュウの腕にある、黒い、蛇の巻き付いたような呪いの証。
そこがざっくりと裂けて、傷口から鮮血が飛び散った。
「シュウッ!! バカ野郎、何やってる! 早く放せ! 死んじまうぞ!」
「嫌です・・・!! 放したら貴方は行ってしまうのでしょう!?
私を一人を闇に残して、貴方だけ明るい世界へ行ってしまうのでしょう?!
約束して下さい、マサキ! 本当にどこにも行かないと、私を一人にしないと、
そう約束して下さい!!」
「ガキみてぇな駄々こねてんじゃねぇ! とにかく放せッ!」
「私が望んでいることは決して多くないのに・・・、
何故応えてくれないんですか?! ただ一つしか、ただ一人貴方しか望んでいないというのに、
何故、それさえも叶えられないんですか!?」
「シュウッ! そんな話は後だ! 早く・・・」
「どうして分かってくれないんですか、マサキ!?
貴方がいなくては・・・貴方が側にいてくれなくては、私は生きていけないというのに・・・。
貴方に拒まれるたびに、
こんなに心が引き裂かれるほどの痛みに苦しめられているというのに・・・っ!!」
「だから!! そんなこと言ってる場合じゃねぇだろうがッ!!」
「嫌です! マサキ・・・ッ! マサキ!」
シュウは子供みたいに泣きじゃくりながら、狂ったように俺にしがみついてくる。
俺は必死でシュウを引き剥がそうとするけど、シュウの血でぬめって、まともに押し返せない。
そうこうしてる間に、シュウの腕の出血はどんどんひどくなっていく。
ただでさえ低い体温がゾッとするほど冷たくなっていて、顔も紙みたいに白くなっていた。
でも、そんなになってても、シュウは俺を放そうとしない。
それどころか、しがみつく力はどんどん強くなってくる。
変・・・だよ。
シュウ、お前、変だよ!
ホントにシュウなのかよ?!
お前、誰なんだよ?!
怖い。
嫌だ。怖い。
放せ・・・。
放せ。
放せ!!
ヤンロン・・・!
どこ行っちまったんだよ!
ヤンロン! 助けに来てくれよ!
でないときっと俺、こいつに殺されちまう!
ヤンロン!
助けて・・・、助けてくれよ!
怖いよ!
ヤンロン!
何で俺一人残して、いつもいつもいつも・・・ッ!
ヤンロンのバカ野郎!
お願いだから、早く助けに来てくれよ!
ヤンロン!
ヤンロン!
「マサキッ!!」
首がガクン、となるほど揺さぶられた。
ハッとして、前を見たらヤンロンがいた。
顔を見た瞬間気が緩んで。
「バカ野郎! バカ野郎! バカ野郎! 何で放すんだよ!
何で俺一人残して、どっか行っちまうんだよ!」
気が付いたら殴りかかってた。
「怖かった・・・ッ! 怖かったんだからな!
一人で、すごく・・・、すごくすごくすごく怖かったんだからな!」
無茶苦茶に拳を振り回して、ヤンロンの分厚い胸を何度も何度も叩いた。
でも、あっという間に腕を掴まれて引き寄せられて、あっという間に胸の中に抱え込まれてしまった。
強く、でも痛くない強さで、しっかり抱き締められた。
「すまなかった、マサキ。僕が悪かった」
ヤンロンが静かに、俺を宥めるみたいに謝る。
声がヤンロンの胸郭を震わせる。
その振動が、押し当てた頬に伝わってきた。
あぁ。
俺、今すごく安全なところにいるんだな。
絶対に傷付けられたり、苦しめられたりしない、本当に本当に安全なところに。
安心感が心の中に満ちてきて、歯がカタカタ鳴るくらいの震えがだんだん治まっていった。
そのときになってやっと、周りの風景が、ヤンロンの膝に抱えられていたときから、
何も変わっていないことに気付いた。
「・・・・・・あ・・・あれ?」
「どうした?」
「もしかして・・・俺・・・、寝てた・・・のか?」
ヤンロンは何も答えない代わりに、優しい笑顔のままで寝乱れた俺の髪を直してくれた。
俺・・・寝ぼけて、ヤンロンに殴りかかったり泣き付いたりしちまった?
冷静になってくるのと同時に、恥ずかしさが増してくる。
「あの・・・殴って・・・・・・ごめん・・・」
「謝らなくていい。僕がお前を怖い目に遭わせたんだろう?」
「本当のヤンロンじゃねぇ・・・、夢の中のヤンロンだから・・・」
「それでも僕だということには変わりがない」
ヤンロンが言ってる意味が分からなくて、顔を見上げようとしたら、
また大事そうに腕の中にしまい込まれた。
「お前と同じ夢が見られたらいいのにな」
「・・・・・・へ・・・?」
「もしそうなれば、お前の側から絶対に離れずに護ってやれる」
「ヤ・・・ヤンロン・・ッ?」
「何だ? 嫌なのか?」
覗き込んできたのは、悪戯っぽい笑顔だった。
俺も・・・嫌じゃないって・・・、そうして欲しいって思ってるのを分かってる顔だ。
顔が熱くなる。
きっとタコみたいに赤い顔なんだろうと思うと余計に恥ずかしくて、
ヤンロンから顔が見えないように一生懸命うつむいた。
なのに、ヤンロンの大きな手が両方から俺の頬を包んで、俺の顔を優しく上げさせた。
正面に待っていたのは、さっきまでの笑顔じゃない。
優しくはあったけど、とても真剣な顔だった。
「・・・ヤン・・・ロン・・・?」
「マサキ・・・お前に、言っておかなければならないことがある」
「・・・・・・え?」
言っておかなければならないこと・・・?
もしかして、王都の皆の話だろうか?
ドキッとした。
背中に冷たいものを感じる。
これから先のことを考えたら、急に胸の奥も冷えた。
今回のことがあったからだろう。
ヤンロンはきっとこれからも、今そうしてるみたいに優しくしてくれる。
だけど・・・、他の皆は・・・?
ヤンロンとは逆に、勝手にサイバスターを降りた俺のことを、無責任だって怒ってるはずだ。
皆だけじゃない。きっとサイバスターだって・・・。
「どうした?」
「・・・・・・・・・・・・」
「何故そんな泣きそうな顔をする?」
「・・・大丈夫だ・・・。覚悟は出来てるから・・・」
「覚悟?」
「皆・・・怒ってるよな・・・」
ヤンロンから返ってきたのは「きょとん」としか言いようのない顔だった。
でも、すぐに優しい顔に戻って、俺の頭を撫でてくれる。
「全然違う話だ。僕と、お前にしか関係のない・・・な」
「俺とヤンロンにしか関係ない話?」
「ああ、そうだ」
ヤンロンは、とても明るく、優しく笑っていた。
「愛している、マサキ」
・・・・・・え?
何・・・だよ? 今の・・・って?
頭の中が真っ白になってる。
何が起きたのか、分からなくて。
何が起きてるのか、分からなくて。
俺の唇に、同じ柔らかさのものが触れていた。
すごく優しく。
羽根でくすぐられるみたいに。
それはすぐに離れていってしまったけど、俺の心の中にはたくさんのものが残った。
喜びとか、幸せな気持ちとか。
「また泣かせてしまったな」
ヤンロンが苦笑している。
「ヤン・・・ロン・・・、あの・・・ありがと・・・」
目の前の笑顔が、優しくて暖かいものに変わる。
暖かい腕に抱き寄せられて、暖かい胸の中にしまい込まれる。
よかった。
もう終わったんだ。
あんなに苦しかったことが、辛かったことが、何もかも。
よかった。
本当に。
本当に、よかった。
安心して、ホントに安心できて、ずっと堅く凍らせてた気持ちが一気に溶けて崩れた。
気を張って押さえてた今までの恐怖とか不安とかが、一気に押し寄せてきた。
震えが止まらなくなって、涙も止まらなくなって、
ヤンロンの服がびしょびしょになるんじゃないか、っていうくらい泣いた。
俺の中の泣きたいこと全てを吐き出すみたいに、泣いて泣いて泣いた。
その間、ヤンロンはずっと何も言わずに、俺を抱き締めて、頭や背中を撫でてくれた。
俺、もう我慢しなくていいんだよな?
もう辛いことなんてないんだよな?
ずっとヤンロンが側にいてくれて、もう二度と、一人で取り残されたりなんてしないんだよな?
嬉しくて、嬉しくて、胸の奥がすごく暖かい。
ヤンロンの優しさに包まれたまま、俺はその暖かさに、もう一度意識を溶かした。
:::::: FINE ::::::
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