Sonnet de clown
突然の闖入者。
本来ならば、それはとても傍迷惑な存在だが。
それが、攫ってでもここへ連れてきたいと願っていた人ならば、話は違ってくる。
小さな身体をすらりと立てて、真っ直ぐに見つめてくるひたむきな眼差し。
そこに常にあるはずの敵意が、今日に限って、ないことに気付き、内心がさざめいた。
手を伸ばせばすぐに届くところに、愛しい人がいる。
今すぐにでもその腕を掴んで引き寄せて、この胸の中に抱き締めてしまいたい。
「何か・・・?」
突き上げる衝動に渇いた喉で、辛うじて問い掛ける。
返ってきたのは、思い詰めた眼差しと・・・・。
「ヤンロンを助けて欲しい」
とても不快な言葉。
鳩尾に昇る熱に眉をひそめる私の様子などには気付くこともなく、マサキは言葉を続けた。
「俺のせいで、ヤンロンの目が見えなくなっちまった。
イブンばあさんに看てもらったら、傷が酷いし、高度な呪いが掛かってるから、
ばあさんでも治せないって言われて・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「でも、お前くらいの医学技術と呪術知識を持ってれば、
治せるだろうって・・・」
「それでここへ?」
努めて平静を装って、翠玉を見つめ返す。
普段のマサキならば、私の目に危険な気配が閃いていることに気付いただろう。
だが、マサキは気付かなかった。
今にも泣き出しそうな顔で、小さく頷いて見せただけ。
あの驚嘆すべき動物的な第六感さえも鈍るほど、貴方は取り乱していると言うことですか・・・。
それほどに、彼が大切だと・・・?
「彼を愛してるのですか?」
「・・・・・・・え?」
「あぁ、貴方に『愛』の自覚があるはずはないですね。
では、こう言い換えましょう。貴方は、貴方を愛している私よりも、
愛されているかも判らない彼を選ぶのですか? これでいかがです、マサキ?」
「あ・・・・・・・」
言われて初めて、私が幾度となく伝えてきた言葉に思い当たったらしい。
自分の過失に狼狽え、私から視線を外す。
こちらから主張しなければ、思い出してももらえない。
その程度にしか想われていない。そういうことですか?
「どうなんです、マサキ?」
「あ・・・ッ、あいつの気持ちなんて関係ねぇだろ!
あいつがああなったのが俺の責任だからだ!」
否定は、すなわち肯定の裏返し。
私はこんなに貴方を愛しているのに。
彼は一度として、貴方に愛を伝えたことなど無いのに。
貴方は彼を選ぶ。
そんなふうに、私に見せつけて・・・・・・。
「・・・・・・いいでしょう。
彼の目は、私が必ず治して差し上げます」
「ほ・・・ホントか! すまねぇ、恩に着るぜ、シュウ!」
そんなに無邪気な笑顔で喜んで。
マサキ・・・、貴方という人は、本当に忌々しい人ですね。
「ただし、貴方次第ですがね・・・」
「何・・・どういうことだっ!」
「貴方の想いの深さ・・・」
私がどれほど貴方を想っているか。
「確かめさせて頂きますよ、マサキ」
それを理解せず、たった一人でこんなところへ来る貴方がいけないのですよ。
腕を掴み、壁に向かって振り向かせる。
小さな身体を、有無を言わさず壁に押しつけた。
「え? シュウ? やっ! 何す・・・・・・!」
怯える声など無視して、逃げ道を塞ぐように背後から押さえ付ける。
「シュウッ! 何を・・・ッ!」
「これが彼を治療する交換条件ですよ。彼の目を治したいのでしょう?
その想いが本気ならば、このくらい何ともないのではないですか?」
「・・・や・・・ッ! シュウ! ・・・何する気・・・ッ!」
「『何』? ご存じないはずがないでしょう?」
ジーンズを膝まで引き下ろして、剥き出しにした双丘。
その引き締まった谷間に指を滑らせる。
「や・・・! 変態ッ! なんてトコ触ってんだよっ!」
「おや、彼は違うのですか?」
「何ワケの分かんねぇこと・・・!」
それ以上答えることはしなかった。
代わりに指先で、緊張に固く窄まる恥孔をなぞる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!?」
途端に肩を強ばらせたマサキを無視して、ゆっくりと指先を押し込む。
「いッ・・・! シュウッ! やめ・・・何・・・ッ!?」
「力を抜いて下さい、マサキ。これでは挿れられません」
「・・・え・・・? 何を・・・?」
身体の芯の疼きは、限界に達していた。
もはや、会話すら煩わしい。
「あらかじめ、警告はしましたよ」
性急に前をくつろげて。
ただ一言、予告にもならない言葉を言い置いて。
そして、昂ぶりを突き入れた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!!」
マサキの息が詰まった気配がした。
全身が震え出す。
「・・・あ・・・ッ! あ・・・・・・あッ!!!」
硬直した身体が震えるたび、微かな泣き声が絞り出されるようにこぼれた。
愛おしい人の中で、きつく、強く締め付けられる。
それだけで、悦びのあまり、達してしまいそうになる。
白くはじけそうになる脳裏を堅持し、小さな身体を抱きすくめ、更に奥へと繋がった。
「やぁッ!! シュ・・・痛・・・ッ! やめ・・・ッ!!
シュウッ!」
腕の中でのたうつ身体を抱き締めて押さえ込み、ゆっくりと身を進めて深奥まで収める。
そのままおもむろに突き上げた。
「・・・・・・ひ・・・ぁ・・・ッ!!」
腕の中の身体が仰け反る。
肩口に押しつけられた新緑の色をした髪に口を寄せ、耳朶を噛む様に囁く。
「動きますよ、いいですね?」
「・・・え・・・? シュウ・・・、何? 待っ・・・!!」
怯える声を無視して、情交を始める。
「やぁ・・・ッ! シュウッ! 痛い・・・! 嫌だ!
痛い・・・ッ、シュウッ! やめ・・・ろ・・・ッ! 痛いッ!」
私に揺さぶられる小さな身体。
抱き締めても、抱き締めても、まだ足りないくらい愛おしい人。
結び合った場所からお互いが一つに解け合っていくような錯覚の中、
その最深部へと情事の証を注ぎ込んだ。
ほぼ同時に腕の中のマサキが弛緩する。
抱き、支え上げて、その顔を覗き込むと、青ざめた頬を涙に濡らして、意識を手放していた。
失神するほどに好かったのかと、前を調べるが、そこには兆した気配すらなかった。
「・・・・・・私相手では、感じもしてくれないのですか・・・」
確かに、優しくはなかったですね。否、そんな余裕がありませんでした。
愛おしさのあまり、貴方の悦びにまで想いを割けなかった。
しかし、もし相手が、彼──ホワン=ヤンロンであったなら、貴方は・・・・・・。
手に入れた喜びが無い、と言えば嘘になる。
だが、それ以上に胸に去来する、この虚しさは、一体何なのか。
そっと身体を退いた。
私がいなくなると同時に、受け止めきれなかったものが、マサキの内股を汚す。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!?」
溢れた自らの欲望の色を見て、更に、退いたばかりの己を確かめて、
それが見間違いでないことを知る。
マサキは、処女のように血で汚れていた。
同じ想いを抱く者ならば、その些細な言動から相手を感情を量ることは容易だ。
見る限り、ホワン=ヤンロンの、マサキ=アンドーへ向けられた感情は、
私と同じ種類のものだった。
マサキに対して、言葉にすることはなかっただろう。それはマサキを見ていれば、判る。
しかし、彼がマサキを愛していることは、間違いなかった。
不必要なほどに構い、叱り、すぐに手の届く距離からその無鉄砲を見守り・・・。
なのに・・・。
あれだけ近い距離にいたというのに。
マサキは・・・、まだ「男」を知らなかった・・・。
「抱けるものを、抱かなかったと・・・?
それほどに愛している、と・・・?」
何故、あなた方はそうまでして、私の想いがあなた方に遠く及ばないことを突きつけるのですか?
私とて、これほどに想いに苦しめられているというのに・・・。
まだ、足りないのですか?
どうしてそこまで私を責めるのですか?
好きだというだけでは、いけないのですか?
ただ一途に想い続けるだけでは、駄目だというのですか?
これ以上、私に、どうしろと言うんです・・・?
どうしようもない。
この上更に何をすればいいかなど、もう私には分からない。
全て手に入らないのならば、一部だけでも手に入れれば、もうそれでいい。
ホワン=ヤンロン。
貴男がいけないのですよ。
私に勝ったりするから。
私よりもマサキを愛していたりするから。
だからマサキが、こんな酷い目に遭うんです。
拒絶を叫ぶ声は、全て無視した。
慣らしもせずに無理矢理交わる。
傷が酷くなれば、魔法で癒し、弱って意識を失えば、薬で強引に体力を回復させる。
汚れを知らなかった身体を、思うさま曝き、犯し、蹂躙した。
3日もの間、一度もこの腕から放すことなく。
その間、マサキはただ痛みに苦しむだけだった。
一度として悦びを表すことなく、泣き叫び、声を嗄らすだけだった。
しかし・・・。
3日目の朝。
唐突なほど突然に、マサキは、私と共に上り詰めた。
「は・・・ぁ・・・、・・・う・・・ッ?」
「ようやく悦んで下さいましたね、マサキ?」
「・・・え・・・?」
自らがした行為にも怯えるように、マサキはおそるおそる自分の下肢を確かめた。
「・・・あ・・・、そんな・・・俺・・・ッ」
「果てる貴方の顔は、とても綺麗でしたよ」
言葉で嬲るためではなく、愛おしさを伝えるために優しく囁く。
ようやくマサキから身体を離し、私の情欲に汚れた身体を、上掛けでそっと包む。
「あ・・・、う・・・ッ、うぅ・・・・・・ッ」
「すみませんでした、マサキ。
ですが、これも全て、貴方が愛しくてしたことなんです。分かってくれますね?」
マサキは、私の言葉に答えることなく、頭まで上掛けにくるまり、
うずくまるようにして震えている。
そんなマサキを宥めるように、そっと背中を撫でた。
「マサキ、少し休んで下さい。
その後、彼をここへ呼んで、目の治療を・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ」
「・・・・・・マサキ?」
小刻みに震えていた身体が、一度びくん、と大きく跳ねた後、突然弛緩した。
どこかただならない気配を感じて、咄嗟に上掛けを剥ぐ。
ぐったりと身を投げ出して、険しい表情で瞑目するその口元に、赤い糸が見える。
「・・・マサキ・・・? ・・・マサキ!
貴方、まさか舌を・・・ッ!?」
強引に口を開かせた途端、おびただしい鮮血が溢れ出た。
その赤さが、初めてマサキを犯した時の赤と重なって見えた。
自らの罪の色。
自分がしたマサキへの仕打ちの残酷さを突きつけられたような気がした。
そんな動揺の中に辛うじて残った理性で、手早く血を掻き出し、
深く裂けた傷を何とか治癒魔法で塞ぐ。
しかし、自分の血液にむせ返っていたマサキの、咳き込む音が静まると、
急に苛立ちが募り始める。
「貴方にとって、私に抱かれることは、
それほどに嫌悪すべきことなんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「私がまだ冷静なうちに答えなさい。マサキ」
「・・・・・・・・・・・・・ッ」
「・・・いいでしょう。これ以上は聞かずにおいてあげますよ。
浴室はそちらにありますから、身なりを整えたら、帰って頂けますか?」
「・・・・・・え・・・? シュウ・・・、ヤンロンの・・・ッ」
「残念ながら、ホワン=ヤンロンの目の件は、お引き受けしかねます。
当然でしょう? ここまで私を侮辱した人間は、貴方以外にはいませんよ」
「・・・ちが・・・ッ!! ・・・・・・ぁ・・・ッ!!」
飛び起きようとしたマサキは、しかし低く呻くと、再びベッドに倒れ込んだ。
おそらくは、無理に動かしたせいで、私に軋まされた全身に痛みが走ったのだろう。
愛らしい顔を苦悶にゆがめながらも言い募る。
「・・・自分が・・・イヤ・・・だったんだ・・・ッ」
「貴方の言う自分とはつまり、『シュウ=シラカワなどに抱かれて、
悦んでしまった自分』でしょう?」
「違うッ・・・! シュウが・・・イヤなんじゃないっ!」
「いい加減になさい。何も違いませんよ。
どう言い繕ったところで、貴方が私を嫌悪したことに変わりはありません」
突き放す。
もう、言葉も交わしたくない。
私はマサキに背を向けた。
「待ってくれ、シュウ! 俺・・・俺、シュウのこと好きになる!
ヤンロンよりシュウを選ぶから! だから!」
切羽詰まって叫ばれた言葉は、かつて無いほどに私を激昂させ、
あと少しでマサキを呪殺させるところだった。
「面白いことを言いますね、マサキ。
ホワン=ヤンロンのために私を選ぶ貴方が、
ホワン=ヤンロンよりも私のことを愛せるようになるとでも?」
「・・・・・・なる、よ・・・ッ! なってやるよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
自らを偽ることすら厭わないほどに、貴方は彼を想っているのですね。
貴方までが、私に勝ち目がないと、そう思い知らせてくれるとは。
マサキ・・・、貴方はどこまで私を惨めな気持ちにさせるんですか?
「・・・・・・分かりました」
えぇ、いいでしょう。負けを認めてあげますよ。
「そこまで言うのなら、ホワン=ヤンロンの目の治療、
引き受けましょう」
「・・・・・・シュウ・・・ッ!」
どこまでも落ちぶれた、負け犬に成り下がりましょう。
「喜ぶのはまだ早いですよ、マサキ?
貴方にはまだ、交換条件をのんで頂かなければいけないんですから」
「・・・・・・ま・・・、まだ何があるのかよ・・・ッ?」
貴方を手に入れるためならば、恥も誇りも何もかも捨てて、
どんな手段でも用いる負け犬に、ね・・・。
「まず、ホワン=ヤンロンへは、
貴方の口から別れを告げて頂きます」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
「彼の目を治すためです。出来ないことはないでしょう?」
「・・・・・・あ、あぁ。分かった・・・」
「結構です」
弱みにつけ込むことも、もうためらわない。
「それから、私の許可無くして、
この研究室から出ることはしないで下さい」
「え・・・!?」
「なに、生活に支障はきたしませんよ。
バス、トイレ、キッチンは完備していますし、生活に必要なものは私が買いそろえてきましょう。
まぁ、サイバスターからは降りて頂くことになりますがね」
「・・・・・・なッ! シュウ、そんな・・・ッ!」
「ほう・・・、出来ないとでも?」
「何で・・・!? 何で、そんなひどいこと言うんだよ!!」
「貴方に発言権はありませんよ。あるのは選択権だけです。
ホワン=ヤンロンのために条件を呑むか、それとも彼を見捨てるか、
どちらにするんですか?」
「・・・・・・シュウ・・・」
今更、そんな儚げに泣いて見せても遅いですよ、マサキ。
私はもう、あなた方に対して、負けを認めてしまったんですから。
「さあ、選びなさい、マサキ=アンドー。
どちらにするんですか?」
当然、マサキが選ぶことの出来る選択肢など、最初から一つしかない。
突きつけられた条件全てに、頷いて見せた。
幼い子供のように泣きじゃくりながら。
そして約束通り、ホワン=ヤンロンに別れを告げるため、
彼の前で私に抱かれ、淫らな娼婦の如き嬌態を演じた。
それを見たホワン=ヤンロンが何も言わず去った後、火がついたように激しく泣いて。
そして、それが、貴方の感情を見た最後。
優しくしても。
苛立って見せても。
どれだけ丁寧に愛撫しても。
どれだけ手荒に犯しても。
返ってくるものは何もない。
ただ黙って、私にされるがままを受け入れる。
何をしても、手に入らないのだと。
そう思い知らされた。
今、こうして腕に抱いているマサキは、私が欲しかったマサキではない。
私の欲しかったマサキは、本当にあるがままのマサキ。
怒って、笑って、泣いて、喜ぶマサキ。
私の想いが、貴方の心を殺してしまうというのなら、私は貴方を愛してはいけない。
もしも、貴方への愛を忘れることが出来る日が来たら、
貴方を愛したことを、貴方と笑って話せますか?
こんなひどいことをしたと、私に怒ってくれますか?
とても辛かったと、泣いてくれますか?
それでも、彼を治してくれてありがとう、と喜んでくれますか?
マサキ。
マサキ。
マサキ。
貴方が、好きです。
だから、貴方に出会えたこと、それだけで充分だと。
たとえ想いが叶わなくても、貴方を愛せることを、幸せだと。
今、ようやくそう思えるようになれたから。
「そろそろ貴方にも飽きました。出て行って頂けますか?」
マサキ。
マサキ。
マサキ。
貴方が、好きです。
だから、私は、惨めで無様な道化師に成り下がる。
::: fine :::
彼は100の想いで貴方を愛していた。
私は70の愛と70の恋で貴方を想っていた。
それが私が彼に勝てなかった理由。
余談なので隠し(笑)
ラストのシュウの独白は、またまたさ●ま●しの歌からのパクリ。
歌のタイトルはズバリ「あなたが好きです」(歌詞が気になる方はソースをどうぞ・・・)
もはやワタクシにはシュウの歌にしか聞こえません。
シュウは想いの強さではヤンロンに勝っていました。
だけど、マサキが求めていたのは、想いの深さだったから・・・。
|